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014・魔爪の白熊

第14話になります。

よろしくお願いします。

(……怪物だ)


 一目見て、そう思った。


 10メード近い巨体、1トンを超えているだろう筋肉の塊。


 生物としての格が違う。


 本能でそうわかってしまったんだ。


 そこにいるのは『死』だ。


 それが具現化して、今、僕の目の前に立っている。


 それはどこか懐かしくて――、


「アナリス、下がれ!」


(!)


 父さんの声で我に返った。


「こ、こっち!」


 姉さんに腕を掴まれ、引き摺られるように後ろへ下げられた。


 同時に、


 ヒュボッ ヒュボボッ


 5人の狩人が一斉に弓矢を放った。


 雪の森に、血の花が咲く。


 父さんたちの放った矢は、魔爪の白熊の毛皮を貫き、深々とその肉に突き刺さっていた。


『グガァアッ!?』


 魔物が吠えた。


 父さんたちは、2射目を用意する。


 ドパッ


 雪の大地を蹴散らし、巨体が突進してきた。


 速い!


 長い爪の生えた前足が、大きく振り上げられた。


 父さんたちは後ろに下がり、森の木々を盾にする。


 バキィン


 盾となった木がへし折れた。


(うわ、なんて威力だ!)


 唖然となる中、


 ヒュボボッ


 父さんたちの放った5本の矢が、再び魔物に突き刺さった。


『ギャオオッ!』


 苦悶の叫びが響く。


 父さんたちが3射目を用意した――その時、


 ヴォオン


 魔物の長い爪が青白く輝いた。


 その爪を振り下ろす。


 ドパァアン


 5つの青白い光が空中を走り抜け、雪の大地と森の木々を吹き飛ばした。


「ぐっ!?」

「うわあっ!?」


 その爆発に、2人の狩人が巻き込まれた。


 弓が砕け、破片が散る。


「マグ! ローダン!」


 仲間の名を父さんが叫んだ。


 負傷した仲間を援護するため、3人で矢を放つ。


 けれど、


『グォオオオッ!』


 ドパァン ドパパァン


 魔爪の白熊が連続で『光の爪』を撃ち出して、父さんたちは、あっという間に劣勢に追い込まれていた。


 そして、


「くっ!?」


 その衝撃波で、父さんも吹き飛ばされた。


(父さんっ!)


 父さんの身体と血が空中に舞った。


 ドサッ


 雪の地面に落ちる。


 痛みが酷いのか、苦しげな表情で父さんは動けなくなっていた。 


「っっ」


 僕の隣にいる姉さんも青ざめ、震えていた。


 …………。


 ああ……このままじゃ駄目だ。


 頭の中にいる冷静な僕が、そう訴えた。


 このままだと、全員、死ぬ。


 それがわかる。


 前世の僕は、何度も生死の境を見てきたんだ。


 だからこそ、今、僕らが死の縁から転がり落ちようとしているのがわかってしまった。


 この死神の手を、払わなければ……。


「…………」


 僕は視線を巡らせる。


 雪景色となっているけれど、ここは、いつもの森だ。


 僕のよく知る、あの森だ。


 ならば……。


 …………。


 僕は1つの考えを思いついた。


 ギュッ


 姉さんの手を掴み、そして、足元のミカヅキを見る。


 驚く姉さんとミカヅキに、


「お願い、アイツをやっつけるために力を貸して」


 僕は、そう訴えた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 魔爪の白熊は、勝利を確信しているような態度だった。


