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DEPARTURE 上巻  作者: 正宜
1/1

中山裕介シリーズ特別編

『「凋落」という言葉が付き纏うテレビメディアに「若い力」を注ぎ込む、放送作家集団<マウンテンビュー>の「野心」。

とにかくこの事務所は社長の陣内美貴を含め、スタッフの平均年齢が二九歳と若く活力が漲っている。

今は未来に何がウケるのか、どう表現すれば視聴者の意表を突けるのかとアンテナを張り巡らせるのは当然ながら、「アナログ」の面白さもどうアレンジすれば今の世の中でウケるのか、私は勿論、スタッフにも目を向けさせる。

「考えることをサボっている作家は放送作家失格」と明言する陣内社長の言葉通り、温故知新の精神も忘れていない。

私も<マウンテンビュー>の作家さんと何人かお付き合いがあるけれど、みんな常に勘案、勘考しているのは一目瞭然。だからといって険しい表情は見せない。作家同士であれこれ言い合い、「考える」という放送作家の使命を楽しんでいるのだ。

明るい雰囲気の放送作家が番組制作現場に投入されることで、テレビは凋落の中にも活路を見出せるのかもしれない。』

「こんな感じで良いかな」

Enterキーを押し、椅子に座ったまま大きく伸びをする。

今書いていたのは、放送作家事務所<マウンテンビュー>と<vivitto>がアライアンスして上梓しているマンスリーWEBマガジン『TERA』のコラム。

名前の由来は、テレビとラジオをローマ字にして頭の二文字をくっ付けただけだという。

内容は放送作家の仕事や生活に密着し、番組の裏話、放送作家養成スクールの情報も掲載しているマガジンだから小説家の私は部外者のはず。

なのに、

「夕起さんに是非、放送業界に関するコラムを執筆して頂きたいんです」

放送作家の中山裕介は淡々とした口振りで依頼してきた。

「小説家の私で良いの?」

「作家だけで作ると偏向したものになりますから、外部から見た人の一家言も必要だと思います」

淡、淡、淡、ターン。

この子の気質は常に冷徹で淡々としたものではない。緊張したり切迫するとこうなってしまう。つまり、気持ちの伝え方が拙劣な不器用者。

「良いよ。私で良かったら」

せっかく頼ってくれたんだから無下にしてはもったいない。以来、今日のコラムも入れて五回執筆した。

「そういや今日、印税の振り込みじゃなかったっけ」

早速パソコンをネットにつなぎ、銀行の自分の口座ページを開いてみる。

『TERA』編集部より振り込み、二万五千円也。私の印税は最初からこの額。

雑誌によって違うけど、記事やコラム約五百字で印税は約一万円が相場。だから倍以上の印税が発生するのはあり得ないし絶対おかしい。

「ユウ、やっちゃってくれてるな」

大体見当は付いている。印税を上乗せさせているのはユウ君、中山裕介しかいない。

そういや彼、私が五年以上も乗った車を二五万円で買い取っていったっけ。しかも初めは三十万から五十万で売ってくれと言っていた。

「これで恩返しのつもり? あっさいなあ」

ユウ君は私に放送作家に成りたいと相談してきた時、企画書一枚書いてこなかった。

「これじゃだめだ」と思った時、私は自分が勤務していた風俗店の店長に頼み込み、個室待機室を一部屋貸してもらい、そこに彼を「監禁」。「作家に成りたかったらここで企画書を書け」と命じた。

ユウ君は改心し企画書を書きまくった――わけでもなかったが、一定の努力は認め、友人の放送作家、陣内美貴を紹介した。

その後、美貴が<マウンテンビュー>の前社長に彼を紹介し、ユウ君は念願の放送作家に成ることができたのだ。

律儀な彼は作家として生活が安定している今、私に「お金で」恩返しをしている最中、大体こんなとこだろう。

「それはそれで嬉しいんだけど……」

もっと違った形でお礼をしてもらおう。

瞬時に妙案を思い付き、傍らの携帯に手を伸ばして電話。

『はいもしもし。どうしたんですか?』

相手はユウ君の友人の多部亮ディレクター。制作プロダクション<ワークベース>の社員。

「あのさ、「例の件」なんだけど、ユウ君を推薦しようと思うの。どう?」

『あいつですか。ユースケはまだドラマのホン(台本)しか書いたことなくて、「その手の仕事」はしたことないと思うんですけど、それでも良いんですか?』

「良いの良いの。彼とは十年以上の旧交だし、私のしもべみたいなものだから何度でも書かせちゃう」

『なるほどね。でもあいつ、また狼狽すると思いますよ』

多部君はそう言って笑った。

「だろうね。ハハハハハッ!」

少しかわいそうだけど、ユウ君が狼狽している姿が目に浮かんで私も笑いが止まらない。

「じゃあ決まりね」

『分かりました。オレからユースケに伝えときますよ。今回は夕起さんからの命令だってね』

「お願いね」

さあ楽しみだな。電話を切ってもにやついたまま。

今の話は私の処女作『DEPARTURE』の話。ありがたいことに五万部を売り上げ、映画化されることが決まった。

監督は直ぐに決まったものの、脚本を誰が書くかは人選に難航している。

今回の映画は<ワークベース>も制作に携わるため、多部ディレクターにユウ君に脚本を書いてもらうという推薦をしたのだ。

まだ何も知らないユウ君。今回の仕事をどんなウイットで乗り越えてくれるのかな?――



こちらは<マウンテンビュー>――

「中山君、映画の脚本書いてみる気ない?」

 オフィスエリアで番組のホンを書いていたオレに、陣内社長は意味深な笑みを浮かべて言い寄ってくる。

「ありません」

 即答。

「またそんな消極的なこと言って!」

 社長から『パシン!』と右肩を叩かれた。

「だって本当にそんな気ないんですもん。それに時間だってありませんし」

「時間は作ればあるの! うちの稼ぎ頭が弱気なこと言ってもらっちゃ困るね。作家をやりながら小説書いた人もいるじゃない」

陣内社長はジロッと睨みつける。

「それはベテランの人達じゃないですか。何でオレみたいな若手に?」

「夕起からのご指名だからです。彼女の『DEPARTURE』が映画化されるんだって」

 社長はニンマリ。陣内社長と夕起さんは中学からの親友だ。

「それは知ってますけど……」

 社長のペースに押され訥弁になっていく。

「さっき多部君からオファーがあってね。夕起達ての仕事なんだよ」

 「そういや多部の会社も映画制作に携わるんだっけ」。オレがそう思っていると、

「多部君は「あいつ狼狽すると思いますけど」って笑ってたけどね」

あいつめ……いつか殺してやる。

「ね? 夕起の希望なんだから書いてあげてよ」

 陣内社長は優しく言うが、「うーん……」脚本の仕事は是が非でも避けたい。が――

「私、もうオファーを承諾しちゃったから」

「えっ!? オレには何も言わずに?」

「中山君は急に仕事をオファーした方が躍起になってやるんでしょ?」

 「またそれか……」。友人のディレクターでは有名な話。

「分かりましたよ。書きますよ、書けば良いんでしょう」

「ほんと! じゃあ期待してるよ、映画」

 出た。陣内社長の欣欣然。

 そんな顔されたら仕方がない。でもオレより適任者がいると思うんだけど。

 後は簡単ではないが、もう一度『DEPARTURE』を熟読しながら事務所のデスク、自宅マンションで脚本を書き始めた。テレビ局のスタッフルームで書くと、また新たな仕事を依頼される「危険」があるから――



『DEPARTURE』――


「シャワーはお客さんと自分の身体を持参した殺菌消毒石鹸で洗うこと。間違っても(ホテルの)備え付け石鹸は使わないで。それと最後のシャワーではお客さんに先に出てもらって、気付かれないようにうがい薬で口を消毒すること。良いわね?」

「はい……」

と返事するしかない。

だって藍子店長は達弁且つ早口で「分かった?」「良いわね?」って問い掛けてくるんだから、こっちは「はい」と答えるしかなくないか?

講習が終わった後に何処まで脳裏に残っているのか心配。

暮れも押し迫った十二月下旬。今私がいるのは池袋内にあるホテルの一室。

当時十八歳だった私は、イメージクラブ<CLUB WOMAN>の面接を受け見事に合格。その後、藍子店長の講習を受けることになった。

後になって窺知したけど、藍子店長も昔イメクラでコンパニオンとして勤務していた経歴があるのだとか。

「あっ、それから「本番行為」はかなりのお客が要求してくるけど、それだけは絶対に止めて。言うまでもないけど法律で禁止されてるし、最近は警察官がお客さんの振りして「本番」を要求してくる場合もあるから」

「OKしたら私も逮捕されちゃいますしね」

「そうよ。それどころかスタッフ全員の首が飛んじゃう。だから絶対に拒否って」

「はい。それは心得ています」

「なら良し! 後は……無理矢理に性器を入れたがる人がいるの。その人はブラック(リスト)に掲記して出禁にしてるんだけど、スタッフの手違いでサービスすることになったら直ぐに知らせて。新規のお客さんでもそんな人がいたらどんな様子だったかを報告すること」

「分かりました……あのう、性病検査はどのくらいの間隔でやってるんですか」

やっと質問できたのがこれ。一番気になっていたことだから。

「検査は二週間に一回。自宅で検査物を採取して匿名で郵送できるのがあるから、うちはそれを使ってる。病気も怖いけど、避妊のために完全ゴム着でも一応ピルは服用しておいた方が良いわね」

「ピルですか……」

今更だけど、改めて肉体にリスクの伴う仕事なんだと自覚する。

「じゃあ講習はこの辺で終わり。全部は覚えきれなかっただろうけど、仕事しながら徐々に身に付けていって」

藍子店長は最後まで達弁且つ早口。何度も講習しているだろうし、台本が確り頭の中に入ってるんだろう。

私も全て頭のアーカイブに詰め込んだつもりだけど、店長の言うように仕事をしながら思い出し覚えて職能を上げていくしかない。

風俗店の講習だからプレーを重点的に教えられるんだって思っていたけど、プレーは男性スタッフを相手に基本的なフェラの仕方や身体の洗い方とかだけで、主に教えられたのは店の規則や消毒の仕方、接客の作法だった。

基本的なフェラの練習中、

「上手いな。何処で習ったの」

男性スタッフが訊く。

「内緒です」

 適当に誤魔化した。



講習の後は風俗嬢として初仕事。まだ体験入店の立場だけど、新人優先でお客を付けてもらえた。演じるのはブレザーの制服の女子高生。この前まで高校生だったから何の違和感もなく袖を通す。

「頑張っておいで」

藍子店長に背中を押され、お店近くのホテルへ向かう。

さっき講習で初めて人前でフェラをした時からそうだけど、緊張が極限に達しているせいか頭は夢見心地で言動はしれっとしている自分がいる。この仕事が性に合ってるってこと? 一瞬思ったけどまだ速過ぎるか。

ドアの前に立ち、深呼吸もせずにインターホンを押す。出てきたお客は三十前後で体型はスマート。服装はカジュアルだけど会社員っぽい。

「初めまして。夕起です」

これが私の源氏名。講習前に藍子店長から付けて頂いた。由来はTRFのボーカル、YU―KIの本名、北村夕起からきている。何故かというと、店長がTRFのファンで拝借した、唯々それだけであり何の捻りもない――それだけの理由で? 正直思ったけど店長に対して否応など訴えられるはずもなく、ありがたく頂戴した。   

それはさて置き――

お客である眼前に立つ男性、ドアを開いた瞬間から私と目を合わせようともせず喋りもしない。お互いに緊張しているのは歴然。この人、風俗店初めてなんだな。とは思ったけど私も初めてのお客だし。

だけど「女子高生」とは確り注文してくるんだね――

でもせっかく女子高生に扮してきたのに、こんな状態でプレーに入っても気持ち良くなるわけがない。しかし人間の精神は良くできたもので、片方が極限に緊張していると悟るともう片方は冷静になってくる。

この人の緊張をどうすればほぐしてあげられるんだろう。数秒考えて、

「こういうお店利用するの初めてなの?」

フレンドリーな女子高生を演じることに決めた。

「初めて……」

お客は微苦笑っぽいけどやっと表情が変化する。

「大丈夫だよ。私が数分で気持ち良くさせてみせるから」

「それは楽しみだなあ……」

やっぱり微苦笑。それとも空笑いか?

