030・冒険者ギルド
第30話になります。
よろしくお願いします。
僕の提案に、姉さんは驚いた顔をした。
それから少し考え、
「うん、わかったわ。でも、今日はもう遅いから明日にしようね?」
と微笑んだ。
窓を見れば、外は夕暮れだ。
都会の夜は危険かもしれない。
僕は「そうだね」と物分かりよく頷いた。
うん、明日が楽しみだ。
その日は、ポーラさんの作った料理を食べて、就寝した。
料理は美味しかった。
ベッドは1つなので、その日は姉さんと一緒に眠ることになった。
…………。
ちょっと恥ずかしいな。
でも、疲れもあって、9歳の僕は、布団に入ってすぐに眠ってしまったんだ。
そして翌朝。
「おはよう、アナリス」
目が覚めると、姉さんの美貌が僕を覗き込んでいた。
凄く近い。
長い金髪が、僕の胸にサラサラとこぼれていた。
こんなに近かったのは、村で一緒に暮らしていた時もなかった気がする。
ドキドキ
内心、少し慌てながら「おはよう」と返事をした。
それから、朝食。
ポーラさんの宿では、朝夕の2回、食事が出されるという。
モグモグ
パンに、野菜と肉のスープだけだったけど、これも美味しかった。
うん、満足。
そのあと、馬房のミカヅキに会いに行った。
『ワフッ』
パタパタ
僕と姉さんを見て、嬉しそうに尻尾を左右に振っている。
馬房でも、特に不満はなさそうだ。
柔らかな藁に、大きな黒い身体を横たわらせて、のんびりしていた。
…………。
むしろ、周りの馬たちの方がダークウルフの存在に緊張していたかもしれないね。
「ふふっ、ミカヅキ」
モフモフ
抱きつき、いっぱい撫でる姉さん。
久しぶりに姉さんに撫でられて、ミカヅキも目を細めていた。
それから、部屋に戻る。
姉さんは、外出用のシャツとズボン姿に着替えた。
カシャッ
その上に、金属の胴当てと手甲をつけ、長いマントを羽織る。
手には、いつもの槍。
長い金色の髪は半分のところで折られて、頭の後ろでポニーテールのようにまとめられていた。
(…………)
初めて見る姉さんの冒険者姿。
表情もキリッとして、ちょっと格好いい。
姉さんは、
「冒険者は、舐められたら駄目なの」
と言った。
その口調から、今日まで色々あったんだろうなと思った。
僕も着替えた。
いつもの狩りをする時みたいに、狩猟用の弓と山刀を装備する。
姉さんは、
「格好いいね、アナリス」
と、眩しそうに僕を見つめた。
…………。
少しくすぐったい。
それから、僕らは宿を出る。
午前中でも、目の前の通りにはたくさんの人がいて賑やかだった。
姉さんは僕の手を握る。
柔らかく微笑み、
「それじゃあ、冒険者ギルドに行ってみよっか」
「うん」
僕は頷き、宿前の通りを姉さんと歩きだした。
◇◇◇◇◇◇◇
今回、ミカヅキはお留守番だ。
なので、姉さんと2人きりで冒険者ギルドに向かう。
20分ほどして、
「ここだよ」
姉さんは、1つの建物の前で足を止めた。
どうやら、ここが冒険者ギルドらしい。
(……大きいなぁ)
想像していた以上に、立派な建物だ。
敷地面積も広くて、建物の裏には、訓練場みたいな広場もあるみたいだ。
さすが、領都の冒険者ギルド。
「クスッ」
ポカンと見上げる僕に、姉さんはおかしそうに笑った。
それから2人で、中へと入った。
(わぁ、中も広いや)
入って正面には、総合案内があった。
奥には、受付カウンターが設置されていて、4~5人ぐらいの受付嬢が対応をしている。
そして、フロア全体には、100人ぐらいの冒険者がいた。
みんな、強そうだ……。
その多くは、奥の壁にある掲示板の前に集まっていた。
掲示板には、たくさんの紙が貼られていた。
(クエストの依頼書かな?)
