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恋人ニーナ〜遠征前、無事を祈って

 ハンスはシェルダンの下についてから実に様々な戦闘に参加することとなった。盗賊の討伐に始まり、小隊の救援、サーペントの駆除などが目立つところだ。

(さすがに死ぬかと思ったけど、結果良し、だな)

 家より大きな大蛇を見たときにはもう死ぬのだと思った。一切動じずに両目と舌を隊長のシェルダンが潰したことで誰一人死なずに済んだのだ。

 その功績のおかげで、ハンスの所属する第7分隊は6日間の休暇をもらっている。

 今は手持ち無沙汰で散歩がてら人気のない軍営をぶらぶら散歩しているのであった。

「ニーナッ」

 ルベントの軽装歩兵軍団の軍営にて、栗色の髪をした恋人の姿を認め、ハンスは声を上げた。

「ハンス、お疲れ様」

 小柄で整った顔立ちをした可愛い恋人である。ルベントの街にある縫製問屋ナイアン商会のお針子だ。

「今日も洗い物?」

 ニーナの手にした洗濯かごを見て、ハンスは尋ねる。中には汚れた軍服が満載されていた。少し臭う。

 ニーナが微笑んで頷く。

 ナイアン商会では軍用の被服を軍に卸している他、洗濯や修繕も有料で行っている。そちらもかなりの儲けになるそうだ。今の店主であるナイアン・コレットが始めたのだという。

「若いのに、商売上手だよな、コレットさん」

 家を飛び出した商家の次男坊は感心して告げた。

 クスッとニーナが笑みをこぼす。

「あら、あれで可愛いとこあるのよ?シェルダン隊長さんは最近どうなの?全然来ないでリュッグ君ばかり寄越して、って嘆いてたわよ」

 ニーナに言われ、決まり悪くてハンスは頭を掻いた。

「いやー、それが」

 ルベントには現在、ドレシア帝国第2皇子のクリフォードが滞在している。そのクリフォード付きの侍女カティアとシェルダンは文通をしている様子であった。

 カティアはカディスの双子の姉である。

 ハンスはニーナに事の次第をかいつまんで説明した。

「えー、シェルダン隊長さん、そのカティアって美人の侍女さんに取られちゃったの?もうっ、コレットさんもグズグズしてたから」

 ニーナが雇い主を気の毒がって言う。歳の近い雇い主の恋愛を応援していたのだった。

「カティアさんって人。カディスを上手く使ったんだよ。弟が副官じゃ勝ち目ないって」

 肩をすくめてハンスはニーナに告げる。

 一時期、カディスがシェルダンに付き纏っていた時期があった。多分、あれだ、とハンスは思っている。

(さっきも初心な相談されたしなぁ。隊長、意外と女性からの押しに弱そう、というか逃げ腰というか)

 まして軍人としては真面目なシェルダンである。軍の協力者であるコレットを恋愛の対象としては見られなかったに違いない。その点もコレットにとっては不利であった。

「だから、言葉遣いの話なんか止めて、グイグイ行きなって言ったのに」

 我がことのように悔しそうな顔をニーナがした。

 さすがにハンスはこの状況で恋文の相談を受けたなどとは言えない、と思う。

「まぁ、もう熱々だよ。さっきも恋文の相談受けちゃったよ、俺」

 思ったままを口に出してしまった。

 ニーナがキッと睨んでくる。

「もうっ、馬鹿っ、どっちの味方なのよ。ハンスがもっとしっかり取り持ってくれてたら違ったよ、きっと!」

 ペチッとハンスの二の腕を叩いて、怒ったニーナが背を向ける。

「おーい、ニーナ、待ってくれって」

 他人事の恋愛で怒られて恋人に嫌われるなんてあんまりだ。

「俺たちには関係ないだろう、もっとイチャつこうって」

 みっともないぐらいに甘えたことをハンスは言った。

 ニーナのほうが年は2つ下の17歳なのだが。

「お馬鹿っ、仕事中は止めてって、言ってるでしょ」

 怒ったニーナが振り向いた。

 しょげたハンスの顔を見て苦笑いを浮かべる。

「もう、そんな顔して。今度のデートまで我慢して」

 可愛らしい笑みを見せてニーナがルベントの軍営を後にした。

(はぁ、可愛い。出会えて良かった、神様に感謝)

 ハンスは思いつつ、寮の自室に戻った。

 寝台に横たわって天井を眺める。

(隊長、恋文、ちゃんと書けたかな)

 あまり文章を書くのが好きそうには見えないシェルダンを思い出すにつけて、ハンスはつい笑ってしまう。

(あの人なぁ、カティアさんぐらい、グイグイいかねぇと好意にすら気付かないんだろうな)

 ハンスとしては、シェルダン自身が幸せになれるなら、部下としては応援してやりたいのであった。

 シェルダンの人柄が接する内に分かってきたからだ。

 独特であるし、噂通りの苛烈さはしばしば見せてくるが部下に無茶は言わない。訓練も厳しすぎず、緩すぎず、であり実によく自分たち分隊員の特性を見てくれている。

(まぁ、穴掘りと骨の砕き方は聞きたくなかったな、ほんとに)

 思い出してハンスは苦笑した。真顔で手足を縛って骨を砕いてから生き埋めにする、と聞いたときにはゾッとしたものだが。

 カディスに止められて、ドレシア帝国ではあまりやらないのだと勝手に納得していた。

(隊長たちもデートすんのかな?まぁ、俺はニーナと遠征前、楽しく過ごしたいな)

 ドレシア帝国の旧ブランダート地方に立った魔塔をいよいよ攻略する。その戦いに従軍するのだ。生まれてはじめての大きな戦いになる。

(絶対に無事に帰る。それで無事に戻れたらニーナと)

 ハンスは固く決意して、その日も体を休めて過ごす。

 ニーナとのデートはその翌日であった。

 デート当日、ハンスは美味いものをニーナと食い、更にはシェルダンらと鉢合わせてカティアに睨まれて恐怖するという経験の末、ルベントの聖教会にて、ニーナとお互いの無事を祈り合うのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コレットさんの恋を応援するニーナちゃん、良い子ですね! ハンスさん、またしても思った事を口走ってしまうので怒られちゃいましたが(笑) 素直で良いと思いますよ~。 今回も楽しく読ませていただ…
[良い点]  ハンスとニーナの恋人関係、良いですね! [一言]  そしていつの間にやら失恋している、コレットさん~(涙)。まぁ、ライバルがカティアさんである以上、勝ち目は……(汗)。
[良い点] 日常をさらっと書ける。羨ましい文章力。 あとニーナの「もう、馬鹿」が刺さります。
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