お客は一瞬笑顔を見せるものの、直ぐに真顔、無言に逆戻り。こんな調子で満足してくれるかなあ――不安になってきつつもサービス開始。シャワーを浴びていざベッドへ。

お客に変化が表れたのは騎乗位でお尻素股をやっている時。お客が本心の言葉を発した。といっても「あー……」という只の喘ぎ声なんだけど――

お尻素股は騎乗位で男性器をお尻に擦り付けて刺激するプレー。お客から見ると性器が見えないので本当に挿入しているかのような視覚的錯覚も加わって、強い快感を得ることができるのだとか。

「これ気持ち良い?」

「うん。凄く良いよ」

良かった。さっき習っといて。お客は気持ち良いんだろうけど、私は何と表現したら良いのやら――お尻の割れ目に男性の「モノ」を擦り付けるなんて当然初めて。むず痒いというのか快感というのか、どちらの感情も不完全燃焼だ。

まあ、私の場合は仕事。気持ち良くなるのはお客だけで良い。

一回の喘ぎ声で吹っ切れたのだろう。その後お客は最後まで喘ぎっぱなし。表情も柔らかくなった。

そしてサービスが終わると――

「今日は勉強になったよ」

「えっ? イメクラに勉強しにきたの?」

「実はオレ、三十間際でSEXの経験がほとんどなくてさ。彼女はいるんだけど自分の「技術」に自信が持てなくて、それでネットで色々調べてイメクラに決めたんだよ」

「そうだったんだ。SEXの勉強がしたいんならシチュエーションを決めるイメクラより、疑似恋愛ができるデリヘルの方がためになる気がするんだけど」

「それも考えたんだけど、オレ、コスプレが好きなんだよ」

なるほど。自信はなくても理想は確りもってるわけね。

「最初は年上の人に教えてもらおうと思ったんだけど、やっぱりかわいい子が良いなって思うようになってさ、それで手馴れてる子よりも一緒に学んでいける子が良いと思ったから、お店の人に夕起ちゃんを紹介されて、写真を見て即答でOKしちゃった」

「へえ。それはありがとうございます」

つまり、新人でプレーは拙劣だけど、写真を見てルックスはまあまあだから私で良かったっていうことだね。お客の理想にあって満足してもらえたことは嬉しいけど、反面、何かムカつく。もう風俗嬢としてのプライドが生起した。絶対に短期間で拙劣から熟練の状態になってやる! 強く誓ってお客と別れた。

この日の仕事はこれで終了。六十分で指名料を入れて日払いで二万四千円を手にした。今日は渋谷文夏しぶたに あやかから風俗嬢、夕起が誕生した記念すべき日。思えばここまで敢然とするまで、私は落ちるとこまで落ちた人間だった……。



「今日から、おじいちゃんとおばあちゃんの家で暮らすことになるから」

母の浩子は私の目を見て優しく微笑んだ。

私は五歳の時に両親が離婚。両親が何故、離婚に至ったのかは、私は未だに知らない。

私は浩子に引き取られ、中部地方の県から浩子の実家がある東京に移った。

浩子の職業は看護師。別れた内科医の父、尚とは年に一度逢えば良い方だったけど、私が成長していくにつれ二、三年に一度といった具合に、逢う機会は激減した。

祖父母は娘と孫を温かく歓迎してくれたが、看護師をしている浩子は毎日が忙しかった。おまけに交代勤務で私とは時間がすれ違い、私のことはほぼ両親に任せていた。それでも何不自由なく育ち、優しい祖父母にも不満はなかった。

だが私の心にはぽっかり穴が空き、木枯らしが吹き込んでいた。蚊帳の外に置かれているわけでもないのに、母の実家にいると、何か取り残されているような居心地の悪さが付き纏った。

私は年齢を重ねると共に、「居場所を見付けたい」「必要とされたい」との思いを蓄積させていく。その時に見る、毎日時間に追われて過ごす浩子の姿は憧れの的だった。「お母さんは必要とされている」。

そんな私にも、中学二年の時に初めて彼氏ができる。登下校やたまのデートなど、彼と一緒にいる時、私はやっと自分の居場所を確保できた気がした。

だが欲求が満たされた期間は長くは続かない。中三になり受験も近付いたことで、彼の両親と私の祖父母は、「今は勉強に専念すべき」と二人を別れさせた。

私は一応納得し受験勉強に励み、見事、都立高校の普通科へ入学することができたが、欲求を満たしたいとの思いは膨張していく。でも、それは進学して間もなく解消された。

一年先輩でサッカー部に所属する彼に憧れを抱いた私は、

「私と付き合ってもらえませんか?」

と果敢にアタックして、

「良いよ。オレで良かったら」

彼はあっさりOKして交際へと発展する。彼との交際は私に充実感をもたらし、多感な時期特有の悩みも彼といる時は忘れられた。

そして、私は新たな自分にも気付かされた。「SEX好きだなあ」。純愛と情欲は癒着していた。

一途な二人の交際は、彼が国立大学に進学してからも続く。



時は移ろい、充実していた私も高三となり、正直彼との交際もこれ以上無理かと思い始めた矢先のこと。私はある「事件」を起こしてしまう。私は彼との子を妊娠してしまったのだ。「安全日だ安全日」とゴムも付けさせずにやり続けていたのが悪かった。

彼に妊娠を告白したのは体調不良で学校を早退し、帰宅する道すがらに彼の自宅アパートに寄った時だった。

「あのさ……できちゃったみたいなの」

「できたって……まさか!?」

雑誌を読んでいた彼は顔を上げ私に怪訝な目を向け、私は茫然と頷く。

「っち。今まで大丈夫だったじゃねえかよ……誰か知ってんのか?」

「……誰も……」

普段は優しい彼の豹変ぶりに些か恐怖を覚えながら答えると――

「堕ろしてくれ! 親にバレるとヤベえんだよ……オレも親父になる気ねえし。金は用意するから!」

これがこの男の本性だったのか……。今まで気付けなかった私はバカだ。誠意のなさに沸々と怒りがこみ上げてきた。

「あんた自分のことしか考えられないの!? 最っ低!」

この状況じゃ私が産んだ子は幸せになれない。瞬時にこの考えが浮かび、中絶手術を受けることにした。

でも事態は収束せず、私の急な体調不良を養護教諭が怪しんだ。放課後に呼び出され、担任と養護教員に問い詰められる。

「渋谷さん、あなた妊娠してない?」

養護教諭の言葉に返す言葉が見付からず、無言で俯くしかない。

「やっぱりそうなんだな渋谷……お前えらいことしてくれたな」

担任は俯いた私のリアクションで確信を持つ。

「…もう……堕ろしました」

「堕ろしたからといって、このことが他の生徒に知られたらこっちも困るんだよ!……こうなった以上、渋谷、お前には悪いが退学を考えてくれ」

何も言い返せず、唯々担任と目を伏せることしかできなかった。

学校を退学処分になったことが、私が周りの女子高生達と一風変わった人生を送るきっかけになったのだ。



「おじさん! 今から帰り? あたしとちょっと遊ばない?」

 新宿のターミナルで三十代と思しき男性に、満面の笑みで声をかけた。

「えっ!? オレ結婚してるんだけど」

 男性が訝しがる。

「東京の子? 一人なの」

「あたし、北海道から友達と旅行に来てるの。今は一人だけどね」

「さっきも言ったけど、結婚してるんだよ」

「だからちょっとで良いの」

 男性の右腕を掴んで親しみ易さをアピール。

「おい、ちょっと」

 男性はまだ私を信じない。

「まさか別れさせ屋とかじゃないよね?」

「そんなんじゃないよ。あたし、まだ二十歳の学生だし」

「そうなんだ。どうりでまだあどけない顔してるわけだよ」

 男性が少しずつ安心し始める。

「どこで遊ぶの?」

「ラブホ行かない?」

「ラブホ!? それはちょっとヤバいよ」

男性は狼狽する。

「お金のことは気にしないで。あたしが出すから」

 そのために自宅の金庫から三万円をくすねて来たのだ。

「いや、そういう問題じゃなくて」

 男性の心は「疑念」から「困惑」へと変化する。

「だから大丈夫、心配しないで。この後はお部屋で楽しみましょう」

 男性の腕をしっかり掴み、新宿区内のラブホに連れて行く。最大三時間で五千五百円也。三万もいらなかった。

 SEXが原因で高校を退学処分になったけど、私の性欲は旺盛のまま。

「じゃあベッドに座って」

 シャワーも浴びず座らせる。早速「あそこ」のチャックを下した。

「いきなりそんな!?……」

 男性は言葉を失う。

「気にしないで。あたしに任せてくれたら良いから」

 キスもシャワーも浴びることなくいきなりフェラ。困惑しながらも、男性の「あそこ」はムクムクと大きくなっていく。

 ベルトを外し、ネクタイを緩め、Yシャツと下着をズボンから出す。フェラは一旦止め、私の口は男性の乳首へ。「ああ……」。男性は小声で喘ぎ始めた。

 私は服を自分で首のところまで上げ、ブラのホックを外してブラも首まで上げる。

「あたしのも舐めて」

 男性は無言で舌を出し、乳首を舐め始めた。

「ああ気持ち良い。もう片方も」

 私が催促すると、男性は素直に従う。

 自慢ではないが私はEカップだ。乳首を舐め終わったら、男性の顔を胸に埋めた。男性の荒い息遣いが胸を通じて伝わってくる。

 ある程度前戯が終わったら、後は挿入するだけ。「あん!」、「ああ!」、二人で喘ぎながら約十分で「いくいく!」と言い出し、透かさず男性の「あそこ」を自分の「あそこ」から抜いた。

 これで遊びは終了。

「楽しかった?」

「うん。こんなSEXは久しぶりだったよ」

 男性ははにかむ。私は男性が腹に射精したものをティッシュで拭きとり、各々服を着直して別れる。

「これ、旅行の足しにして」

 男性は財布から二万円を抜き取り差し出してきた。

「いいよ別に」

「いや、ホテル代は出してもらったからさ」

「そう。じゃあありがたくもらっとくね」

 何か気が引けるが受け取る。サラリーマンにとって二万円は痛手だろうに。「家族」の元へと帰っていく男性の背中を見届けながら、そう思っていた。

 もうお分かりのように、高校を退学してから私が辿り着いたのは逆ナンだった。

 中にはこんなおじさんも――



 いつものように帰宅時間に、今度は新橋で逆ナンしようと屯していると、

「こんな時間におねえちゃん一人かい? オレが相手してやろうか」

四十代と思しきほろ酔い状態のおじさんの方から声をかけてくる。

「今北海道から旅行に来てて、どこか遊べるとこはないかなって思ってたの」

 これは良い鴨だ。

「新橋は飲み屋くらいしかないよ。奢るから一緒に飲もうか」

「うーん、それも良いんだけど、ラブホ行かない?」

「えっ!? ラブホ……」

 さすがに訥弁になった。女から、しかも娘くらい歳が離れた者からラブホに誘われるとは、意想外だろう。だが――

「オレおじさんだし酔ってるぞ。こんなオレで良いのか?」

「あたしは全然オッケーだよ」

 縋り付くような眼差しを送ってみる。

「そうかそうか。おねえちゃんがオッケーならオレも良いよ。ラブホに行こう」

 乗りが良過ぎて私の方が拍子抜けしてしまう。

 新橋から新宿へ電車で移動する。

「ラブホ代はオレが出すから」

「えっ、いいよ。あたしが誘ったんだから」

「年下に出させるわけにはいかない」

 おじさんは頑として譲らない。

「じゃあ甘えます」

 素直に従った。今回も金庫から一万円をくすねて来たのに。

 ホテルに着き、部屋に入ったところで私はおじさんからベッドに後ろから突き飛ばされた。このおじさん、超積極的。酒のせいもあるんだろうけど、些か恐怖すら感じる。

「スカートとパンツ脱いで」

 おじさんはスーツのジャケットを脱ぎながら言う。どうせ脱ぐんだしまっいっか。そう思い素直に従う。

「こんなところにこんなおじさんを誘って、いけない子だな。お仕置きしてやる」

 おじさんはニヤニヤしながら私の「あそこ」を愛撫し始める。「あそこ」からどんどんとラブジュースが出てきた。おじさんは手を止めず、Gスポットを愛撫し始める。

「潮吹いちゃうよ」

「吹かせたいんだよ」

 ああそうなの。

「あん、あーん! 気持ち良い!」

 じゃあ付き合ってあげる。でもGスポットは本当に気持ち良い。まるで昇天するというか意識が遠のいていくというのか、何とも形容し難い気持ちだ。

 愛撫され続けて約十分、

「あーん! 出ちゃう出ちゃう!!」

潮が吹き出した。すると――

「うっ!」

 おじさんが自分の股間を押さえる。

「何? 射精しちゃったの」

 息を切らしながら訊くと、

「ああ、オレも我慢できなかった」

おじさんは床に倒れ込み、浅ましい表情で言った。積極的な男かと思ったら何ともあっけないこと……。

「あ~あ。ベッドが濡れちゃった。ホテルの人に怒られるよ」

「その前にシャワー浴びてきても良いかな……」

 普通シャワーの方が先じゃね? 今更だけど。

 おじさんは疲れた様子で浴室に入っていく。

 私はパンツとスカートを穿き、乱れた髪や上着などを整えてから部屋を出た。もうあんな状態じゃ「二回戦」はないだろう。



退学して三ヶ月が経った冬。

逆ナン以外は塞ぎ込み、引き籠もり同然の生活を送っていた私を救ってくれたのは、中・高校時代からの親友、本田秋美だった。

携帯に電話が入り、出ようかどうか迷ったが、意を決して出ることにした。

『文夏? 元気……じゃないよね?』

「最悪。毎日ブルー……っていうかブラック」

『メールなり電話なりしてくれて良いのに』

「最近誰とも話したくなくて……」

私のすげない返事に秋美は沈黙する。せっかく電話をくれたのにこれでは「ヤバい」と思った私は、

「でもありがとう。連絡してくれて」

慌ててフォロー。

『あたしもう直ぐ冬休みなんだけど、何かバイトしようと思うの。一緒にやらない?』

「バイト……でも受験でしょ? そんな時間あるの?」

『推薦もらったから少しはね』

受験シーズンだけど、彼女は大学の推薦をもらって少し余裕があるらしい。

『やりたいのがあるならいつでも言って』

私にとって秋美からの電話は蜘蛛の糸。これに掴まらないと私はずっと地に落ちたままだと痛切すれば、断る理由はない。

「バイトのことは任せといて」。その日の内に秋美にメールし、直ぐにOKしてもらいアルバイト探しを始めた。

何か稼げるバイトはないかと、街中の求人広告に目をやりながら駅前の交差点に差し掛かった時、看板を持ち電柱に寄り掛かっている老人が目に入る。看板の内容は駅近くのイメクラの宣伝。