ただ、よく見たら、掲示板が9つの色に分かれていた。
「?」
首をかしげる僕。
気づいた姉さんは、
「あれは、冒険者ランクごとに分かれているの」
と教えてくれた。
チャラッ
姉さんは、首に提げていたペンダントを、服の下から取り出した。
先端に、金属のプレートがある。
姉さんのそれには、青い魔法印が刻まれていた。
ポウッ
その印は、淡く発光している。
「これは冒険者の証なの」
と姉さん。
冒険者ランクは、下から赤、黄、青、緑、白、紫、銀、金、虹の9色の魔法印で示されるんだって。
つまり、姉さんは青印。
下から3つ目だ。
2年前は赤印だったので、この2年間で、2つランクを上げたんだね。
姉さんは、
「冒険者は、基本、このランクの色と対応した掲示板の依頼を受けるんだよ」
と教えてくれた。
(なるほどね)
よく考えられている。
ちなみに、緑印になって、ようやく冒険者として1人前と見られるんだって。
銀印は、領地に2~3人しかいない。
金印は、国に1~2人しかいない。
虹印は、もう歴史の偉人。
現在、僕らの暮らすローランド王国に『虹印の冒険者』はいないらしい。
でも、隣の国に1人いるんだって。
……いったい、どんな人なのかな?
色々な想像をする僕に、姉さんは微笑む。
それから、ふと遠くを見て、
「お母さんはね、銀印の冒険者だったんだ」
と、寂しそうに呟いた。
姉さんの両親も冒険者だった。
特に、姉さんのお母さんは『槍の達人』としても有名な冒険者だった、と僕の母さんが言っていた。
その伯母さんが、銀印。
つまり、本当に領地で3本の指に入る冒険者だったんだ。
「伯母さん、凄い人だね」
「うん」
僕の素直な感想に、姉さんは微笑んだ。
それから、息を吐く。
そして、
「ギルドの2階にね、食事ができる所があるの。そこに行こっか?」
と僕を誘った。
僕は「うん」と頷いた。
…………。
階段を登ると、2階は軽食のできるフードコートみたいになっていた。
適当な席に座る。
フライドポテトを頼み、僕はミルク、姉さんは紅茶を飲み物に選んだ。
モグモグ
うん、美味しい。
姉さんは紅茶のカップを傾けながら、
「ふふっ」
そんな僕を眺めていた。
それからは、姉さんの冒険者としての話を聞いた。
最近は、もう薬草採取のクエストはしていないそうだ。
3人パーティーになったので、3分割しても大丈夫な報酬のクエストを受注しなきゃいけないみたい。
もっぱら、魔物討伐クエストが多いって。
それと、
「この間、初めて遺跡探索にも挑戦してみたの」
だって。
初心者向けのダンジョン遺跡らしいけど、色々勉強になったそうだ。
(…………)
姉さんの目標は、伯父さん、伯母さんの行方不明になったダンジョン遺跡に行くこと。
その練習を始めたのかもしれない。
その遺跡には『白印』以上しか入れない、と、前に聞いていた。
今の姉さんの2つ上のランク。
もし1年に1つずつ、順当にランクを上げていけば、それは2年後になるだろう。
…………。
その時、僕はどうするだろう?
楽しそうに話をしてくれる姉さんを眺めて、僕は、ぼんやり心の中でそう思った。
ここは、他の冒険者も休憩やミーティングで使うらしい。
僕らのそばを、よく通りかかる。
でも、その時に、こちらを値踏みするような視線を送ってくる冒険者もいるんだ。
「…………」
僕と姉さんが、女子供だからかな?
好奇の視線なら、まだいい。
でも、中にはあからさまに見下したり、侮るような顔をしている人たちもいた。
そんな時、
カンッ
姉さんは、手にした槍の石突で床を叩く。
そして、相手を睨み返すんだ。
姉さんは美人だ。
だからこそ、冷たく突き刺すような視線は、とても迫力があった。
相手は驚き、すぐに去っていく。
…………。
あの人見知りの姉さんが……。
僕も驚いた。
きっと、この2年間で学んだ自衛方法なのだろう。
冒険者は、舐められたら駄目……とも言っていたしね。
「ふう……」
相手が去ると、姉さんは息を吐く。
やっぱり、無理してたみたい。
そして、僕の視線に気づいて、
「あ……え、えっと……」
と慌て出した。
さっきの姉さんは、正直、ちょっと怖かった。
でも、抜身の日本刀みたいな美しさもあって、とても似合ってもいた。
だから、
「今の姉さん、格好よかったよ」
と笑った。
姉さんは「えっ?」と驚いた顔をする。
ポッ
その頬が赤くなった。
「あ、ありがと、アナリス……」
恥ずかしそうに顔を逸らす。
あはは。
そんな風に、僕らは楽しい時間を過ごしていた。
その時、
「あれ、ユフィ?」
そんな声が聞こえた。
ん?
そちらを振り返る。
するとそこに、黒髪の女の人と青い髪の女の人が立っていた。
青い髪の方は、耳が長い。
2人とも、驚いたように僕らを見ていた。
姉さんも同じ顔。
ポカンと開いた口から、
「レイ、アリア?」
と言葉が漏れた。
…………。
おや、聞き覚えのある名前だね?
ご覧いただき、ありがとうございました。