5話 霧の森の貴婦人のローブ、妖魔のパレード盛り
本日五話目、同じ時間に四、五、六話投稿しています。
数日前から家に居着いたコウモリ猫が、うざい。
仕事はクビになったので、あれから当然ショールームには行っていない。
代わりにフィニは、大祭で着るべく仮装の衣装をせっせと作っていた。
心が傷ついているせいか、ウケ狙いの仮装より、美しく着飾りたかったから、霧の森の貴婦人の衣装に決めた。あの美しい模様の強靭な翅。柔らかそうな触覚。作りがいがある。――アインと最後に楽しく話した記憶があるから、でもある。
しんみり家に篭って作業をしていると、扉が叩かれて、アインかと思って喜んで出たら、そこにいたのは、三つ揃えのスーツをビシッと決めた、膝までの背丈の直立した猫、但し背中にコウモリの羽付き、だった。
「う、わ、かわいい」
と言ってしまったせいか。初対面からご機嫌は最悪で、ことあるごとにチクチクと嫌味を飛ばしてくる。
けれど、一体、どこの誰で何の目的があるのか、教えてもらえないまま、なぜか今日も、コウモリ猫はコタツで丸くなっている。
「お前、それを付けていくのか?」
馬鹿じゃないの、という目をして、またコウモリ猫が言う。
突貫作業で出来上がった仮装は、我ながら自信作だ。
素人でも気軽に手描き染めができるインクを駆使して霧の森の貴婦人の翅を模した紋様を描いたローブ。これは、両手を広げれば霧の森の貴婦人ごっこができ、手を下ろしていれば、大ぶりな模様のついたちょっと変わったローブだ。その下には、両親から誕生日にもらった、フィニのスタイルの良さを強調する絹のドレス。色合いがローブに丁度良く、たおやかに揺れる裾が、シンプルながら上品で華やかだ。
だが、コウモリ猫が言うのは、そのローブドレスではない。
フィニはそのローブを着て、頭には触覚を模したもふもふの髪飾りをつけ、さらにそこに、てんこもりにグラニアートを飾った。まずはひとかかえもある、霧の森の貴婦人の幼虫のあみぐるみを腰にぶら下げ、レジン細工のカボチャの簪を十本ほど、リボンを巻いてファンシーなミニ魔女の杖(金平糖入れだ)も十本ほど、針金細工の蜘蛛は小グモだくさんのモビールになっているものを腰のベルトから傘の様に広げた。粘土細工のキマイラはショールームから引き上げたものをブローチ加工して胸に、黒猫とゴーストのぶさかわフェルト細工の手のひら大ブローチも付ける。てんこもり、まさに、妖魔パレード。
「いいでしょ。一人で行くんだからどんな格好でも」
うざいコウモリ猫にしっし、と手を振って、最後に、人差し指サイズのアインのあみぐるみを、胸元に突っ込んだ。
「やれ、品のない姿だ」
「うっさいわよ」
騒ぎながら外に出ると、いくらか気が晴れる。
大祭の間は、どこもかしこも妖魔で溢れている。通りも、屋根も、そして今や六芒星が鮮やかに紅く輝く月の周りにも。きっと今からあそこの妖魔たちは、人間界へと繰り出すのだろう。
人間界では、Trick or Treatと言うらしい。どちらか一つとは、殊勝なことだ。妖魔は欲張りなので、どちらも手に入れる。だから、Trick & Treat。
一緒に見る人はいないから、今年は見ないで置こうかな。などと、結局しんみりして、早々に家に向かって歩き出したのに。
フィニのスタイルの良さと、格好の奇抜さは、目を引いたらしい。
後をつけてきたらしい男たちに、声をかけられ、腕を掴まれた。
「おっし、変な格好の子、確保〜。ドクトクでいいじゃん。俺、寛容だから、おっけーおっけー、なんでもおっけー。ね、でもさ、仮装も正装もない、そのままの君を見れるところに行きたいな〜、なんつって!」
ウヒャウヒャ笑っているが、まったく面白くない。
だが男たちは笑いながら、あたりの野次馬を追い払って、フィニを連れ込む先を物色しているようだった。三人とも、尻尾が生えている。狼ではない、猫科だろうか。だから、狼避けが効かないのか。
そんなことを考えていると、一人が黄色い目でフィニを覗き込んで、目の色を変えた。
「え、すっごい美人じゃん。まじで、ラッキー。おい、どこでもいいから、早くしろよ、高いとこでもいいよ、これなら」
途端に欲望の色が濃くなって、不快さが増す。
彼らの呼気を吸いたくなくて、フィニは顔を背けながら、アインのあみぐるみを、ぎゅうっと谷間の奥まで押し込んだ。
☆
アインが駆けつけた時には、全て終わっていた。
面白くて可愛い格好の娘が絡まれているぞ、と心配する声を察知して、広いパンデルモンの中、フィニを見つけることができたのに。間に合わなかった。
フィニはハンターだ。
ダークエルフは身体能力が高い。
そこらの男たちには負けるはずはない。
ただ、色鮮やかなローブは破れていたし、髪はボサボサ、頬は叩かれたのか赤く腫れていたし、あちらこちらにフィニの作品らしきものが転がっている。幼虫らしきものは踏まれて泥だらけ、簪も杖も折れて、蜘蛛だろうか、細かい虫のようなものも散らばっていた。フィニの胸を飾っているブローチはどれも、火魔法のせいか、飴状に焦げている。よく見れば、フィニのオーロラブロンドの一部も。
アインは呆然としたまま、無事でよかったとかろうじて言って、また呆然として、そしてキリキリと、眉を吊り上げた。
「ザッハ! 見守れと言っただろう! どういうことだ!」
「マイ・ロード。ロード以外に血を吸われては不潔でしょうが、特に血を吸われそうでもありませんでしたので」
コウモリ猫は、一見恭しい態度でアインに首を垂れたが、こいつは古老だ。性根が悪い。ひとかけらもアインを尊重する気がないのだ。
つまり、アインが明確に自覚して申し付けたことしか対応しないぞ、と、主人を揶揄っているのだ。力があるし暇をしているだろうと頼んだのが、間違いだった! どうも若返って、アインの頭はぬるま湯に浸かっていたらしい。
もし、フィニがハンターの技量を持っていなかったら。間に合わなかった。
アインの、存在しない心臓が、引き絞られるような、恐怖。
「血が大事なんじゃない、彼女が大事なんだ! 俺の半身だ! 彼女を俺と同じ程に扱え! それができない者とは、ここで終わりだ!!」
怒り狂ったアインから、突風が吹いたかのように、コウモリ猫はパチンと弾かれて、に゛ゃん、と鳴いて消えた。だが、どこからか、飄々と声だけ届く。
「そんなに怒ると、正体がバレてしまいますよ。あの底知れぬ倦怠と虚無から脱したのは、いいことですけどね」
やはり、生きているのだろう。太々しい。その声を、フィニにも届けているというのが、さらに腹立たしかった。