高一の時にSEXの楽しさを知りはしたけど、それが原因で自分は落ちた。でも「稼げるアルバイト」であることには間違いない。さてどうしようか――

大いに面食らったけど、ショック療法ってやつ? とも思い、急ぎ家に帰った。



風俗店の看板を持った老人を見たその日、秋美の塾終わりに合わせて彼女の家に躍り込む。

「風俗!? ちょっとマジ?」

今度は秋美が面食らう。

「普通のアルバイトじゃあんまりお金稼げないじゃん? だからこういうのやったらどうだろうって。勿論無理にとは言わないけど」

「……確かにお金は稼げるよ。でも言い方は悪いけど、文夏は良くてもあたしは……」

彼女の中では、風俗でアルバイトしていたと学校に知れたら推薦はご破産にされるだろうし、それだけでは済まないはず。といった葛藤があるのだろう。

「分かってる。だからあたしだけでもどうかな? って思って」

「……一応資料見せて」

秋美は私がプリントアウトしてきた風俗店のホームページの資料を手に取った。

『何かバイトしない?』と誘った責任感。塞ぎ込んでいた私が前向きになっている姿からくる、友人を思いやる心。彼女は二つの心と葛藤しているのだろう。

「近場だとヤバいと思って色々調べたんだ。池袋のイメクラなんだけど、日払い制で出勤日も自由。合わなければ一日で辞めても良いんだって」

あれから帰宅し、池袋東口などのイメクラを検索して、気になった店を見付け出し、ホームページをプリントアウトした。

「そう上手くいくかなあ? まあ日払いで出勤日が自由っていうのは、大体そうなんじゃない?」

「っえ!? そうなの? 何でそんなこと知ってるの?」

「ほら、いつだったか理沙が言ってたじゃん」

理沙とは小・中学と一緒で、高校は他校へ進学した同級生だ。

私が退学する前に久しぶりに再会した時に、彼女は『先輩が風俗でバイトしていた』と話していた気がする。今になって思い出した。

「もし良ければ、二人共無職ってことで面接受けて、秋美は休みが終わりに近付いたら家の事情とか言って辞める。どう?」

「どうって言われても……」

秋美が訥弁になった。私は彼女の返事を黙って待つ。

「……あたしも興味がないってわけじゃないんだけど……」

秋美が微笑を浮かべる。難色を示されることは予想してたけど、意外な反応に驚いた。

「でもさ、イメクラはお客が指定した職業に成り切らなきゃいけないんだよ。文夏はそれ分かってる?」

「分かってるつもり。それはやりながら勉強していくしかなくない?」

「やりながらねえ……」 

 狼狽している秋美の顔がいじらしい。彼女と違って私の性格は元来マイペースだ。

この日は結論が出ず、秋美は「考えさせて」と答えて細やかな協議は終わった。

一週間後の土曜日の午後。私と秋美の姿は池袋駅にあった。

数日前に秋美から『やってみよう』と連絡が入り、私は「本当に良いの?」と彼女の決心を確認し、面接の予約を入れたのだ。

秋美には学校のことなど色々と葛藤があっただろうけど、「上手くいけば高収入」この打算に負けたのだろう。私から言い出しておいて何だけど、現金なやっちゃなあ……。

数分後、

「渋谷さんですか?」

声を掛けてきた男性スタッフらしき人に、私は「はい」と上擦った声で返事をした。

秋美もそうだろうけど、誘った私もやっぱり緊張してしまう。さあ、いよいよ生まれて初めて風俗店に足を踏み入れる。

待機室に通された私達は、奇麗な内装に目を奪われつつソファに座る。待機室は白を基調として掃除がいきとどき、清潔感満載でとても明るい。

私達の前のソファには、当時二五歳の藍子店長と一つ下の女性副店長が座り、履歴書に目を通している。

「お二人は高校を中退されたのですね?」

一通り履歴書を読み終えた藍子店長が口を開く。

「はい」。私は動揺するはずもない。隣の秋美も少し戸惑いながらも続く。

私達は笑顔を絶やさないように努めた。これは私がネットで「風俗店の面接でのしぐさ」で検索し、調べ上げたもの。事前に秋美の家で打ち合わせをした。

高校中退の件を信じたのだろう、藍子店長は具体的な話に入る。秋美は安堵したことだろう。

「容姿よりも大切にしているのは、お客様に対して、思いやり・優しさ・気遣いができるかどうかです。この三つは心得てください」

私達は「はい」と息の合った返事をした。

次に副店長から仕事内容や給料の説明があり、最後に、

「ここまでで何かご質問は?」

と振られた。

「あのう、希望があれば講習を受けられるってことなんですけど、講師はどなたが」

私の質問に副店長は、

「ご希望でしたら初出勤の日に、私か店長の方でご指導します」

と淡々と答えた。

「そうですか」

安心した私達は、揃って講習を希望した。

「出勤時間は一日三時間から受け付けられるとのことなんですけど、本当ですか?」

ホームページに載っていたことを確認する秋美に、

「はい。大丈夫ですよ」

藍子店長は笑顔で答えた。

納得した私達は必要書類に記入し、写真撮影を終えて面接は無事終了した。

「取り敢えず第一関門は突破したね」

「もう緊張しまくりだったよ」

池袋駅に向かう道すがら、秋美は胸を撫で下ろした。

初出勤日は秋美の休みが始まった平日の三日間、昼間の三時間勤務。秋美の希望通り、万が一に備えて学校関係者が来店しないだろう時間帯を狙った対策だ。

「みやび」と名付けられた秋美は、更に万全を期すためにアリバイ会社に登録。おかげで両親にも学校にもバレずに、休みが終わる前日、一身上の都合として退店した。



秋美は無事に終わったけれど、私は煩雑。祖父母には「風俗店で働いてる」とはさすがに言えず、「スーパーのパート従業員」だと嘘をついた。

浩子にも同じ嘘をついても良かったんだろうけど、親の場合、いつかはバレることを考えると気が引ける。だから浩子にだけは正直に話すことにした。

「何で風俗店なの!? どんなとこだか分かってるんでしょうね?」

「分かってるよ。ちゃんと調べて面接受けたんだから。今まで引き籠もってたあたしがやっと外に出る決心をしたんだよ。その気持ちだけでも買ってくれたって良いじゃん」

とことん強気でいく。

「外に出るのは良いことだけど、病気の方が心配よ」

「お母さんは看護師だからそこが一番心配なんだろうけどさ、病気の検査は二週に一遍受けるから大丈夫だよ」

「そんな楽観的過ぎるわよ。病気のことだけじゃないわ。自分の身体が汚れるのよ。それでも良いの?」

「それは覚悟してる。でも悪いことするわけじゃないし、合法のお店で働くんだからね」

「合法のお店、なかなか論理的なことを言うようになったわね。ハー……もう良いわ。やりたいようにやってみなさいよ」

やった。辛くも捩じ伏せることに成功。

だけど、「やりたいようにやってみなさい」の言葉に「納得」は一%も入っていない。多分、浩子の中では、今まで仕事仕事で娘に殆ど構ってあげれなかった負い目が、「反対」を貫穿できなかった最大の理由なのだろう。



「池袋のお店って言ったけど、何口になるの?」

面接を受ける前、秋美は些か不安げに言ったっけ。

「東口。北口より良いでしょ?」

「うん。その方が絶対良いと思う。北口は歌舞伎町みたいな雰囲気でヤバいって聞くし」

秋美は少し安堵した表情を浮かべて頷く。

「北口は未だにポン引きがかなりいるっていうしね。昔はポン引き同士が客を取り合って殴り合い始めちゃったりとか、暴力団の抗争で発砲事件があったって聞くしね。今はどうか知らないけど」

「今思い出したんだけどさ、東口もサンシャイン60通りはスカウトとかキャッチセールスが結構多くて煩わしいって聞くんだよね」

秋美の表情が渋くなってしまった。

「何で池袋のお店を選んだの?」とでも言いたげ。

私達は渋谷や原宿にはよく行くけど、池袋には殆ど行ったことがなく縁遠い街。だから今の池袋の現状を知らない。

「風俗店があるような街は大抵煩わしいって」

「そりゃそうなんだけどさあ……」

秋美は私が持参した<CLUB WOMAN>のホームページの資料から目を離して軽く溜息を吐いた。

池袋。新宿や渋谷と並んで山の手三大副都心の一つ。シンボル的な建造物であるサンシャインシティは国内最大規模の多種多彩な機能を持つ複合施設であり、ジュンク堂書店も書店としては国内最大規模を誇っている。

そんな「日本一」が揃う池袋ではあるが、一九九六年四月に『池袋駅構内大学生殺人事件』が、九九年九月には『池袋通り魔殺人事件』が発生。

『池袋ウエストゲートパーク』と呼ばれる西口公園は、ナンパ目的の若者が夜な夜な集まり治安悪化が不安視されていた。

九十年代後半に起こった『ボキャブラブーム』の時、番組に出演し羽振りが良かった芸人達が街に出ると、「ボキャブラ狩り」というものがあり、「渋谷もヤバいけど池袋はもっとヤバい」との噂が芸人の中で流れたらしい。

最近でこそ北口の歓楽街で勤める人達は、「良い街になった」「(以前よりも)落ち着いた」とテレビ番組のインタビューに答えかなり安全になっている様子だけど、「北側は治安が悪い」という声はまだまだ聞かれ、池袋=危険という印象は拭いきれていない。

「そんな危ないとこでアルバイトするんだよ。文夏、覚悟はできてるの?」

「お店の人が守ってくれるだろうから大丈夫だよ」

私の性格はマイペース&楽観的。

「お店の人ねえ……」

秋美は呆れたのだろう、これ以上は何も言わなくなり、秋美を捩じ伏せることに「成功?」したといって良いだろう。



浩子を捩じ伏せたことで、私は本格的に風俗嬢としての道を歩み始めた。

OLやアニメキャラを演じ切るため、新聞・雑誌・DVDに目を通して勉強する日々。

特にA系(アキバ系)のお客は自分が好むコンパニオンには多額の出費も厭わない傾向が強く、調子に乗らせないように注意すれば太客(頻繁に来店する客)に成り得る存在。だからアニメキャラの決め台詞を習得したり声優の声色を真似るのは必須だ。

『けいおん!』や『緋弾のアリア』などのアニメのDVDを観て鏡に向かってポーズをとりながら決め台詞を何十回と連呼し、その後は新聞に隅々まで目を通す。ふと我に返ると何処に向かっているのやらと自分を鼻で嗤ってしまうけれど、これがイメクラ嬢の仕事なのである。



「あたし今日、うがいを十回以上はやってると思う」

エリカが両手を口に当て口臭をチェックする。

「色んな人とディープキスしたり「モノ」を銜えるから仕方ないよね」

あゆはそう言って吸煙機のある場所にいきタバコに火を点けた。

「始める前は精神的に辛いと思ってたけど、結構肉体的にもくる仕事だよね」

風俗はメンタル面だけじゃなくフィジカル的にもストレスが溜まる職業なのだと、初日で思い知った。

<CLUB WOMAN>の待機室。

入店して直ぐ仲良くなった大学生のあゆとエリカとお茶(客が付いていない状態)している間に愚痴り合う。

ちなみにあゆは私よりも二つ上で四ヶ月前に、エリカは一つ上で二ヶ月前に入店しているけど、二人共、先輩風を吹かせるわけでもなく、フレンドリーでありがたい存在だ。

「あたしなんか(深夜)一時過ぎに帰宅して一杯飲んだら直ぐにバタンキューだもん」

「エリカも人気あるからね。あたし達って酒とタバコに救われてるとこ大だよね」

「確かに、その二つがなかったらもう辞めてるかも」

あゆは鼻を鳴らして苦笑する。

「ああ、もう早くバタンキューしたい!」

エリカがテーブルに両手を伸ばして突っ伏す。「バタンキュー」。私達の世代では古いワードな気がするけど、口には出すまい。

「その前にお肌のケアーとかしとかないとじゃない? 一日に十回もシャワー浴びるんだから肌カッサカサでしょ?」

「あゆに言われなかったら忘れるとこだった。ボディーローション塗りたくっとかなきゃ。あれも時間掛かるんだよねえ」

エリカは突っ伏したままで面倒臭そうな口振り。

「かなりお疲れなんだね」

「夕起もその内分かるよ。カッサカサの日々がさ」

「もう体験してるんだけど」

「まだまだ甘い。そんなもんじゃないから、カッサカサの日々は」

あゆは子細ありげににやつく。

私はまだ一日に十回のシャワーはないけれど、お客に対してはちゃんと気を遣っている。髪が濡れていて前に別のお客の相手をしたと気付かれると嫌がられるから、乾かす暇がない時は髪を結んで濡れていることを隠す。飽く迄、「今日最初のお客様」だと嘘を付くのだ。これが意外と大変。

ついでにいうなら、ホテルを出て次のお客と鉢合わせしないようにするのも結構大変。

「カッサカサだけならまだ良い方だよ。ピストン行為の繰り返しで腰痛になることもあるんだから」

「あゆはもう患ってるみたいだね」

さっきから左拳で腰を『トントン』叩いてばかりいる。

「あたしも最近になって痛くなってきたんだよね」

エリカがやっと顔を上げ、ソファに座ったまま両手で腰を摩る。

「あなた達は腰だけだからまだ良いわよ。私なんかフェラのし過ぎで顎も痛い」

私達から離れて座っていた先輩のちあきさんが右手で顎を摩った。

「身体の故障が多い仕事なんですね」

としか返しようがない。私も気を付けないと……今更だけど、随分な業界に足を踏み込んでしまったかも――

「性器も相当鍛えられたかもね。連続出勤すると擦れて痛いし」

「へえ、そうなんですか」

としか返しようなくない? 自分に待ってる未来を考えて憂鬱になる。

「私、ここに入る前にソープにいたんだけど、マットもかなり疲れるんだよねえ。不安定なヌルヌルの上で全身使うからさ。おまけに準備も片付けも面倒なんだよ。だからマット嫌いなお客が相手だと楽だったなあ」

ちあきさんの向かいに座るじゅん子さんも割り込んできて、しみじみとした口振り。

「脅すつもりはないけれど、覚悟はしといた方が良いわよ」

ちあきさんの微笑み、なんか怖い。風俗嬢の宿命の「職業病」なんだろうけど、十分脅しになっています――



十九歳になり、夜になると秋声も聞こえてくる九月中旬のことだった。

『ねえ文夏、一緒にマンション借りてシェアしない?』

「どうしたの唐突に?」

秋美の声は真剣。たまに電話をくれたらこの提案。嬉しいような面食らったような――

『だって文夏、まだ立川の実家から池袋まで通ってるんでしょ? 片道何分だったっけ?』

「四二分。遠いっちゃ遠いね」

『でしょう。今は早番だけだろうけど、都心に移ったら遅番もできるようになるじゃん』

「まあそれはそうなんだけど、家賃はどうするの?」

『あたしも大学入ってデリデリバリーヘルスやってるから、二人で折半したら何とかなるっしょ?』

「折半かあ……」

それよりも、秋美が某大学法学部に通うようになってからデリヘルのアルバイトをやっていることを失念していた。確か源氏名は「みやび」のままだったっけ――

大学生も「親に負担を掛けさせないように」や、学費と生活費を賄うため、風俗やキャバクラでバイトする子も多い世の中だ。勿論、秋美もその一人。

『渋谷の本町に2DKの良いマンションを見付けたの。どうかな?』

「あたしは別に良いけど、どうしてそんなに積極的なの? 何かあった?」

『別に何もないよ。大学の友達に小学生の頃からの友達とシェアしてる子がいて、その子が友達と住むのは楽しいって言ってたから、文夏とあたしだったらどうなるのかなって思って』

