011・初めての狩猟
第11話になります。
よろしくお願いします。
月日が流れるのは、早いもの。
ミカヅキが妹分になってから、あっという間に3ヶ月が経っていた。
その間に、ミカヅキはだいぶ大きくなった。
多分、2倍ぐらい?
やっぱり人間に比べて、成長は早いみたいだね。
(……抱っこすると重いや)
もう少ししたら、もう抱きあげられないと思う。
父さん曰く、
「ダークウルフは、平均体長3・5メードだ」
だって。
ちなみに、1メードは約1メートル。
体重も300キロぐらいになるらしい。
相当、大きくなるよね?
…………。
将来、ミカヅキの背中に乗ってあちこち出かけられないかな……?
なんて夢見てしまう僕だった。
僕と姉さん、ミカヅキの2人と1匹は、相変わらず森へと通っていた。
もちろん『薬草摘み』のため。
でも最近は、そこにミカヅキの『狩猟』も加わった。
毎回ではないけれど、10日に3回ぐらいの割合で、ミカヅキは森の動物を狩ってくるんだ。
たまに、小さな魔物も。
うん、あの角の生えた黒いウサギとか、ね。
おかげで、収入は増えた。
まぁ、肉は全部、成長期のミカヅキの胃袋に収まっちゃうんだけど、角とか毛皮とかは行商に売れるからね。
…………。
そのせいか、姉さん、ミカヅキと村を歩いていると、村の人から注目されることも多くなった。
子供にしては稼いでるからかな?
「まぁ、ほどほどにな」
父さんは、そう釘を刺した。
悪目立ちしないように、という配慮。
だけではなく、狩りをし過ぎると、森の動物全体の数が減ってしまう危険もあるからだ。
ほどほど、大事。
父さんの言葉に、僕ら2人と1匹はしっかりと頷いたんだ。
この3ヶ月の間に、1つ、新しい習慣ができた。
弓の練習だ。
ミカヅキが『狩猟』をするからかな?
僕も本格的に狩りを覚えたくなった。
そうしたら父さんが、僕にも弓の使い方を教えてくれるようになったんだ。
(……うん、嬉しいな)
父さんに教わるのも、新しいことを覚えるのも嬉しかった。
でも、
「……うっ?」
ギシッ
最初は、弦を引くこともできなかった。
父さんは、
「これは力ではなく、タイミングで引くものだ」
と言う。
父さんは、簡単に引いてみせる。
ちなみに使っているのは、木製の練習用の弓だ。
いつも父さんが狩りで使っているのは、金属部品も使用されたより強度の高い弓だった。
弦も金属でできている。
こっちは、5歳児の力ではビクともしない。
1日目は、何もできず。
2日目は、1回だけ引けた。
3日目に、ようやく思った通りに引けるようになった。
父さんも頷いた。
ずっと見ていた姉さんは、
「や、やったね、アナリス」
と、自分のことのように嬉しそうだった。
ちなみに、家にいる時の姉さんは、長い前髪を下ろしてしまうので目元が隠れていた。
僕も一安心。
でも、まだ矢もつがえてない。
それからは、木の的に向かって、矢を放つ練習だ。
…………。
まぁ、上手くいかなかったよね。
変な方向に、弱々しい威力で飛んでいく。
その繰り返し。
1度、ミカヅキの方に飛んでしまって、ちょっと慌ててしまった。
ミカヅキは、あっさり避けてくれたけどね。
そんな感じで、5日が過ぎ、10日が過ぎた。
全然、まともに矢は飛ばない。
でも、めげない。
前世では心臓が弱く何もできなかったから、こうして挑戦できるだけで嬉しいんだ。
そして、11日目。
スパン
木の的に、矢が命中した。
(え……?)
自分で射ておいて、びっくりした。
父さんも驚いた顔だった。
……なんか、コツがわかった気がする。
もう1回。
僕は弓に矢をつがえ、弦を引き絞った。
狙って、
弦を摘まむ指を――優しく解く。
スパン
また命中した。
父さんは頷いて、
「アナリス、お前には弓の才能があるな」
と言った。
寡黙な父さんには珍しく、嬉しそうな声だった。
(……そうなのかな?)
