表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/80

013・雪の捜索

第13話になります。

よろしくお願いします。

『魔爪の白熊』というのは、真っ白な体毛をした熊みたいな魔物なんだ。


 体長は7~8メード。


 前腕部が発達していて、魔力を宿した長い爪を生やしている。


 赤ん坊の時、母さんに抱かれながら、村の狩人がしとめたその死体を見たことがあったけど、あまりの大きさに怪獣かと思った。 


 その魔物が、村近くの森に出たらしい。


 …………。


 これ、かなり大事だ。


 冬眠に失敗したなら、その魔物はかなりの空腹だ。


 村の周囲は、木製の防護柵に覆われている。


 でも、魔爪の白熊なら、それを破壊して村人たちを襲ってもおかしくない。


 ぶっちゃけ、村の危機だ。




 最初は、父さんの知り合いの狩人が、森で食い散らかされた鹿の死骸を見つけたのが始まりだ。


 残された歯形、爪痕。


 そして、雪に残された巨大な足跡。


 そこから冬眠していない『魔爪の白熊』の可能性が浮上したんだって。


 父さんたち村の狩人は、総出で森を捜索した。


 結果、多くの痕跡が見つかり、1体の『魔爪の白熊』がハイド村周辺の森でうろついているとわかったんだ。


 ちなみに、痕跡の1つ。


 それは、僕らが『薬草摘み』でよく歩くルート上で発見されたって。


(…………)


 聞いた時は、正直、背筋が震えた。


 雪で森への立ち入りが禁止されていなかったら、もしかしたら、僕らは今頃……だったのかな?


 僕の横で、姉さんも青ざめていた。





「用がない時は、絶対に家から出るな」


 父さんは、僕らに厳命した。


 僕らは頷くしかない。


 村長さんの指示で、父さんたち村の狩人は全員、魔物討伐に当たることになった。


(……大丈夫かな?)


 本来なら、町の冒険者に依頼するような事案だ。


 でも、今は冬。


 積雪でここまで来るのも大変だ。


 いつ引き受けてくれる冒険者が現れるか、わからない。


 それなら、危険でも村の狩人だけで対処した方がいい、となったのだ。


「気をつけてね、あなた」

「あぁ」


 心配そうな母さん。


 父さんは短く答えて、家を出ていった。


 僕は、その背中を見送るしかない。


 そんな僕の手を、


 ギュッ


 姉さんは強く握ってくれた。


 ミカヅキだけは、いつものように暖炉の前で丸くなっていた。


 …………。


 それからしばらく、僕と姉さんは、不安を和らげるためミカヅキを撫で回す日々を送った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 魔物の報せから、3日目だった。


 村の狩人の1人が負傷して、村に運び込まれてきた。


 どうやら『魔爪の白熊』が突然、木々の陰から飛び出して、襲われてしまったそうなのだ。


「雪のせいだ」


 父さんは、そう呟いた。


 森は、木々のせいで視界が悪い。


 そんな中、獲物を探すのには、耳と鼻――つまり、音と臭いが重要になる。


 でも、雪は音を消してしまう。


 頼れるのは、臭いだけ。


 だけど、人間と熊ならどちらが優れた嗅覚を持っているか、明白である。


 つまり、人間は一方的に狩られる側になってしまうのだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 難しい顔の父さんに、僕らは何も言えなかった。




 翌日のことだ。


 突然、朝早くから、僕らの家に村長さんが訪ねてきた。


 村長さんは、50歳ぐらいの男の人。


 小柄だけどがっしりした体格で、昔は、村の狩人だったんだって。父さんが新人だった頃の大先輩だそうだ。


 顔は厳つくて、正直、ちょっと怖い……。


 そんな村長さんは、


「どうか、協力して欲しい」


 ミカヅキを見て、そう言った。


(……え?)


