020・夏の旅立ち
第20話になります。
よろしくお願いします。
その日の夜、姉さんは、居間で父さん、母さんと長い話し合いを行った。
僕は同席しなかった。
「私1人で、ちゃんと話したいの」
姉さんが、そう望んだんだ。
そうしなければ、自分の覚悟は伝わらない。
そんなこともできない自分では、冒険者としてやっていくこともできない。
そう思ったんだと思う。
…………。
僕は、寝室で1人待ち続けた。
ミカヅキは大きくなったので、裏庭に作った小屋で暮らしていた。だから、そばにいない。
時々、居間から大きな声が聞こえる。
キュッ
小さな手を握って、我慢した。
「…………」
ふと見れば、窓の外には、異世界らしく3つの月が輝いていた。
姉さんが戻ってきたのは、2時間以上してからだった。
目元が真っ赤だ。
「姉さん?」
僕は問いかけた。
姉さんは、泣き腫らした目で微笑んだ。
やり遂げた笑顔。
そっか。
姉さんは、父さん、母さんを説得したんだ。
がんばった姉さん。
それは喜ばしいことのはずなのに、なぜか寂しくて仕方なかった。
気づいた姉さんは、
ギュッ
僕を抱きしめてくれる。
「ごめんね、アナリス」
「…………」
ううん。
自分の未来を切り開こうとする姉さんを応援したい――その気持ちも本当だった。
だから、僕は笑って、
「がんばったね、姉さん」
ポンポン
そんな姉さんの金色の髪の流れる背中を軽く叩いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌月までは、あっという間だった。
姉さんは、これまで『薬草摘み』と『狩猟』で稼いだお金を全部、貯めていた。
そのお金で、旅の装備を行商から買っていた。
このために、2年間、ずっと準備をしてたんだ。
(…………)
その決意の深さを感じたよ。
父さん、母さんは、そんな姉さんのことを静かに見守っていた。
あの日、話し合いで何を話したか、僕は知らない。
でも、あのあと、母さんが隠れて泣いていて、父さんがそんな母さんを励ましていたのは知っていた。
2人なりに、姉さんを娘として愛していたのは本当なんだ。
旅立ちの日がやって来た。
玄関前で、旅装束の姉さんは、父さん、母さんと抱き合って別れを惜しんだ。
僕の隣には、ミカヅキもいる。
姉さんとの別れがわかっているみたいで、どこか寂しそうな様子だった。
姉さんの手が、その首を撫でる。
「アナリスをよろしくね、ミカヅキ」
『クゥン』
姉さんの頼みに、ミカヅキは小さく頷いた。
姉さんは微笑む。
そして、その翡翠色の瞳がこちらを向いた。
「アナリス」
柔らかな声。
「行ってくるね、アナリス」
「うん」
僕は頷いた。
すると、姉さんはそんな僕の小さな手を取って、その手首に何かを通した。
(?)
それは金色のミサンガだった。
これは……?
「その……私の髪を編んで作ったの。私がいない間、アナリスを守ってくれるお守りにって」
そうはにかんだ。
…………。
僕はそれを見つめてしまった。
「あ……えっと、嫌だったら外していいからね?」
慌てる姉さん。
僕は「ううん」と首を振った。
「ずっと外さない。大事にする」
「…………」
「…………」
「……うん」
姉さんはくすぐったそうに頷いた。
それから、
「ありがとう、大好きだよ、アナリス」
ギュッ
そう囁いて、僕の小さな身体を抱きしめてくれた。
姉さんを乗せた馬車が、村を出発する。
目的の領都までは、いつもの行商の馬車に乗せてもらえることになったんだ。
「いってらっしゃい、姉さん!」
僕は大きく手を振った。
姉さんは、こちらを見る。
泣き笑いの顔で、手を振り返してくれた。
僕も泣きたかった。
でも、我慢だ。
少なくとも、姉さんが見えなくなるまでは笑顔で見送るんだ。
…………。
やがて、馬車は遠くなり、木々の向こうに消えてしまった。
僕は、その場に立ち尽くす。
『……ウォン』
心配したミカヅキが近づいてきた。
ポフッ
その柔らかな黒毛に顔を埋める。
泣き声を殺して、ただ肩を震わせた。
ミカヅキは、黙って身体を貸してくれていた。
父さん、母さんは、そんな僕らを優しく見つめていた。
…………。
とある晴れた夏の日。
こうして14歳のユーフィリア姉さんは、僕らの元から旅立ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。