043・護衛の旅
第43話になります。
よろしくお願いします。
2台の馬車は、草原の街道を進んでいた。
馬車に乗っているのは、クリスティーナ様とライシャさんの2人だけだった。
2台目の馬車には、たくさんの旅の荷物が乗っていた。
7人の騎士は、隊長さんを先頭にして馬車の前方と左右を囲み、徒歩で護衛していた。
僕や姉さんたちは、馬車の後方だ。
ライシャさんだけ特別なのは、彼女はお嬢様付きの騎士で、旅の間、身の回りのお世話もする役目があるからなんだ。
目的の神殿までは、10日ほどだ。
旅の間、ミカヅキの背に乗る僕は、馬車の窓からクリスティーナ様に色々と話しかけられた。
内容は、他愛もない話ばかり。
でも、お嬢様はずっと楽しそうだった。
…………。
僕も、別に嫌ではなかった。
なかったんだけど、護衛として周囲の状況に気を配れないので困ってしまった。
レイさんは、
「それも貴族相手の仕事の一環だよ」
と苦笑していた。
……そういうものかな?
姉さんは「むぅ……」と何だか不満そうに頬を膨らませていたけどね。
そんな訳で、周辺警戒は、騎士さんや姉さんたち、特にミカヅキの耳と鼻に任せて、僕はお嬢様の相手をすることになった。
…………。
正直、ちょっと楽でよかった。
……ごめんね、姉さん?
◇◇◇◇◇◇◇
日が暮れると、近くの町や村の宿屋に泊まった。
さすが貴族令嬢。
僕の旅みたいに野宿なんてしないみたいだ。
宿では、僕は姉さんたち3人と相部屋になり、ミカヅキはいつものように宿の馬房に泊まった。
…………。
レイさん、アリアさんと一緒。
姉さんは身内だからいいけど、2人も同部屋だと思うと、少しドキドキする。
2人とも、美人だしね?
ただ、僕は9歳。
向こうは、こっちを意識することなんてなくて、普通に着替えたりするんだ。
しかも、下着姿で部屋を歩いたりする。
うん、困った。
嬉しいけど、困った。
「どうしたの、アナリス? 疲れちゃった?」
終始、壁とか窓ばかりを向いている僕に、姉さんは心配そうだった。
気にしないで、姉さん。
貴方の弟は、ちゃんと紳士だからね?
「アナリス様は、将来、騎士になる気はありませんの?」
お嬢様にそう聞かれた。
その夜、宿での夕食の時のことだ。
お嬢様のご希望で、なぜか隣の席に座ることなった僕に、そんな質問をされたんだ。
モグモグ
僕は食事をしながら、
「はい、ありません」
と答えた。
だって、僕は『狩人』だから。
将来も、ハイト村で過ごして、慎ましやかに生きていきたいと思っているんだ。
…………。
きっと、前世が病弱だったからかな?
今生では、健康な肉体がもらえただけで、僕の中ではもう満足している部分があるんだ。
でも、僕の答えに、
「そ、そうですの」
お嬢様は少し悲しそうだ。
(???)
ライシャさんは困ったように微笑み、そんなお嬢様の背中を撫でた。
それから僕を見て、
「私も、アナリス様なら、将来、立派な騎士になれると思いますよ?」
なんて言った。
…………。
騎士ねぇ?
でも、騎士って主人のために、領民のために命を懸けなければいけないんだ。
それは、とても責任が重い仕事だ。
守るべき他人の命を背負う覚悟、それも必要だと思う。
……僕には、それがない。
そんな無責任な人間は、騎士になってはいけないと思うんだ。
なんて考えを、2人に伝えてみた。
「…………」
「…………」
そうしたら、2人はなぜか顔を見合わせてしまった。
ライシャさんは、
「むしろ、それは責任感が強いからこその考えでしょう。私としては、アナリス様は騎士に向いていると思います」
と、生真面目な顔で言った。
クリスティーナ様も『うんうん』と頷いていた。
(ふ~ん?)
自分では、よくわからない。
でも、誉めてもらえたのはわかる。
だから、僕は笑って「ありがとうございます」とお礼を言っておいた。
モグモグ
そして、また食事を再開する。
2人はそんな僕を見つめた。
それから、なぜか残念そうな顔で、揃ってため息をこぼしたんだ。
……はて?
◇◇◇◇◇◇◇
旅は、順調に進んだ。
7人も護衛の騎士がいて、更に冒険者が3人とダークウルフまでいる馬車なんだ。
襲ってくる野盗や魔物は皆無だった。
敵対しているルイーズ家の刺客も警戒していたけれど、それもなし。
…………。
もしかしたら、帰路かな?
何にしても、僕らは何事もなく10日間の旅を終え、目的としていた神殿に到着したんだ。
「…………」
神殿内の女神像に、クリスティーナ様が祈っている。
安産祈願。
お母さんから無事に妹が生まれるように……とても熱心にお祈りしていた。
(……うん)
彼女はきっといいお姉さんになる気がする。
僕は、つい微笑んでしまった。
…………。
ついでだし、僕もお参りしようかな?
手を合わせて、レクトア神の女神像に向かって、目を閉じた。
(……今回の旅が、無事に終わりますように)
そう願う。
ポウッ
すると、胸の奥が温かくなる感覚がした。
……?
気のせい?
そういえば、領都の大神殿でお参りした時にも、同じような感覚があった気がする。
「どうしたの、アナリス?」
隣の姉さんが気づいて、声をかけてきた。
僕は首をかしげ、
「ううん、何でもない」
と答えた。
自分でもよくわからない感覚だし、もし気のせいだったら恥ずかしいから、誤魔化してしまった。
姉さんは「そう?」と不思議そうだ。
やがて、クリスティーナ様のお祈りも終わって、僕らは神殿をあとにした。
神殿は、岩肌の山に建てられていた。
なので、そこからの帰り道の左右には、大小の岩がゴロゴロしていた。
大きい岩だと20メードぐらいある。
レイさんは、
「視界が悪い。ここを抜けるまで、警戒はしっかりしておこう」
と言った。
僕らは頷いた。
帰りも、馬車の窓からクリスティーナ様が話しかけてくる。
お祈りを済ませたからか、少し表情が明るくて、口数も多くなっていた。
僕も笑顔で受け答え。
そうして、1~2時間ほど山を下っていた――その時だった。
ピクッ
ミカヅキが鼻を動かし、顔を持ち上げた。
(!)
僕はハッとする。
ミカヅキは『グルル』と小さく唸った。
それを受けて、
「姉さん、みんな、ミカヅキが何かに反応してる! 周囲に気をつけてください!」
僕は叫んだ。
騎士さんたちは、すぐに周りを警戒した。
ライシャさんも、驚くクリスティーナ様を下がらせて、馬車の窓を閉めた。
姉さんは槍を構える。
レイさんも片手剣と円形盾を装備して、アリアさんを庇うように立った。
その背中で、アリアさんは杖を握る。
…………。
僕も『狩猟弓』に金属の矢をつがえて、いつでも射れるように備えた。
ドキドキ
緊張で、心臓の鼓動を強く感じる。
数秒の静寂、そして、
『ウォン!』
ミカヅキが大岩の1つに向かって、強く吠えた。
僕らは、そちらを向く。
同時に、その大岩の影から、馬車の前へと巨大な影が複数、飛び出してきた。
ご覧いただき、ありがとうございました。




