042・準備と出発
第42話になります。
よろしくお願いします。
翌日、僕と姉さんは冒険者ギルドを訪れた。
レイさん、アリアさんに昨日のトールバキン家での話を伝えるためだ。
(あ、いた)
いつものようにギルド2階に2人の姿を発見する。
姉さんとそちらに向かった。
…………。
話をしたら、アリアさんは即、渋面になった。
「……また、厄介な話を」
と唇を尖らせる。
この反応も仕方ない。
貴族からの依頼は、きっと普通のクエストよりずっと責任が重いだろうから。
レイさんも難しい顔だ。
けれど、
「貴族の頼みを断ることは、さすがにできないな。まぁ、引き受けるしかないだろう」
と言った。
なんだか申し訳ない気持ち。
姉さんも、
「ごめんね、アリア、レイ」
と謝った。
レイさんは笑った。
「いや、物は考えようだ。これで力ある貴族との縁ができたと考えれば、そう悪い話でもないさ」
そう言ってくれた。
レイさん……。
そんな僕らを見て、アリアさんはため息をつく。
「……ま、やるしかないか。それに、このガキ1人に押しつけて、自分たちだけ外から眺めてるのも気分悪いしね」
なんて口にする。
アリアさんまで……。
僕の視線に気づいて、アリアさんは「ふん」と鼻を鳴らした。
ペシ
僕の額を、人差し指で弾く。
驚く僕に、彼女はおかしそうに笑った。
姉さん、レイさんも微笑む。
…………。
僕は額を押さえて、3人に「ありがとう」と頭を下げた。
そのあとも、4人で話をした。
必要な荷物や出発日の確認など、護衛についての打ち合わせだ。
その中で、
「しかし、そこまでトールバキン家は人手不足なのか……」
とレイさんが呟いた。
ん……?
僕の視線に気づいて、
「いや、大事な娘の護衛に、外部の人間まで頼るというのが意外でな。本来なら、家の騎士だけでやればいい」
と、レイさんは言った。
……言われてみれば、そうだ。
レイさんは、
「こうなると、噂は本当なのかもしれないな」
と口にした。
(噂……?)
姉さん、アリアさんも興味深そうに彼女を見る。
黒髪の美女は、
「実は、アルパ領内で魔物災害が頻発しているらしいんだ」
と教えてくれた。
魔物災害というのは、魔物の大量発生や、強力な魔物の出現で、町や村に被害が出る大きな災害のことだ。
でも、多くても年に2~3回と聞いている。
(それが、頻発してるの?)
レイさんは、
「それで騎士団の多くが対応に当たっているという話があってな。そして、トールバキン家の当主は、アルパ騎士団の団長だろう?」
と続けた。
なるほど、団長なら公務優先。
私事には人手不足になって、だから、僕みたいな外部の人間を頼ったんだね?
…………。
でも、
「なんで、そんなに魔物災害が起きてるの?」
僕は首をかしげた。
レイさんは首を振った。
「わからない。ただ騎士団が人手不足になるほどなら、相当な数と規模だろうな」
「…………」
なんだか気味が悪い。
姉さんも、
「それが本当なら、ちょっと怖いね」
と、少し不安そうな顔だ。
そんな僕らに、アリアさんは肩を竦めた。
「どうでもいいわよ。どんな理由であっても、結局、アタシらは受けた依頼をこなすだけでしょ?」
その言葉に、レイさんも「そうだな」と笑った。
…………。
その後もしばらく打ち合わせを行って、夕方、僕らは解散となった。
◇◇◇◇◇◇◇
夜、姉さんの部屋で、僕は手紙を書いた。
父さん、母さんに宛てた手紙だ。
本来は3ヶ月で帰る予定だったけど、今回の件でもう少し遅くなってしまうからだ。
(…………)
父さんたちに申し訳ない。
そして、少し寂しい。
でも、引き受けた以上は、ちゃんと仕事をしないとね?
ガシャ
手紙と一緒に、ゴルダ硬貨の入った革袋も送ることにしていた。
こっちで稼いだ全財産だ。
多分、70万円ぐらい。
これで、少しは親孝行になるかな?
それを見た姉さんは、
「全部、送っちゃうの?」
と驚いていた。
僕は「うん」と笑った。
だって、もしもクエスト途中で僕に何かあった時、父さん、母さんに何も残せなかったら困るもの。
(……前世の僕は、何も残せなかったからね)
そんなことを言ったら、
「…………」
姉さんは黙ってしまった。
しばらく僕を見つめ、
ギュッ
突然、抱きしめられる。
驚く僕に、
「そんなこと言ったら、駄目だよ、アナリス」
「え?」
「駄目だよ」
姉さんは、僕の耳元で繰り返した。
…………。
……うん。
僕は「ごめんなさい」と謝って、
「そうだね。ちゃんと帰ってから孝行するよ」
「うん」
姉さんも頷いた。
そして、少し寂しそうに微笑み、
「でもね、本当は生きてるだけで、もう充分、家族孝行なんだよ?」
と言った。
両親がいなくなった姉さん。
…………。
姉さんを見つめて、僕は「うん」と頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇
ついに出発の日となった。
その日の朝、僕ら4人と1匹は、トールバキン家のお屋敷を訪れる。
「アナリス様!」
僕を見つけたクリスティーナ様が抱きついてきた。
(わぁ?)
慌てて受け止める。
ふんわり、いい匂い。
おてんばなお嬢様の姿に、姉さん、レイさん、アリアさんは目を丸くしていた。
旅の馬車は、2台、用意されていた。
同行する騎士は、8人。
前回より、3人増えた。
8人の中には、前回もいた隊長さん、赤毛の女騎士ライシャさんも含まれていた。
そして、伯爵様もやって来る。
「娘をよろしく頼むよ」
と、僕の肩に手を置いた。
僕は「はい」と頷いた。
やがて、クリスティーナ様が馬車に乗り込んだ。
ガラッ
車輪が回り、動きだす。
伯爵様、執事さん、メイドさんたちに見送られて、僕らと2台の馬車は屋敷の外へと進んだ。
…………。
やがて、領都を出て広い街道へ。
頭上には、青い空が広がる。
その空に僕は青い目を細め、そうして、僕らの長い旅は始まったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




