038・金竜の男
第38話になります。
よろしくお願いします。
「アナリス君の実力は本物だ。だからこそ、私は君に冒険者登録して欲しいと思っているんだ」
レイさんはそう続けた。
僕は目を丸くする。
姉さん、アリアさんも驚いた顔で、僕とレイさんを見ていた。
レイさんは、
「もちろん危険はある。けれど、村の狩人よりもずっと稼げるのは確かだ。――どうだい?」
そう魅惑的に微笑んだ。
…………。
これまでの僕は、ただの同行者。
姉さんの弟ということで、クエストに参加させてもらっているだけだった。
でも、この言葉は違う。
つまりレイさんは、僕に『正式に仲間にならないか?』と誘ってくれているんだ。
「…………」
その黒い瞳は、真剣だ。
僕のことを認めている――それが伝わってきた。
…………。
少し迷って、
「そう言ってもらえて嬉しいですけど、でも、やめておきます」
僕は、そう答えた。
姉さんは、びっくりしていた。
アリアさんは「ふ~ん?」と意外そうな顔だった。
レイさんは僕を見つめる。
…………。
僕は、ハイト村の狩人だ。
冒険者になるなら、狩人をやめて、村を出なければいけない。
それはしたくなかった。
前世の僕は、病弱なせいで両親に迷惑をかけたまま、死んでしまった。
その後悔が強い。
でも、今の僕は健康だ。
だからこそ、今の父さん、母さんにはたくさん孝行したかった。そのためには、まだ村を出たくなかったんだ。
「そうか」
レイさんは黒い目を伏せる。
吐息をこぼして、
「アナリス君とは、もっと一緒に冒険をしたかったんだがな」
そう残念そうに笑った。
僕も笑って、
「ありがとうございます。でも、ごめんなさい」
と頭を下げた。
レイさんは、優しく頷いた。
アリアさんは、
「ま、アンタの人生なんだし、好きにすれば?」
と肩を竦めた。
そして姉さんは、複雑そうに僕を見つめた。
「……アナリス……」
少し寂しそうだった。
…………。
本当は、姉さんと一緒に冒険者をしている自分を、少しだけ夢見てしまった。
でも、きっと今じゃない。
…………。
だから、ごめんね? 姉さん……。
◇◇◇◇◇◇◇
「お待たせ、ミカヅキ」
食事後、僕はギルドの馬房を訪れた。
夜も更けて、僕と姉さんは、宿屋に帰ることにしたんだ。
姉さんは僕の分の荷物も抱えて、冒険者ギルド前の通りで待ってくれている。
ちなみに、レイさん、アリアさんはもう少し飲んでいくって。
「よしよし」
モフモフ
僕は、柔らかな黒い毛を撫でる。
首を撫でられるのが好きなミカヅキは、気持ち良さそうに金色の瞳を細めていた。
カタン
柵を開けて、ミカヅキを出す。
その時だ。
ピクッ
ミカヅキの耳が反応した。
ん?
僕はキョトンとしながら、ふと耳の向いた方向を見る。
すると、馬房の暗がりから、誰かがこちらに歩いてくるのに気づいた。
コツ コツ
足音が響く。
姉さん……ではなさそうだ。
やがて、灯りの中に、その人影が入り込む。
そこにいたのは、赤毛の髪をした30代ぐらいの冒険者だった。
金属の全身鎧。
背中には、大剣を背負っている。
鼻の上に真横に傷跡があって、なんというか歴戦の冒険者という雰囲気だ。
誰だろう?
