友人との出会い
「チッ、ダメで元々だ」
ドレシア帝国西部の都市ルベント郊外の森を通る街道にて。ハンス・パターソンは一匹のウルフに襲われている男に行き合った。棒切れ一本だけを所持して何度もウルフを叩いているが、魔物が棒切れであきらめるわけもない。
(見捨てるわけにもいかねぇや)
ハンス自身も護身用に短剣を一本持っているだけ。魔物と戦うにはあまりに心もとない。
「うおおおおっ」
短剣一本を両手で持って、突進する勢いで突き刺そうとする。
しかし、あっさりと避けられてしまい、ハンスは転びそうになった。
「あ、ありがたいけど。あんただけでも逃げてくれ」
襲われていたのは、男、というよりも自分に歳の近い少年であった。長身で手足が長いので大人だと思ったのだ。
「バカッ、見捨てていけるかよ」
ガタガタ震えつつも、ハンスは短剣を手にウルフと睨み合った。
ほぼ非武装の少年2人で、魔塔の魔物相手に勝つのは絶望的だ。
ウルフが跳躍した。
「う、うわぁっ」
二人揃ってハンスは腰を抜かす。
誰かがウルフと自分らの間に割って入り、片刃剣を一閃させる。頭を両断されたウルフの死体が地に落ちた。
「だ、大丈夫か?」
助けてくれたのは紺色の髪の少年だった。助けた本人もなぜだかガタガタ震えている。
「あ、ありがとう。助かった」
最初に襲われていた少年が礼を述べた。
「た、助かったのかな?私も魔物を斬ったのは初めてなんだ。2人が襲われてたから。無我夢中で。ウルフって群れで動くんじゃないか?ここにいると危ないかもしれないな」
紺色の髪の少年もどこか頼りない。たまたま持っていた得物が長かった、というだけなのかもしれない。
「な、なら、とにかくここを離れて一番近い街へ急ごうぜ。でも、その前に、俺はハンスっていうんだ」
ハンスは提案し、名乗った。
「そ、そうだな、そうしよう。私はカディスだ。カディス・ルンカーク」
片刃剣の少年がカディスと名乗った。端正な顔立ちでどこか品が良い。
「俺はロウエン」
長身の少年も名乗った。あまり話すのが得意ではないらしく、それきり口をつぐんでしまう。
3人は連れ立って、魔物がまた出やしないかとビクつきながらルベントの街へと向かう。道中で軽く身の上話をした。
ハンスは自分がパターソン商会という小さな商会の次男坊であり、家を出されたことを。カディスは没落した子爵家の令息であり、魔塔が出来た、というので見物に行こうとしていたこと。ロウエンは付近にあるソウカ村を出て、ルベントに行くところだったことをそれぞれ話した。
カディスが片刃剣を持ち、ある程度使えるのは、貴族の令息であるため、金のあった年頃のときに修練していたからなのだそうだ。
「ふぅ」
立派な街の門をくぐるなり、カディスが大きく息を吐いた。
「怖かった。お互い、死ななくて良かった」
微笑んでカディスがいう。
「2人ともありがとう。まさか、街道で、あんなに怖い思いをするなんて」
ロウエンの言葉にハンスも頷いた。
「あぁ、ホントだ。魔塔の魔物ってやつだろ?おっかねぇんだな」
完全に殺す気で襲ってきた。魔物ではない獣ならばかえって人間を避けるものだが。
もともと治安の良いドレシア帝国では、街道の安全は確立されていた。
「私もだ、まだ手が震えているよ」
カディスが苦笑し、右手を見せてきた。確かに震えている。
ハンスには、もっと気になることがあった。
「なぁ、俺、今年で16なんだけど。2人とも歳、あんま変わんないんだろ?」
ハンスはカディスとロウエンを交互に見て尋ねる。
2人とも頷いた。
「あぁ、私も16歳だ」
「俺もだ」
ならばやはり、遠慮することはないのだ。お互いに。
「カディス、じゃあさ、ここで会ったのもなにかの縁だろ。俺、お前で話そうぜ。一人だけ気取った話し方してるみたいで、変だぜ」
ハンスはカディスに言う。ロウエンも頷いていた。
困ったような顔でカディスが笑う。
「分かった。もう領地もない貴族の倅だからさ。話し方だけ貴族ぶってるの、確かに変だ。自分じゃわからないから、助かるよ」
