〈一〉深夜の遊び
「――んで、その旧校舎では最終的に三人分のバラバラ死体と首を括った男の死体が見つかったらしい」
深夜の公園。青白い街灯のかすかにあたる一角で話を終えたタケルは、ニヤッと笑みを浮かべて友人二人の反応を窺った。
「よくある話じゃねェか」
黙って聞いていたヒロが呆れたように言い放つ。暗がりで見えづらいが、彼もまた口端を上げてタケルを見ていた。
(震えてただろーが)
ヒロの隣にしゃがむようにして座っていた蓮は、彼のその言動が強がりであることを知っていた。この距離であればいくら暗くてもタケルだって気付いているだろう。現に彼は笑みを深めて、「まだ続きがあるんだって」とからかうように口を開いた。
「それ以来、その旧校舎でかくれんぼをするといつの間にか鬼が一人増えるんだってよ。『もういいかい?』って、聞かれるんだ。もしその声に答えたら――」
「答えたら……?」
ゴクリ、とヒロが喉を鳴らす。彼に目を合わせながらタケルは大きく息を吸い込むと、バッと勢い良く顔をヒロに近づけた。
「旧校舎に閉じ込められるんだよ!」
「うわぁあああ!!」
(いや、それだけ?)
盛大に後ろへと転がったヒロを見ながら、蓮は友人たちのやりとりに呆れを抱いた。ヒロが怖がりなのは知っているが、閉じ込められるというくらいでここまで驚くのはないだろう。
恐らく話し手のタケルも話が弱いと分かっているから、こうして動作で驚かせたのだ。彼がそうしようとしていたことだって直前の動きから十分に予想できる。自分とヒロは同じ条件なのだから彼にも心の準備はできたはずなのに、まんまとタケルに驚かされているところを見ていると一気に現実へと引き戻される感覚がした。
(折角雰囲気はあったのにな)
最後に付け足された部分はともかく、その前までの話はそれなりに楽しめていた。にも拘わらず水を差されたような形になってしまい、蓮は友人たちに隠すことなく溜息を吐く。だがその当の友人たち――特にヒロの方がそれどころではないようで、蓮の態度に全く気付くことなくタケルを睨みつけていた。
「お、おまッ……急に大声出すなよ!」
「わりわり、その方が盛り上がると思って」
「つーかヒロが怖がりすぎだろ」
「は!? 馬鹿お前、俺は大声に驚いただけだっつーの!」
尻についたゴミを払いながらヒロが立ち上がる。いくらコンクリートとはいえ、秋口の公園の地面に直接尻もちをついたのだ。木の枝や葉っぱなどのゴミがついていたらしく、「うわ汚ね」と言ってその原因となったタケルに恨めしそうな視線を向けた。
「ヒロが怪談しようぜって言い出したんだろ。俺はその期待に応えてやっただけ」
「しかも言い出しっぺのくせにネタなかったしな」
「うるせェよ! 元はと言えばお前らが俺を怖がりだって言うから……!」
(怖がりだろ)
蓮は唇の裏のピアスを一舐めしてその言葉を飲み込んだ。はっきりと言ってしまってもいいが、そうするとヒロの勢いが止まらなくなる。つい十分ほど前だってこのやりとりをしたから、ヒロは意地を張ってタケルの怪談を聞く羽目になったのだ。
「いや、ヒロは普通に怖が――」
「あー、さっきの話ってあれで終わりなのか?」
自分とは違ってタケルがそのまま言葉を発しそうだと察した蓮は、遮るようにして口を開いた。タケルは一瞬きょとんとした顔をしたものの、すぐに先程の怪談のことだと気付いて「いや?」と肩を竦める。
「本当はもうちょい違うよ。ただそれだとヒロを驚かすタイミングがさー」
タケルの口振りで続きがあるらしいと分かったヒロが、うっと顔を歪ませつつも再びしゃがみこんだ。大方これで自分が怖がりではないと主張しているつもりなのだろう。蓮は話題の選択を間違ったと思いながらも、タケルが話しやすいよう視線を彼へと向けた。
「閉じ込められて、ハツネチャンっていうのとかくれんぼしないといけないんだってさ。んで勝てれば解放してもらえる。勝てなければ、その間ずっと閉じ込められたまま」
「なんだよ、結局大して怖くないな」
「そうなんだよー、ここだけ妙に怖さが足りなくてさ。どう話しても怖くならないだろ?」
蓮とタケルの会話はヒロですらあまり怖くなかったらしく、「だからって人を驚かせるんじゃねェよ」と既に普段の調子を取り戻していた。
「ま、閉じ込められてる間は現実のそいつはハツネチャンに取って代わられるらしいんだけど」
「は?」
ヒロがよく分からないと言わんばかりに眉を顰める。それを見たタケルは「だから――」と意地の悪い笑みを浮かべた。
「――もし俺がかくれんぼ中なら、今ヒロの目の前にいる俺はハツネチャンってこと」
「ッ……!?」
ビクッと大袈裟に身体を跳ねさせたヒロを横目で見ながら、蓮は再び大きな溜息を吐いた。
(だから驚きすぎだろ……)
これが女子ならまだ可愛げがあるが、ヒロは男子高校生だ。しかも周りには不良と分類される容姿でガタイも良い。目立つ金髪だって、一昔前の不良漫画に影響を受けて染めたものだ。見た目は完全にガラの悪い若者なのに、タケルの話に驚く様はなんとも情けなかった。
(女子だってここまで驚くとは限らねーぞ)
蓮の脳裏に浮かんだのは中学生の自分の従姉妹だった。好奇心旺盛で怖いもの知らず、ホラー映画だって夜中に一人で観ることができる。彼女のような人間もいることを考えると、ヒロというのはひょっとしたらそこらへんの女子よりも怖がりなのかもしれない、と蓮の口から乾いた笑いが零れた。
「んでこの話にはまだ続きがあってー」
「はァ!? まだあんの!?」
蓮が考え事をしている間にも、タケルはヒロをからかい続けていたらしい。
ヒロが思ったとおりの反応をするのがよっぽど楽しいのか、タケルはケタケタと笑い声を上げている。
(ヒロもそろそろ学習すりゃいいのに……)
タケルがヒロをからかうのはいつものことだった。だがヒロ本人がからかわれている自覚があまりなく、更に自分の反応がタケルを楽しませているのだと気付かないため、こうしてしょっちゅう涙目にされているのだ。
今回もヒロを怖がらせることを楽しんでいるらしいタケルは、呆れ顔の蓮に「もうちょっと」と口だけで伝えた。あまりにヒロが不憫になると蓮が止めに入ることがあるからだ。
「好きにしろ」――蓮もまた口の動きだけでタケルに答える。それを見たタケルはニッと笑みを浮かべ、たくさんの指輪がはめられた手を顔の前に出して人差し指を上げた。
「その旧校舎、この街にあります」
この後に続くタケルの言葉を想像して、蓮は隣で顔を強張らせるヒロに少しだけ同情を覚えた。




