049・ハイト村の日々
第49話になります。
よろしくお願いします。
ハイト村に戻って、1ヶ月が経った。
領都での日々が夢だったみたいに、僕は村での日常を取り戻していた。
家の帰った日は、母さんに「おかえり!」と抱きしめられた。
寡黙な父さんは、頷いただけ。
たった4ヶ月離れていただけだけど、父さん、母さんに会えて、なぜか懐かしい気持ちになったよ。
「ただいま」
僕も、そう笑ったんだ。
そして、その日の夕食は、少しだけ豪勢な料理だった。
うん、美味しかった。
でも、特別なのはそれだけで、次の日の朝からは、領都に出る前と変わらない日々が始まったんだ。
……ま、そりゃ、そうだよね?
…………。
その日から、僕は『狩人』として、ミカヅキと森に入った。
獲物を狩る。
時間ができたら、薬草も摘む。
その繰り返し。
慎ましやかに、森の恵みをもらいながら日々を過ごしたんだ。
そうそう、この1ヶ月で、怪我は完全に治った。
僕はもう、普通に弓が射れるし、ミカヅキも元気に走り回れるようになった。
……あ。
でも、僕の胸には、少し火傷の跡が残った。
ちょうど心臓の上に、赤い痣みたいになっているんだ。
でも、それだけ。
あれだけの爆発を受けたのに、このアナリスの肉体って、本当に健康だよね?
ありがたい、ありがたい。
旅に出る前と出た後で、生活に変化はなかった。
弓や山刀の稽古もする。
家事も手伝うし、ミカヅキのブラッシングも毎日しているよ。
でも、1つだけ。
実は、家の裏庭の一角で、薬草の栽培を始めたんだ。
領都で姉さんとデートした時に寄った『薬草屋』さんで、珍しい薬草の種を買ってしまったんだ。
その葉に、睡眠とか麻痺の効果があるんだって。
それを植えた。
最近、ようやく小さな芽が出たんだ。
(んふふ)
なんか嬉しい。
大きく育ったら、狩りに使うつもり。
余ったら、行商さんにも売って儲けようかな?
…………。
うん、がんばれ、薬草たち。
◇◇◇◇◇◇◇
ある日、姉さんからの手紙が届いた。
領都から村に届くまで、約1ヶ月かかる。
時期的に、ダイダロスさんから僕のことを聞いた直後に書いた手紙みたいだ。
どれどれ?
僕は、封筒を開けてみた。
―――――――
アナリスへ
アナリス、大丈夫ですか?
ダイダロスさんから、アナリスがクレイマンに襲われたことを聞きました。
大変な時にそばにいなくて、ごめんなさい……。
でも、アナリスが怪我もなく無事だったと聞いて、本当に安心しました。
本当によかったよ……。
レイとアリアも話を聞いて、とても心配していました。
もしこの手紙が届いたら、すぐに元気だよと知らせる手紙を書いてもらえたら嬉しいです。
私も、2人も、安心できるから。
どうかお願いね。
今回の件は、トールバキン家にも連絡が行ったみたいです。
クリスティーナ様も心配して、私に話を聞くために、わざわざ宿屋まで足を運ぶぐらいでした。
伯爵様からも『迷惑をかけた』と言われました。
どうかお大事に、と、アナリスに言伝するように頼まれたので、こうして書いておきます。
もしよかったら、こちらへの手紙を書く時に、クリスティーナ様宛ての手紙も同封しておいてください。
私から届けておきます。
それと、もう1つ教えておくね。
実は、アナリスのおかげで、アルパ領内で起きていた魔物災害がなくなりました。
え? って驚いているよね。
私も話を聞いて、驚いたんだ。
クリスティーナ様の襲撃事件は、アナリスが手に入れた『黒い笛』が証拠になって、犯罪者ギルドの関与がわかったでしょ?
それでトールバキン家は、ギルドの犯罪者を何人も捕まえたの。
それが結果として、裏で繋がっていたであろう『ルイーズ伯爵家』への牽制にもなったんだって。
つまり、レイが言うには、
「ルイーズ家はこれ以上、下手に動けなくなった」
なんだって。
元々、魔物災害は、ルイーズ家が人為的に起こしていたって言われてたでしょ?
だから、今回の件でルイーズ家が大人しくなったら、各地で発生していた魔物災害も収束してきたんだって。
凄い話だよね……。
でも、被害に遭った人たちのことを思うと、ルイーズ家って本当に許せない。
なんで、そんな人たちが貴族なんだろうね?
…………。
話が逸れちゃったね。
それでね?
だから、全てのきっかけはアナリスだったんだよ。
あの時、アナリスが『黒い笛』を手に入れてくれたから、アルパ領の魔物災害もなくなったの。
伯爵様も感謝してたよ。
それと、ルイーズ家の力も少し削げたって、言ってた。
でも、レイは、そのせいでアナリスが、ルイーズ家から逆恨みされることを警戒していました。
私も少し心配しています。
もしもの時は、すぐに連絡してね?
伯爵様も、何かあったら力になるって約束してくれたから。
…………。
とりあえず、顛末としてはそんな感じでした。
この2ヶ月、アナリスがいてくれて、本当に楽しかった。
だから今は、少し寂しいです。
来年、また会いに来てくれるんだよね?
その日を、今から楽しみにしています。
レイとアリアも、また会える日が待ち遠しいって言っていました。
私も同じ気持ち。
それまで、ちゃんと元気でね。
ミカヅキとも仲良くね。
おじさん、おばさんにも、よろしく伝えておいてください。
またお手紙、書きます。
アナリスからの手紙も楽しみに待っているので、お願いします。
それじゃあ、またね。
アナリスの姉 ユーフィリアより
―――――――
「…………」
読み終えたあとも、僕は姉さんの手紙を見つめてしまった。
懐かしい文字。
久しぶりに姉さんの字を見た気がする。
目を閉じると、領都で出会った姉さんの笑顔が思い出されて、心が温かくなった。
…………。
姉さんは元気そうだ。
ダイダロスさんも、約束通り、僕の怪我のことは黙っててくれたみたいだね。
やっぱり、いい人だ。
魔物災害については、ちょっとびっくり。
まさか、そんなことになっていたなんてね……。
僕のおかげなんて書かれていたけど、ただの偶然で、全然そんなことないんだけどね?
便箋を丁寧に畳み、封筒にしまう。
…………。
また来年が楽しみだ。
「うん」
僕は笑った。
いつもの引き出しに封筒をしまうと、すぐに姉さんへの返事を書き始めたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