 5人の狩人は戦闘不能。


 いつでも喰らえる獲物として、その姿を余裕を持って見下ろしていた。


 スパン


 その後頭部に、1本の矢が当たった。


 威力はなく、それは毛皮の表面で弾かれた。


『グルッ?』


 巨大な魔物が振り返る。


 その視線の先には、姉さんに背負われ、練習用の木製の矢を構えた僕がいた。


 足元にはミカヅキがいて、


『ワン、ワン!』


 威嚇するように吠えていた。


 魔爪の白熊の表情が不愉快そうに歪んだ。


 ズザッ


 雪を蹴散らし、こちらに迫る。


「姉さん」

「う、うん」


 僕を背負ったまま、姉さんは走り出した。


 巨大な魔物は追ってくる。


 ドスドス


 やはり、魔物の方が足が速い。


 姉さんが追いつかれそうになり、その瞬間、僕は背負われたまま、弓を構えた。


 ヒュッ ズパン


 矢は狙い通り、魔物の右目に突き刺さった。


『グ、ギャアアッ!?』


 魔物の悲鳴があがる。


 思った通りだ。


 分厚い毛皮は貫けなくても、眼球ならダメージが与えられた。


 残された左目に、強い憤怒と殺意が灯る。


 うわっ?


「姉さん、逃げて逃げて」


 長い髪を掴みながら、そう急かした。


「う、うん」


 姉さんは必死に走る。


 倒れている父さんが「ア、アナリス……!」と叫ぶのが聞こえた。


 でも、今は応えられない。


 その姿は森の木々の向こうに見えなくなり、姉さんと僕は、森の中を走っていく。


 ドスドス


 雪を散らして、魔物が追ってくる。


 命懸けの鬼ごっこだ。


 5歳児の僕なら、すぐ追いつかれていた。


 でも、姉さんは足が速くて、雪の中でもそれなりのスピードで走れている。


 ミカヅキも追走してくれている。


(もう少し……)


 この先だ。


 僕の手持ちの矢は、残り1本。


 ベキ バキン


 後ろで、木々の折れる音がする。


 あの巨体だ。


 木々が邪魔になって、追う足が鈍っているみたい。


 1秒が大事な今、本当にありがたいや。


 そして、ついに辿り着いた。


(ここだ)


 見覚えのある地形。


 そして、僕は姉さんの背中で、再び弓に矢をつがえて構えた。


 ドスドス


 魔物の巨体が見える。 


 片目になり、激痛と怒りで悪鬼のような形相だ。


 …………。


 まさに『死』の象徴。


 でも、前世ほどに絶望的じゃない。


 まだまだ『生』への足掻きができる状況だった。


 だから、恐怖は飲み込める。


(負けるもんか)


 唇を引き結び、静かに息を吐く。


 そして、弦を挟む指を解いた。


 ヒュッ


 空中を矢が走り、


 スパン


 その巨大な頭部に残された眼球を、正確に貫いた。


『ギャオオオッ!?』 


 魔物の絶叫が森に響く。


(よし!)


 僕は頷き、姉さんの背中から飛び降りた。


 ポフッ


 雪の地面に着地。


 同時に、両手をパンパンと打ち鳴らして、


「こっちだよ! こっちこっち!」


 大声で叫んだ。


 姉さんも、


「こ、こっちに来い! この化け物~っ!」


 と慣れない大声を出してくれていた。


 …………。


 視覚は奪った。


 でも、嗅覚と聴覚は残っている。


 だから、魔爪の白熊は、怒りに任せて、挑発をしている僕らの方へと真っ直ぐに突っ込んできた。


『ガァアア!』


 口から涎を垂らし、牙を剝く。


 そして、その爪が光をまとった。


 その動きを見据える。


 あとは、タイミングが命だ。


 3、2、1。


 今だ。


「ミカヅキ!」


 僕は頼れる妹分の名を呼んだ。


 瞬間、灰色の狼の子供は、銀色に煌めく弾丸となって雪を走り、魔爪の白熊の右後ろ足に噛みついた。


 ザシュッ


 深く、肉を抉り取る。


 僕らの誰よりも『狩猟』に優れた小さなミカヅキ。


 その一撃で、前足で攻撃しようと立ち上がっていた巨体の魔物は、簡単にバランスを崩した。


 僕と姉さんの横を通り抜け、


『グアッ?』


 その先の何もない地面(・・・・・・)へと倒れ込んでしまった。


 そこは、だ。


 僕と姉さんは崖の縁に立っていて、視力を失った魔爪の白熊は、それに全く気づいていなかった。


 高さは約20メード。


 その巨体の自重もあって、


 ドグシャッ


 魔爪の白熊は、崖下の地面に勢いよく激突した。


 鈍い音が響く。


(やったか?)


