061・新居探し
第61話になります。
よろしくお願いします。
(え……家を買うの?)
思わぬ言葉に驚いた。
僕は、姉さん、レイさん、アリアさんの3人を丸くなった目で見つめてしまった。
姉さんは言う。
「今回、私が『緑印』になったから、ポーラさんの宿屋にはいられなくなったの」
「…………」
えっと……どういうこと?
僕をかしげる僕に、3人は詳しい話をしてくれた。
今、姉さんが暮らしている宿屋は、冒険者ギルドと提携していて初心者割引のある宿屋だ。
姉さんも冒険者になった時に、ギルドに紹介された。
そうして今日、姉さんは『緑印の冒険者』になった。
そしてギルドの規定では、『緑印』以上は、もう初心者と認定されないんだ。
だから『緑印』となった冒険者は宿を出て、次の初心者冒険者のために部屋を空けるという慣例があるのだそうだ。
(なるほど……)
つまり姉さんは、今後、別の宿が必要になるんだね?
でも、それで家を?
そこまでするのかと、僕はレイさん、アリアさんを見てしまった。
レイさんは、
「中古の物件なら、実はそこまで支払う金額に差はないんだ」
と言った。
レイさん、アリアさんはすでに初心者用の宿屋は卒業して、2人で普通の宿屋に暮らしていた。
宿代は、折半だ。
そんな中、姉さんが新しい宿が必要になった。
そこで、どうせなら3人で暮らそうという話になったらしい。
でも、今の部屋では、さすがに3人では住めない。
当初は、3人で暮らせる部屋の宿屋を探していたが、いっそ『家を買うか』という話になった。
彼女たちは、この領都アルパディアを拠点に活動していた。
それは今後も変わる予定はない。
そして、何年も宿代を払い続けるよりは、思い切って中古の家を買ってみようという結論になったそうだ。
計算上は、5年も暮らせば、トータルで家を買った方が安くなる。
同じ金額を払うなら、『家』という形が残る方が得だろう。
姉さんたちは、そう考えたんだって。
姉さんは、
「それに買うのも3人で分割するから、安くはないけど、でも手が届かない訳じゃなかったの」
とはにかんだ。
アリアさんが僕を見て、
「アンタも暮らすなら、4分割ね?」
なんて言う。
……いや、僕、そんなお金ないよ?
慌ててしまったけれど、姉さんが「もう、アリア」と怒った。
アリアさんは肩を竦める。
姉さんは、
「大丈夫。アナリスがいない時に決めた話なんだから、アナリスは気にしないでいいんだよ」
と言ってくれた。
でも、1人だけ払わないのも気が引ける。
僕は、
「えっと……じゃあ当面は、宿代に予定していた金額だけでいい?」
と聞いた。
姉さんはもらう気はないみたいだったけど、これは僕なりのけじめだ。
アリアさんも「ま、いいんじゃない?」と頷いた。
レイさんも頷いて、
「まぁ、まだ候補の物件をいくつか選んでいる段階なんだ。あとでアナリス君も、どの物件がいいか見てくれるかな?」
と笑った。
僕は「うん」と頷いた。
…………。
しかし10代の若さで家を買うなんて……3人とも凄いね?
◇◇◇◇◇◇◇
その日は、4人で物件巡りをすることになった。
安い買い物ではない。
ここは、真剣に選ばなければ……。
その道中、
「アナリス君には、新しい家に対して何か希望はあるかな?」
と、レイさんに聞かれた。
希望……?
聞けば、姉さんたち3人には、それぞれに『これだけは譲れない』という条件があるらしい。
アリアさんは、
「お風呂は必須ね。できれば、足が伸ばせるくらい広い方がいいわ」
との希望。
水魔法が得意なだけあって、お風呂にもこだわりがあるのかもしれない。
姉さんは、
「槍の稽古ができるぐらいのお庭が欲しいな」
だって。
こういうところ、姉さんは真面目だと思う。
レイさんは、
「使い易いキッチンが希望だね 実はこう見えて私は、料理が趣味なんだよ」
と笑った。
アリアさんとの2人暮らしでも、休日は、いつもレイさんが食事を用意していたそうだ。
これからは、僕も食べる機会があるのかな?
