047・狂信の魔術師
第47話になります。
よろしくお願いします。
あれから、7日が経った。
僕とミカヅキは、山間の街道を進んでいた。
旅は順調だ。
あと2週間もすれば、ハイト村に着くだろう。
トッ トッ
僕を乗せたミカヅキは、軽やかな足取りで街道を歩いていく。
僕は、その背にのんびり揺られた。
(いい景色だなぁ)
周囲を眺めて、そんなことを考える余裕もあった。
…………。
やがて、日が暮れる。
近くに町や村もなかったので、今夜は野宿をすることにした。
街道沿いの森の一角で、僕は野営の準備をした。
パチパチ
土の地面に薪を組んで、焚火が燃えている。
「いただきま~す」
モグモグ
領都で買った串肉を焼いて、僕は、それを頬張った。
うん、美味しい。
塩、胡椒がよく効いているし、ちょっと焦げたところも香ばしくてよかった。
ミカヅキも、
ガツガツ
生肉のまま渡したそれを、豪快に食べていた。
その姿に、つい笑う。
…………。
食べ終わったら、特にすることもないので、そのまま眠ることにした。
木の根元で丸くなるミカヅキ。
その大きな尻尾を布団にして、僕はミカヅキに寄りかかる。
モフモフ
そのお腹の毛を撫でると、
『クルル……』
ミカヅキは気持ち良さそうに目を細めた。
…………。
頭上には、満天の星空だ。
領都と違って街の光がないので、怖いぐらいの数が煌めいていた。
(あ……流れ星)
流星雨でもないのに、何回も見える。
そして、星々の中心で、異世界らしく3つの月が煌々と輝いていた。
…………。
綺麗だなぁ。
前世の日本では絶対に見れなかった風景だ。
暖かなミカヅキの黒い毛に包まれて、それを眺めるのは、なんて贅沢なんだろうと思った。
……姉さんも、あの月を見てるのかな?
…………。
僕は小さく笑った。
そして、眠りにつこうと目を閉じる。
「おやすみ、ミカヅキ」
そう声をかける。
ミカヅキは大きく息を吐く――それが彼女なりの『おやすみ』の合図だった。
…………。
…………。
…………。
暖かな闇の中、僕らはまどろむ。
静かな葉擦れの音、虫の声、動物の移動するかすかな足音など、そんな森の音色が聞こえてくる。
そして、その中で、
「――あぁ、ようやく見つけた」
その不吉な声は、不意に聞こえた。
…………。
……え?
◇◇◇◇◇◇◇
僕は目を開けた。
暗い森の中、月明かりの差し込む空間に、1人の黒いローブを着た人影が立っていた。
その手が頭のフードを外す。
…………。
そこに現れたのは、銀髪のエルフの顔だ。
クレイマン。
そう気づいた瞬間、僕は跳ね起きて、手近に置いてあった『狩猟弓』を握った。
その動きで、ミカヅキも気づく。
凄く驚いた顔だ。
そして、すぐに獰猛に牙を剝いて、『グルル!』と低く唸った。
…………。
気配に敏感なミカヅキに悟られず、ここまで接近していたクレイマン。
僕らは、彼を睨んだ。
でも、彼はどこ吹く風といった態度だ。
「ふむ」
と、僕を見つめて、
「なるほど。前に会った時には気づかなかったが、レクトアに愛された『生命の器』のようだな」
と言った。
まるで研究者が実験動物の値踏みをしている目だった。
シャッ
僕は金属矢をつがえた。
奴を狙いながら、
「僕らに何の用?」
と、強い警戒心を見せながら問いかけた。
『グルルッ』
パチッ パチチッ
ミカヅキも雷角から青い放電を散らして、威嚇していた。
クレイマンは、それでようやく、僕らにも人格があることを思い出したような顔をした。
「あぁ、すまない」
と頭をかき、
「少し実験材料が足りなくてね。先日、ちょうど良さそうな素体を見つけたから、君をもらいに来たんだ」
と屈託なく笑った。
ゾワッ
瞬間、鳥肌が立った。
悪意はなく、けれど、悪意に満ちた言葉を吐いた。
その歪さが怖かった。
『――狂人よ』
不意に、アリアさんが奴を評した言葉を思い出した。
それは誇張でも何でもない。
本当のことだったのだ。
その歪んだ精神を、ミカヅキも感じたのだろう。
『ガゥアッ!』
バヂィン
咆哮と共に、雷角から青い雷撃が放たれた。
それはクレイマンを襲い、
ドパァアン
けれど、それは彼の正面で、光の障壁のようなものに弾かれて防がれてしまった。
「!」
魔法の盾だ。
空間に、青い放電の残滓が散る。
その中で、
「ふむ……どうやら、邪魔な獣がいるようだ」
クレイマンは呟いた。
その手が黒いローブの中に消え、そして、小さな『呼び鈴』のような物を取り出した。
チリン
それが鳴った。
すると、クレイマンの背後の森が騒がしくなった。
(……何?)
