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ルール  作者: 丹㑚仁戻
混同
21/28

〈四〉本当のかくれんぼ・前

『――もういいかい?』


 壊れたロッカーの中に身を潜めていた紗季は、聞こえてきた声にぎくりと身体を強張らせた。

 この声の主は()()()だろうか――頭の中で声を反芻して特徴を探るも、少女の声だということ以外よく分からない。


(そんなことってある……?)


 ノイズが入っているわけではない。音量が小さすぎるわけでもない。しかも自分は二択で考えているのに、それでも分からないなんて有り得ない。

 だがその()()()()()状況こそが、声の主が誰なのかを紗季に訴えかけていた。


(菜月の声なら絶対分かる。他の三人の誰かでも……だから、この声は――)


 頭の中に答えが浮かんだ時、真っ暗だったはずのスマートフォンの画面がふっと明るくなった。無意識のうちに手に持つそれに目をやれば、メッセージアプリの通知が表示されているのが分かる。


(『なら紗季が代わりに答えてよ』……)


 通知に含まれていた受信メッセージのプレビューに、紗季は困ったように眉根を寄せた。

 あの怪談の続きは知っている。だから当然、自分たち以外の『もういいかい?』という声に答えてしまったらどうなるかも分かっていた。


(でも、知ってるのは私と佳織だけ……)


 先程までのやり取りの様子では、佳織はきっと二回目のかくれんぼを提案するだろう。勿論自分は止めようと言うつもりだが、菜月とたまが乗ってしまえば本当に止められるかは分からない。それに何より、佳織が怪談の続きをその場で話すことに同意してくれるかも怪しい。

 もし怪談の続きを三人に教えられないまま、かくれんぼが始まってしまったら――そう考えると、紗季の口は自然と動いていた。


『……もういいよ』


 口にして、数秒。閉じていたはずのロッカーの扉が、ゆっくりと開いていった。



 § § §



「――……私はいるけど」


 たまの視線の先から聞こえてきた声に、亜美は顔を引き攣らせた。その声は自分からは斜め後ろ、紗季が眠っている教室の入り口の方からしていて、声の主の姿を見ることができない。

 同じように教室に背を向けている菜月も緊張を滲ませた表情で亜美を横目で見ており、その視線を受けた亜美はゆっくりとたまへと目を向けた。


「紗季……だよね……?」


 亜美の視線の意味を察したたまが、その後ろに向かっておずおずと問いかける。たまの隣で彼女と同じものを見ている佳織は、「初音ちゃん……?」と確認するように口にしていた。


(どっち……?)


 亜美の背に冷たい汗が流れる。たまと佳織の反応を見る限り、後ろにいるモノは間違いなく紗季の姿をしているはずだ。それが紗季ならこの上なく嬉しいが、もし違ったら――そう思うと、呼吸すらうまくできなくなっていくような気がした。


「えっと……私だけど、どういう状況……?」


 その困惑したような声に、亜美はふっと身体の力が抜けるのを感じた。まだ表情をきちんと見ていないが、これはきっと紗季だ――そう、直感したのだ。


「さ、紗季……?」


 呼びながら後ろを振り返れば、案の定紗季の姿。それが本物かどうかどうやって確認すればいいか分からなかったが、少し困ったように優しく笑っている表情を見て、亜美は自分の直感に確信を持った。


「紗季だよね……!?」

「うん? そうだよ。そういう反応されるってことは、入れ替わってたのかな。……もしかして初音ちゃんが私の身体使ってたの?」


 不安そうに自分の身体をぺたぺたと触る紗季を見ながら、亜美は「多分違うと思う」と言って紗季に抱きついた。


「どうしたの?」

「ううん。あったかいなって思っただけ」

「今は夏だよ? 暑いの間違いだと思うけど」

「いいの」


 文句を言いつつも自分の背中を優しく叩く紗季に、やはり本物だ、と亜美は笑みを浮かべた。

 その様子を見ていた菜月たちも緊張を解いたのか、「本当に紗季なんだね?」と言いながら亜美たちの周りに集まってくる。


「何これ、よく分からないんだけど……私、何か心配かけてたの?」


 困惑したように言う紗季の声を聞いて、亜美ははっと身体を離した。


「そうだ、紗季答えちゃったの? 『もういいよ』って……」

「うん、そうした方が良さそうだったから」

「なんでそんな――」

「蓮兄は!?」


 亜美を遮るように佳織が声を上げる。


「紗季、かくれんぼしてたんだよね? 男の子見てない? 高校生くらいの、ちょっと不良っぽい感じの子なんだけど……!」

「男の子……?」

「いい加減にしてよ、佳織! 紗季が無事だったのに蓮兄、蓮兄って! 元はと言えば佳織が紗季に答えさせたせいで変なことになってるんじゃないの!?」


 菜月が声を張り上げると、佳織は気まずそうに顔を歪めて押し黙った。それを見ていた紗季は、「……ちょっとだけ状況を説明してくれる?」と亜美に小声で求める。


「……一日経ってるんだよ」

「え?」

「みんなでかくれんぼをしたのは昨日なの。その間、私たちは偽物の紗季とずっと一緒にいて……菜月がここに向かったから、私たちもここに来た。……勿論、偽物の紗季も一緒に」

