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キマイラのフェルトマスコット

 レリアは、憔悴していた。

 わかっている。原因は、ショールームに来なくなった幼馴染、ではなく、その幼馴染が勝手にいつの間にか置いてあった、キマイラの不細工な人形だ。


 あの幼馴染は、昔から要領が悪かった。それこそ、まだ故郷で繭玉に入っている頃から。

 大概の妖魔は、百歳くらいまでは繭玉に入って育つ。蚕の繭のような楕円から、短い手足が出ているのが、幼魔の印だ。

 幼馴染のフィニは、繭の色だってオレンジ混じりの明るいゴールドで、夜明けの空みたいだった。誰だってその綺麗な幼魔の成長した姿を楽しみにしていたから、ちょっとうまく振る舞えば、なんでも思い通りのはずなのに。我がままにもならず、ただ真っ直ぐに好きなものだけを見ていた。

 その夕陽みたいな目に映りたくてちょっかいを出した、なんて、どこの悪童の初恋だよと、自分でも思う。

 全力で生えかけの尾を引っ張られて、繭玉をぶつけ合っての大喧嘩になり、いけすかない敵という認識に、一瞬で変わったけれど。

 その後、繭玉から一足先に羽化したレリアは、学校に行って、成人して、故郷を旅立ちパンデルモンでの自分の生活を確立するのに夢中だったのに。

 ふと届いた故郷の知らせから、すっかり忘れていた年下の幼馴染が成人して、同じくパンデルモンに出てくるらしいと、耳で拾ってしまって。


 せっかく忘れていたのに、聞くと気になる。

 きっと、会えば喧嘩になるだろう。

 わかっていたのに、世間知らずを丸出しで、女なら誰もが羨む素材を引っ詰め髪に眼鏡なんかで台無しにして、どこにも採用してもらえず、食い繋ぐために冒険者の真似事までし始めているのを見てしまうと、手を差し伸べてしまう自分は、大概阿呆だ。

 独立して、悪くはない走り出しを決められたとはいえ、幾万もの妖魔が集うこの都で生き残るのは容易ではない。あらゆる経営の困難に頭を抱え、胃を痛めて、毎晩浴びる様に酒を飲まなければ眠れない、そんな状況だったのに。


 まあ、腐れ縁はそうして続いた。

 雇い主だと思って歯軋りしながらこちらの言うことを聞くフィニを見ると、気持ちよかったし、フィニの見た目を改善する様要求して、奇天烈なファッションチャレンジに指さして笑ったのも面白かった。そのインテリアハンターの才能は予想外だったけれど、まあ、悪くはない。

 いつの間にか、レリアも荒波を乗り越え、インテリアソリューションを提案する会社として、このパンデルモンでもそこそこの位置に自社を持ってこれた。

 レリアは、自分を誇りに思っている。

 時代の最先端から取り残されないよう常にインプットを忘れず、安心して気を抜くことを、決して自らに許さない。顧客の求めるものを理解するために心を砕き、彼らの背景まで分析し、目と耳どころか産毛一本までもが、相手に気取られないように全力で探っている。

 同時に、己と自社の特性を把握して、最先端の、魅力的で、強い憧れを抱かせる存在になるよう、ブランディングのための改善案を、休むことなく取り入れ続けている。

 己の失敗は、会社の経営破綻につながる。

 レリアにとって、当たり前の緊張の日々。

 

 一方フィニは、行き当たりばったりがある程度は許される、能天気な勤め人だ。変に今風のシンプルな内装に、オカンアートだかグラニアートだか知らないが、あの間抜けな作品たちを合わせても、不協和音しかないに決まってるのに、性懲りも無く、挟んでくる。

 もう少し頭を使え、自分を客観視しろ、顧客のためのコーデであり、お前の趣味の場ではない……。あるとあらゆる嫌味な言い方で却下を繰り返し、顧客にもダメ出しされたのになお、やめられないその熱量は、経営者としては時に絆されてしまいそうになるけれど。

 いや、冷静になれ、レリア。


 そんなに好きなら、もっと、自分にしか出せない特色として、どうにか押し出せばいいのに。そう思いながら、顔を見ると腹が立ってアドバイスなんかできるはずがない。アドバイスをして、万が一、億分が一、追い抜かれて置いて行かれてしまったら、自分が発狂して悪魔化しそうだ。

