015・怪我と休息
第15話になります。
よろしくお願いします。
「アナリス! ユーフィリア!」
あのあと、やって来た父さんに、僕と姉さんは強く抱きしめられた。
(わっ?)
突然のことに、僕は目を白黒させてしまう。
姉さんも驚いた顔だ。
…………。
父さんのこんな表情、初めて見た。
心配かけてしまったんだな……そう申し訳なく思ったよ。
(ごめんね、父さん)
その大きな背中に手を回す。
父さんは「2人が無事で……よかった……」と絞り出すように言って、僕らをずっと抱きしめていた。
やがて、ミカヅキと他の4人の狩人も合流した。
あとは村に帰るだけ。
そう思って歩きだしたら、
ズキッ
(痛っ!?)
右足首の激痛で、僕は雪の地面にひっくり返ってしまった。
「アナリス!?」
姉さんは驚いた顔だ。
見たら、大きく腫れていた。
捻挫だ。
多分、崖から飛び降りた時かな……?
(あの高さだもんなぁ)
むしろ、よくこれだけの怪我で済んだと思うよ、うん。
姉さんは、
「ア、アナリス、痛い? 大丈夫?」
と心配そうだ。
どうやら、同じように崖を飛び降りたけれど、姉さんに怪我はなさそうだった。
きっと運動能力の差かな?
結局、僕は、父さんに背負われて村へと帰ることになった。
…………。
森の道中、
「すまなかったな、アナリス」
突然、父さんに謝られた。
え?
僕と姉さんを危険に晒し、かつ僕に怪我をさせたことを後悔してるみたいだ。
別にいいのに。
けど、父さんは首を振って、教えてくれた。
実は、今回の魔物討伐では、こちらの気配を悟られて逃げられないように、あえて狩人の人数を5人に絞ったそうなんだ。
でも、相手は思った以上に強敵で。
足元の雪も思った以上に深くて、思うように動けなくて。
結果として、負けてしまった。
「想定が甘かった」
父さんは悔やむ声だ。
…………。
僕は少し考えて、
「でも、みんな生きてるよ? だから、これでよかったんだよ」
と笑った。
みんな、危険だった。
怪我もした。
だけど、誰1人欠けることなく、みんな生きている。
きっと、それが一番大事だ。
だから今は、それだけでいいと思ったんだ。
そんな僕を、父さんが、姉さんが、ミカヅキが、そして4人の狩人が見つめた。
(……ん?)
やがて、父さんが息を吐く。
前を見て、
「あんな無茶は2度とするな」
「…………」
「だが」
父さんは微笑んだ。
「お前は、俺の誇りだ」
…………。
あまりの不意打ち。
それに胸がいっぱいで、しばらく僕は何も言えなくなってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
やがて、村へと帰りついた。
まずは村長さんの家へと、父さんたちと一緒に報告に向かった。
難しい顔で報告を聞いていた村長さん。
彼は最後に、
「お前の子らは大したものだな、ジョアン」
僕と姉さんの頭に手を置いて笑い、父さんにそんな言葉を送っていた。
父さんは神妙な顔で「はい」と頷いた。
…………。
そのあと、僕らは母さんの待つ家へと帰った。
「みんな、おかえり」
安心したように出迎えてくれる母さん。
でも、すぐ僕の足に気づく。
母さんの視線に、真面目な父さんは隠すことなく、全てを話してしまった。
自分たちが全滅しかけたことも。
僕らが崖を飛び降りて魔物にとどめを刺したことも。
そのせいで僕が怪我したことも、全て。
母さんは青ざめ、
パンッ
それから怒った顔で父さんの頬を叩いた。
(!)
僕と姉さん、ミカヅキはびっくりして硬直した。
父さんは短く、
「すまん」
と一言だけ謝った。
言い訳もしない父さんを、母さんは涙を滲ませながら睨みつけ、
「2度目は許さないわ」
ギュッ
そんな父さんを強く抱きしめた。
父さんも、その背中を片手で抱きしめ返している。
…………。
5歳のアナリス君は、そんな両親からさりげなく視線を外してあげました。
数日後、4人の狩人が家までやって来た。
足を捻挫をしていた僕は、ベッドの上に座った状態で彼らを出迎えた。
(みんな、どうしたの?)
そう首をかしげる。
彼らは笑って、
「お前のおかげで命拾いしたよ」
「ありがとな、アー坊」
「さすが、ジョアンの息子だぜ」
「おうよ、大したもんだ」
そんな言葉を投げかけてきた。
…………。
どうやら、あの日のお礼が言いたかったみたい。
4人の大きな手が僕の髪を乱暴に撫でたり、小さな背中を軽く叩いたりしてくる。
僕は目を白黒させてしまう。
少し面映ゆい。
でも……悪い気はしなかった。
やがて、彼らは帰っていった。
あとで聞いたんだけど、あの4人は魔物にやられて、何針も縫ったり、あちこち打撲したりしていたんだって。
本当、生きててよかった。
ちなみに父さんも、肋骨にヒビが入っていたみたい。
父さんって表情があまり変わらないから、全然気づかなかったよ……。
…………。
彼らが帰ると、入れ替わるように姉さんが部屋に入ってきた。
「だ、大丈夫?」
そう心配そうに聞かれた。
人見知りな姉さんだ。
たくさんの大人に囲まれた僕のことを心配してくれたのかもしれない。
僕は笑って、
「うん、大丈夫。なんか、いっぱい褒められちゃった」
と答えた。
それに、姉さんもようやく安心したみたいに微笑んだ。
それから、ベッド脇の座る。
ギシッ
姉さんの長い金髪がシーツにこぼれた。
その白い手が、僕の髪を撫でて、
「よかったね?」
「うん」
僕は素直に頷いた。
寄り添ってくれる姉さんの体温が、なんだか心地いい。
捻挫のせいで1日中ベッドの上にいる生活は、どことなく前世の自分を思い出して居心地が悪かった。
けど、姉さんがそばにいると不思議と気にならなくなる。
何でだろう……?
…………。
何となく、こんな日々がずっと続いたらいいのになぁ、なんて思った。
ご覧いただき、ありがとうございました。