「なるほどね。そんな理由か」

絶対それだけじゃない。友達のことは単なる建前で、本音は別にあるはず。

「分かった。そこまで言ってくれるんなら一緒に住もう。あたしも断る理由ないし」

『良かったあ。じゃあ決まりね』

秋美は嬉しいというより安堵したような口振り。それも何か引っ掛かる。

まあその問題は後で解決させるとして、私は十四年間お世話になった祖父母の家を出ることになった。

秋美とシェアするマンションは彼女が電話で言っていた渋谷区本町の賃貸マンションで、家賃は九万七千円。二人の収入なら何とかなるだろうとは思う。

二人で不動産屋へ行って契約を済ませ、引っ越し業者を利用してマンションに荷物を運び込んでもらう。

引っ越しを終え、その後に色々な調度品を購入しに行った帰りの電車内で、

「改めてこれから宜しくね」

秋美に破顔した顔を向けられた。

「こちらこそ宜しく。あのさ、差し支えなかったら訊いても良い?」

「何、急に?」

「あたしと急にシェアしたいって言い出した本当の理由だよ」

いたずらっぽい笑みを浮かべ、それでいて低音で訊いてみる。

「やっぱり気になった?」

「友達が楽しいって言ってるだけで始められるものじゃなくない?」

「実はあたし、大学に入ったら実家を出ようと思ってたんだけど、うちの両親厳しいじゃん? だからなかなか許可が下りなくて」

「実家も大学も都心だし、まだ学生だったら尚更だろうね」

「そうなの。だから文夏とシェアするって言って捩じ伏せちゃった」

秋美はまた破顔一笑。私とシェアすると懇願すれば許可が下りる。そう見込んでの安堵の口振りだったのだ。

しかし、両親が厳しい彼女に風俗店でアルバイトをさせたんだな私は……。今のデリヘルは何と説明しているのだろう?

「要するにあたしを利用したってわけね」

にやついて言ってみると、「ごめん」とにやついて返された。

「でも何で実家を出ようと思ったの?」

「大学生になったら独り暮らしって憧れるじゃん」

「二人暮らしだけどね」

やっぱ単純な羨望で利用されたか――



<CLUB WOMAN>に入店して十ヶ月、日頃の勉強の甲斐もあり、私の人気は徐々に上がってきている。

当初は一日三人前後だったお客が今では五人前後。十八時から二四時までの出勤時間は予約客で埋まり、お茶することも少なくなった。一度指名されてまた指名されるリピートはやっぱり嬉しい。

店側から「問合せで訊かれたから出勤して」と頼まれる日も出てきた。私にとっては休日出勤だけど、これも必要としてくれる人がいるんだと思うと嬉しいことだ。

収入も右肩上がり。火曜から土曜日の月二十日出勤で百万から一五○万となり、増えていく通帳の金額を見るのも楽しくなった。

増えていく貯金額と引き換えに受け取ったのがガタガタの身体。あゆやちあきさんの言葉通り、一日十回前後のシャワーによって肌はカッサカサ。顎はまだ大丈夫だけど腰には鈍痛が走りっぱなし。ボディーローションが手放せなくなり、マッサージに行く日もこの頃から増えてきた。

風俗嬢は文字通り「身体が資本」。とにかくその身体のメンテナンスが大変な職業なのだ。



うちの店のコンパニオン達は先輩後輩関係なく仲良さげ。飽く迄も「一見すれば」の話だけど。 

そのコンパニオン達の内情を聞くと実に面白い、っていったら失礼だけど、本当に色んな人が集まってきてるんだなあと痛切する。

「元々コスプレが好きでイメージプレイは燃えるタイプなの。風俗嬢になって三年で約七千人の男性器を見たことになるから、男性器に関しては語れるわよお」

じゅん子さんはしたり顔を見せた。

私みたいにSEXが好きで入店してきた人もいれば、

「消費者金融に借金があってね。だからオーラス(オープンラスト)で出勤してるの。私みたいなコンパニオンは珍しいと思う」

ちあきさんは自嘲気味に笑う。この人みたいに金銭的に切迫して入店、の人もいる。

また中には――

「風俗嬢って尻軽だって思われてるじゃない? でもホストは風俗嬢を差別しないの。肉体労働で精神的にもかなり負担が掛かる私達のストレスを汲み取ってくれる。だから(ホストクラブ通いは)止められない」

先輩のみくさんは明言しながらも、この人も自嘲気味に笑っている。

ホストも仕事上、お客の内情を汲み取らないわけがない。みくさんは真実を理解した上で通っているのだろう。良くいえば「自覚ある行動」だ。

SEX好き、借金、ホスト嵌りと色んなコンパニオンがいるかと思えば――

「キャバとか水商売も考えたんだけど、私は自分には向かないって分かってるから。キャバはやっぱり奇麗じゃなきゃ稼げないじゃん? それに営業の電話とか大変そうだし」

あゆは淡々とした口振り。

「消去法でイメクラを選んだってこと?」

「かもしれない。風俗に入った時は先のこと考える余裕なんてなかった。自分ができるバイトはこれしかないって思ってたから」

あゆは微笑を浮かべた。実際には色んな選択肢があったことを今頃になって気付いたのだろう。

そのキャバから「天下り」してきたコンパニオンもいる。私より二ヶ月後輩のセイラだ。

「キャバは女の嫉妬や派閥が面倒臭くってさ。それに営業の電話とかメールにもう疲れちゃった」

セイラは渋い顔で言った。確かにキャバは嫉妬や欲望の世界だと思う。私の偏見かもしれないけど――その点では、風俗は女同士の嫉妬やいざこざは少ないかもしれない。

またエリカの話では――

「あたしの彼ってニートでさ、あたしがいなきゃ何にもできないんだよね。ある時は甘えて気持ちを引き付けたり、またある時は怒ったりして男らしいとこ見せ付けたり、ニートも結構大変そうなんだよね」

屈託のない笑顔。

「あんまり甘やかすと男はとことん駄目になっちゃうよ」

「分かってるって。飴と鞭を使い分けてるから」

やっぱりエリカには屈託がない。

ニート=ヒモは女の自分に対する愛情を操り、相手が自分を離したくなくなるように、女の気持ちの中に自分の存在を刷り込んでいったりすると聞いたことがある。エリカの彼氏も完全にそのタイプだろう。

風俗嬢だって所詮は一人の人間。色んな話を聞けば各々に歴史があって然るべきだ。



<CLUB WOMAN>に入店して間もなく一年が経とうとする十二月上旬の土曜日。閉店後に藍子店長から事務所に呼ばれた。

「ねえ夕起、雑誌のグラビアに出てみる気ない?」

「グラビア? 考えもしませんでした。そんな依頼がきてるんですか?」

グラビア撮影は<CLUB WOMAN>のホームページで既に経験済み。洋服から下着姿となり、最後は手ブラで終わるというライトなものだけど。

「そうなの。風俗雑誌の編集部から誰かいないかって言われてるんだけど、夕起はまだまだ売り出し中だしかわいいから良いんじゃないかと思ってね」

「そうですか……」

確かに売り出し中ではありますけど、私よりかわいい子は他にも一杯いると思いますが……っていうか「かわいいから良い」というのは単なる名目だろう。

売り出し中の私を少しでもメディアに出して店の知名度を上げようという、藍子店長の画策。知名度が上がれば売上にもつながる、経営者としては当然の心理である。

そこまで推測できたのなら仕方がない。

「分かりました。撮影はいつですか?」

「さすがアグレッシブだね」

思惑通りにいった店長は欣欣然。

「撮影は明後日の月曜日の朝十時からよ。頑張ってね」

「随分と急なんですね」

「ギリギリまで検討してたからさ。ごめん」

店長は欣欣然としたままぺこりと頭を下げる。

月曜日は私は休日。

「初めからあたしにやらせようと決めてたんじゃないですか? ギリギリに伝えて有無を言わせず承諾させようっていう魂胆だったんですよね」

「バレてたか」

藍子店長は肩を竦める。それぐらい誰だって推察できると思うんですけどねえ――



二日後の月曜日、撮影は東京・八王子市内の公園とホテルの一室で行われた。

朝八時にホテルに集合し、衣装に着替えメイクを済ませて公園に移動する。

「普通の公園なんですね」

「高尾山にも一応撮影申請したんだけどさ、許可が下りなかったんだよ」

カメラマンは苦笑した。風俗雑誌がネックになってしまったか――

設定は彼氏と公園でデートした後、ホテルでSEXするという在り来たりなもの。

「ブランコ、もっと高く漕いでみようか」「逆上がりやってみて」。カメラマンが次々に注文を出してくる。だからミニスカートってわけね。要するにパンチラを狙っているのだ。

公園での撮影を終え、またホテルへと舞い戻る。

人前で全裸になるのは慣れているとはいえ、今日は彼氏役のカメラマン、ヘアメイクの女性、照明の男性と三人に見守られていて雰囲気は全く違う。

否が応でも緊張してしまい、初日のお客の時に体感した夢見心地の状態。それでいて唇はブルブル震えている。

「だいぶ緊張してるみたいだけど大丈夫?」

カメラマンは心配している様子。

でも、

「大丈夫です」

ここまできて「無理です」とは言えませぬ。

撮影が始まり、一枚ずつ服を脱いでいく。

いくら緊張していても、私も「脱ぐ」ことに関しては曲がりなりにもプロ。そう自分に言い聞かせて躊躇なく脱いでいった。

全裸になってベッドに横になると、彼氏役のカメラマンがレンズを向け近付いてくる。彼氏とSEXしている状態を表情と身体で演じていく。

「良いよ」「気持ち良さそうに見えてるよ」「もっと大胆になってみようか」。カメラマンに乗せられ、どんどんリラックスしていく自分がいる。

裸体を撮られる感覚ってこんなにも開放的になれるものなんだ。なーんて雑念が入る程、頭も夢見心地の状態から落ち着きを取り戻していく。

そして最後のシャワーシーンを撮影し、約四時間で全ての撮影は終了した。

これでギャラは二万五千円也。今日撮影した写真が、来月に刊行される風俗雑誌に掲載されることになる。



翌火曜日の閉店後、また藍子店長から事務所に呼び出された。

「昨日はどうだった?」

「緊張しましたけど、何とか任務を遂行してきました」

「そう、お疲れ様」

藍子店長は労うというよりいたずらっぽい笑み。これはまさか――

「またあたしに何かやらせる気ですか?」

「実は、そのまさかなんだよね」

「やっぱり……あたし、昨日で任務終了だとばかり思っていたんですけど。あの達成感をどうしてくれるんですか!」

「まあそう怒んないで聞いてよ。今度はCSのAVチャンネルで放送されている番組なんだけど、無名の企画女優や風俗嬢二五人が出演するの。夕起だけじゃないから良くない?」

藍子店長はにんまり。絶対に出演させようという想念が見え見え。

「良いかどうかは企画内容を聞いてから決めます」

「一泊二日の温泉バスツアーなんだけど、途中でクイズやゲームをしながら箱根を目指すの。途中で失格したらギャラは五万円だけど、優勝すれば賞金六十万円よ。どう」

「どうって訊かれても……」

正直面倒臭そう。

「今回はあたしじゃなくても良いんじゃないですか?」

お茶してる子もいるわけだし。

「それも考えたんだけど、ロケが日曜から月曜なのよね」

「ジロッとあたしを見ないでくださいよ。つまりあたしじゃなきゃスケジュールが合わないって言いたいんですよね」

「その通り! これは放送局が提示したスケジュールだから仕方ないわよね。このスケジュールで参加できる子はいないかって打診されちゃったのよ」

だから私。っていうかグラビアの時と同じで、初めっから私しか見ていなかったんですよね?

