044・グレートウルフの襲撃
第44話になります。
よろしくお願いします。
僕らの前に現れたのは、大きな灰色狼たちだった。
体長3・5メード。
確か『グレートウルフ』という名前で、ミカヅキと同じウルフ系の魔物だ。
けれど、雷角みたいな魔法の発生器官はない。
でも、数は5頭。
…………。
ある意味、火炎蜥蜴1頭より手強いかもしれない。
「馬車に近づけるな!」
抜剣した隊長さんが全員に叫ぶ。
6人の騎士も馬車を中心に陣形を組みながら、魔物の群れに向き合った。
トッ
僕はミカヅキの背を蹴り、馬車の屋根に跳んだ。
そこから、姉さんたちに言う。
「ミカヅキが1匹を引き受けます。姉さんたちも3人で1匹に当たって!」
そして、キュッと弓を構えた。
僕は、ここから全体援護だ。
その意図を理解してくれたのか、レイさんは「わかった」と頷いた。
騎士7人で3匹。
姉さんたち3人で1匹。
そこで足止めしてる間に、ミカヅキが1匹を仕留めれば、ドミノ式に勝てるはずだ。
『グルル!』
ミカヅキは牙を剝く。
グレートウルフと比べて、一回り大きい。
同じウルフ系でも、多分、ダークウルフの方が上位種なんだ。
きっと勝てる。
パチ パチチッ
ミカヅキの額に生える青い雷角から放電が始まった。
そして、
バチィイン
青い雷撃が放たれた。
グレートウルフの群れは俊敏にそれをかわし、岩の大地が弾け飛ぶ。
それを合図に、戦闘が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇
戦いは、思ったよりも長引いていた。
(…………)
グレートウルフたちの取る行動が、思った以上に頭がよかったんだ。
まず、ミカヅキと2匹が戦っていた。
1対1にならなかった。
姉さんたち3人が1匹と戦うのは、想定通り。
でも、騎士7人の所には、回避に専念したグレートウルフ1匹だけが挑んでいた。
そして、残り1匹が馬車を狙う。
「やっ!」
ソイツを狙って、僕は矢を放った。
ヒュボッ
けれど、グレートウルフは素早い動きで避けて、後方へと下がった。
慌てて騎士たちは、馬車の守りに動く。
すると、今後は、騎士と戦っていたグレートウルフが馬車を狙ってくるんだ。
僕は、またそちらに矢を放った。
…………。
さっきから、この繰り返しだ。
(……まずいね)
矢筒に残った矢は、あと2本。
このままだと、グレートウルフ1匹を倒す前に矢が尽きてしまう。
コイツら、頭がよすぎる。
こっちの最大戦力であるミカヅキを2匹で足止めして、陽動しながら馬車を狙ってくるなんて……まるで思考が人間みたいだ。
むむっ……。
打開策が思いつかない。
焦りながら、次の矢を用意する。
その時、
「アナリス! 岩の上、誰かいる!」
姉さんの声が響いた。
えっ?
その声に弾かれ、顔をあげた。
(あ)
僕らを見下ろすような大きな岩の上に、黒いローブを羽織った3人の人影があった。
多分、襲撃の犯人たちだ。
その1人は、黒い笛を咥えていた。
…………。
もしかして、あれかっ!?
前世の世界には、犬笛と呼ばれる人間に聞こえない音で指示を出す道具があった。
きっと、同じだ。
あの黒い笛で、グレートウルフたちは操られていたのだ。
(それなら!)
僕は、馬車の屋根の上で、ギュルッと身体を捻る。
岩の上へと狙いを定め、
「はっ!」
ヒュボッ
狩猟弓から金属の矢を解き放った。
バキィン
それは30メードは離れた黒い笛に命中し、粉々に砕いた。
3人の人影たちは驚いた顔だ。
同時に、指示の音がなくなったグレートウルフたちは、混乱したように動きを止めてしまった。
その隙をミカヅキは逃さない。
『ガウッ!』
ガブシュッ
その1匹の喉が、深く噛み千切られた。
鮮血が噴く。
その巨体が地面に倒れ、その瞬間には、ミカヅキは2匹目のグレートウルフに青い雷撃を命中させていた。
バヂッ ドパァン
灰色の毛皮が焼け、肉が弾ける。
よろめく魔物に、ミカヅキはとどめを刺そうと駆けだした。
同じように、レイさん、姉さんの武器もグレートウルフに突き刺さった。
「ふん!」
「やあっ!」
2人の攻撃で、魔物は深手を負う。
アリアさんは杖を振るった。
逃げようとした魔物の足元に水が溜まり、足を滑らせる。
ズルッ
そのまま転倒。
そこに、金髪をなびかせて姉さんが突進し、構えた槍で心臓を深々と貫いた。
ガフッ
魔物は吐血し、絶命する。
返り血を浴びた姉さんは、表情も変えずに槍を引き抜いた。
…………。
うん、格好いい。
その姿は、まるで戦乙女のようだ。
さすが姉さん。
残った2匹のグレートウルフは、騎士7人とミカヅキが相手をした。
倒すのも時間の問題だろう。
そんな中、僕は岩の上を睨んでいた。
黒いローブを着た3人は、作戦の失敗を悟ったようで、その場を去ろうと身を翻した。
(――逃がすか)
僕は狩猟弓を構えた。
ヒュボッ
3人に向け、最後の矢を放つ。
パキィン
けれど、当たる寸前、その矢は、空中で光の障壁に弾かれてしまった。
……え?
もしかして、魔法の盾?
僕は目を丸くした。
けれど、そうして振り返った1人のローブが拍子に頭から外れた。
はっきり、顔が見えた。
……あ。
銀色の髪に碧色の瞳、そして、特徴的な長い耳――その顔に、僕は見覚えがあった。
あれは……そうだ。
(領都の大神殿でぶつかった、あのエルフさんだ)
そう思い出す。
同時に、
「まさか……クレイマンっ!?」
アリアさんの声が響いた。
…………。
えっ?
クレイマンって、アリアさんがずっと探していたエルフの名前だ。
(あの人が?)
クレイマンはすぐにローブを被り、他の2人と共に岩の上を跳躍しながら、岩陰の向こうに消えてしまった。
アリアさんは追おうとする。
でも、すぐにレイさんに引き留められた。
まだ戦闘中だ。
みんな、この場を離れられない。
そして、アリアさん1人で追いかけても、返り討ちに遭う可能性の方が高いだろう。
アリアさんは悔しそうに歯を食い縛った。
「くそ……っ!」
握られた両手が震えていた。
……アリアさん。
その姿を見るのは、少し辛かった。
やがて、姉さんたちも加勢して、残った2匹のグレートウルフも倒されてしまった。
…………。
他に魔物の姿はない。
「ふう……」
馬車の上で、僕は大きく息を吐いた。
そのまま座り込む。
青い空を見上げながら、なんとかなった……と生き残れたことを実感した。
…………。
こうして魔物の襲撃を、僕らは防ぎ切った。
ご覧いただき、ありがとうございました。




