041・感謝と頼み
第41話になります。
よろしくお願いします。
美しい花々の咲く中庭に、真っ白な椅子とテーブルが用意されていた。
僕と姉さんは、そこでお茶を頂く。
…………。
うん、宿屋のお茶より香りが強い。
きっと高級な茶葉なんだろうな……よくわからないけど。
チラッ
横目で見たら、姉さんはガチガチだ。
あの様子だと、きっとお茶の味なんてわからないんじゃないかな……?
モグモグ
僕は茶菓子も頂く。
うん、甘くて美味しい。
お土産に少しもらいたいぐらいだ。
そんな僕ら姉弟の前で、トールバキン家の父娘は穏やかに笑っていた。
話すのは、もっぱらクリスティーナ様だ。
日々の貴族としての勉強だったり、その愚痴だったり、屈託なく話してくれた。
他には、
「アナリス様は今、何をしてらっしゃるの?」
と、僕のことを知りたがった。
僕は素直に、今は冒険者の仕事を手伝っていることを伝えた。
そうしたら、クリスティーナ様はより詳しく知りたがって、討伐クエストでどんな魔物をどう倒したか、などを話すことになった。
「凄い、さすがアナリス様ですわ!」
それを聞いた彼女は、目をキラキラさせていた。
一応、同い年。
そんな女の子にそうした視線を向けられると、少し面映ゆかった。
「……っ」
姉さんは、そんな僕になぜか不服そうな顔をする。
な、なぜ……?
そうした僕ら3人の様子を、トールバキン伯爵様は穏やかに眺めていた。
やがて、話が一段落する。
それを見計らったかのように、
「アナリス君。改めて、私の大切な娘を助けてくれたことを感謝するよ」
と、伯爵様が言った。
そして、
「ついては、君に何かお礼をしたいのだが、何か望むものはあるかね? 私にできることなら、遠慮なく言ってくれ」
なんておっしゃった。
お礼……?
いや、別にいらないんだけど……。
というか、あの時、隊長さんから謝礼としてお金ももらったし、これ以上は高望みだ。
そう伝えると、
「アナリス君は謙虚だね」
と、伯爵様は苦笑した。
それから、
「だが、私もトールバキン家の当主だ。娘の恩人に対して、あの程度の金銭で済ませては家の名が泣いてしまうのだよ」
と言われてしまった。
…………。
これ以上、断るのは不敬かもしれない。
僕は悩んだ。
姉さんは心配そうに、僕を見ている。
……あ。
そんな姉さんを見て、ハッとした。
僕は、伯爵様に向き直る。
「それなら、姉さんの両親について、調べてもらうことはできますか?」
と言った。
伯爵様は「お姉さんの?」と驚いた顔だ。
姉さんも翡翠色の目を見開いて、僕を見る。
僕は、伯父さんと伯母さんが4年前、ダンジョン遺跡で行方不明になったこと、その捜索が打ち切られていることを伝えた。
伯爵様は、頷いた。
「わかった。では、私の方から再度、捜索を行うように指示しておこう」
と約束してくれた。
やった。
僕は姉さんを見る。
姉さんは「アナリス……」と目に涙を滲ませていた。
ギュッ
貴族様の前だというのに、僕を抱きしめてくれる。
姉さん……。
僕も姉さんの背中を、ポンポンと軽く叩いた。
その様子に、クリスティーナ様までなぜか涙ぐみ、伯爵様も微笑んでいた。
それからもお茶会は続いた。
姉さんもだいぶ緊張が解けて、クリスティーナ様とお話したりする。
その中で、
「お母様は今、お腹に妹がいておじい様とおばあ様のお家にいるの」
と教えてもらえた。
姉さんは笑って、
「じゃあ、クリスティーナ様は、私と同じお姉さんになるんですね?」
「うん!」
小さなお姉さんも嬉しそうに笑っていた。
そして彼女は、母と妹の安産祈願のために、領都周辺の7つの神殿に巡礼をしている最中なのだと教えてくれた。
…………。
つまり、僕と出会ったのは、その1つの巡礼の時だったんだね?
クリスティーナ様は、今後も他の神殿に行くという。
……ん?
ふと気づけば、伯爵様の表情が曇っていた。
そこで悟る。
その巡礼の旅で、クリスティーナ様は『火炎蜥蜴』に襲われたんだ。
それも、敵対貴族であるルイーズ家の仕業である可能性があったとか、なかったとか……それを思えば、その表情も納得だ。
と、伯爵様が僕を見た。
「アナリス君」
「はい」
その目を見て、嫌な予感がした。
そして伯爵様は、
「すまないが、もし可能なら、次のクリスの巡礼の旅に、君も護衛として同行してもらうことはできないだろうか?」
と、おっしゃられたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
そう来たか……と思った。
確かに、あの時、僕とミカヅキはクリスティーナ様たちを守って『火炎蜥蜴』を倒した。
彼女本人にも懐かれている。
人選として、申し分ないと思ってもらえたんだろう。
(…………)
でも、それって危険な役目だ。
しかも、もしクリスティーナ様に万が一があったら、僕は責任を取らされて処刑とかされてしまうんじゃないかな?
…………。
断りたいな、と思う。
でも、相手は貴族様だ。
レイさんも言っていたけど、貴族のお願いは、実質、命令なんだよね?
「…………」
姉さんの両親のこともある。
再び調べてもらえるのなら、断らない方がいい気もした。
そして何より、
キラキラ
クリスティーナ様本人がとても期待した目で僕を見ているんだ。
う、う~ん。
(これは受けるしかないかな?)
そう覚悟を決めた。
そして僕は口を開く――その前に、
「わかりました。それでしたら、アナリスも含めた私たち冒険者パーティーへの護衛依頼という形にしてください」
と、姉さんが言った。
え、姉さん?
驚く僕に、姉さんは微笑んだ。
「アナリス1人に危険なことはさせられないよ。それに4人の方が、クリスティーナ様もより安全でしょ?」
そう言ってくれる。
……姉さん。
なんだか、胸が熱くなってしまった。
伯爵様も、
「わかった、そのように手配しよう」
と頷いた。
それから、
「引き受けてくれて感謝するよ、アナリス君、ユーフィリア君」
そう穏やかに微笑む。
その安心した笑顔は、父親の顔だな……と思った。
そして、クリスティーナ様は、
「アナリス様と一緒の旅だなんて、嬉しい! ありがとうございます、アナリス様、ユーフィリアお姉様!」
と、頬を紅潮させて喜んでいた。
その笑顔に、心が和む。
…………。
うん、まぁ、いいよね。
よし、じゃあ、クリスティーナ様のためにもがんばろう!
ご覧いただき、ありがとうございました。