「分かりました。出演します」

「本当!? 良かった。じゃあ店の宣伝宜しくね」

出た。藍子店長の欣欣然が再び……。

私のみならず店の知名度も上げてきてという威令。さすがは経営者。ガツガツしていないと商売はできないということ。サッといって五万円だけもらってさっさと帰ろうと思っていたのに――



三週間後の日曜日、暮れも押し迫った十二月下旬に撮影は行われた。

朝七時に新宿駅に集合し、大型バスに乗り込んでまずは都内のAVスタジオヘ向かう。

集まったのは企画女優や風俗嬢合わせて二五人。

まずやらされたのが風船割り競争。ルールは五分間に五十個の風船を割らないと失格というもの。二五人でやるから風船の数ももの凄い。

「それじゃあ始めまーす! よーい『ピッ!』」

MCの男優が笛を吹いてゲーム開始。風船を尻で次々に割っていくんだけど、これが破裂する時にヒリヒリ痛い。痛みに耐えながら急いで割っていく中、隣の子は全くやる気なし。

「何で割らないの?」

「最後の方で失格になってもここで失格になってもギャラは同じじゃん? だったら早く帰れた方が良いと思って」

「ああ、なるほどね」

目立つ気も全くなし……私も彼女のようにしたいけど、店長からの威令があるから必死で風船を割るしかない。

尻もちをつくようにして一気に割れば良いんだけれど、バランスを崩して腰を打ったりするから鈍痛が走る。

そうやって四苦八苦しながら私は四分三八秒で五十個の風船を割り、見事に一次予選を通過した。

ここで失格となったのは九人。十六人となった私達メンバーは再びバスに乗り、いよいよ箱根を目指す。

でも、その車内でも全然休ませてもらえない。

「はい、ここで簡単なクイズを出題したいと思います」

MCの男優が告げてクイズ開始。

「『一票の格差』とはどのような問題でしょう?」

正解は、選挙で有権者が投じる票の価値差一票の重みの不平等を表す用語である。

だけどある子は、

「一票入れて無駄になった票が重なること!」

自信満々に何ともビミョーな解答。

また別の問題では――

「沖縄県の県庁所在地は?」

「九州」

さっきとは別の子が澄ました顔で答える。さらには――

「パワハラとは何の略?」

「分かった! パワーでハラハラさせること」

AV女優や風俗に集まってくる子は無学な子達が多いのか? そういう私も高校を中退しているから人のことはいえないんだけど。

でも、

「映画『007』の主人公の名前は?」

「ジェームズ・モンド」

これは知っていた。

このコーナーは箱根に到着するまでの単なるプレイベント。だから脱落者はいない。本番は箱根に到着してからだった。

箱根に到着するとまず部屋に通されて荷物を置き、温泉へと直行。ここで何をやらされるのかというと――

「ここから皆さんには温泉に入った状態で、『平家物語』と『源氏物語』の冒頭文を暗記してもらいます」

「えーーーっ!!」

私を含めた十六人は声を合わせて拒否する。

中には、

「あたし絶対無理!」

やる前から諦めてしまう子が数人。でもカメラが回ったらやるしかない。

私が覚えるのは『平家物語』の一節、

『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前のちりに同じ』

ここまでである。

漢字には一応ルビが振ってあるけど、古文が苦手な私にとってはそれでも厳しい。

それより問題なのは温泉の温度。体感で四十度以上はあると思う。そうじゃなくても難しい文章なのに、熱湯で逆上せて全然集中できない――

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常……」

挫折。

「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるかに(『源氏物語』の一節)……ああ駄目!」

他の子達も途中でつっかえるつっかえる。

「もう熱過ぎ!」

温泉から上がる子がいるけど、 

「まだ上がっちゃ駄目だよ」

暗記するまで絶対に上がれない。

でも時間が経てば経つ程耐えられなくなり、私を含め全員が立ち上がったり縁に座り込んでしまう。但し足はお湯に浸かった状態なので、下から熱が上がってきて逆上せた状態には変わりない。だが遂に――

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……娑羅双樹の花の色……盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夢のごとし……たけき者も遂にはほろびぬ……ひとへに風の前のちりに同じ」

できた!――

「はい、夕起ちゃん抜けー!」

つっかえたり言い間違えること十三回、一時間半も掛かったけどこれでやっと上がれる。けれども――

「おっとっと……」

立ちくらみがして床に倒れ込んでしまう。

「夕起ちゃん大丈夫!?」

「大丈夫です……ちょっと逆上せただけですから」

MC役の男優に答えた。

私が床で休んでる間にも――

「いづれの御時にか……女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに……いとやむごとき際にはあらぬが……すぐれて時めきたまふありけり……えーっと、はじめよりわれはと思ひ上がりたまへる……御方々めざしき者に……おとしめそねたみたまふ。終わったあ!」

「はい、りょうちゃん上がって良いよ!」

りょうって子もできたんだ。でも今は喜びを分かち合っている場合じゃない。

「やっと上がれる!」

りょうって子は床に座り込んでしまう。

スタッフ達はこれ以上は危険と判断したのだろう、ここでタイムアップとなった。

「はい、皆上がって良いよ!」

「良かったあ」

「死ぬかと思った」

「もうだるい! 何にもしたくない」

十四人全員が力なく床に倒れ込んだり座り込んだりしていく。このシーンはカットされるな、絶対――

結局サバイバルを制したのは私と企画女優のりょうって子の二人だけ。後の子達は自腹で東京に帰っていった。

私達はそのまま旅館にゆっくり一泊し、翌日は午前中からSEXシーンに臨んで妖艶度を競った。

撮影が済むとMC、相手役の男優、スタッフが集まり何やら小会議。

「慎重に協議しました結果、甲乙付けがたいということでお互いドロー!」

MCの男優に告げられ、賞金六十万円は二人で折半することになった。

最後にインタビューと称してMCからマイクを向けられる。

「楽しんでSEXできたんで満足しています」

「それは良かった。ところで夕起ちゃんは何処のお店に勤務してるの?」

「池袋東口の<CLUB WOMAN>です。かわいい子ばっかりのお店なんで皆さんきてくださーい!」

カメラに向かって破顔し手を振った。



「これで店長から申し付けられた、お店を宣伝してきてっていう威令は達成したことになりますね」

翌日の火曜日、閉店後の事務所で藍子店長に結果を報告する。

「別に威令のつもりはなかったけど、まさか最後まで残るとは思わなかったよ。本当にご苦労様。ところで賞金の三十万はどうするつもりなの?」

「あゆとエリカには焼肉奢ってよって言われたんですけど、取り敢えずは貯金しておきます」

「若いのに堅実だね」

店長はにやつく。

「お疲れ様でした」

恭しく一礼し、また威令を申し付けられる前に足早に事務所を出た。

雑誌のグラビアを飾り、テレビ番組にも出演した効果は以外にも早く表れた。

実際にグラビアや番組を観た人。ネットの掲示板やツイッターで知った人達で年明けから予約が埋まり始め、中には一ヶ月待ちまでしてくれるお客まで出始めた。

何とも嬉しいことだけど、予約を入れてくれるお客達は藍子店長の策略にまんまと嵌ったわけだ。



そしてここにも策略に嵌ったお客が一人。

「今度外で会おうよ」

私と同い年くらいの男は微笑を浮かべて慣れた口振り。

勿論、コンパニオンとお客が店を通さず外で会うのは規約違反である。

「色んなコンパニオンにそんなこと言ってるんでしょ? どうせ」

「違うよ。夕起ちゃんにだけだよ」

「またそんな調子良いこと言っちゃって」

男の名前は日下部健留。私が雑誌のグラビアに登場してから他のコンパニオンに予約を入れ始めた。

その内、男性店員の亮君から、

「夕起ちゃん、一度あのお客についてくれないか」

と懇願される。

「何で? あたし他のお客で予約一杯だよ」

「あのお客、予約を入れたコンパニオンに『自営業 日下部健留』っていう名刺を渡すらしいんだけど、「OLの恰好で」って予約を入れてもプレーをしなくて会話だけ。コンパニオンの身体に触れることもなくて紳士的らしいんだよ」

「ふーん。そんなお客いるんだね」

「だから店長に「どうします?」って相談したら、「試しに夕起を入れてみたら」って言われたんだよ。だから一度だけ頼むよ」

亮君は頭を下げた。

ちなみに亮君の苗字は木村。私よりも年上だけど、コンパニオン達は皆「亮君」と呼んでいる。

「じゃあ一回だけね」

他の予約客の時間をずらしてもらうことで話はついた。

「本当、ありがとう。夕起ちゃん」

亮君はまた頭を下げた。別に彼が悪いわけじゃないのに。

風俗嬢に何もせず会話だけ。そうしたら男性店員に売れっ子風俗嬢をつけてもらえることが間々ある。なんて話を聞いたことがある。今回はそのパターンだろう。

私が健留が待つホテルに入ると、

「待ってたよ」

健留はやっぱり私にも紳士的に出迎えた。

そして、

「オレ、こういう者なんだけど」

『自営業 日下部健留』の名刺を渡された。

ちなみに健留は私にもOLの恰好を指定している。

「あのう、プレーはどうしますか?」

「普通のやつでお願いしても良いかな」

「普通……別に構わないですけど」

やっぱり彼は初めっから私狙いだったんだ。予想通り。

「じゃあ宜しく」

「こちらこそ」

健留とディープキスをしながらお互い服を脱いでいき、シャワーへ。

私はいつも通りのプレーをしたけど、彼はプレー中もクールで紳士的には変わりなかった。

プレーが終わりそこで「外で会わないか?」のお誘い。

「会うのは良いけど、お金をくれないと遊んであげないよ」

少々からかってみる。

「それは構わないよ、別に」

冗談で言ったのにあっさりOKしやがった。この数分のやり取りで商談は成立。私は規約違反をしてしまうことになるんだけど……。

風俗嬢には大きく分けて2パターンあるといわれている。一つは切実にお金に困っている子。借金、子供のため、遊ぶ金欲しさにと事情は各個様々だ。

もう一つは孤独を感じている子。幼少期に両親が離婚した、学生時代にいじめに遭っていた、誰かに求められることが心地良いなど、こちらも各個様々。私は断然こちらのグループに入るのだろう。

お金に困っている子は「お客=お金」という意識があり、たとえ好意を寄せるお客がいたとしても簡単には心は動かない。

逆に孤独感を持っている子は、好意を寄せるお客がいれば僅かながらも心が満たされ、自分を認めてくれていると心動かされるのだそうだ。早い話が騙され易いってこと――



そんな騙され易い私は二月初旬の月曜日、渋谷のネットカジノカフェで日下部健留と会うことになった。十八時過ぎ、センター街の横道にある雑居ビルに入り、階段で二階に上がる。店には看板さえ出されておらず、白くて重そうな鉄扉があるだけ。

健留が鉄扉を開けると中は以外と清潔で、一見すると普通のネットカフェと変わらない。

「あたし、こういうとこ来るの初めて」

「大体の人間はそうだよ」

「でもいけないんだー、こんなとこ来るの。捕まるよ」

「まあね」

健留は苦笑した。健留に誘われて来てはみたものの、見付かれば私だって無事では済まない。でも、何故初デートがここなのかは不明――

健留に促され隣同士の席に座る。

「オレは三万からスタートさせるけど、夕起ちゃんはどうする?」

「あたしは素人だから一万円で良い」

男性店員に料金を支払いプレー開始。私も健留と同じでルーレットを選んだ。っていうかそれくらいしか知らなかったもので――

でもやっぱり素人。僅か一時間で全部すってしまう。だが健留は慣れたもので四万円の利益を上げた。

健留が店員からメダルを七つもらいカフェを出る。

「これを三階に持って行くんだよ」

「どうするの?」

「まあ見てなって」

健留の後に付いて三階に上がると、また看板のない鉄扉が一つ。健留は戸惑うことなく扉を開け、中にいた中年男性にメダルを渡す。

すると男性が出したのは現金七万円。なるほど。換金所ってわけね。

「これからどうする?」

「食事でもしてホテルにでも行くか」

健留が言うままに渋谷駅から徒歩一分のイタリアンレストランに入る。



石窯で焼いたピザに舌鼓を打った後は、道玄坂にあるラブホヘ。

部屋に入りまずは、

「もう一度乾杯でもしようか」

健留がコンビニの袋を私に向けて言う。

「レストランでワイン飲んだけど、もうちょっと酔いたいね」

 袋の中からビールを一缶取り出す。しかも二人共ロング缶。

 ベッドに座りビールを飲む。健留はビールを飲みながら私の肩に手を回し、左耳を触ったり首を撫でたり、遂には胸にまで手を伸ばしてくる。

「フフンッ。くすぐったいよ。酔っぱらってるの?」

「レストランでワイン二杯飲んだからね」

 健留は少し赤らんだ顔で笑った。

「あたしは一杯だけだったから、まだ平気かな」

 私も決して強い方ではないんだけど。

 ビールを半分飲んだところで、

「あたし、もう我慢できない!」

缶を床に置き、彼にキスをした。

「んっ! まだ飲み終わってないよ」

 その瞬間、健留の口からビールが私の口に入る。気に留めず一口で飲む。

「良いじゃん。気持ちが抑えきれないの」

「分かったよ」

 健留も缶を床に置き、二人共靴を脱いでベッドの上で抱き合う。

「舌出して」

 健留が「べー」っと舌を出す。

「もっと!」

「これ以上出ないよ」

「もっと出るはず!」

 ねっとりとディープキス。

 確り抱き合い、彼の「あそこ」に両足を彼の太腿に乗せ、自分の「あそこ」を擦り付けるようにして当てる。衝撃で誰かのビール缶が倒れた。構わずプレーを続ける。

 キスをしたままの状態で思う。「健留の「あそこ」、勃起してない。不感症?」。私はキスを止め、彼の上着とTシャツを脱がし、今度は乳首を舐めてみることにした。

「夕起ってプライベートでも積極的なんだな」

 嗤われたが、私は彼の「あそこ」を勃起させようと躍起になっている。

 そういえば健留、来店して来た時も素股をするまで勃たなかったんだっけ。でも今日は何としてでも勃たせてやる! このままでは私の風俗嬢としてのプライドが許さない。

 乳首を舐めながら彼の「あそこ」を触ってみる。これだけ「サービス」してもまだ……。さすがに嫌気が差し、彼のベルトを外しジーンズを脱がす。

「オレだけ裸にされるの?」

「あたしも脱ぐ?」

 上着を脱ぎ白のブラジャー姿になった。すると健留は透かさずホックを外し胸を愛撫した後、乳首を舐め始める。

「あん!、あん!」

仕方なく喘ぐ。

「スカート捲り上げて」

 最早健留のペース。

 ちなみに今日はTバックを穿いてみた。プライベートでは穿かないけど、初デートだし少しは頑張って店の物も借りず購入した……つもりなんだけど。

 健留の手が私の「あそこ」に伸びる。

「あーん!」

悔しいけど気持ち良い。やっぱりこの男……慣れている。私の「あそこ」も濡れ始めた。

 頭は「屈辱」だけど、身体は「正直」。「惨敗だ……」そう思いながらもTバックは徐に脱がされていく。「惨敗というより完敗だ」そんな猥雑な気持ちがない交ぜになった刹那、健留のボクサーブリーフが盛り上がっているのに気付く。透かさず私は彼の「あそこ」を触る。勃起していた。

