059・広い世界を
第59話になります。
よろしくお願いします。
僕らは、家族4人でテーブルを囲んだ。
僕の隣に姉さん。
正面に、父さんと母さんが並んで座っていた。
…………。
いつもなら眠る時間だ。
どんな話なのかと、父さん、母さんの顔を見つめる。
すると、
「アナリス。お前は明日、ユフィと共にこの家を出なさい」
と、父さんが言った。
え……?
突然の言葉に、僕は目を見開いた。
姉さんも驚いた顔だ。
母さんが微笑む。
「アナリスがこの村と森が好きなこと、私たちを大事に思ってくれてることはわかってるわ。――でも、貴方はもっと広い世界を見てくるべきよ」
広い世界……?
僕は困惑していた。
僕自身は、この村で生涯を過ごすつもりだった。
世界に興味がない訳じゃない。
でも、前世と違った健康な身体を与えられて、それで充分だと思っていたんだ。
父さんは言う。
「お前の未来には、無限の可能性がある」
「…………」
「いつかは、この村で暮らすのもいいだろう。だが、それは今ではないはずだ」
父さん……。
母さんも頷いた。
「私たちのことは気にしないで、もっと自由にしていいのよ」
そう訴えた。
(……自由?)
僕は、自由じゃなかったのだろうか?
父さん、母さんのために、一緒に暮らしたかった。
前世の分まで親孝行したかった。
でも、当の父さん、母さんは、それよりも僕に広い世界を見に行けと言う。
…………。
わからない。
困った僕は、姉さんを見てしまった。
姉さんは、
「アナリスの好きにしていいんだよ? アナリスは、何をしたいの?」
そう優しく言った。
何をしたい……?
親孝行?
広い世界を見る?
それとも、それ以外……?
僕の中で、どの答えもしっくりと来なかった。
でも、僕の口から、
「……姉さんのそばにいたい」
そんな呟きがこぼれた。
(え……?)
自分でも驚いてしまった。
姉さんも驚いた顔をしたけど、すぐに「そっか」と微笑んでくれた。
父さんも頷いた。
母さんも微笑んで、
「なら、アナリス。貴方はユフィと一緒にいなさい」
と強く言った。
母さんは、姉さんも見て、
「ユフィの目的を手伝ってやりなさい。そのために、この家を出て、ユフィと2人でこの世界を見てくるのよ」
そう言った。
姉さんの目的。
それは、姉さんの両親を見つけること。
…………。
僕は頷いて、
「うん、わかった」
はっきりと答えた。
父さん、母さんも頷いた。
姉さんは「おじさん、おばさん……」と声を震わせた。
それから、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
長い金髪がサラサラと肩からこぼれる。
母さんは笑った。
「ユフィ、どうかアナリスをお願いね」
「はい」
姉さんは、強く頷いた。
姉さんと母さんの目元には、涙が滲んでいた。
…………。
僕も少し泣きそうだ。
そんな僕らを、父さんは穏やかに微笑んで見守っていた。
その夜は、僕と姉さんはどちらからともなく手を握って、この家での最後の眠りについたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「――そうか。決心してくれたんだね」
レイさんは、嬉しそうに頷いた。
翌朝、レイさんとアリアさんにも昨夜の話をして、僕も冒険者になるために同行すると伝えた時の反応だった。
アリアさんは、
「ふ~ん? ま、いいけどさ」
と、どうでも良さそうな返事だった。
でも、反対はしない。
そういう所がアリアさんらしいと思えた。
…………。
僕らが伝えたあと、父さん、母さんからも、改めて2人に挨拶していた。
レイさんは、
「アナリス君のことはお任せください」
と返事をしていた。
さすがリーダーとして活動し慣れてる対応だ。
まだ18歳と若いけど、凛とした佇まいもあって大人として信頼される雰囲気があった。
母さんはホッとした様子だった。
…………。
頼もしいな、レイさんって。
裏庭で栽培している薬草の世話は、父さんが引き継いでくれることになった。
「…………」
正直、育て始めたばかりで少し寂しい。
来年の収穫期には、1度、戻ってきたいなと思う。
アリアさんは、
「いいんじゃない? 年に1度の帰省ぐらい」
と笑った。
うん、まあね。
姉さんに年に1回会いに行くのが、年に1回ハイト村に帰る、になっただけだ。
僕は若芽たちに、
「また会いに来るからね?」
と声をかけた。
その姿に、姉さんたちはクスクスと笑っていた。
旅には、もちろんミカヅキも同行だ。
モフモフ
僕はその首回りを撫でて、
「ごめんね。しばらく、この家と森には帰って来れないんだ」
と謝った。
この家はミカヅキにとっても我が家だ。
そして、ハイト村の森は、ミカヅキにとっての生まれ故郷でもあった。
だけどミカヅキは、
『ワフッ』
と鳴くと、僕の顔をベロンと舐めた。
その大きな尻尾は、左右にパタパタと揺れて、地面をはたいていた。
…………。
……うん。
僕は笑って、
「ありがとう、ミカヅキ」
ギュッ
その大きな身体に抱きついた。
そんな僕に、相棒のダークウルフは金色の瞳を優しく細めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「いってきます」
僕は、父さん、母さんに大きく手を振って、ハイト村を出発した。
2人とも、笑って見送ってくれる。
…………。
いつか帰って、ちゃんと親孝行しよう。
それまで、元気でいてね?
そう願いながら、僕は、2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
…………。
…………。
…………。
やがて、村が見えなくなった。
寂しさが胸の奥に宿る。
でも、
「――アナリス」
ふと顔をあげれば、そこに姉さんがいた。
その白い手が伸ばされ、僕の手を握った。
キュッ
温かな手のひら。
姉さんは、僕の心を励ますように微笑んでいた。
…………。
僕も笑った。
「うん、姉さん」
繋いだ指に、少し力を込めた。
父さん、母さんとはお別れだけど、代わりに姉さんと共に生きる日々となったのだ。
それを思えば、未来も怖くない。
そんな僕らに、レイさん、アリアさんも微笑んでいた。
4人と1匹で街道を歩く。
…………。
新しい日々の始まりに向けて、僕、アナリスは進みだしたのだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




