025・人生初めての旅
第25話になります。
よろしくお願いします。
冬の間も、僕とミカヅキは休まず森へと入った。
たくさん魔物を狩る。
その素材を売って、どうにか目標の金額に達した。
(よしよし)
行商さんから受け取ったお金を財布にしまって、僕は1人頷く。
やがて、春が訪れた。
僕は9歳、姉さんは16歳、ミカヅキは4歳になった。
そして、
「僕、領都に行く」
と、父さん、母さんに打ち明けた。
そう、姉さんに会いに行くんだ。
そのための旅費も、滞在費も、ちゃんと用意できた。
旅のお供は、ミカヅキだ。
領都アルパディアまでは、馬車で片道7~10日。
徒歩だと20~30日ぐらい。
せっかくなので、領都観光したいから、滞在も1ヶ月ぐらいの予定だ。
滞在先は、姉さんの部屋。
手紙で、姉さんに許可ももらった。
『アナリスに会えるの、嬉しいよ。楽しみにしてるね!』
だって。
僕も嬉しい。
10歳未満の子供の1人旅。
父さん、母さんも最初は渋っていた。
でも、僕も諦めない。
3日間ぐらい、説得を続けた。
すると、母さんは根負けしたように、頬に手を当て、ため息をこぼした。
「まぁ、アナリスだものね」
「…………」
父さんは無言だった。
(???)
どういう意味?
よくわからないけれど、領都行きを許してもらえた。
「やったね!」
『ワフッ』
僕はミカヅキと喜んだ。
その日の内に、旅の準備をした。
父さんは、村長さんに会いに行って、1通の手紙と木札をもらって来た。
それを差し出され、
「ミカヅキの『従魔証明書』と『証明札』だ」
え?
父さん曰く、証明書は領主に任命された村長の作った公文書になるそうだ。
つまり、ミカヅキが安全な魔物だという正式な証拠。
この木札を提げておけば、ダークウルフのミカヅキも領都の中に入れるんだって。
…………。
そこまで考えてなかった。
「ありがとう、父さん」
僕は笑った。
父さんも微笑み、頷いた。
…………。
その夜、僕は姉さんに手紙を書いた。
ついに、姉さんに会える。
それが嬉しかった。
きっと、この手紙が届くのと、僕が領都に到着するのは、同じぐらいの時期だろう。
ふと右手の輝きに気づいた。
姉さんがくれた、金色の髪で編まれたミサンガ。
それが窓からの月光に煌めいている。
…………。
うん、楽しみだ!
◇◇◇◇◇◇◇
出発の朝が来た。
僕は、鏡の前で自分を見る。
「……ん」
僕の格好は、丈夫な旅服だ。
背中にはリュックを負い、その上には『狩猟弓』が固定されていた。
腰ベルトの後ろには、金属矢7本が入った矢筒。
左には、山刀が提げられている。
リュックには、携帯食料、水筒、着替え、毛布、各種薬草、地図、従魔証明書、などなどだ。
「うん、問題なし」
僕は満足して頷いた。
玄関を出る。
『ワフッ!』
出たすぐの所で、ミカヅキがお座りしていた。
真っ黒な巨体。
その首には、トレードマークの赤い布が巻かれていた。
更に、木札もぶら下がっている。
モフモフ
僕は、その首を撫でた。
ミカヅキは気持ち良さそうだ。
そんなミカヅキには胴ベルトが巻かれ、身体の左右に、大きな荷物バッグがつけられていた。
僕は9歳。
物理的に、背負える量が少ない。
だからその分、ミカヅキにも持ってもらってるんだ。
(ごめんね、ミカヅキ)
モフモフ
そう思いながら撫でる。
ミカヅキは『気にするな』と笑うように、金色の目を細めていた。
「行ってきます!」
やがて、出発の時間となった。
歩くミカヅキの背中から、僕は後ろを向いて、大きく手を振った。
見送る父さん、母さんも振り返してくれる。
父さんはいつも通り。
でも、母さんは少し泣きそうだ。
……たった3ヶ月の別れなんだけどね?
