027・騎士とご令嬢
第27話になります。
よろしくお願いします。
「よくやったね、ミカヅキ」
戻ってきたミカヅキを、僕は小さな両手でいっぱい撫でた。
モフモフ
黒い毛の奥の肌は、焼けるように熱い。
がんばったミカヅキは、気持ち良さそうな顔で僕のナデナデを受けていた。
その時、
「ライシャ、大丈夫か?」
後ろから、そんな声が聞こえた。
振り返れば、1人の騎士が地面に膝をついていた。
赤いトカゲに殴られた騎士だ。
ちょっと苦しそう。
4人の騎士が心配そうに集まり、女の子は泣きそうだ。
僕もそちらに向かった。
驚くことに、その騎士さんは女の人だった。
赤毛の髪をした美人で、着ている鎧は魔物の爪で大きく裂けている。
ガシャッ
鎧を外すと、服が赤く染まっていた。
(……うん)
致命傷じゃないけど、そこそこの傷だ。
もしかしたら、痕になるかもしれない。
えっと……。
僕はリュックを漁って、
「あの、よかったら使ってください」
と、薬草を差し出した。
騎士さんたちが振り返る。
「オリビエの葉です。消毒と鎮痛効果があるので、少し楽になると思います。熱が出たら、このグリエの根を煎じて飲ませてあげてください。熱冷ましになりますから」
彼らは目を瞬いた。
すぐに隊長らしい人が頷いて、
「ありがとう、助かるよ」
と、受け取ってくれた。
すぐに処置が施される。
薬草をすり潰して傷に塗り、特に深い傷は、針で縫合する。
……見てるだけで痛い。
でも、薬草が効いたのか、女騎士さんの表情は少し和らいだ。
(よかった)
みんなもホッとした顔だ。
それから、騎士さんたちは僕とミカヅキを振り返る。
隊長さんが代表して、
「君たちのおかげで助かった。本当にありがとう。――ところで、君たちは何者なのだろうか?」
と聞かれた。
その声には、少しだけ警戒がある。
主人を守る仕事の人なら、当然だ。
僕は頷いて、
「僕は、ハイト村の狩人のアナリスです。こっちは、相棒のミカヅキ」
そう答えた。
紹介されたミカヅキは、僕の後ろに座って、後ろ足でバリバリと首を掻いていた。
騎士さんたちは、その黒い巨体を見つめた。
それから僕を見て、
「君は、狩人なのか……? その、まだ子供なのに?」
と驚かれた。
僕は「はい」と頷く。
まぁ、確かに9歳の狩人は、あまりいないかもしれない。
他の騎士さんも、顔を見合わせている。
「なるほど、そうか。――だが、確かに見事な弓の腕だった。おかげで我々も命拾いをしたよ」
そう頷いた。
でも、1番がんばったのはミカヅキだけどね。
モフモフ
僕は、その首を撫でる。
ミカヅキは『クルル……』と嬉しそうに喉を鳴らした。
えっと、
「それで、皆さんは……?」
と、僕も聞いた。
彼らはハッとする。
隊長さんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「これは、恩人に名乗りもせずに失礼した。我々は、トールバキン家の騎士だ。こちらにおわすのは、トールバキン家のご息女クリスティーナ様になる」
そう、後ろの女の子も紹介された。
女の子は、
「こ、こんにちは」
と緊張したように挨拶をしてくれた。
長い紫色の髪をした、お人形さんみたいな女の子だ。
うん、可愛い。
幼いけど、上品な雰囲気もあった。
僕も笑って、
「こんにちは、クリスティーナ様」
と挨拶。
彼女は橙色の目を丸くする。
ポッ
その頬を赤らめた。
(?)
恥ずかしがり屋さんなのかな……?
トールバキン家というのを、僕は知らない。
けど、多分、貴族様なのだろう。
横転した馬車にも、家紋みたいのが描かれてるもの。
隊長さんが言うには、
「シュザムの丘の神殿に巡礼に行った帰りに『火炎蜥蜴』の襲撃を受けてしまったのだ」
とのこと。
あのトカゲ、火炎蜥蜴って名前だったんだね?