 「何だこの男、女の裸体を見なきゃ勃たないの?」。そうとなったら後はこっちのもの。健留のブリーフを素早く脱がす。

「すごーい。勃ってるよ。アハハッ」

「だって勃たなきゃ入れられないじゃん」

 健留は苦笑。私は「それもそうだ」と納得してフェラを始める。

「夕起、気持ち良いんだけど、69やってみないか?」

「うん、良いよ」

 彼の身体に四つん這いで覆い被さり、「うーん、うーん」と喘ぎながら69。その後は……いよいよ挿入。ビールと一緒に購入したゴムの袋を開け、私が付けて差し上げる。

「プライベートでもゴム付けるの上手いね。さすがはプロ」

健留に嗤われハッとする。シャワーの浴びせ方からプレーまで普段の癖が出てしまう。

この間、後輩の子は陰毛を剃ってて彼氏に風俗で働いていることがバレたって言ってたっけ。いずれにしても、SEXの時に「職業病」でバレてしまうことが多いらしい。

それはさて置きビールにコンドーム。如何にもという感じもしなくもないし、店員も感付いたと思うが、二人して素知らぬ顔をして代金は健留が支払った。

「バックから入れても良いか?」

「えっ!? いきなり?」

「オレ女性のお尻好きなんだよ」

 健留ははにかむ。あれだけ胸を愛撫、舐めておいて? でも彼が好きならご希望に応えてあげることにした。

「本当に入っちゃうよ」

「気持ち良くしてやる」

 バックに始まり交互の騎乗位を楽しんでプレーは終了。プレー中、健留は一度も喘ぐことはなかった。やはり紳士的でクール。

 だが、これで私は二つの規約違反をしたことになる。お客とプライベートで会うこと、幾らゴムを装着していたとはいえ、本番行為を許してしまったこと――店にバレたらお咎めがある……というより絶対クビだ。今頃になって若干罪悪感を感じていると、

「シャワーでも浴びて帰らないか?」

健留に言われ浴室へ。でももう彼の「あそこ」が勃起することはなかった。

「もう一回勃て! 勃て!」

 ふざけてシャワーを健留の「あそこ」に当てたが、

「今日は1プレーだけで良いよ」

彼は苦笑。

 シャワーを浴び終え服を着、部屋を出たところで、

「今日は楽しかったよ」

健留は財布から五万円を抜き出して手渡してきた。

「ねえ、差し支えなければ訊いても良い?」

「何?」

「あなたって結構お金に余裕があるみたいだけど、『自営業』で何やってるの?」

「ああそのことか。オレはステマ(ステルスマーケティング)やアフィリ(アフィリエイト)を生業にしてるんだよ。所謂ネオニートってやつ」

「へえ、そうなの。儲かってるんだ」

「まあぼちぼちとね」

健留はそう言ってニヤリ。随分長いことやっているみたいでそこそこ儲かっている様子。どうりで羽振りが良いわけだ――

今日をもって健留とプライベートで会うことはもう二度とない――この時はそう思っていた。

しかし、現に健留は来店することはなくなったけれども、プライベートで会うことは持続することになる。健留と私はいつの間にかセフレ、良き友達のような関係になっていた。



 それから約一週間後――

 買い物に行こうと独りで渋谷に来た時だった。

 スクランブル交差点を渡り、いざファッションブランドショップが入るビルの中に入ろうとすると――

 ハンディーカメラを携えた男性、ガンマイクを持った女性、ライトを手にした男性、そしてマイクを構えた男性ディレクターと思しきテレビクルーが私に近付いてくる。

「済みません、TV Jyapanなんですが、ちょっと取材させて頂いても良いですか?」

 案の定――でも時間はあるので……。

「ええ、良いですよ」

「今個人的ニュースを訊いてるんですけど」

「個人的ニュース……」

「何かありませんか? 何でも良いんで」

 男性ディレクターにマイクを向けられたまま、

「何もない」

苦笑しながら答える。

「何もない。ほんとに?」

 ディレクターも苦笑。

 最後に、

「これいつ放送されるんですか?」

「○月○日放送予定だけど、飽く迄も予定ね」

「分かりました。放送で確認します」

笑顔で告げ、インタビューのお礼としてテレビ局のグッズをもらい、私はビルの中に入った。

 私もたまに録画してその番組を観ているのだが、放送されることはないだろう。そう思ったがやはり気になり、ディレクターに言われた日時に合わせて録画し、放送を確認した。

 すると、画面に私が出てきてしまった……。

「あーー……」

 思わず唸り頭を抱えてしまう。

「これ放送に載るんですよね?」

「そのためにやってるからね」

 ディレクターに言われ口走ってしまったのだ。

「会って、二回目の人とそういう関係になっちゃった」

 本当は一回目だけど。

 私が答えると、

『やる事はやっていた』

とナレーション付きの字幕が出た。

「あんまり言いたくない。この話」

 私が手で口を押えて苦笑いを浮かべていると、

『お姉さん、番組の為に身を切ってくれてありがとうございます』

またナレーション付きで字幕が出る。

 嗚呼、放送されてしまったか……。健留や店の人達が観てなきゃ良いけど。

 と思っていた矢先――

 携帯が着信音を鳴らす。確認すると健留からのメール。

『夕起、きのうテレビ観たぞ。2回目の人ってオレだろ?』

 やはり観ていやがったか……。続きを読む。

『気にせずタケルって名前出しても良かったんだぜ』

 とあった。何か私をからかうようなメール。

 直ぐに「そんなことできるわけないでしょ!」。若干怒りを込めて返信。放送されただけでもショックなのにからかわれてはやり切れない。

 後は店のコンパニオン、店員、そして何よりも藍子店長が観ていないのを祈るだけ。

 その日の夕方、恐る恐る出勤。だがコンパニオンも、亮君達スタッフも、藍子店長からもお呼び出しはなし。皆「おはよう」と自然な表情。

本当に観ていないのか、只素知らぬ顔をしているだけなのか、それとも皆「バタンキュー」したのか分からないが、私にとっては安堵だ。



二月下旬の金曜日。出勤して待機室に顔を出すなり、

「十六歳の子に淫行させたデリヘルの経営者が逮捕されたんだって」

エリカは私の顔を一瞥した後、再びスポーツ紙に目を移した。

「別に珍しいニュースでもないけどさ、警察の摘発を逃れるためにマイナンバーカードや住民票を偽造、二十歳であるように見せかけたという、だって」

「へえ、人間の奸知には際限がないね」

「カンチって何?」

「悪知恵ってこと」

「ふーん」

エリカは返事も表情も上の空。覚える気ゼロだな――

違法風俗店といっても、本番など行為自体が違法の場合、十八歳未満の子に接客をさせる場合、不法滞在の女性外国人に接客をさせている場合など様々だ。

特に近寄ってはいけないのが、十八歳未満の子が接客する風俗店だろう。最悪の場合お客も警察に……ということになりかねないそうだから。

でも外見だけでは十八歳未満かどうか判断できない事もある。だからあまり若々しさを売りにするお店には近付かない方が良い、ということしかいえない。後は街中で声を掛けられる風俗店もヤバい。

違法風俗店は看板や広告を堂々と出すことができない。今は風俗雑誌やネットで広告を出すためには、風営法の届出コピーを提出しなければならないから。理由は、違法風俗店の広告を掲載した媒体も取り締まりの対象となるからだ。以上のことから違法風俗店には広告手段がない。だから街中で男性に声を掛け集客しているのである。

いつかのお客が、

「風俗遊びには危険が伴うけど、確りとした店を選べば楽しい場所なんだよなあ」

としみじみと言っていたっけ。



「只今より、平成○○年度、東京都立多摩川学園高等学校、定時制、通信制入学式を開式致します」

四月に入り、私は東京郊外にある定時制高校に入学した。それは何故かというと――

「あたし、弁護士秘書に成りたいの」

目を輝かせて目標を語る秋美を見ている内、自分の将来に焦りを感じた。

「結構大変だよ。仕事と学業の両立は」

秋美にそうは言われたけど、

「分かってる。でももう決めたから」

できるだけクールにこう返して突っぱねた。

秋美は基本、デリヘルの仕事を楽しんでいた。それは私も変わらない。

だが、試験期間中は連日徹夜で勉強し、そうでない時でも、疲れた表情で参考書に目を通す秋美の姿を一年近く見てきた。

彼女のために夜食を用意したりしながら、私は自分を顧みる。確かに今は生活に困ってはいない。しかし風俗嬢を生業にしていくには限りがあるには違いない。

秋美には弁護士秘書という目標がある。楽しみながらといっても彼女にとってデリヘルは、飽く迄も学生のアルバイトなのだ。

「あたしも次に目を向けなくちゃ」。そう考えると、高校卒業の資格は必要だと痛切した。

そんな折、

「親戚が定時制高校に入学したの」

先輩のコンパニオンから聞いた言葉が私に影響を与える。私は都内の定時制高校を調べ、入学願書を提出して久しぶりに受験勉強に励んだ。

その結果、二十歳となる今年、私は合格通知を手にする。我ながら努力が報われた瞬間だった。

高校に入学するにあたり、私はアリバイ会社に登録した。そこで「某化粧品会社のOL」としてもらったおかげで、学校関係者にも私が風俗嬢だとはバレずに無事入学することができたのだ。



しかし、一番手間取ったのが藍子店長を説得することだった。

「昼の勤務にしたいってどうして」

藍子店長はタバコに火を点けながら尋ねる。

閉店後、今度は呼び出されることなく私から事務所に足を運んだ。

「四月から夜に用事が入るんで」

私は秋美が辞めてから直ぐに週四日、夕方から閉店までの勤務にシフト変更していた。

「用事って何?」

私は本当のことを告げようか少し迷ったが、二年もお世話になっている人、しかも勤務先の店長にあやふやな返事をするのは気が引けた。

「実は、定時制の高校に入学するんです」

私の告白に一瞬驚いた表情を見せた店長だが、直ぐにいつもの冷静さを取り戻し、

「そう、それはおめでとう」

と返してくれた。

「あたし高校を中退してるじゃないですか。今の仕事には年齢的にも限りがあるし、やっぱり高卒の学歴はないとなあって思って」

「確かにそうね。ちゃんと将来のことを考えて、成長したね」

「もう直ぐ二十歳ですから」

藍子店長は私の成長を心から喜んでいる様子。そう思えてもらって私も嬉しい。

「でも昼の勤務となれば売上減るよ」

「分かってます。正直言うと別の仕事を探そうか迷ったんですけど、このご時勢ですしね」

「そうよねえ。ま、夕起は人気あるし、追っかけて予約いれるお客もいるだろうね」

風俗雑誌とAVチャンネルの番組に出演したこともあり、私の人気は自分でいうのはおこがましいけどうなぎ上りだ。メディアの力って凄いと痛切する。

私の成長に安心した藍子店長は、経営者として売上を気にしつつも、私のためならと要求を受け入れてくれた。でもまだスタートラインに立ったばかり。これからは風俗嬢と高校生の二足の草鞋の生活。もっともっと頑張らなくては。

その多摩川学園高校の入学式でのこと。この日のために購入した紺のスーツに身を包み入学式に臨んだ。

新入生の中には私のような若者もいれば、紳士・ご婦人といった人まで年齢層は幅広い。服装もスーツからカジュアルと多種多様だ。

顔は皆キリッとしているが、私の隣に座る中年男性は冒頭から俯きっぱなし。その内軽いいびきをかき始めた。

「新入生、起立!」

来賓の挨拶のために号令を掛けられたが、案の定男性は立ち上がらない。ほおっておこうか迷ったけど、念のため肩を叩いた。すると男性は目を覚まし、慌てて立ち上がる。男性は私と目を合わせて「へへへっ」と笑う。「これが定時制かあ」。変なところで自覚しながら私も微笑み返した。

一年生は約二五人ずつ二クラスに分けられている。式が終わり、私は二組の教室に移動した。

「ええ、では改めまして、二組の担任をさせて頂きます、大森と申します。どうぞ宜しくお願いします」

先生の挨拶に生徒は一礼する。

「では、まず自己紹介からですね。こちらの方からどうぞ」

トップバッターは通路側の席に座っている男性。式中居眠りしていた人だ。

抱負を語る人、「宜しくお願いします」とだけ言って終わる人。二パターンの自己紹介が済まされていき、私の番になった。

「渋谷文夏です。久しぶりの学生生活にドキドキしています。仲良くしてください」

一礼して私が着席すると、

「仲良くするよ!」

江藤というさっき居眠りしていた男性が言った。

「江藤さん、入学式で寝てましたよね?」

私の返しに大森先生を始め、生徒たちは失笑。軽いいびきとはいえ、静粛な場では気付かないはずがない。

「昨日なかなか寝付けなくてねえ」

江藤さんは照れ笑いをする。社会に慣れた人でも緊張するんだなあ――

とはいえ、私は二年間風俗で培った技術をいかんなく発揮したことには間違いない。



「ねえ、メアド交換しよう」

私と同じクラスの絵美の提案に、私と一組の恵理は携帯を取り出す。

江藤さんとの自然なやり取りをした私に好感を持った絵美は、ホームルームが終わった後直ぐに私に声を掛けてきた。

絵美は式前に声を掛けた恵理も誘って三人で校庭内に集まる。周りに植えられた桜は満開で、太陽の光を浴びて眩い。

「あたし市内なんだけど、二人は近いの」

赤外線受診で連絡先を交換しながら絵理が訊く。

「あたしは隣の市から。自転車で通うことにしようかなあって」

「ええっ! 遠くない?」

絵美は目を見開く。

「市の外れだから二十分くらいかな。渋谷さんは?」

恵理に振られ、

「あたしは……都心から」

戸惑いながらも答えた。

「そっちの方が遠くない!?」

今度は恵理が目を見開く。

私にとって郊外の学校を選んだのには、お客がいないだろう土地を選んでの決断だったんだけど、それは言えるわけがない。

「でも車持ってるから、四十分くらいかな」

絵美と恵理は「ふーん」、「そうなんだ」と相槌を打ったきりそれ以上は何も訊いてこなかった。少し安心する。

私がホッとしたのも束の間、

「うちらくらいの年齢で定時制に入ってくる人って、わけありなんだよね」

絵美は呟くように言った。それ言う?