少し緊張する。
僕はさりげなく、ミカヅキのそばに寄った。
コツ
目の前で、男の人の足が止まる。
紫色の瞳が僕らを――正確にはミカヅキを見つめて、薄く細められた。
そして、
「いい従魔だな」
と呟いた。
低音で通りの良い渋い声だ。
赤毛の冒険者は、僕を見る。
「このダークウルフは、坊主のか?」
「うん」
僕は頷いた。
彼も頷いて、
「そうか。ずいぶんと人に懐き、信頼関係もできているようだな。何より自然契約なのが気に入った」
と笑みをこぼした。
…………。
厳つい風貌だけど、笑うと妙に優しい顔だった。
彼は手を伸ばし、
ポン
軽くミカヅキの鼻先を叩いた。
『…………』
ミカヅキは抵抗しないで、ただ男の人だけを見つめていた。
……うん。
その反応を見るに、どうやら悪い人じゃなさそうだ。
僕は、
「おじさんは誰?」
と聞いた。
おじさんは、ハッとした顔をする。
「あぁ、すまない。俺はダイダロス、坊主と同じ従魔を使った冒険者だ。ここに、自然契約のダークウルフがいると聞いてな。少し見てみたいと思ったんだ」
そう答えた。
へぇ……従魔使いの冒険者。
ある意味、僕の先輩だ。
ダイダロスさんはミカヅキを見つめる。
その眼差しはとても優しくて、なるほど、従魔が好きなんだろうな……と感じさせた。
僕は笑って、
「こんばんは、僕はアナリスです。この子はミカヅキ」
そう名乗り返した。
ダイダロスさんも頷いた。
それから、
「1つ聞きたい。坊主にとって、このダークウルフは何だ?」
と質問された。
え?
少し驚いて、
「家族です」
すぐに答えた。
それを聞いたダイダロスさんは、嬉しそうに笑みをこぼした。
「そうか」
大きく頷いた。
それから、ミカヅキの首を軽く撫でて、
「お前は、いい主人に出会えたな。この子のことを、しっかりと守ってやるんだぞ?」
と語りかけた。
ミカヅキの金色の目は、ダイダロスさんをジッと見つめ返す。
彼は笑った。
ポンポン
太い首を2度叩いて、手を離す。
それから、
「邪魔をしたな、アナリス」
ポム
僕の頭も、大きな手で1度、軽く叩いて去っていった。
…………。
何だったんだろうか?
ちょっと不思議な思いで、
モフモフ
彼の消えた方向を見ながら、僕もミカヅキの柔らかな黒い毛を撫でてしまった。
「え? ダイダロスさんに会ったの!?」
宿屋への帰り道、さっきのことを話したら、姉さんはそう驚いた。
僕も驚く。
「その人のこと、知ってるの?」
「うん」
姉さんは頷いた。
「といっても、私が一方的に知ってるだけ。ううん、アルパ領内の冒険者なら、誰でもその顔と名前を知ってるんじゃないかな?」
「…………」
えっと、もしかして有名な人なの?
心配になる僕。
姉さんは、その手で胸元を押さえた。
どこか憧れの表情で、
「ダイダロス・バリスは領内でただ1人、『竜』を従魔にした冒険者で、ローランド王国でも有名な『金印の冒険者』なんだよ?」
と教えてくれた。
…………。
……竜?
ダイダロスさんって、あの強敵だった火炎蜥蜴よりも強くて大きい、本物の『竜』を従魔にしている冒険者なの?
「…………」
思わぬ正体を知って、僕は今更、愕然としてしまった。
姉さんは笑って、
「しかもね、その竜とダイダロスさんは自然契約なんだって。凄いよね?」
と追加情報も教えてくれる。
僕は、ミカヅキを見る。
人間社会を知らないミカヅキは、素知らぬ顔だ。
…………。
僕らと同じ自然契約。
だから、あの人、ミカヅキを見に来たんだね?
見た目は怖かったけれど、従魔のミカヅキを家族だと言ったら嬉しそうだった。
……うん。
「あの人に、また会ってみたいな」
僕は呟いた。
今度は、もっとゆっくり話してみたい。
姉さんは微笑んだ。
「うん、会えるといいね」
金色の長い髪を揺らしながら、そう頷く。
それから、
「……その時は、サイン、もらってくれる?」
と、恥ずかしそうに付け加えた。
…………。
……姉さんってば……。
ご覧いただき、ありがとうございました。