ちなみに、下級竜の亜種とされる魔物なんだって。
(……竜の亜種、か)
手強い訳だ。
隊長さんは、僕とミカヅキを見つめて、
「アナリスたちがいてくれて、本当に助かった」
そう、しみじみ言った。
聞けば、彼女たちも領都に向かうところだという。
せっかくなので、途中まで同行することになった。
ま、旅は道連れともいうしね。
そのあと、僕らは横転した馬車を起こして、散乱した荷物も集めた。
でも、赤いトカゲのせいで、馬車を引く馬が死んでいた。
(……仕方ない)
馬車は、代わりにミカヅキに引いてもらうことになった。
頼んだら、ミカヅキは『え、本気?』という顔をしていたよ。
でも、供養も兼ねて、死んでしまった馬を食べていいと話したら、引き受けてくれた。
ガブッ ガツガツ
食欲旺盛なミカヅキは、すぐに平らげる。
その光景に、クリスティーナ様は青い顔をしていた。
すぐに騎士たちに「見ないように」と視線を隠されていたけどね。
ま、そうこうして出発。
僕とトールバキン家の皆さんは、ミカヅキの引く馬車で再び街道を進み出した。
◇◇◇◇◇◇◇
初めての馬車だ。
車内は結構、揺れる。
でも、座席のクッションがいいのか、そこまで不快じゃなかった。
車内には、3人いた。
僕とクリスティーナ様。
そして、負傷した女騎士のライシャさん。
もしかしたら、ライシャさんには、クリスティーナ様と部外者が2人きりにならないための役割もあったのかもしれないね。
他4人の騎士は、外を歩いていた。
「…………」
クリスティーナ様は、モジモジしてた。
なんか、昔の姉さんみたい。
でも、時間が経つにつれて、色々と聞いてくるようになった。
僕は、本当に狩人なのか?
ミカヅキとどう出会ったのか?
どうして、そんなに弓が上手いのか?
僕も正直に答えた。
3歳から森に入って、8歳で狩人になったこと。
怪我をした子供のミカヅキを助けて、家族になったこと。
弓が上手いのは、毎日練習してたから(だと思う)。
「そうなんですの!」
クリスティーナ様は、目をキラキラさせながら聞いてくれた。
貴族の子だから、庶民の生活が珍しいのかもしれないね?
あと、ライシャさんも「3歳!?」と驚いていた。
ついでに僕も色々質問してみた。
そうしたら、クリスティーナ様は僕と同じ9歳だとわかった。
「嬉しいですわ」
彼女は、そう笑ってくれた。
あと、僕と同じ1人っ子だって。
もっと色々聞きたかったけど、家のことに関しては、ライシャさんがさりげなく話題を逸らした。
…………。
相手は貴族様だ。
あまり深入りしない方がいいのかもしれない、うん。
そんな感じで、当たり障りのない会話。
ライシャさんには、
「……本当に9歳ですか?」
なんて聞かれてしまった。
なぜ?
そんな感じで、馬車の旅を楽しむ。
やがて、山間部を抜けて、馬車はその先にある小さな町に辿り着いた。
トールバキン家の皆さんとは、ここでお別れとなった。
横転したことで、馬車が損傷していたからね。
安全面を考えて、実家に早馬を送って、替えの馬車と護衛の応援を頼むそうだ。
(……応援も?)
不思議に思っていると、
「今回、襲撃してきた魔物は、ルイーズ家の従魔だった可能性もあるのでな」
と隊長さん。
あ、これ深入りしちゃ駄目な話だ。
僕は耳に手を当て、聞き流した。
そんな聡い僕に、他の騎士さんたちは感心したり、苦笑いしてたけどね。
…………。
そんな訳で、彼らは町の宿屋に泊まることになった。
先を急ぐ僕とミカヅキは、このまま街道へ。
「やだぁ! アナリス様も一緒にいて~!」
でも、クリスティーナ様は大声で泣き出してしまった。
…………。
上品な女の子はどこに行ったの?
ライシャさん、隊長さんたちと一緒に、何とか説得する。
そうしたら、
「グスッ……な、なら、領都にある私の家を訪ねてください。これを門番に見せたら、会えるようにしますから。必ずですよ!」
と、ハンカチを渡された。
白くて、家紋が刺繍された高級そうな布だ。
僕は「わかりました」と受け取った。
いや、受け取るしかないよね?
それで、クリスティーナ様もようやく納得されたみたいだ。
…………。
そのあと、隊長さんからお金ももらった。
助けてもらったお礼と『火炎蜥蜴』の素材代金とのことだった。
仮にも竜の亜種なので、素材もそこそこの値段なんだって。
死体は放置してあるけど、すぐに町の人を集めて、素材回収に向かうそうだ。
ズシッ
渡された革袋は、かなり重い。
いや、これ、僕の1年の稼ぎより多いんじゃないか?
(…………)
ま、もらえるものはもらっとこう。
そんな感じで、僕はミカヅキの背に乗り、トールバキン家の皆さんに見送られながら町を出発した。
…………。
なんか、大変だったなぁ。
でも、姉さんへのいい土産話ができたかな?
そんなことを思いながら、
モフモフ
歩くミカヅキの黒い毛を撫でる。
姉さんのいる領都までは、あと10日ほど。
青く澄んだ空の下、僕はミカヅキの背に揺られながら、遠く伸びる街道を進んでいった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回、姉さんとの再会です♪