 だから、そろそろ限界かな、と思っていた。

 レリアと一緒にいない方が、フィニにとっては良かったのだ。もちろん、レリアの精神安定のためにも。

 だから、幼馴染がいなくなったことは、別にいい。それより。


「はあ……」


 あの、不細工なキマイラ人形を初めて見た時は、キマイラ一族の自分を馬鹿にしているのかと思ったのだが。

 何度ゴミ箱に捨てても、気がつくと観葉植物の合間から、あるいは文具立ての影から、こちらを見ている。毎朝出勤すると、なぜか、最初に目が引き寄せられる……。

 半ばホラーな過程を経て、やがて、目が合うたびに、素直になれよと言われているようで。いつしか、従業員が帰り、明かりを落としたショールームで、経営者として、女として、人として、あらゆる愚痴を吐き出し、無言で慰めてもらうようになっていたのに。

 会社を辞めて出ていったフィニが連れて帰ってしまったようで、毎朝目が合うキマイラ人形は、もういない。

 今のショールームは、洗練された無機質空間のお手本、シンプルでスタイリッシュな、あるべき姿だ。

 椅子の上に渦巻き模様の座布団もないし、観葉植物の鉢を包む目的不明のビーズ刺繍入りリボンもない、客に出すティーセットに毎晩被せられていた埃避けだかのサボテン型フードカバーもないし、水場で洗い物に使うと常備されていた野菜型の編みたわしもない。

 毎朝、見かけるたびに捨てていた一手間が、今はまったく不要。すっきり爽やかいい気分だ。

 ただ、あのキマイラ人形の姿だけは、いまだに探してしまう。


「はあ……」


 ついには、手芸品店や手作り雑貨の店などを、暇を見つけて徘徊する様になった。

 だが、あんなに不細工で、それでいて絶妙な愛らしさのキマイラ人形は見つからない。

 思い余って、生まれてこの方やったことのなかった手芸というものに手を出した。フェルティングニードルでマスコット、というセットをこっそりと買って、寝不足をおして、夜なべして作ってみたりした。

 手足のついた、目玉の飛び出た深海魚ができた。


 もう、レリアは限界だった。

 やむをえない。ものすごく、ものすごく嫌だが、フィニに頭を下げて、あの人形だけ、譲ってもらおう。そうだ、そうしよう。

 今日は、妖魔界の祝日だ。誰もが休養を取らなければならない日。

 レリアは、充血した目とすっぴん、梳かしてもいない髪のまま、ふらふらと玄関に向かった。

 最低限のものしか置かないレリアの広い居室には、衣服や鞄、食器やゴミなどの合間に、フェルトの切れっ端やマットや、ひしゃげた海豚魚が散乱している。掃除も洗濯も食事も、なんだかもう、やる気がでないのだ。神経質なレリアは、家政婦を雇っていない。余計なものを、自分のテリトリーに置きたくないのだ。なかったはずなのに。

 そんな時に、自宅の呼び鈴が鳴った。

 ぼんやりとしたまま扉を開ければ、配達のガーゴイルが、ちっすお届け物ですと、大きな箱と小さな箱を渡してまた飛んでいった。

 小さな箱は、リボンと花とシールとレース紙、どれに焦点を当てているのかわからないラッピングに、これまたマステとレースでこれでもかとデコられた、バースディカードが付いている。

 バースディ。そういえば、忙しくて独り身で、忘れていたけれど、今日はレリアの誕生日だった。

 では、大きな箱は故郷からのプレゼントかもしれない。

 重たくて嵩張るそれを、なんとか玄関の中に入れて力付き、大きな箱にもたれかかって、レリアはバースディカードを開けた。

 焦点の合いにくい目で、文字を拾う。

 頭のどこかで、贈り主は今から会いに行こうとしていた、腹の立つ、腐れ縁の幼馴染みだとわかっていた。あちらもレリアを嫌っていることは、よくわかっている。何を送りつけてきたのだか。雇用関係解消の書類が足りなかったか、嫌がらせのどちらかだろう。

 不眠と喪失感は痛いが、やっぱり、頭を下げるのは止めよう。レリアの誇りが折れてしまうではないか。

 いつまでも気になって、振り返ってしまう、能天気な女。なんで、この誇り高いレリア様が、あんなふわふわした女を構ってしまうのか。


『レリアへ。持って帰ったけれど、あまりにあんたを思い出すから、誕生日にあげるわ。嫌がらせよ! ちょっと焦げちゃったので、胴体は新しく作り替えました。捨てないでよ! フィニ』


 そういうとこだよ。

 レリアはちょっと泣けた。

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