恵理も唐突さに驚いたのか、「うーん」と唸っただけだ。

「あたし高一の時に中退したからおバカでさ、だから勉強は大いに心配」

絵美は笑って告白する。それに対し、

「あたしだって二年の一学期で辞めたから、同じだって」

恵理は笑みを浮かべて庇うように続けた。二人のやり取りを見て、私も告白せざるを得なくなる。

「あたしは……三年の二学期に入って直ぐ。わけあり」

顔を見合わせて笑う三人。

「わけありどうし仲良くやろう!」

私の呼び掛けに二人は、「そうだよ」「頑張ろう!」と答え、三人の結束は固まった。



昼の勤務となった四月の下旬、店に出勤し集団待機室に入ると、

「おはよう、夕起ちゃん」

私と同期で私より一つ年上のみくが週刊誌を手に挨拶してきた。

「おはよう、何読んでるの?」

ソファに座っているみくの隣に座る。

「高級会員制デリヘルに元グラビアアイドルが在籍してるんだって」

「へえ、そうなんだ」

元芸能人や現役グラドルが風俗勤務している、なんて噂は定期的に流れ、都市伝説化している。

二○一二年に渋谷で営業していたデリヘルが売春防止法違反で摘発され、経営者ら十五人が逮捕された事件があったけど、その店にも現役グラドルが在籍していたという。何も珍しい話じゃない。

「タレントやアイドルを抱ける店として業界内では有名で、女の子のクラスが高ければ高いほど値段も吊り上がって、三百分で百五十万っていうコースもあるんだって」

みくは週刊誌に目を向けたまま、物珍しそうに解説してくれる。

「アイドル戦国時代っていうからね。グラドルだけじゃ食べていけないんだよ」

「そういうことだね。後さあ、三ヶ月にわたって通い続けて六三○万円を散財した太客もいるんだって」

「グラドルは巨乳だったりしてスタイルも良いから、うちらはかなわないかもね」

風俗店によっては、現役AV嬢が在籍して店のホームページに顔出ししているとこもあると前に聞いたことがある。でもパネル用に顔と名前だけ貸して、実態は出勤ゼロなんて子もいるらしいけど――

「仕事が少なくてお金に困ってる女性タレント達にしてみれば、一晩で大金を稼げる風俗はおいしい。最近、在籍嬢のレベルが異常に高いと風俗ファンの間で話題になってる某高級店にも、元グラドルや現役グラドルがいるんだって。ああ、あたしにも太客付かないかなあ」

みくはあからさまに羨ましそうな口振り。

「あたしだって太客は羨ましいよ。現に昼の勤務にしてからお客が減ったしね」

適当に話を合わせた。

「でも夕起ちゃんは人気あるじゃん」

みくはこれまた羨ましそうに私の左肩を『ポン』と叩いた。

ちなみに、今のところうちの店には元も現役グラドルも在籍していない。時間の問題かもしれないけど――



風俗嬢と高校生の二足の草鞋となって早一ヶ月が経ったある日。校内の駐車場の隅にしゃがみ込み、喫煙している男性を発見。校内は全面禁煙のはずなんですけど――

私の旺盛な好奇心がうごめいて近付いて行くと、彼は慌てて火を消し「何だよ!?」とでも言いたげな食って掛かる表情を向ける。

顔を見るとまだあどけない。恐らく十代だろう。

「修学旅行ってあるんですか」

私は笑顔で訊いたけど、彼にとっては予想外の問い掛けだろう。

「はあ?」

「だから修学旅行」

彼はクールに装っているみたいだけど、

「ありますよ。十一月だったかなあ」

目は泳いだまま。

「修学旅行ってあるんだって思ったから訊いたんです。来年楽しみだなあ」

「来年って、(今)一年生ですか?」

「ええ」

「ふーん。じゃあ」

彼は呟いて素早く立ち上がると、私の顔も見ずに歩き出す。

少年は当時十七歳。立派な法律違反をしていた少年とこの日がきっかけに付き合いが始まり、彼が成人してからもプライベートのみならず、仕事でも一緒になる間柄になるなんて、この時は私も彼も知る由もなかった。



高校に入学する一ヶ月前のこと。

「夕起、来月高校に入学するんだろ? 郊外だったら車がいるんじゃないか」

健留に提案された。

「確かに電車よりかは便利かもね」

私は健留に連れられて神奈川県内の中古車販売店へ行く。販売店に着くと健留と同じくらいの年齢の男性がいた。「よう」健留が挨拶すると男性も「よう」と返す。

「紹介するよ。こいつは中学からの友達のアツシ。こいつもステマやアフィリやってるんだよ」

「そうなんだ。初めまして」

所謂ネオニート仲間のアツシという男性に「一応」挨拶した。

「初めまして。夕起ちゃんだよね? 話は健留から聞いてるよ」

アツシは笑みを見せる。「話は聞いてる」って、健留の奴、何を話しているんだろう?

それはそうと、眼前に展示されている中古車は只の中古車ではない。これぜーんぶ盗難車なのである。

「盗難車は大きな組織だとドバイまで運ばれるって聞いたことあるけど、国内でも売ってるんだ」

「ドバイは原油で利益を得てるから関税が掛からないっていうからな。ここは車台番号やナンバープレートを改ざんできる技術と、それなりの機械設備が整ってるから国内でも流通できるんだよ。車検も請け負ってるし」

「へえ、そうなんだ」

改めて展示された車を眺めてみる。健留の澄ました顔。ネットカジノといい今回の盗難車販売店といい、違法な場所をよくご存じなこと――

「でも大丈夫? こんなとこで(車を)買って。捕まらない?」

否が応にも不安をもってしまう。

「安心しろよ、夕起。オレも前にここで車を買ったことあるからさ。何にも問題起きなかったぜ」

「そうそう、安心しな」

健留の言葉にアツシが被せてきた。

「なら良いけど……」

若干の不安をもちながらも、購入したい車はもう決まっている。

「あたしこれが良い」

選んだのはシルバーの軽トールワゴン。価格も四十万円と手頃。秋美と払えば何とかなるだろう。

「じゃあオレはこれにしよ」

健留も便乗して国産の黒のスポーツカーを購入するという。価格は六十万円。

「今乗ってるやつがだいぶ古くなったからさ。あれは廃車だな」

「オレはこれにしよっと」

アツシは濃い青のスポーツカーを購入すると決断した。こちらの価格は六五万円。

三人共速決。でもアフィリやステマってそんなに儲かるんだ。勿論、上手くいけばの話だろうけれど。

早速プレハブでできた事務所へ行き代金を支払う。

健留が必要書類に記入している最中、私と隣り合わせでパイプ椅子に座ったアツシが、

「夕起ちゃん、風俗で働いてるんだってね」

小声で話し掛けてきた。

あのお喋り……そんなこと言わなくて良いのに。

「男の性欲のために金で働くとか、正直ちょっと軽蔑するな」

何なのこいつ。唐突過ぎるだろう。でもたまにいるんだよね、こういう男――

「あたしはそうは思ってないよ。実際に利用される需要があるから今でもなくならないわけだし、寂しい心を一瞬でも癒せればそれはそれで立派な仕事だよ。それに、始めるのは簡単だけど続けることや指名をとることは難しいシビアな業界だし」

「まあ合法産業だし、日本は風俗店の数世界一っていうからな。でもオレはちょっと理解できない」

アツシはまだ納得していない様子。

「だったら一度試してみる?」

「そんなことで金遣いたくねえよ」

「特別にただで良いよ。アツシ君うちは何処なの?」

「杉並区内。本当にただなんだね?」

アツシは念を押す口振り。ケチな奴。

「今回は仕方ないね。それだけ風俗を否定するのなら一度試してみた方が良いだろうから」

「本当にオレんちでただで経験させてくれるんだな?」

「だからそうだって」

本当はお店に来てもらいたいけど商談は成立。

「じゃあ連絡先交換しとこうか」

「良いよ」

お互い携帯を取り出しアツシと連絡先を交換する。

「何だお前ら、もう意気投合したのか」

何だかんだ喋っている内に健留は必要書類に記入を済ませて、私達の方へ近付いてきた。

「まあね」

「友達としてな」

適当に言葉を濁す。

「そりゃ良かった」

健留は微笑を浮かべる。

「事故ったらダッシュで逃げるんだな」

濃紺のスーツを身にまとい、茶髪に日焼けした肌。金のネックレスという一目で「そっち系」の人と分かる支配人がにやつく。けど失礼ながら、ちっとも「和み」を感じられないぎらついた笑顔だ。

「分かってます。でもオレゴールド免許だから」

「交通ルールはちゃんと守りますよ」

健留もアツシもあっさりとした答え。二人は安全運転なんだ。

支配人からキーを受け取り商談成立。これで去年免許を取得してから始めて自家用車を持つことができた。

けど昨日の夜――



「あたしにも使わせてくれるよね?」

秋美が甘えた笑みを浮かべる。

「半額出してくれるんなら良いよ」

少し意地悪っぽく言ってみる。

「それは勿論。二人で乗るんだから」

秋美は笑みを浮かべたまま。

「でも学費もあるんでしょ。大丈夫?」

「大丈夫。デリヘルも結構稼げてるから」

「そうなんだ。じゃあ一緒に使おう」

マンションもシェアしている仲。嫌とは言えない――

「車の車種はどんなの買うつもり?」

「トールワゴンの軽で良いと思うんだよね。多分四、五十万だと思う」

「四、五十万ね。分かった」

秋美は全く動じない。一体幾らデリヘルで稼いでいるんだろう?

翌日。

「ねえ、あの車幾らしたの」

秋美が笑みを浮かべて訊いてくる。

「四十万丁度だったよ」

私が答えると秋美は徐に財布をバッグから取り出し、

「四十万ね。はい二十万円」

秋美は戸惑うことなく札束を数えるとテーブルの上に二十万円を置いた。

「無理しなくて良いんだよ」

「だから大丈夫だって。伊達にデリヘルのバイトやってるわけじゃないし」

あっさりとした答え。本当、デリヘルで幾ら稼いでいるんだろう?



車を購入して三日後の日曜日の夜、私は杉並区内のアツシのマンションを訪ねた。あれから直ぐに連絡を取り合い、私の仕事終わりに彼のマンションを訪ねることになった。今日一人のお客様はただ働きだ。

「待ってたよ」

オートロックのマンションのチャイムを鳴らすと、アツシは待ち構えていたように出た。この前は人を見下す発言をしたくせにいい気なもんだ。

エレベーターでアツシが住む七階まで上がる。

「入んなよ」

「おじゃまします」

部屋の中に入ると間取りは3LDK。掃除もいきとどいており奇麗な部屋だ。結構良いとこ住んでいるんだなあ――

「アフィリとステマって結構儲かるんだね」

「別に大したことないよ」

「だってこんなマンションに住めるんだもん」

「成功すればの話だけどね」

アツシの口振り。少々嫌味ったらしい。

「前置きはこれくらいにしてそろそろ始めようか」

「えっ? もう」

「だって早い方が良くない? あたし仕事終わりで疲れてるの」

「男にご奉仕してきたわけだね。ご苦労様」

その口振り、やっぱり嫌味ったらしい……。

「じゃあまずはシャワーね。服脱がしてあげる」

いつもやっている通りに「接客」しようとすると、

「さすがはプロだね。でも今日は良いよ、自分で脱ぐから」

「そう。じゃあそうして」

今日は無料の「接客」だからまいっか。

二人で全裸になり、浴室に移動。

「良い身体してるね。スレンダーな割には胸も結構大きいし」

「そう? それはありがとうございます」

「一応」礼を言う。

まずはシャワーでアツシの身体を濡らし、ボディーソープで彼の身体を丹念に洗ってあげる。

「手慣れてるね。この段階で相当気持ち良いよ。風俗に入ってどのくらい経つの?」

「二年になる」

「さすがはたくさんの男に奉仕してきただけあるよ」

また嫌味を……けれどもアツシはサービスを満喫している様子。まだ序盤なのに。

「じゃあ今度はあたしの身体を洗って」

「そういうシステムなんだ」

アツシは手にボディーソープを付けて私の身体を洗い始めた。けど何だか雑。手に力が入り過ぎている感じ。彼女とお風呂に入った経験ないのかな?