だけど、心配してもらえるのは嬉しかった。
…………。
やがて、村も遠くなる。
木々の向こうに隠れ、2人の姿も見えなくなった。
「……ん」
僕は前を向いた。
目の前には、木々の間を抜ける道がずっと伸びていた。
奥には、水色に霞む山脈。
その向こうには、よく晴れた青い空。
いい天気だ。
僕にとっては、人生初めての旅。
それは、生まれつき身体が弱かった前世の自分も含めてのことだった。
ドキドキ
鼓動が高まる。
知らない道。
知らない町。
知らない人。
知らない景色。
それらに出会う旅。
そして、その先には、姉さんが待ってくれている。
「あはっ」
僕は、つい笑った。
ミカヅキが不思議そうに見上げてくる。
その頭を撫でた。
その時、ふと空から吹き抜けた風に、僕の髪が柔らかく揺れた。
さぁ、旅の始まりだ!
◇◇◇◇◇◇◇
領都への旅は続いた。
昼間はミカヅキの背に揺られ、夜は野宿か、近くの村の宿屋に泊まった。
「坊主1人なのか!?」
9歳児の1人旅には、驚く人も多かった。
あと、ミカヅキの存在にもね。
怖がる人たちには、首から提げた木札で安心してもらった。
効果は大きかったよ。
父さん、村長さん、ありがとう。
僕が客室で泊まる間、ミカヅキは馬房の藁で眠った。
宿がない時は、野宿だ。
大きな木の根元で、丸まったミカヅキの柔らかな毛に包まれて眠った。
春の夜は、まだ冷たい。
でも、ミカヅキのおかげで寒くなかったんだ。
(ありがとね、ミカヅキ)
モフモフ
そうした夜は、いっぱいミカヅキを撫でてあげた。
ミカヅキも嬉しそうだった。
旅の間は、雨に降られることもあった。
そういう時は、防水用のマントで身体を覆った。
ミカヅキはびしょ濡れになったけど、
ブルブルブル
と、時々、全身を振るって、雨を弾いていた。
跳んだ水滴で、僕がビショビショになったけどね……。
街道には、野生動物や魔物が出現することもあるって聞いていた。
けど、今の所、遭遇していない。
運がいいのかな?
あるいは、ミカヅキがいるおかげかも……。
ダークウルフは、結構、強い魔物だっていうからね。
みんな怯えるのかもしれない。
野盗の心配もしたけど、それもなかった
…………。
まぁ、まだ旅は始まったばかりだからね?
油断せずに行こう、うん。
旅に出てから、10日が過ぎた。
領都まで、あと半分ぐらい。
馬車1台分だった街道は、今は、3車線ぐらいの広さになった。
たまに、馬車や旅人ともすれ違う。
みんな、最初、ダークウルフの存在に驚くんだ。
でも、
「こんにちは」
その背中で、僕が笑って挨拶する。
すると、みんな目を丸くして、それから安心してくれる。
そして、「こんにちは」「良い旅を」なんて言葉を返してくれるんだ。
旅っていいな。
…………。
そんなことを思っていた午後のことだった。
僕とミカヅキは、山間の道を進んでいた。
道の左右は、背の高い木々に包まれ、林となっていた。
(…………)
どんな薬草や獲物が取れるだろう?
ウズウズ
ちょっと中に入りたい……。
そんなことを考えてしまった。
その時、
ピクッ
ミカヅキの大きな耳が何かに反応した。
(ん?)
その三角形の耳は、道の前方に向いている。
『グルル』
小さく唸った。
……街道の先に、何か警戒することがあるようだ。
僕も耳を澄ませた。
すると、
カン キン
小さな金属音がした。
そして、
「……っ」
「……っっ」
人の悲鳴や叫び声のようなものも。
僕はハッとする。
すぐにリュックから『狩猟弓』を外して、左手に握った。
「ミカヅキ」
パシッ
その背中を右手で叩く。
それに応えて、ミカヅキは『ウォン!』と吠えると、風のように走り出した。
ご覧いただき、ありがとうございました。