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018・かすかな変化

第18話になります。

よろしくお願いします。

 あれから数日、姉さんは落ち着きを取り戻したように見えた。


 少なくとも、表面上は。


 内心はわからない。


 でも、だからこそ、僕は、なるべく姉さんのそばにいようと思っているんだ。


「? どうしたの、アナリス?」


 朝食の席で、僕の視線に気づいた姉さん。


 首をかしげた拍子に、窓からの光に長い金髪がキラキラと輝きながら揺れた。


 僕は「ううん」と首を振る。


「今日も薬草摘み、がんばろうね?」


 と笑いかけた。


 姉さんも柔らかくはにかんで、


「うん」


 と嬉しそうに頷いた。




 ミカヅキと一緒に、今日も姉さんと森に入った。


 サク サク


 ナイフで薬草を集める。


 姉さんも慣れた手つきで、薬草を摘んでいた。


 ミカヅキは、今日は狩りをしないで、僕らのそばの地面で伏せ、珍しくのんびりしていた。


 …………。


 ……いや。


 もしかしたら、ミカヅキも姉さんを心配して、そばにいようと思ったのかもしれない。


『…………』


 眠ったような顔で、さりげなく片目で姉さんを見ていた。


 いい子だなぁ、ミカヅキ。


 そんな風に一緒に過ごして、やがて僕らは村へと帰った。




 家に帰ったら、裏庭で日課の素振りだ。


 僕は山刀を、隣の姉さんは槍を振るう。


「はっ、やっ!」


 ヒュッ ヒュボッ


 姉さんの槍が鋭く突き出されるたびに、汗に湿った金髪も踊っていた。


 綺麗な動作。


 姉さんの槍の技術は、もう大人顔負けなんじゃないかな……?


(僕もがんばらなきゃ)


 姉さんに負けないように。


 恥じないように。


 そう思いながら、必死に山刀を振るった。


 しばらくしたら、弓に持ち替える。


 裏庭の木に吊るした木製の的を狙って、次々と矢を放った。


 スパン スパン


 的の中心に命中。


 うん、狙い通り。


 30メードの距離では、もう外すことはあり得ない感覚だった。


 そうして、僕と姉さんの日課は続いた。


 …………。


 やがて、夕暮れとなった。


 僕らの黒い影が、赤く染まった地面に長く伸びている。


 いつもなら、日課の終了の時間だ。


 でも、


「はっ!」


 ヒュボッ


 姉さんは練習をやめなかった。


(…………)


 僕は、姉さんの横顔を見つめる。


 姉さんは前を向いたまま、


「ごめんね、アナリス。もう少し」


 そう言った。


 僕は少し間を空けてから、


「うん、わかった」


 と頷いた。


 ミカヅキは、裏庭に生えた木の根元に伏せていた。


 僕は、その隣に座る。


 モフモフ


 その頭を撫でると、ミカヅキは目を細め、大きな尻尾を左右に揺らした。


 そして、一緒に姉さんを眺める。


 姉さんは、一心不乱に槍を振るい続けていた。


 いつまでも。


 いつまでも。


 …………。


 それは周囲が暗くなり、夕食ができたと母さんが呼びに来るまで続けられた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「やっ!」


 ドシュッ


 姉さんの槍が突進してきた猪の心臓を正確に貫いた。


 ドサッ


 猪の大きな身体が地面に倒れる。


 それを見下ろして、姉さんは血に濡れた槍を引き抜いて、大きく息を吐いた。


 …………。


 それは、森での『薬草摘み』でのことだ。


 姉さんはミカヅキに、


「もし近くに獲物がいたら、私の方に追い込んで欲しいの」


 と頼んでいた。


 ミカヅキは頭がいい。


 人間の言葉は喋れないけれど、その内容は、ある程度、理解できるみたいだった。


 そして、姉さんの願いを叶えた。


 追い込まれた猪は、こうして姉さんに倒されたのである。


「…………」


 姉さんの表情に喜びはなかった。


 でも、静かに張り詰めた何かがあった。


(…………)


 それが何か、僕にはわからない。


 僕の視線に気づいた姉さんは、いつものように微笑んだ。


「そろそろ帰ろうか、アナリス?」

「うん」


 僕は頷いた。


 そうして姉さん、ミカヅキと一緒に村へと帰っていった。




 姉さんは、少し変わった。


 冒険者ギルドの手紙を受け取った、あの日から。


 槍の練習により熱心になり、その腕を試すように積極的に『狩猟』を行うようになった。


 ある日、こんなこともあった。


「お、おじさん、私も森の奥に行っちゃ駄目?」


 と、父さんに聞いたのだ。


 僕も母さんも、びっくりしてしまった。


 父さんは、静かに姉さんを見返した。


「駄目だ」


 短い一言。


 森の奥は、危険な場所だ。


 僕らが行く森の浅い場所と違って、魔物がたくさんいる。


 あの魔爪の白熊だって、何匹も生息してるんだ。もっと強く、恐ろしい魔物だっているだろう。


 だから、父さんの答えは当たり前だった。


「…………」


 でも、姉さんは唇を噛み締める。


 悔しそうに。


 歯痒そうに。


 僕は心配になって、姉さんの服の裾を摘まんでしまった。


「あ……」


 姉さんはハッとする。


 すぐに優しく笑って、


「ごめんね、アナリス。大丈夫だよ?」


 と、頭を撫でてくれた。


 …………。


 僕は姉さんを見つめる。


 なんだか姉さんが1人で、どこか遠くに行ってしまいそうで怖かった。




 きっと姉さんは、強くなりたいのかもしれない。


 だから、槍の腕を鍛えて、より強い生き物と戦おうとしている――そう思えた。


 何のため?


 きっと、冒険者になるため。


 前に、伯父さん、伯母さんを探すために冒険者になりたいと語っていたのを思い出す。


 そのために、走り出したんだ。


 …………。


 僕は、そんな姉さんを見守った。


 姉さんに頼まれて、裏庭で、先端を布で丸めた矢を姉さんに射ることもした。


 パシッ パシッ


 姉さんの槍は、それを簡単に叩き落としていく。


 凄い……。


 姉さんは、そんな風に自分を追い込んでいった。


 でも、


「ありがとね、アナリス」


 僕には、ずっと優しかった。


 どんな時でも、姉さんは、僕にとっての優しい姉であり続けてくれた。


 ミカヅキとも仲良しだ。


 2人と1匹で、いつも一緒にいる。


 そんな風に、僕と姉さん、ミカヅキの日々は続いた。


 …………。


 そうして気づけば、僕と姉さんが出会ってから2年の月日が経っていた。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ まったりタイムは終了っぽい感じですかね。 余裕が無さ過ぎてユーフィリアは成人になると同時に冒険者になりかねない雰囲気かな。 二年たってもアナリスの両親とも距離…
[気になる点] この不安定な状態で二年? 凄い地雷に育ってしまったのでは?
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