「もう少し優しく洗ってよ」

堪らずに言ってしまう。

「そう、ごめん。慣れてないからさ」

「慣れてないってアツシ君、童貞?」

「違うよ。女の子の身体洗うのが慣れてないだけ」

「そうなんだ」

彼の言葉を信じましょう。

シャワーを浴び終え、アツシの身体を優しく拭いてあげる。私は慣れていないアツシのために自分で拭いた。

シャワーが終わったらいよいよプレーに入る。アツシとねっとりとディープキスをしてベッドへ。

ファラや全身リップ、素股、今自分が持っている技術を存分に発揮した。

「ああ気持ち良い。超気持ち良い! いつもこんな感じなんだ」

「そうよ。少しは風俗を理解した?」

「少しはね。こんな気持ち良いとは思わなかった。超気持ち良い!」

「超気持ち良い!」何処かで聞いた台詞だけど。

やがて約五十分のサービスが終了した。プレーの間、アツシは三回も射精した。所謂三こ擦り半な奴――

「ああ、本当に気持ち良かったよ。風俗のことバカにしてごめん。またうちに来てくれるかな?」

「風俗のことを理解してくれたのは嬉しいけど、今度はお店に来てよね」

あっさりと断った。だって彼氏でもないのに「無料でサービス」するんだもん。

「店に行くのか。少し緊張するな」

「誰だって最初は同じだよ」

「けど店に行くか行かないかは自分で決める。でも今日は楽しかったよ。ありがとう」

「どういたしまして」

最後に再び二人でシャワーを浴び、私はうがい薬で口を消毒した。

これで私の任務は遂行できた。後はアツシが風俗店に来店するかしないかだ。多分、アツシの態度ではしないと思うんだけど――



高校に入学してから半年が経ったある日の午後。

十七歳で喫煙という法律違反を犯している少年を助手席に乗せ、山道をドライブしていた時のこと。

「渋谷さん」

「何よ?」

「風俗で働いてません?」

私は瞬時に急ブレーキを踏んでしまう。我ながらベタな反応……。少年はシートベルトに首を絞められてしまう。

「……どうしてそれを?」

彼の話では、

「生徒の中年男性が風俗サイトの渋谷さんのグラビアを観たそうなんですって」

とのこと。

入学前、藍子店長に「ねえ夕起、今度は風俗サイトのグラビアに出てみない?」と、またごり押しされて断れず、顔出しで出演したグラビアだ。

「あれのことねえ……あれさ、「お店の宣伝だ」って店長に言われて断れなかったんだよ。やっぱ顔出しNGにしときゃ良かったなあ」

とは言いつつ、あまり後悔していない自分がいる。何か不思議――

当の内容は、一枚ずつナース服を脱いでいき、最後は全裸でポーズをとるというもの。けど、押しに弱い性格が仇となってしまったか……。

入学前に<CLUB WOMAN>と契約しているアリバイ会社に登録はしたけど、その中年生徒から波及して学校にバレたら意味がない。

「だからあたしが風俗嬢であることがバレないだろう郊外の学校を選んだのに」

「甘いですね。ネットの世界ですもん」

少年に苦笑された。

そうと悟れば早速、店長に相談。

「これからグラビアに出る時にはアイマスクを付けさせてください」

「それは学校にバレるのが怖くなったってこと?」

「さすがは店長にはかないませんね。その通りです」

「私は別に良いわよ。そろそろそんなことを言い出す頃だろうと思ってたから」

「ありがとうございます」

恭しく頭を下げる。

以後、私はSMの女王様のアイマスクを付けてグラビアに出ることになった。

中年生徒が吹聴しないかと心配だけれど、他の生徒達にはバレることはなかったようだ。素知らぬ顔をしていただけかもしれないけど……。当然少年にも口止めはしておいた。彼は吹聴はしないだろうと、私は勝手に信じているんだけれど……。



 同年の十月下旬。私は久しぶりに、というか十五年ぶりに中部地方の県の出身地の市に帰郷した。公共交通機関は利用せず、自分の車で高速道路を遣って。何故今なのかというと――

「学校や仕事まで休んでも帰郷したいの」

 秋美は缶チューハイを飲みながら、やや呆れた口振りで訊く。

「ちょっと思うところがあってね」

 私は自然な笑みで缶チューハイを一口。

「文夏の両親が離婚してたのは知ってたけど、中部地方の出身だったとは知らなかった」

「実はそうなんだ。でも五歳までしかいなかったけどね」

「でも何で今なの? 夏休みか冬休みにすれば良かったのに」

 秋美の素朴な疑問。

「ちょっと、自分を見詰め直したくなってね」

「また随分とスペクタクルな願望をお持ちで」

 嗤われてしまった。でも事実だから。

「だから三日間は車はないからね」

「車で行くの? 新幹線とかじゃなくて?」

「うん。自家用車の方があちこち移動がし易いし、今は帰省シーズンでもないから高速も混んでないと思うんだよね」

 私は缶チューハイを飲み干す。

「そう。まあ気を付けて行ってきてよ」

 秋美は私の壮観な願望に少し釈然としていない様子だが、最後は笑顔を捧げてくれた。

 それから数日後、世田谷の東名高速から車を走らせること約四時間、目的地の市に到着した。今日はもう夜のため、市内のビジネスホテルに一泊。行動は明日からだ。

 翌日、コインパーキングから車を出し、ナビを頼りに目的地へ向かう。向かう先は両親が離婚するまで、家族三人で暮らしていたアパート。この日のために、夏休み中、祖父母の家を訪ねて押し入れから昔の浩子宛ての年賀状を入手した。だから住所は合っていると思うんだけど、今もアパートはあるのか――

 市街地から車は住宅街に入り、電柱だらけの細い路地を進む。

『目的地に到着致しました』

 ナビのアナウンスに従い車を路肩に停車させる。そこには若干くすんだようにも思える白い外壁の『オオタコーポ』があった。

 「まだ残ってたんだあ」。感慨に浸りながらアパートの階段を上がって行く。私達が住んでいたのは角部屋、二○六号室だ。

 現在の表札には「長谷川」とある。私がドアの前で立ち竦んでいると、突然ドアが開き、「長谷川さん」と思しき女性が出てきた。

「何か御用ですか?」

 女性は不審者を見るような目。まあそうだろう。他人事のように思う。

「済みません。昔この部屋に住んでいたんで、懐かしくってつい」

「そうでしたか」

 私は破顔したが女性は怪訝な表情のままドアの鍵を閉め去って行く。

 中の様子は一瞬だけしか見られなかったが、いつまでもここに立ち竦んでいるわけにもいかない。そのうち誰かに通報されちゃうかも。

 私は再び階段に向かって歩き始めた。その刹那、聴き覚えのあるメロディーが公共のスピーカーを通じて流れ、私はまた足を止めた。

 市の公報テーマソング。保育園のお遊戯の時間に歌った記憶がある。

『♪ ふるさとの川には 温かい色がある そよ風の微笑み いつでも優しくて……♪』

 腕時計を見ると正午になっていた。当時も正午に流れていた記憶がある。確か曲名は『輝きの故郷まち』。

「まだ流れてたんだ」

 懐かしさを二つ感じながら私は階段を下りて行った。

 ロックを解除し車に乗車しようとすると、隣の大家さんの自宅からまた懐かしいというか、見覚えのある女性が出て来る。太田夫人だ。

 両手を挙げて声を掛けようかとも思うのだが、私のことを覚えているだろうか。少々躊躇しながら太田夫人に近付いてみた。

「おばちゃん、お久しぶりです。二○六号室に入っていた原田です。覚えてますか?」

 私は破顔しているが、太田夫人はちょっと思案に暮れている様子。だが直ぐに――

「もしかして文夏ちゃん? どうしたのお、顔は面影あるけどこんなに美人になって。最初誰だか分らなかった」

 太田夫人も破顔。

 ちなみに「原田」は父親の姓。離婚した時に母親の旧姓である「渋谷」を名乗るようになった。

「今年で二十歳になったんです。幼少期の頃は色々とお世話になりました」

「良いのよ、あれくらい。私達には子供がいないからおばちゃん達も嬉しい時間だったわよ」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 正に衷心だ。

 共働きだった両親は、私が一歳になると保育園に入園させ、終わると太田夫人が迎えに来てくれて、浩子が帰ってくるまで私は太田夫妻の家で過ごした。

「私はちょっと変わりましたけど、おばちゃん変わりませんね。一目見て直ぐに分かりましたから」

「寄る年にはおばちゃんもかなわないよ。そうだ、おばちゃんこれから出掛けなきゃいけないの。本当はうちに上がってもらってお茶でも出したいんだけど、ごめんね」

「良いですよ、気にしなくて。私も時間取らせちゃって」

「良いのよ。逢えて嬉しかった」

 太田夫人はそう言い、ガレージに停車してある白の乗用車に乗車し、エンジンを掛けた。

 車を少し前進させたところで運転席の窓を開け、

「また帰っておいで。今度はおじちゃんと一緒にうちに上がってもらって歓迎するから」

「ありがとうございます」

お互い破顔し、太田夫人は出掛けて行く。

 「あたしにも帰る場所があるんだ」。幸甚を感じつつ、私も車に乗車し『オオタコーポ』を後にした。

 


次に向かう先は保育園の友達と毎日のように行っていた遊び場。そこは淡路城という城跡で小高い丘になっている。

 城跡といっても遺構は何も残っておらず、道路などの開発のため城域の大部分は破壊されていた。私達が遊んでいた部分も水道施設として利用されていたくらいだ。

 駐車場はないが、道路から離れた空きスペースに車を停車させ、私は丘の頂上へと向け歩き出す。当時も子供の足ではちょっときつい急な坂だった。でも早く遊びたいから、男の子も女の子も走って坂を上ってたっけ。

 坂を上り切りいざ広場へ入ろうとすると、金網で柵がしてあり中には入れないようになっていた。だが中を窺い知ることはできる。「変わってないなあ」。率直な感想。友達五、六人で集まりこおり鬼をしたり、かくれんぼをしたりして嬉々としていた場所――

 中に入れなかったのは残念だけど、懐かしさを噛み締めつつ、私は坂を下りて行く。

 夕方、車をコインパーキングに停車させ、私は駅周辺を少し散策した後、駅構外にあるベンチに腰掛けた。

 出身地とはいえ、住んでいたのはたったの五年。当時の駅周辺がどのような感じだったかまでは覚えていないが、ビルが建ち並び車道も二車線。開発は進んでいるようだ。

 その時、駅の外で談笑している男女の高校生らしき二人が目に入った。嫌でも制服を着ていた当時を思い出してしまう。

「あのさ……できちゃったみたいなの」

 妊娠して堕胎したことまでも……。

 東京では高校生を見ても頭を過らないことが、何故かこの街では苦い思い出として思い起こされる。駄目だ。視線を駅出入口に移した刹那、またしても嫌でも忘れられない顔が……。

 浩子が大きめのバッグを左肩に背負い、駅から出てきたのだ。「まさか!?」とは思ったが、そっくりさんではない。私は浩子に近付いて行った。

「お母さん、どうしたの!?」

「あら文夏、こんなに早く会えるなんて。どうしたって、新幹線で来たのよ」

「そういう意味じゃなくて、何でこの街に来たのって訊いてるの」

「秋美ちゃんから聞いたのよ。自分を見詰め直すために出身地に戻りたかったそうね」

 浩子のにやつきといたずらっぽい目。私にとってはスペクタクルだけど、大事なことなのに。

「取り敢えず立ったままも何だから座ろう」

 私はさっきまで座っていたベンチに浩子を誘導した。

「仕事はどうしたの?」

「有休を取ったの」

「そう。そこまでしてあたしに付いて来たかったんだ」

「まあね。でもあの人と別れてこの街には二度と来ることはないって思っていたけど、文夏にとってはやっぱり地元なのよね。この辺も随分変わってるし」

 浩子の感想。私の時にはいたずらっぽい目を向けたくせに、自分のことだと感慨深げ。

 さっきの高校生の方へ目を向けてみる。談笑は終わっているが、お互い参考書を手にし、時折見合ったりして勉強している。

「文夏、現役高校生だった頃を思い出してるね?」

「まあ、確かに……」

「でもね文夏、人間は許していかなきゃいけないのよ」

「許す……」

「そう。生きている限りずっとね」

 浩子が私の左肩を撫でる。

 許すも許さないも、日常の生活に追われる内に忘れていたはずだった。元カレのことも、退学を言い渡した教師のことも。私は複雑な心境のまま、今日は駅近くのホテルにチェックインした。

 夜十一時には就寝したのだが――

「文夏」

 隣のベッドに寝ている浩子が話し掛けてくる。

「何?」

「夕方、人間は許していかなきゃいけないって言ったけど、あんた今、過去を思い出さないために仕事と学業に励んで精一杯なんじゃない?」

「……」

 浩子の言う通りかもしれない。

「文夏は子供のころからそう。自分のことは脇に追いやって人のことを優先させる、そんな性格じゃない? でももう二十歳なんだし、もっと自分のことを思いやって時間を大切に生きていった方が良いんじゃない?」

「時間を大切に……っか」

 それ以上は言葉が出ず、私は浩子の言葉を噛み締めながら眠りに就いた。

 


翌朝、私は昨日とは俄然と違う爽快感のもと目を覚ます。「もっと時間を大切に」という言葉で気持ちが軽くなったのかは知らないが、私は十五年ぶりの帰郷で、過去への郷愁に浸るばかりで、「これから」を見詰めることが足りていなかったのだろう。それを浩子が教えてくれた。後は――

「ちょっと出掛けてくる」

 浩子に告げ、私はまた淡路城跡へ向かう。別に、また郷愁に浸りたいからではない。あの場所が、仲間達と楽しい時間を共有した場所こそが、自分にとっての「出発点」だと思ったからだ。

 ホテルから約十分で城跡には着く。「城跡」とはいっても水道施設で中には入れないし、城址碑や解説板すらない寂しい城跡……。

 金網の前に立ち大きく深呼吸する。天気は快晴。

 腕時計を見ると間もなく正午。あの曲が流れる。時計を見詰めたままじっと待つ。やがて――

『♪ ふるさとの川には 温かい色がある そよ風の微笑み いつでも優しくて 触れ合う季節には すばらしい歌がある 山々を見上げる 瞳が輝いて キラキラでいようよ いつだって キラキラでいようよ この街で…… ♪』

 十五年経っても歌詞は良く覚えているものである。でも『キラキラでいようよ』って、何か笑ってしまう。誰が作詞したのかは知らないけど。

 それはさて置き、私の心は天気のように快晴。やっぱりここに来て良かった。

 元カレのことも、退学を言い渡した教師のことも、許せた。というより吹っ切れた。

 多分私は今まで、過去を思い出さないために遮二無二とやってきたのだろう。でもこれからは、未来に目を据えて遮二無二と――

 「自分を見詰め直す帰郷」、スペクタクルだと嗤われはしたけど、私にとっては無意味ではなかった。



「学校まで休んでどうかしたの? 風邪」

 帰京後、絵美に訊かれた。

「いいや、ちょっと地元に帰ってたの」

「へえ、文夏東京出身じゃなかったんだ」

 恵理はちょっと意外そうな顔。

「中部地方の出身なんだ。あたし」

「それで、お土産とかないの?」

 絵美……。言われるとは思っていたけど、やっぱり「仕事で残業してた」とか適当に返すべきだったか――

「ごめーん。車だったし買うの失念してた」

「えーっ! 何にもないのお」

 絵美は見事なまでの不満顔。

「良いじゃん絵美。また今度帰った時でも」

 恵理は絵美の背中を摩る。彼女は見返りを求めない性格。この一言で大分救われる。

「今度は絶対買ってきてよ」

 絵美の不満顔は収まらず――

「さっ、もう授業始まるから、あたしは教室に戻るね」

 と恵理。絵美も渋々自分の席に戻った。


後半は下巻に続く――


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