僕は警戒する。
その目の前で、森の木々がへし折れて、
『ブモォオ!』
牛の頭部に人間の身体をした半獣半人の魔物――ミノタウロスが姿を現したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
体長7メード。
手には斧を持っている。
そんな牛の巨人が、僕らの目の前に立っていた。
「あの狼を殺せ」
チリン
クレイマンが呼び鈴を鳴らした。
すると、
『ブモォ!』
吠えたミノタウロスが、僕らに襲いかかってきた。
振り下ろされる斧。
ミカヅキは素早くかわして、
ドゴォン
直前までいた地面が大きく抉れた。
(なんて力だ)
ミカヅキも反撃する。
額の雷角が輝き、青い雷撃がミノタウロスを直撃した。
ドパァン
巨体が吹き飛ぶ。
木々がへし折れ、土煙が舞った。
けれど、
『ブモォ……』
その土煙の中から、再びミノタウロスが姿を見せた。
胸には火傷がある。
けれど、動きに支障はなさそうだった。
……凄い頑丈さだ。
クレイマンは笑いながら、
チリン
また呼び鈴を鳴らした。
直後、ミノタウロスはもう1度、ミカヅキに向かって襲いかかった。
(……あの呼び鈴だ)
そう気づいた。
その音色がミノタウロスを操っている――この間の『黒い笛』と同じなのだ。
ならば、
「はっ!」
僕はクレイマンの手を狙い、矢を放った。
ヒュボッ
それは空中を走り、
パキィン
けれど、クレイマンに当たる直前、光の障壁に弾かれてしまった。
「ふふっ」
クレイマンは笑った。
呼び鈴の反対の手には、小さな魔法の杖があった。
先端の魔法石が光っている。
…………。
僕は2本目の矢を構える。
ヒュボッ
それは、クレイマンの上空を狙って放たれた。
「?」
クレイマンがキョトンとする。
バキッ
その頭上で、金属矢に射貫かれた枝が折れ、奴へと落下した。
「!?」
驚くクレイマン。
奴は、頭上へと杖を向け、魔法の盾で落ちてくる枝を防いだ。
ほぼ同時に、
ヒュボッ
僕の放った第3射が、奴の身体を襲った。
「くっ」
クレイマンは必死に身を捻り、何とか矢をかわした。
ビシッ
けれど、頬に掠り、鮮血が散る。
(外したかっ)
僕は、第4射目を用意する。
クレイマンは「おのれ!」と怒りの形相を僕に向けた。
ブン
杖の光る魔法石を、こちらに振る。
メキメキ
すると、周囲の木々から枝が伸びてきて、僕に絡みつこうとした。
(!?)
これも魔法!?
驚きながら、よけていく。
でも、数が多い。
クレイマンは笑った。
「いつまで捕まらずにいられるかな?」
「…………」
僕はつがえていた矢を口で咥えた。
左手で弓を持ち、
シャン
右手で腰ベルトの鞘から『山刀』を抜いた。
ザン バキン
それで、迫る枝を斬り払いながら、クレイマンに突進していく。
「なっ!?」
クレイマンは驚いた顔だ。
こちらは、3歳から森に入っているのだ。
枝払いは、大得意。
「たぁ!」
最後にジャンプして、クレイマンに斬りかかった。
パキィン
光の障壁が、それを防ぐ。
刃は、クレイマンの眼前10センチほどで止められた。
至近で、奴と目が合う。
…………。
そこには、紛れもない恐怖があった。
けれど、それはすぐに憤怒に変わった。
「貴様!」
激昂した声と共に、魔法の杖の先端が僕の腹部に向けられる。
魔法石が光り、
ドパァン
僕の腹部で、炎が爆発した。
「がっ!?」
小さな僕の身体は、簡単に吹き飛ばされた。
ドサッ
背中から、地面に落ちる。
(ぐ……っ)
痛みが酷くて、動けない。
これまでは実験体として、僕を捕まえようとしていた。
でも、最後の最後で、クレイマンは僕を殺すための魔法を使ったんだ。
その変化に、対応できなかった。
くそ……っ。
クレイマンは冷や汗を拭い、苛立った顔で僕を見ていた。
「ガキが……」
グリッ
足で、僕の頭を踏みつける。
そんな僕の窮地に、ミノタウロスと戦っていたミカヅキも気づいた。
慌てて僕の方へと駆け寄ろうとして、
ドゴン
『ギャン!?』
ミノタウロスの足が、隙を見せたミカヅキの腹部を蹴り飛ばした。
ミカヅキの身体は大きな木にぶつかり、地面に落ちる。
ガフッ
その口から、血がこぼれる。
必死に起きあがろうとするけれど、痙攣する足に力が入らないみたいだ。
ズシン
その眼前に、ミノタウロスが立つ。
「っ……ミカヅキ!」
僕は叫んだ。
そんな僕に、クレイマンは愉快そうに笑った。
そして、
チリン
手にした呼び鈴を鳴らす。
『ブモォッ!」
ミノタウロスは、斧を大きく振り被った。
僕は蒼白だ。
ミカヅキも悔しそうに唸りながら、けれど動けない。
その斧が振り下ろされようとして、
ボバァン
寸前、そのミノタウロスの全身が、上空から降ってきた炎に包まれた。
…………。
……え?
ご覧いただき、ありがとうございました。