自分ではわからない。
でも、
「凄い、凄いよ、アナリス」
パチパチ
姉さんは感動したみたいに両手を打ち鳴らしていた。
…………。
……うん。
その姿を見て、ようやく自分を褒めてあげてもいいかな……って、笑顔になれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、僕はユーフィリア姉さん、ミカヅキと一緒に森へと入った。
僕の手には、木製の弓があった。
(……うん)
今日の目的は『薬草摘み』ではなく、初めての『狩猟』なんだ。
胸に手を当てる。
ドキドキ
いつもより鼓動が早い気がした。
……落ち着け、僕。
姉さんが気づいて、
「だ、大丈夫。何かあっても、私がアナリスを守るから」
そう微笑んだ。
僕も「うん」と笑った。
練習を重ねたおかげで、30メートルぐらいの距離なら誤差10センチで的に当てられるようになった。
まぁ、動く的には初めてだけど……。
…………。
僕らを先導するように、前方をミカヅキが歩く。
時々、鼻を鳴らす。
僕は森を歩くのには慣れているけど、動物を探すのは初めてだ。
見つかるかな?
ここは、ミカヅキだけが頼りだ。
『!』
しばらくして、ミカヅキが何かに反応した。
そのまま、茂みの奥に走り出す。
「アナリス」
「うん」
姉さんに頷いて、僕は、手にした弓に矢をつがえた。
キュッ
軽く引いて、待つ。
少し後ろで、姉さんも槍を両手で構えて、いつでも動けるようにしていた。
…………。
30秒ほどして、森の奥が騒がしくなった。
木々の折れる音。
何かの暴れる気配。
悲鳴のような、怒号のような声。
それは、森の奥から近づいてくる。
(…………)
弓を持ち上げ、弦を引いた。
騒音の聞こえる方へと、矢の先を向ける。
そして次の瞬間、
ガサッ
茂みの枝葉を散らして、巨大な猪が飛び出してきた。
大きい。
体長は1・2メートルはある。
体重も100キロを超えているかもしれない。
それは、全身に無数の噛まれた跡があって、その眼球には必死な生への執着の輝きが灯っていた。
ガサッ
その猪の後ろの茂みから、今度は灰色の狼が飛び出した。
ミカヅキだ。
見つけた猪を、ここまで追い立ててくれたんだ。
巨大な猪は必死な形相で、そのまま僕と姉さんのいる方向へと突っ込んできた。
その眉間へと狙いを定める。
30メード。
25メード。
20メード。
その距離が15メードを切った時、
(――んっ)
ヒュオッ ズパン
僕の放った矢は、見事に猪の額に突き刺さった。
(よし)
すぐに2本目の矢をつがえる。
ヒュオッ ズパン
今度は右目に命中。
巨大な猪は走った勢いのまま、激しく転倒した。
3本目の矢をつがえ、
「…………」
でも、それが必要ないことに気づいた。
猪の残った目から生気が消えていた。
後ろ足をビクピクと痙攣させ、けど、やがてそれも収まってしまった。
……死んだのかな?
僕は弓の代わりに、山刀を鞘から抜いて、
ドスン
心臓へと深く突き刺した。
…………。
うん、大丈夫みたい。
安心していると、
「やったね、アナリス」
突然、背中側から姉さんに抱きつかれた。
わっ?
12歳にしては大きめな2つの弾力が押しつけられる。
ミカヅキも、
『ワフッ!』
と、喜んでいるみたいに吠えた。
……うん。
僕も笑った。
それから、僕がしとめた足元の大きな猪を見る。
(…………)
前世も含めて、初めて、こんな大きな生き物を殺した。
少しだけ、手が震える。
でも、生きるって、そういうことだ。
日々の食事は、全て他の命を口にするということだし、だから今、僕は生きているんだ。
「…………」
僕は目を閉じ、猪へと手を合わせた。
…………。
こうしてアナリスの初めての『狩猟』は、大成功に終わったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。




