表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/80

004・姉との日常

第4話になります。

よろしくお願いします。

「――2人とも、無事でよかったわ!」


 母さんの両手が、僕と姉さんを強く抱きしめた。


 あのあと僕らは、森での『薬草摘み』を中止して村に戻り、家にいた母さんに事情を説明したんだ。


 そうしたら、これである。


(……えっと)


 姉さんと密着してしまって、ちょっと恥ずかしい。


「あ……う……」


 姉さんも少し赤くなっている。


 やがて、狩りから帰ってきた父さんにも、村近くの森に魔物がいたことを説明した。


 父さんはすぐ、村長さんの家に向かった。


 すると、村の狩人が安全を確認するまで、2~3日は村人の森への立ち入りが禁止となってしまった。


 もちろん、薬草摘みもできない。


(……収入が減るなぁ)


 でも、仕方ない。


 やはり命を守る方が大切なのだ。


 あ、そうそう……姉さんが倒した黒ウサギの魔物の死体は、ちゃんと持ち帰ってきた。


 肉は食材。


 毛皮や骨、角、魔石なんかは、行商に売れるんだ。


 大きな町で加工されて、装備品だったり、工芸品だったりになるんだって。


 そう考えたら、むしろ利益が出てるかな?


 うん、ユーフィリア姉さん様様だ。


 僕は、姉さんを見る。


「?」


 姉さんは、柔らかそうな長い金髪を揺らして小首をかしげていた。


 小動物みたいで、なんか可愛い。


 ……まぁ、何にしても仕事が再開できるまでは、数日の辛抱だ。


 それまで、家事でもがんばろうっと。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――あれ?」


 その日の午後、裏庭で槍を素振りしている姉さんを見つけた。


 いつもなら『薬草摘み』に出ている時間で、手伝える家事もなくて、ちょうど暇を持て余している時だった。


 ヒュッ ヒュッ


 上から下へ振り下ろし、前方へ突くように槍が動く。


 繰り返し。


 繰り返し。


 素人目に見ても、その動きはとても綺麗で、洗練されているな……と思った。


 その時、


「……あ」


(あ)


 姉さんと目が合った。


 汗を吸った長い金髪を重そうに揺らして、姉さんは素振りをやめた。


 少し恥ずかしそうな顔だ。


 えっと、


「槍の練習?」


 そう声をかけた。


 姉さんは、コクン……と頷く。


「う、うん。……日課なの」


 へぇ、そうなんだ?


 きっと前の家にいた時から、ずっと練習していたんだろうな……さっきの動きを思い出して、そう思った。


 姉さんは、手にした槍を見る。


 昨日、黒いウサギの魔物の命を奪った槍だ。


 …………。


 やがて、姉さんはポツリと言った。


「私……冒険者になりたいの」


 え?


「それで……お父さんとお母さんの行ったダンジョン遺跡に潜って、2人を見つけたいの」

「…………」


 小さな声だった。


 でも、芯のある強い声だった。


(……そっか)


 伯母夫婦は、ダンジョン遺跡から帰ってこなかった。


 つまり、行方不明。


 正式に、死亡が確認されたわけじゃないんだ。


 もちろん、その……亡くなっている可能性は高いと思うんだけどさ。


 でも、死体がある訳じゃない。


 だから、ユーフィリア姉さんが希望を持ってしまうのも、あるいは、何らかの確証を求めようとするのもわかるような気がした。


 僕は頷いて、


「うん、見つかるといいね」

「……うん」


 姉さんは、小さくはにかんだ。


 それからも槍の素振りを続ける姉さんの姿を、僕は、ずっと眺めていた。




 次の日も、その次の日も、ユーフィリア姉さんは槍の練習をしていた。


 ……ただ眺めているのも、つまらない。


 僕も姉さんの真似をして、姉さんの横で、自分の山刀で素振りを始めた。


「えいっ、えいっ」


 ブン ブン


 不格好なりにがんばる。


 前世は運動できない身体だったから、下手でも動けるだけで楽しい。 


 そんな僕に、最初、姉さんは驚いて、


「……くすっ」


 でも、すぐにおかしそうに笑っていた。


 ヒュッ ヒュッ


 ブン ブン


 僕ら姉弟は、裏庭で素振りをするのが日課になった。




「姉さんは、髪、切らないの?」


 3日目、休憩中に僕は、そう問いかけた。


 姉さんは「え?」と僕を見る。


 いや、姉さんの髪は、足元まで届きそうなほどに長いんだ。だから、動く時に邪魔になったりしないのかな、って思ったんだよね。


 姉さんは笑って、


「……お母さんが、女の子は髪が長い方が可愛いわよ……って、言ってたから」

「…………」


 えっと……それは、その人の好み次第じゃないかな?