「昨日……」


 亜美の説明に、紗季は言葉を失っているようだった。だが〝偽物の紗季〟という部分には反応しないところを見ると、やはり彼女は自分たちの知らないことまで知っているのだろう。ならばその部分の説明は省いても良さそうだと思った亜美は、自分が見たものの話をすることにした。


「さっきここに来て、そこの教室で紗季を見つけたの。冷たくて、まるで死んでるみたいに眠ってた……それでその、悪いとは思ったんだけど紗季のスマホ見ちゃってさ、そうしたら佳織が紗季に『もういいよ』って答えさせたんだって分かって……」

「それで菜月は佳織に怒ってるんだね?」


 そう言いながら、紗季は菜月に視線を移した。

 問われた菜月は答えようと口を開きかけたが、すぐに思い出したように自分の手に視線を落とす。そして「勝手に見てごめん」と言いながら、持っていた紗季のスマートフォンを持ち主に差し出した。


「多分仕方なかったんでしょ? 見ちゃったものはもういいよ。――それで、佳織のことだけど……確かにそういう会話はしたけど、答えるって決めたのは私だよ。そこに関して怒ってくれてるなら、一旦忘れてくれると嬉しいな」


 菜月からスマートフォンを受け取りながら紗季が答えると、菜月が「いや」と顔を顰める。


「そこも勿論怒ってる。だけどそれ以上に、佳織は従兄弟を探すために私たちを巻き込んでるんだよ。なのに責任も取ろうとしないで、今も従兄弟のことばっかり気にしててさ」

「しょうがないでしょ!? 私は三年も蓮兄を待ってるの……!」

「だから、最初から協力してくれって言ってくれてればよかったの! それをこんなだまし討ちみたいなことしたから怒ってるんでしょ!? いい加減分かってよ!」

「まあまあ、菜月落ち着いて。とりあえず紗季も無事だったんだから、一旦外に出て話し合おうよ。ずっとここにいるから余計にもやもやするのかもしれないしさ」


 佳織と菜月が口論を始めそうになったところを、たまが落ち着いた声で諌める。いつもは紗季の役目だったが、その紗季は今状況を聞いたばかりのため菜月と佳織がそれぞれどういう思いでいるか分からないのか、困ったように二人の様子を見ているだけだった。


(たまがいてくれてよかった……)


 自分もまだ佳織に対して怒りを持っている。だから二人が声を荒らげるとつい自分も菜月に加勢したくなってしまうが、それでは何も解決しないことも分かっていた。


(……私もちゃんとしないと)


「たまの言うとおりだよ。一回ちょっと涼しいところでも行こう! ゆっくりお茶でも飲みながらさ、改めて状況把握しつつ佳織の主張も聞くってことで!」


 極力明るくなるよう努めながら提案して、亜美は菜月と佳織の背中を押した。ここにいる全員が中途半端にしか状況を理解できていないのだ。佳織はほとんど分かっているのかもしれないが、紗季に従兄弟のことを聞きたいだろう。


 亜美たちに落ち着くよう言われた菜月と佳織は、渋々と言った様子で小さく頷いて昇降口へと向かって歩き出した。お互い口を開けばまた揉めてしまうと思っているのか、むっつりと黙り込んで来た道を戻っていく。

 それを近くで見ている亜美も口を開きづらく、朽ちかけた床板の軋む音だけを響かせながら外へと向かった。


「――あのさ、ずっと気になってたんだけど」


 昇降口に着いた時、それまで黙っていた紗季が声を上げた。


「私、まだ勝ってないんだよね」


 脈略のない発言に、亜美たちは首を傾げる。「どういうこと?」、誰ともなしに口した疑問に、紗季は強張った顔で亜美たちを見つめた。


「初音ちゃんとのかくれんぼから解放されるためには、鬼になって初音ちゃんに勝たなきゃいけない――でも私、まだ初音ちゃんに勝ててなかった……それなのになんで、みんなとここにいるの……?」


 紗季の言葉に、その場の空気が固まるのを亜美は感じた。

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