057・3年ぶりの帰郷
第57話になります。
よろしくお願いします。
荷車を引くダークウルフと一緒に、僕らはハイト村への街道を進んでいく。
ガラガラ
揺れる荷車には、姉さん、レイさん、アリアさんが座っていた。
僕は、ミカヅキの上だ。
ミカヅキのおかげで徒歩よりも早く移動ができて、明日には到着できそうだった。
「…………」
姉さんは、少し緊張した顔だ。
姉さんにとっては、3年ぶりの帰郷になる。
無理もないかな……?
レイさん、アリアさんにとっては田舎観光みたいな雰囲気だ。
のんびり景色を眺めている。
やがて、街道脇で野営をして、一夜を明かした。
そして翌日、
「……ぁ」
懐かしい景色に、姉さんが小さな声を漏らす。
その日の午後、僕ら4人と1匹は、自然豊かな森に囲まれたハイト村に到着した。
「ユフィ!」
突然の姉さんの帰宅に、母さんは驚き、そして強く抱きしめた。
驚きすぎたのか、目に涙が溜まっている。
姉さんは、目を白黒させていた。
父さんは黙ったまま、2人の肩に手を置いていた。
…………。
その3人の様子に、僕は、つい小さく笑ってしまった。
やがて、姉さんは戸惑いながら、レイさん、アリアさんを紹介する。
母さんは嬉しそうに、
「まぁまぁ、ユフィの友達なのね。ゆっくりしていってちょうだい!」
と2人を歓迎した。
2人も「お世話になります」と頭を下げていた。
姉さんたちの朗らかな一幕である。
その一方で、ルード村に行って帰ってくるだけのはずが、なぜか魔物駆除をして遅くなった僕は、あとで母さんにこってりと叱られた。
…………。
……うぅ、なぜ、僕だけ?
その日の夕食は、とても豪勢だった。
なんて言うか、父さん、母さんの嬉しさが伝わってくるような感じだった。
「…………」
姉さんも、それは感じたんじゃないかな?
母さんは、領都での暮らしのことを聞いて、姉さんは少し緊張した様子で答えていた。
久しぶりだから、姉さんの人見知りが発動したみたいだ。
でも、レイさん、アリアさんも会話に入ってくれるので、話自体は弾んでいた。
うんうん、ここでもいい連携だよね?
やがて、食事も終わって、3人はお風呂に入った。
…………。
いつもとは違う寝間着姿で、しかも、お風呂上がりのレイさん、アリアさんに、ちょっとドキドキしてしまった。
姉さんも、相変わらず綺麗だ。
……うん。
3人が今、僕の家にいるのが、何だか不思議。
その視線に気づいて、
「何見てんのよ?」
ペチッ
アリアさんが僕のおでこを人差し指で弾いた。
い、痛い。
その様子に、レイさんがおかしそうに笑った。
濡れた黒髪は艶やかで、レイさんの手は、タオルでその髪を拭いていた。
白いうなじが、少し艶めかしい。
姉さんは、
「大丈夫、アナリス?」
と、長い金色の前髪の奥にある翡翠色の瞳で、僕の顔を覗き込んだ。
ふんわり、石鹸の香りがする。
ドキドキ
僕は誤魔化すように「うん」とはにかんだ。
…………。
やっぱり、3人とも美人のお姉さんなんだなぁ……僕は、そう改めて思った。
その夜、姉さんは昔と同じように、僕の部屋で眠った。
レイさん、アリアさんは客室だ。
昔のベッドを引っ張り出して、僕のベッドと並べて、僕と姉さんはそれぞれに横になった。
お互いの顔を見る。
クスッ
つい2人で笑ってしまった。
「……なんだか懐かしい」
姉さんが呟いた。
姉さんにとっては、3年ぶりのこの部屋の景色だ。
「そうだね」
僕は頷いた。
僕にとっても、姉さんがこの部屋にいる時間は久しぶりだった。
姉さんもはにかむ。
…………。
姉さんたちは、ハイト村に2~3日ほど滞在する予定だ。
レイさん、アリアさんは、僕の日常を見てみたいそうなので、明日は久しぶりに森で『薬草摘み』をするつもりなんだ。
……ちょっと楽しみ。
だって、姉さんと森に入るのも3年ぶりだから。
昔は、2人で森へと入っていた。
それは、僕らの原点だ。
ふと気づけば、姉さんはまだ僕を見ていた。