 僕は首をかしげる。 


 すると、姉さんは少しうつむいて、


「それに……願いが叶うまで髪は切らない……って願掛けしてるの」


 と呟いた。


 それはつまり、両親を見つけるまで――ってことだろう。


「……そっか」


 僕は頷いた。


 姉さんも「うん」と小さく頷く。


 僕は少し迷って、


「でも、前髪くらいは切らない? 前、見づらいだろうし、それに……」

「?」


 不思議そうな姉さん。


 そんな彼女の方へと、僕は小さな手を伸ばした。


 ヒョイ


 柔らかな長い前髪を持ち上げる。


「あ」


 宝石みたいなエメラルド色の瞳が丸くなっていた。


 うん。


「姉さんは美人なんだから、ちょっともったいないよ」

「…………」


 姉さんは口を半開きにして、呆けた。


 やがて、


 ボッ


 その頬が火がついたみたいに赤くなった。わっ?


 慌てたように姉さんが身体を引き、僕の手から金色の前髪がこぼれて、またその整った顔をカーテンのように隠してしまった。


「~~~~」


 真っ赤になった姉さんは、怯えたようにこちらを見つめる。


 ダッ


 そのまま走って家に入ってしまった。


 僕はポカンとしてしまう。


 えっと……姉さん?


 よくわからないけど、今日の練習はこれでおしまいみたいだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「ねえ、伯父さんと伯母さんって、どんな人だったの?」


 その夜、僕は、そう母さんに問いかけた。


 ちょうど姉さんはお風呂に行っていて、ここには、父さんと母さんしかいなかった。


 父さんは無言で、明日の狩りの準備中。


 そして、母さんは「そうねぇ」と少し考えて、


「義兄さんは、物静かな人だったわね。エマ姉さんは、こうと決めたら猪突猛進って性格の人だったわ」


 そう教えてくれた。


 それから、


「姉さんは、冒険者としても『槍の達人』として有名だったみたいね。領都でも5本の指に入るのよ……って自慢してたから」


(なるほど?)


 ユーフィリア姉さんの強さの秘密、少しわかった気がするよ。


 納得していると、


「でも、どうして急にそんなことを聞いてきたの?」


 と、母さんに逆に聞かれてしまった。


 えっと……。


 少し迷いつつ、ユーフィリア姉さんが冒険者を目指していることを伝えてみた。


 もちろん、その理由も。


「…………」

「…………」


 母さんと父さんは、しばらく黙ってしまった。


 やがて、


「アナリス」

「ん?」

「できるだけでいいわ。どうか、あの子のそばにいてあげてね?」

「…………」


 母さんは、僕の顔を見つめた。


「うん、わかった」


 そう答えると、母さんは「ありがと」とギュッと僕を抱きしめてくれた。 




 翌日、ようやく森への立ち入りが許可された。


 どうやら、この間の魔物は、たまたま村近くの森まで迷い出てしまった『はぐれ』だったみたいで、他の魔物はいなかったんだって。


 よかった、よかった。


 という訳で、今日から『薬草摘み』の再開だ。


「がんばろうね、姉さん」

「う、うん」


 僕の言葉に、姉さんは頷いた。


 そんな姉さんは、心境の変化があったのか、長い前髪を紐で後ろに回して縛っていた。


 美人の顔が丸見えである。


 翡翠色の瞳も、とても綺麗だった。


「…………」


 でも、恥ずかしいのか、頬と耳が真っ赤だ。


 僕は笑って、


「じゃあ、行こう?」


 ギュッ


 姉さんの手を握って、歩きだした。


「あ」


 姉さんは驚いた顔をする。


 でも、抵抗することなくついて来てくれた。


 そうして僕ら姉弟は、今日も『薬草摘み』のために森へと向かった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


明日も3話分、投稿予定です。

もしよかったら、ブクマなどして明日も読んで頂けたら嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 新作投稿ありがとうございます&連続更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ う〜ん、アナリスは天然の女誑しですね。 間違いない!Σd(^_^o) そして今回のヒロインのユーフィリアは珍しく内向的な娘…
[一言] まだまだ序盤ですね。 この先の展開を楽しみにしています!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