…………。
そんな感じで、3人には新しい家への希望があった。
「それで、アナリスは?」
姉さんたちが僕を見てくる。
う~ん?
僕は少し考えて……あ、そうだ、と思いついた。
「庭の片隅でもいいから、ミカヅキのために犬小屋が欲しい。雨の日には濡れないようにしてあげたいんだ」
そう希望を伝えた。
姉さんたちは、顔を見合わせた。
「そっか、そうだね」
と姉さんは頷く。
アリアさんは眉をひそめて、
「でも、あのダークウルフ、4メードぐらいのサイズでしょ? 相当、大きな庭と小屋が必要じゃない?」
と呟いた。
(…………)
駄目かな?
でも、僕にとってミカヅキは大事な家族なんだ。
レイさんは少し考え、頷いた。
「ふむ。まぁ、値は張るだろうが、ミカヅキ君にはそれだけの投資をする価値があるだろう。アナリス君の希望も考慮しようじゃないか」
と言ってくれた。
姉さん、アリアさんも頷く。
僕は笑った。
「ありがとう、姉さん、レイさん、アリアさん」
3人も微笑む。
そうして僕らは、4人の希望に合った物件を探して、領都を歩いていった。
◇◇◇◇◇◇◇
不動産ギルドで紹介されたという物件を、3~4軒ほど見て回った。
すでに許可は取ってあって、家の中に入って、実際の間取りや広さなども確認することができた。
(ふ~ん?)
どれも中古物件だけど、意外と綺麗だ。
閑静な住宅街にあったり、綺麗な水路の近くだったり、商店通りが近かったり、色々な家があった。
でも、条件が合わない。
庭がなかったり、キッチンが古かったり、シャワーしかなかったり、微妙に希望に沿わないんだ。
それ以外は、悪くないんだけどね。
高い買い物だから、みんな、妥協はしない。
チェックも入念だ。
買ったあと、後悔しないように、補修などが必要な個所がないかも調べていく。
「…………」
「…………」
「…………」
3人とも真剣な顔である。
残念ながら、これまでの物件はお眼鏡にかなわなかった。
そして次の物件へ。
ここは、郊外にある2階建ての家だった。
郊外だからか、庭も大きくて、ミカヅキ用の小屋を建てても充分な広さがあった。
キッチンも悪くない。
お風呂もゆったりと入れる広さがあった。
ただ、部屋数が少なかった。
希望としては、皆で集まれるリビングの他に、各人の部屋が4つ欲しかった。
でも、この家には3つしか部屋がない。
レイさんは、唸る。
「ふ~む、惜しいな……」
確かに、4人の希望には当てはまっている。
でも、個人のプライバシー空間が足りないのは、少し問題だ。
誰だって、1人の時間って欲しいもの。
アリアさんは、
「コイツが増えたからね。3人だったら、ここで即決だったけど」
と、僕を見る。
(……う)
なんか申し訳ない。
やはり、この物件でも駄目なのかな……? なんて空気が流れていた。
その時、
「え? なんで?」
と、姉さんが呟いた。
(え?)
僕らは、姉さんを見る。
姉さんは不思議そうな顔をして、首をかしげた。
長い金髪が、サラリと揺れる。
「私とアナリスは一緒の部屋なんだから、何も問題ないよね?」
「…………」
「…………」
「…………」
レイさん、アリアさんが無言で僕を見る。
えっと……?
確かに、子供の頃から姉さんとはずっと相部屋だったけど、でも、これからずっと暮らすんだよね?
(いいのかな?)
今はよくても、今後が心配。
困っていると、
「……アナリスは、嫌?」
と、寂しそうに聞かれた。
…………。
僕は「ううん」と首を横に振った。
姉さんは安心したように「よかった」を微笑んだ。
レイさんは苦笑する。
アリアさんは肩を竦め、
「2人がここでいいなら、決まりじゃない?」
「そうだな」
レイさんも頷いた。
…………。
まぁ、いいか。
領都に来てからしばらくは、姉さんの宿屋の部屋に泊まらせてもらうつもりだったし。
未来のことは、未来の僕に任せよう。
ペタッ
姉さんは、新しい家の壁に触れる。
それから僕を見て、
「これからの暮らしが楽しみだね、アナリス」
と、明るい笑みをこぼした。
ご覧いただき、ありがとうございました。