窓から差し込む月光に、金色の髪がキラキラと柔らかく輝いていた。
その前髪の奥の瞳が、僕を見つめる。
僕は笑って、
「おやすみなさい、姉さん。また明日」
そう声をかけた。
姉さんの翡翠色の瞳が細まった。
そして、
「うん……おやすみなさい、アナリス」
そう微笑んだ。
優しく柔らかな声に、心が温まる。
…………。
やがて、僕と姉さんは、昔のように一緒に眠りについたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、僕は、姉さん、レイさん、アリアさんの3人と森に入った。
もちろん、ミカヅキも一緒だ。
いつものように森を歩きながら、昔、姉さんに説明したように、この森には27種類の薬草があることや、その群生地などをレイさん、アリアさんにも話した。
レイさんは、
「それだけの知識を3歳から覚えていたのか……」
と驚かれた。
アリアさんは呆れたように、
「アンタって頭いいけど、馬鹿なんじゃないの? なんで、その歳で1人で森に入ってんのよ」
なんて言われてしまった。
…………。
2人に褒められたのか、貶されたのか、よくわからない。
姉さんは、
「アナリスは、がんばり屋さんなんだよ」
と2人に力説して、幼かった頃の僕の努力をアピールしてくれた。
ありがと、姉さん。
やがて、僕らは実際に『薬草摘み』をやってみた。
サクッ
薬草の葉を、ナイフで丁寧に採取する。
最近は、狩人になって獲物を狩ってばかりだったので、薬草を摘むのも久しぶりだ。
ちょっと楽しい。
レイさん、アリアさんも体験してみた。
でも、アリアさんは「私には不向きだわ」とすぐに飽きてしまった。
レイさんは、少し興味深そう。
姉さんから、
「ここを親指で押さえて、ナイフをこうして……」
と、採取方法を教わっていた。
レイさんは「ふむ」と言いながら、ぎこちなく薬草を摘んでいた。
…………。
その間、アリアさんは倒木に腰かけていた。
僕も、その隣に座っていた。
ミカヅキは、僕らの後ろで半丸になって、欠伸をしながらまどんでいた。
「…………」
「…………」
しばらく、姉さん、レイさんの様子を眺める。
森を吹く風が、柔らかく、アリアさんの青くて長い髪を揺らしていた。
すると、
「……悪かったわね」
不意にアリアさんが呟いた。
ん?
僕は、彼女の横顔を見る。
アリアさんは、ブラウン色の瞳を伏せて、
「聞いたわ。半年ぐらい前に、アンタ、クレイマンに襲われたんでしょ?」
「あ……うん」
僕は頷いた。
彼女は、僕を見る。
「認めたくないし、無関係だと思ってるけど……でも、アイツはアタシと血の繋がった父親だからさ。……その、悪かったわ」
そう頭を下げた。
…………。
僕は驚いてしまった。
すぐに、
「アリアさんが謝ったら駄目だよ」
と言った。
クレイマンのやったことは、クレイマンの罪だ。
アリアさんは関係ない。
「少なくとも僕には謝らないでよ、アリアさん。じゃないと、僕は悲しい」
アリアさんは顔をあげる。
その表情は、何とも言えない顔だ。
安心したような、でも、申し訳なさそうな色々な感情があった。
キュッ
僕は小さな手を、彼女の手に重ねた。
そして、
「いつか一緒にクレイマンを捕まえて、アイツ自身に僕とアリアさんに謝らせてやろう?」
と笑いかけた。
アリアさんは驚いた顔だ。
すぐにハーフエルフの特徴の尖った耳を下げて、
「そうね」
と笑みをこぼした。
……うん。
アリアさんは美人だし、やっぱり笑ってる方がいい。
そんな僕を見つめて、
「アンタって、本当に変わってるわね。――でも、ありがと、アナリス」
そうすっきりした顔で言われた。
僕は「うん」と笑った。
…………。
それからも、僕とアリアさんは倒木の上に座って、姉さんたちが戻るまで、一緒に森の景色を眺めたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




