019・決意
第19話になります。
よろしくお願いします。
この春、僕は7歳になった。
姉さんは、14歳。
前世の僕が亡くなってしまった年齢と同じだから、何だか感慨深いな……。
姉さんは長生きしてね?
さて、そんな姉さんは、また背が伸びた。
成長期かな?
そのため、見た目は凄く大人っぽくなった。
元々、美人の姉さんだ。
森に行く時には、前髪をあげている。
だから、村の人にも顔を見られたのだと思う。
最近、姉さんは、村の若者や独身男性から、お付き合いや結婚の申し込みをされるようになったんだ。
…………。
まだ早いよね?
僕はそう思う、うん。
姉さんもそう思っているかは、わからない。
でも、人見知りの姉さんは、声をかけられるとビクッとして逃げ出してしまう。
で、僕が窓口にされた。
つまり、恋文を届けて欲しいとか、交際の仲介をして欲しいって頼まれるんだ。
「…………」
全部、断りました。
……ま、一応?
姉さんにも気になる人がいたりするのか、聞いてみました。
「い、いないよ」
だって。
「い、今は私、そういうことをしている余裕もなくて……そ、それに、今はアナリスと一緒にいたいから」
少し恥ずかしそうに、そう言ってくれる。
うんうん。
姉さんの言葉に、僕は大満足だった。
それでも、中には、しつこい男もいたりして……。
そういう奴には、
『ガウルルルッ!』
と、大きくなったミカヅキに威嚇してもらいました。
効果は抜群。
相手はすぐに逃げていったよ。
というか、そんな根性なしに、大切な姉さんは渡せません。
…………。
ちなみに、そんなミカヅキは、ついに体長が3メードにまで達していた。
額の青い宝石みたいな角も、30センチぐらいの長さ。
体毛も黒くなった。
まだ若いけど、もう立派なダークウルフの成体だ。
毛並みは美しく、風貌は凛々しく、その立ち姿は威風堂々としていて格好良かった。
でも、首回りとか撫でると、
モフモフ
『クゥ~ン』
と甘えた声で、金色の目を細めるんだ。
それは、子供の時から変わらないね。
そして、もう1つ。
ついに、僕はミカヅキの背中に乗れるようになった!
もう最高だ。
最初は、思った以上に揺れが凄くて、歩いてもらうだけで大変だった。
でも、今は慣れた。
ミカヅキが全力で走っても落ちることはない。
そして、ミカヅキの背中から弓を撃つこともできるようになったんだ。
……命中率は、まだ低いけどね。
でも、今なら『魔爪の白熊』と出会っても、僕とミカヅキで簡単に倒せる自信があるよ。
ミカヅキには、姉さんと一緒に乗ることもある。
その時は、僕が前で、姉さんがその後ろに座って、僕が落ちないように密着してくれるんだ。
ムニッ
後頭部に、育った姉さんの胸が当たる。
(…………)
大きくなったね、姉さん?
赤くなる僕に、気づいてないのか、姉さんは不思議そうな顔だった。
あはは……。
…………。
そうして毎日、僕は姉さんと一緒にミカヅキの背中に揺られて、森へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
暑い夏がやって来た。
その日も、いつものように『薬草摘み』をして、湖の畔で休憩することにした。
砂浜の倒木に、僕と姉さんは座る。
ミカヅキは、暑いからか、水辺でパシャパシャと遊んでいた。
大きくなっても、こういう所は子供だね?
散った水滴が、キラキラと輝いていた。
それを眺めていると、
「あのね、アナリス? 話があるの」
と姉さんの声がした。
(?)
その声に何かを感じた。
振り返ると、姉さんは真剣な顔をしていた。
姉さん?
僕を見つめて、姉さんは息を吐く。
そして、
「私ね、家を出ることにしたの」
と言った。
…………。
「え?」
その意味を理解できなかった。
でも、姉さんは続ける。
「町に出て、冒険者になるの。だから、来月、冒険者ギルドに登録して来ようと思ってる」
「…………」
僕は、何も言えなかった。
前から、姉さんの思いは知っていた。
でも、もっと先だと思ってた。
こんな突然に、姉さんがいなくなってしまうとは思わなかったんだ。
「……どうしても?」
「うん」
姉さんは頷いた。
僕はうつむき、
「……父さんと母さんは、知ってるの?」
「ううん」
姉さんは首を振る。
長い金髪が揺れて、
「一番最初に話すのは、アナリスにって決めてたから」
と微笑んだ。
…………。
僕は顔をあげた。
姉さんの笑顔は、とても澄み切っていた。
それは、これまでにたくさん悩んで、迷って、そうしてこの結論に辿り着いたからだろう。
それがわかってしまった。
だから、その気持ちはもう覆せない……それも、わかった。
…………。
そんな僕を見つめ、姉さんの表情が歪んだ。
「ごめんね」
泣きそうな声。
そして、姉さんの両手が僕のことを抱きしめた。
「お父さんとお母さんがいなくなって、でも、アナリスがいたから私は生きてこれた」
「…………」
「私、アナリスが大好き」
ビクッ
僕の身体が震えた。
そんな僕を抱いたまま、
「だから、私は、ちゃんとアナリスのお姉さんになりたいの」
姉さんは、そう言った。
そして、続ける。
「でも、今の私じゃ駄目なの」
「…………」
「私の心は、ずっとお父さんとお母さんを待つあの部屋に閉じ込められたままなの。そこから出て、前を向くためには、本当の意味でアナリスのお姉さんになるには、お父さんとお母さんを見つけないと駄目なの」
血を吐くような声だった。
姉さんは泣いていた。
それを感じて、僕も泣いてしまった。
ギュッ
姉さんの背中を、強く抱きしめる。
「うん、わかった。姉さんのこと、僕、待ってるよ」
必死に言った。
姉さんは「ふぐ……っ……う」と泣いて、何も答えられなかった。
ただ、何度も頷いた。
パシャッ
ミカヅキの遊ぶ水音が響く。
キラキラと水滴が弾けて、綺麗な虹がいくつも生まれていた。
その中で、僕は泣きながら笑った。
そして、
「――僕も、ユーフィリア姉さんのこと、大好きだよ」
ご覧いただき、ありがとうございました。