うそつきはどろぼう
「嘘つきは泥棒の始まりってひどい話じゃないですか」
椅子に座っている初老の男が淡々と語る。
「どう言うことですか」
対面に座る若いつり目の男が嘘つき男の目を見つめ尋ねる。
「泥棒だって浪漫やこだわり、主義主張を持ってやってると思うんですよ」
男の目に熱い光が宿るように見えた。
「それなのに…」
嘘つき男の全身が力み、握り拳を強く握り込み、奥歯を噛み締め目をさらに熱く燃やしているのが伝わる。
「それなのに嘘つきごときと一緒にするなんて理不尽じゃないですか」
淡々と語る男の影はすでにない。今にも机を叩き立ち上がりそうな勢いで言葉を連ねる。
「私からしたら嘘つきも泥棒もどちらも悪のように思うのですが」
つり目の男が疑問を提示する。当たり前に常識を語る。
「それは違いますよ」違うらしい
「何が違うというのです」
「至極簡単なことですよ、泥棒が悪じゃないからですよ」
唖然とさせられる。いったい何を言ってるのか理解できない。
「悪ってなんだと思いますか」
考えを進める前に嘘つき男が質問を口に出す。
「よくないとことか、正しくないことですかね」
「その通りですよ」
余計に理解が進まない。泥棒が正しいことと言いたいのか。
「よく考えてください嘘をつくときはどんな時か」
「疚しい時とか、下心がある時とかですかね」
過去の自分を思い返せばそんな姿が思い返させられる。
「そのとおりです」
目の前の嘘つき男がついに立ち上がる。
「そんな奴らと泥棒がイコールで繋がるわけがないんですよ」
力強く語る言葉に驚かされる。理解はできないが。
「泥棒っていうのは自由なんです。自分の欲求に最大限に動いた末の結果が泥棒な訳ですよ。人間的に生物的にもっとも正しいそんな彼らが負の感情で動く嘘つきごときと一緒だなんて呆れたものです」
何を言えばいいのか言葉に詰まる。どう考えてもおかしいがその勢いに飲み込まれ返す言葉が見つからない。
すいませーん。通報を受けた○○警察署の…
窓口から声が聞こえた。そのまま扉を開け若い警官と老けた警官二人一組の警察官が中に入ってくる。
「お待ちしてましたよー。いやーこわかったわー」
嘘つき男が立ち上がり警察官をアパートの管理室に迎え入れる。
「偶然長期外出中の部屋から物音がするからおかしいと思ってですね、よくよく確認してみたら変な男がおりましてな。住民じゃない彼が飛び出して逃げようとしたもんだから引っ捕らえてやりましたよ」
つり目の男を指差しながらニコニコ笑い語り出す。
「ひとまず彼を署の方に連行いたしますので後日またお話をお伺いに参ります。御協力感謝いたします」
出るため息と入る音とで気分がぐちゃぐちゃにされる。そんなことを思っていると若い方の警官が近づき迷いもなく手錠をかける。扉の方へ引っ張られる。
「最近泥棒が多いようですので戸締まり、警備の方お気をつけください」
「おまかせください。外からの敵は追い返してやりますよ」
自信とやる気に溢れるその勢いに警官たちは半笑いに無理はなさらずにと声をかけ部屋を後にする。
「お前も運がなかったな。あんな御方がいらっしゃったこのアパートも安泰だ」
返す言葉も思い付かずただただ愛想笑いを返す。まさかそんな厳戒態勢が引かれていたとはほんとに運がない。
「それにしてもお前みたいな若いのよく簡単に捕まったな」
「音もなくいきなり真横から声をかけられたもので驚いた拍子に足滑らして転んじまったんでしまったんです」
若い警官が大笑いしながらパトカーに乗せられる。「お前はまだ若いからこれからやり直せるさ。お前も笑ってる暇があるならもっと集中しろ」
老いた警官に励まさる。
自分の泥棒の才がなかったことに安堵と自らへの嘲笑との曖昧な感情とを抱えながらこれからを考える。
嘘はやめよう。
あの嘘つき男のように真摯に生きよう。
そう考えたら未来が少し見えた気がした。
わたしはうそつきです