表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルール  作者: 丹㑚仁戻
幕間
23/28

秘密

 誰もいない深夜の旧校舎の中を、ギィギィと悲しげに泣く床板を踏みしめながらゆっくりと歩く男の影があった。

 左手には大きめのバケツを持ち、右手には鈍く光を反射する火ばさみを手にしている。

 今日はこれで拾うものがあるだろうか。できれば見つからないで欲しい――そう願っても、その願いが届かなかったことは一度や二度ではない。先日亡くなった義父に託されてから十数年、それを見つけた回数はもはや数え切れなくなっていた。

 いつしかその男は、きっと今日も見つかるはずだと思いながら古びた校舎内を探すようになった。始めたての頃のように臓腑を灼く熱は溢れ出さなくなったものの、今日はもう見つからないだろうと油断していたところにそれを見つけてしまうと心が捩じ切られるような気持ちになる。最初から期待しないことこそが、自分を守る最良の手段だと男は学んでいた。


(――……右腕か)


 廊下に落ちていたそれを目に留めると、男は躊躇うことなく火ばさみで拾ってバケツに放った。ガシャンと大きな音を立てたのは、その腕が指にたくさんのアクセサリーを付けていたからだろう。

 男の経験上、腕が見つかればそのすぐ近くに残りの()()がある。重点的に周囲に目を凝らすと、ちょうど人間一人分の肉塊が近くの教室の中に散乱していた。


(また制服……いや、考えるな)


 部品を包む布を見て勝手に頭に浮かんだ言葉を、男は無理矢理追い払う。自分が今拾っているのはただの部品であり、もはや人間ではない。だからそれが〝誰〟かなど考える必要はない、考えてはいけない――何度も何度も心の中で呟いて自分に言い聞かせる。

 そうして改めて見た肉塊が〝誰か〟に見えなくなったところで、男は部品の状況を確認し始めた。


(右脚、左脚……胴は……全部揃ってる。あとは頭と左腕……ああ、左脚の長さも()()()()か)


 一見してほとんどの部品が揃っているように思えるが、時折隠されてしまっていることがある。片付けをする身としては少々面倒だが、〝可愛いあの子〟の悪戯だと思えばそこまで嫌でもない。

 男は部品をバケツの中に入るだけ放り込むと、新しいバケツを取りに旧校舎の外へと出た。


(今日は何体だ? 俺ももう年だから大勢いると流石に骨が折れそうだ……)


 旧校舎内で見つかる部品はどういうわけか出血していない。それどころか毎回少し干からびているため、男としては荷物が軽くなってありがたかった。だが、それだからと言って放置するわけにもいかない。干からびた肉は腐臭をあまり発しないが、この旧校舎にはいつ人がやって来るか分からないのだ。そういった者たちがバラバラとなった人間だったものを見つけ、外に言いふらしてしまったら男としては非常に都合が悪い。

 だからなるべく早く片付けなければならない。男がほぼ毎日ここに通っているのはそのためだ。だが――


(最近増えてきたな……)


 この旧校舎にやってくる人間の数は、ある程度はコントロールしているはずだ。それなのに人の口に戸は立てられないと言うべきか、年々その数が増えてきているように感じられる。


(もっときつく言い聞かせなければならないと伝えておくべきか……)


 その後随分と体格の良いもう一体分の部品を見つけ、計二体分を回収し終わった男が空のバケツを持って二階を散策していると、ある教室の中にまた肉塊を見つけた。

 周りに身を隠せるものは何もなく、男は珍しいな、と首を傾げる。順番がどうだったにしろ、誰もが()()から逃げるはずなのだ。廊下ならともかく教室という開けた空間の、隠れるものが何もない黒板の前――そんな逃げている途中とは到底思えない位置で肉塊が見つかることは滅多になかった。

 この()()はすべてを受け入れたのだろうか――無意識のうちに考えてしまった男は慌てて首を振ってその考えを追い出した。目の前の部品を包む男物の若い服装に、先程回収した制服を着た身体――それらのせいで自然と頭に浮かんでしまったのだ、この部品が〝誰〟なのか。勿論名前までは分からないが、少年であることは明らかだった。


(考えるな、考えるな……)


 必死に自分に言い聞かせていると、男の視界にあるものが映った。


(――……ああ、この子はそっちを優先したのか)


 「考えるな」という自分の声はいつの間にか聞こえなくなっていた。それを見た途端脳裏に浮かんだ想像が、男の胸を掴んでいたからだ。

 少年だった部品が纏まっているのは教室前方の黒板の前。男が見たのはその真上の、黒板に書かれた文字だった。急いで書いたのか読みづらかったが、その意味を知る男には読むことができた。


(『一人でかくれるな』……誰に伝えたかったのか)


 火ばさみで床に落ちた頭を突くと、もはや生前の顔が分からないほど水分を失った顔が男を見上げた。口元で光るのはピアスだろうか。先程見つけた金髪の部品といい、不良少年たちが度胸試しでもしたのだろう。

 そう思うと、男の胸を覆い尽くしていた同情は一気に冷めていった。()()()()()()()()ならともかく、遊びで命を落とした馬鹿者には怒りすら覚える。


「人の娘の墓場で悪ふざけなんてするからだ」


 男は忌々しげに吐き捨てると、乱暴に床を汚す部品を回収していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