悪い人間ではないのであった。むしろ、馬が合いそうな気すらハンスはしている。
「へー、俺なんかも商家の次男だろ。特にしたいこともなくて、なんとなくよその国見たくてアスロック王国目指してたんだ」
ハンスは言いながらも先のウルフを思うにつけて取りやめようと思っている。アスロック王国には、ここのような魔塔が3本もあるというのだ。気楽に歩ける国ではない。
「俺はただなんとなく村を出ただけなんだ」
ロウエンも言う。腹がぐうっと鳴った。
「ちょうどいいや。せっかく知り合えたんだ。食事ぐらいしようぜ」
ハンスの提案にカディスとロウエンも乗った。
3人で近くにあった小さな料理屋に入る。昼飯時と夕方のちょうど合間の空いている時間帯だ。3人の他には客が全くいない。
焼いた肉料理と長パンを注文した。
「2人ともこれからどうするんだ?」
カディスが肉を食いながら尋ねてくる。
「それがなにもねぇ。漠然と他所の国で暮らしてみたかったけど。隣は危なそうだな」
特に何も隠すことはない。思ったままをハンスは口に出した。
「俺も村の外で生きてみよう、としか決めていない」
ロウエンもポツリと口に出した。体が大きいからかよく食べる。お代わりのパンを注文している。
「なんだ、2人とも大まかなんだな」
カディスが笑っていう。
そして少し、考えるような顔をした。
「なぁ、一緒に軍隊に入ってみないか?」
カディスが卓の上へ身を乗り出すようにして切り出した。
ハンスはロウエンと顔を見合わせる。
「軍隊って。俺、剣とか武器とか握ったこともねえよ」
ハンスはカディスに言う。軍隊に入ったなら人を殺すことも死ぬこともあるだろう。正直、不安しかない。
「俺もだ」
ロウエンも頷いて言う。
「それに、損な簡単には入れてもらえないんじゃ?」
確かに入りたい、入れましょう、とはいかないだろうとハンスも思う。
「それなんだが。最近、ブランダード領に魔塔が出来ただろう?それへの対処でルベントの軍営は入隊を16歳まで下げたと。おまけに大幅増員だから我々みたいな若いのも簡単に入れそうだ、ってことなんだよ」
カディスが真剣な顔で言う。
魔塔。先程遭遇したウルフのような魔物を産む巨大な塔だ。魔塔が出来ると周辺は一気に危なくなる。魔塔を壊すのはとても大変らしい。
「それに我々のような若い新兵が多いから。今なら丁寧に訓練もつけてもらえる。武器の扱いなんてそこで覚えればいいと思う」
悪い話ではないような気がしてきた。
ただ、カディスに対して親しみは感じるものの、あまりに急すぎる。
「急に言われてもなあ」
思ったままを、そのままハンスは口に出した。
カディスが苦笑する。
「俺、やってみようかな」
ポツリとロウエンが口にする。
「どうせアテもなにもないし。それならせっかく知り合ったカディスさんと一緒のほうが楽しそうだ」
村を棒切れ一本だけで飛び出してきただけあって、ロウエンも、思い切りはいいのであった。
「俺も入ろうとは思ってたんだけど。一人では不安で。せっかく2人とは縁があるみたいだし、気も合いそうだとおもってね」
カディスもはにかむように言う。
同じ窮地を経験して、3人とも同い年だ。なんとなく他人とは思えないのであった。
「わかったよ、俺もやってみようかな」
ハンスもハンスで、何もあてはないのである。むしろ、軍人としてしっかり身持ちを固めたほうが安心できる。
「ロウエンは、手足が長くてガタイもいいし。ハンスは勇気があるから。一緒に始められるなら、心強いよ」
カディスが嬉しそうに言う。
「俺は勇気なんか」
ガタガタ震えていたことぐらい、きちんと自覚している。
「短剣一本で魔物に突っ込んでったじゃないか。俺には同じことはできないな」
カディスが笑っていう。どこか腹のたつ笑い方だ。
「あぁ、あれには俺も驚いた」
ロウエンも笑っていう。
本当に腹が立ってきた。
「よし、もし軍に入ってお前らが危なくても助けてやんねぇからな」
拗ねた風を装い、ハンスは告げた。
話しているうちに、カディス、ロウエンの二人がいるのなら悪くないかしれない、とハンスは思うようになっていた。