053・赤角の猪
第53話になります。
よろしくお願いします。
「ほどほどにな」
父さんは僕の肩に手を置いて、そう言った。
そして、村人3人とハイト村に帰っていく。
狙われる物資もなくなったので、帰りは、護衛が父さん1人でも大丈夫だろう。
僕とミカヅキは、それを見送った。
…………。
それから、姉さんたち3人と熊さん――名前はロブリスさんだって――と一緒に、ルード村の村長さんから詳しい話を聞いた。
近隣に出没するのは、猪の魔物。
名前は『赤角の猪』。
体長は3メード前後で、赤く大きな角を生やしている。
そんな猪の魔物が、ルード村の周辺では、10~20頭ぐらいの群れで見かけるらしいんだ。
レイさんは考え込み、
「ならば、群れのボスがいるな」
と推測した。
本来は、ルード村の狩人が魔物の駆除も行っていた。
でも、去年の魔物災害で、村を守るために多くの狩人が亡くなってしまったんだって。
……痛ましい話だ。
何かが違えば、ハイト村もそうなっていたかもしれない。
そう思うと、他人事ではなかった。
村長さんの話だと『赤角の猪』は、北東の森からやって来るそうだ。
姉さんたちは話し合った。
そして、まずは『北東の森に行ってみよう』という結論を出したんだ。
…………。
もちろん、僕と熊さんは、その話し合いに参加していない。
これは、姉さんたちの試験。
僕は必要以上に手を出さないつもりだし、熊さんは姉さんたちの判断などを審査する立場だからだ。
僕らは、ルード村を出発する。
歩きながら、姉さんは深呼吸をしていた。
緊張してるのかな?
キュッ
僕は小さな手を伸ばして、姉さんの手を握った。
「!」
姉さんは驚いた顔だ。
僕は笑って、
「姉さんなら大丈夫だよ」
と言った。
姉さんは僕を見つめて、それから「うん」と微笑んだ。
そして、前を向く。
うん、いい顔になった。
そんな僕らを、最後尾を歩いていた熊の獣人さんが見つめていた。
…………。
やがて、僕ら5人と1匹は北東の森に入った。
◇◇◇◇◇◇◇
森に入って調べると、すぐに魔物の痕跡は見つかった。
複数の大きな足跡。
木々に身体を擦りつけた傷と残った体毛。
姉さんたち3人は、それを元に『赤角の猪』がいる方角を見極めて、そちらへと進んでいった。
しばらくすると、
フン フン
ミカヅキは臭いを確認し始めた。
魔物が近いのかもしれない。
「姉さん」
僕は声をかけて『狩猟弓』を手に取った。
姉さんは頷いた。
槍を握り締めて、いつでも動けるように姿勢を低くする。
「レイ、アリア」
「あぁ」
「わかったわ」
姉さんの声かけに、2人もそれぞれの武器を構えた。
熊さんは、
「……なるほどな」
僕とミカヅキの方を見て、感心したように呟いた。
そして彼自身も、背負っていた戦斧を外して、両手に構えた。
…………。
しばらくすると、奥の茂みが大きく揺れて、体長3メードの巨大猪が姿を現した。
数は1頭だ。
こちらに気づいていなかったのか、驚いた様子だ。
「いくぞ!」
レイさんの号令で、3人は動いた。
レイさんが正面から突っ込み、姉さんは逃げ道を塞ぐように回り込む。
アリアさんは杖を掲げ、呪文の詠唱に入った。
ガギィン
突進してきた猪の赤い角を、レイさんは『円形盾』で上手く受け流しながら防いだ。
火花が激しく散った。
ドスッ
その隙をついて、姉さんの槍が後ろ足を貫く。
『プギッ!?』
魔物は悲鳴をあげた。
怒った猪は、後ろ足を引き摺りながら、姉さんへと襲いかかろうとする。
バシャッ
その足元に水が湧きだした。
アリアさんの魔法だ。
足を負傷していた魔物は、そのぬかるみに滑って、ズデンと簡単に転倒した。
「むん」
ドシュッ
そこにレイさんが体重をかけて、片手剣を突き刺した。
狙いは心臓だ。
同時に姉さんの槍も、魔物の腹部へと深々と突き刺されていた。
『……っ』
ビクン
猪の魔物は大きく痙攣する。
そのまま動かなくなった。
…………。
相変わらず、見事なチームワークだ。
自分たちの倍近い大きさの魔物を、10秒もかからず、あっさりと倒してしまったんだ。
僕が手伝う暇もなかった。
熊さんも、そんな姉さんたちに「ふむ」と呟いていた。
ふと、姉さんと視線が合う。
「あ……」
姉さんは、少しだけ照れ臭そうにはにかんだ。
僕も微笑む。
それから姉さんたちは、この魔物が来た方向に群れがいるだろうと推測した。
…………。
僕らは、そのまま森の奥へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
(いたいた)
眼下の森の窪地に、赤角の猪が15頭ぐらい集まっていた。
その内の1頭は、特に体格が大きい。
多分、あれがボスかな?
幸いにして、魔物の群れは、まだ僕らに気づいていない。
…………。
姉さんたちは、作戦会議を開いた。
正面から挑むには、さすがに数が多い。
狭路などに誘導して、少しずつ数を減らしたらどうか?
あるいは、まず奇襲でボスを仕留めるか?
そんな話をしていた。
「…………」
熊さんは、その様子を黙って見ていた。
僕は首をかしげて、
「あれぐらいの群れなら、僕とミカヅキもいるんだし、正面から突っ込んでも大丈夫だと思うよ?」
と、正直な思いを口にしてみた。
みんな、驚いたように僕を見る。
姉さんは、
「あれだけの数だよ?」
と慌てたように言った。
うん、たったあれだけ、だよね?
僕は矢筒を確認する。
持ってきた矢の数は、10本。
「僕とミカヅキで10頭、倒すから、残りの5頭は任せてもいい?」
そう聞いた。
3人は黙り込んだ。
アリアさんが、
「本当に、アンタたちだけで10頭も倒せんの?」
と聞いてきた。
僕は「うん」と頷いた。
ミカヅキにも、気負った様子はない。
それは10頭の猪を倒すのは、当たり前にできることだと思っているからだ。
レイさんは苦笑する。
「わかった。だが、ボスは私たちで引き受ける。これは、アリアとユフィの試験だからな」
「ん、わかった」
僕は了承した。
熊さんは、呆気に取られた顔をしていた。
何か口を挟もうとして、けれど、自分が試験官であることを思い出したように慌てて噤む。
「…………」
なぜか、凄い渋い顔で僕を睨んできた。
(???)
僕には意味がわからない。
その時、
「アナリス……」
姉さんが僕の名を呼んだ。
僕の手を握って、
「手伝おうとしてくれて、ありがとう。でも、無理しちゃ駄目だよ? 絶対に怪我しないようにしてね?」
と、僕を見つめた。
その翡翠色の瞳には、僕を心配する真剣な光があった。
僕は笑った。
「うん、大丈夫」
約束するよ。
そう思いを込めて、姉さんの手を握り返した。
…………。
そうして、僕らは15頭の『赤角の猪』を倒すために行動を開始した。
ご覧いただき、ありがとうございました。