 ダークウルフは狼系の魔物だ。 


 当然、その嗅覚は鋭く、人間の比ではないだろう。


 つまりミカヅキの鼻を頼りにして、森に潜む『魔爪の白熊』を見つけ出したいというのだ。


 …………。


 ミカヅキは、まだ子供だ。


 そんな危険なこと、させたくない。


 でも、そうしないと、魔物に村の人たちが殺されてしまう可能性もあるんだ。


「アナリス」


 決断を迫るように、父さんが僕の名を呼んだ。


 僕はミカヅキを見る。


「…………」


『…………』


 ミカヅキの金色の瞳も、僕を見返していた。


 僕は……頷いた。


「わかりました。――でも、僕もミカヅキと一緒に森に入らせてください」


 そう答えた。


 ミカヅキは、僕の妹分。


 僕は、兄貴分だ。 


 妹分だけを危険に晒して、自分だけ安全な場所にいる訳にはいかない。


 父さん、母さんは反対した。


 村長さんも難しい顔だ。


(でも、これだけは譲れない)


 僕はミカヅキの首にしがみついて、大人たちの説得に耳を塞ぐ。 


 ミカヅキは、なんだか嬉しそうだ。


 尻尾が左右に揺れている。


 そして、


「アナリスは、私が守ります。だから、私も一緒に行かせてください」


 今度は姉さんが、そんなことを言いだした。


(姉さん?)


 驚く僕に、姉さんは優しく笑う。


 そして、


 ギュウッ


 僕とミカヅキを抱きしめる。


 そんな僕ら姉弟とミカヅキの姿に、やがて大人たちはため息をこぼした。


「わかった」


 父さんは頷いた。


「ただし、森の中では俺の指示に絶対に従うんだ。いいな?」

「うん」

「はい」


 僕と姉さんは頷いた。


 ミカヅキはわかっているのか、いないのか、そんな僕と姉さんの頬を、ペロンペロンとその舌で舐めたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 毛皮でできた防寒用の外套をまとって、僕らは森に入った。


 森の中は真っ白だ。


 他の季節とは、景色がまるで違って見える。


 ザッ ザッ


 父さんたち狩人は、5人。


 僕と姉さんは、ミカヅキを先頭にして前を歩き、その7人と1匹で列を作って歩いていた。


(……雪が深いや)


 小さな僕は歩くたび、膝上まで埋まってしまう。


 すると、


「…………」


 さりげなく姉さんが前に出て、先に雪を踏んで歩き易くしてくれた。


 姉さん……優しい。


 それからも、雪の森を歩く。


 いつもに比べて、静かだ。


 音が雪に吸収されて、自分たちの歩く足音しかしない。


 …………。


 吐く息が白い。


 前を歩く姉さんの手には、いつもの槍が握られていた。


 僕も山刀と弓、矢を3本、持って来ている。


 ……使う機会がないといいけど。


 そんなことを思っていた時だ。


 ヒュオッ


 冷たい風が吹いた。


 細かい雪が舞い上がり、白く流れていく。


 ピクッ


 同時に、ミカヅキが反応した。


 顔を持ち上げ、ヒクヒクと鼻を動かしている。


 僕と姉さんは気づいた。


「父さん」


 後ろの父さんたちに呼びかける。


 父さんたちは、無言で頷いた。


 いつでも弓を射れるように、用意し始める。


 ギュッ


 姉さんも槍を強く握った。


 僕は、ミカヅキの灰色の背中に触れる。


 ミカヅキは、しばらく鼻を鳴らして、


『ウォン!』


 右手の木々の茂みを睨みながら、強く吠えた。


(そっちだね?)


 僕の青い瞳も、そちらを向く。


 …………。


 …………。


 …………。


 30秒ほどしただろうか?


 そちらから、かすかに木々の枝が折れるような音がした。


 かすか、だ。


 だから、遠く感じる。


 でも、それは雪に音を吸収されていたからで、次の瞬間、目の前の木の1本がメキメキと音を立ててへし折られた。


「!」


 僕は息を飲む。


 5人の狩人は弓を、姉さんは槍を構えた。


 その眼前で、


『グルルル……ッ』


 白い毛皮の巨大な怪物が、強烈な威圧感と共にそびえ立っていた。

ご覧いただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ほのぼのした生活になるかと思ったら、そんなことなかった・・・。
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ ミカヅキって割と最初から思っていたけど実はめっちゃ頭いい? 何気に人の言葉を普通に理解してるっぽいし。 しかし犬(狼な上に魔物だけど)が熊(コッチも魔物だけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