 僕と姉さんは、崖下を覗き込む。


「!」

「……う、そ」


 同時に驚いた。


 魔爪の白熊は、まだ生きていた。


 積もった雪がクッションになったのか、重傷みたいだけど、まだ動けている。


『カハッ……グフッ』


 何度も血を吐く。


 内臓がやられているのかな?


 このままでも、死ぬかもしれない。


 でも、もしかしたら、生き残るかもしれない。


 そうなったら、次は勝てるかわからない。


 …………。


 今しかないのだ。


 僕は持っていた弓を捨て、『山刀』を鞘から抜いた。


「アナリス?」


 姉さんがキョトンとする。


 その目の前で、


 タッ


 僕は山刀を逆手に、崖から飛んだ。


 浮遊感。


 そして、落下。


 眼下に迫ってくる血に塗れた白い巨体。


 気配に気づいたのか、その顔がこちらに向いて、


 ガシュッ


 その眉間に、重力を味方に僕の全体重を込めた『山刀』の刃が深々と根元まで突き刺さった。


 衝撃で、柄から手が外れる。


 雪をクッションにして、ゴロゴロと転がる。


 …………。


 生きてる。


 まだ、僕は生きているぞ。


 自分が『生』を掴み取ったのだと実感して、そして振り返った。


「……え?」


 そこに、魔爪の白熊が仁王立ちしていた。


 眉間に山刀が刺さったまま。


 けれど、その凄まじい生命力はまだ巨体を動かして、その爪が青白く輝いていた。


(……あ)


 駄目だ……そうわかった。


 前世の自分が死んだ時と同じ『死』の強烈な気配がした。


 最後の最後で、やってしまった。


 命の足掻きを甘く見てしまった。


 だから、僕は死ぬ。


 そう呆然としながら自分の死を悟った時、


「うわぁあああっ!」


 長い金髪をなびかせ、空から少女が落ちてきた。


 少女の手にした槍が、その『死』の権化の首へと突き刺さり、落下の勢いのままに切断する。


 ザキュン


 鮮血が噴いた。


 魔物の頭部が、重い音と共に地面に落ちる。


 残された巨体は両腕を持ち上げたまま、その爪から輝きが消え……そして、仰向けに倒れた。


 ドフッ


 雪煙が舞う。


 その中から、長い髪を引き摺りながら、槍を支えに姉さんが現れた。


「……姉、さん」


 僕は、呆然とその姿を見つめた。


 姉さんも僕を見つめ、


 ガバッ


 僕の身体を抱きしめた。


 ブルブルとその身体が震えていた。


「う……あ……うぁあああ、アナリス……っ! うあああああ……っ!」


 そのまま大声で泣き出してしまった。


 …………。


 いったいどれほどの恐怖と戦い、姉さんは、僕を助けに崖を飛び降りてくれたのか……。


(……う、ぁ)


「ぁああ……っ」


 そう思ったら、僕も泣いてしまった。

 

 姉さん、ごめん。


 ありがとう。


 巨大な魔物の死体の横で、僕らは姉弟で抱き合いながら、大声で泣き続けた。


 崖上では、


『ワンワン!』


 ミカヅキが吠えていた。


 その声を聞いて、きっと父さんたちもやって来てくれるだろう。


 でも、今は。


 僕と姉さんはお互いの温もりを感じて、自分たちが生きている現実を伝え合ったんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 相手の視界を潰して崖下に落とす。 鉄板な倒し方ですね。 ……その直後に標的目掛けてダイブしなければ! …ですが(笑) というか、高低差二十メートル級のダイブ…
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