DAY 89
「勇者様。近々、勇者の剣を継承して頂く為の儀式を執り行いたいと、賢者らの意向がありまして⋯⋯」
白い衣装に身を包んだ、まるでパソンレイズン騎士のような風貌の警備兵が、ベレスに勇者として全うして欲しい役割や責務を説いている途中の出来事です。
ベレスは聞く耳を持たず、窓から映る景色を見つめてばかりいました。
最近、ベレスはベレス以外の人物の夢をよく見るようになっていました。
見た事のない世界、見た事のない景色の中で、何かに閉じ込められている自分では無い誰かが、一人の男の手によって何かを施される。そんな曖昧すぎる、知らない誰かの夢に、頭を一杯にしていました。
漠然過ぎる夢を前に一人の兵の言葉など、これっぽちも耳には届きません。ですが──
「警備兵さん」
ベレスは唐突に口を開き、その兵に尋ねます。
「は、はい。如何されましたか、勇者様」
まだ若々しい男の声で、兵は恐る恐る返事をしました。
「⋯⋯怖いなら、紙にでも書いて私に寄越してくれればいい。勇者なんて肩書きが無ければ、私はただの魔族の生き残りでしかないからな」
勇者と言えど見た目は現代のレグメンティア人にとっては異形の者。身体の震えを抑えながら、若い兵は答えます。
「い、いえ、そういう訳には⋯⋯し、仕事ですので⋯⋯」
そうは言われてもすぐには震えは収まりません。
ベレスは緊張を和らげる為に語りかけてみました。
「警備兵さんには、大切な人はいるか?」
「は、はい⋯⋯妻がおりますが」
「⋯⋯もし旅先で怪しい賊に絡まれるような事があったら真っ先に頼ればいい。守るくらいなら出来る。勇者じゃなくても、そのくらいは⋯⋯」
「⋯⋯!! あり難きお言葉⋯⋯!」
「ひ、人は見かけによらないって言うだろ。ほら、分かったなら早く戻れ。あと報告は簡潔にまとめてくれ、少し長い」
「は! 失礼致しました!」
兵は徐々に嬉しさが籠ったような声になっていき、最後には足取りを軽くして部屋を後にしていきました。
兵が部屋を去ったと同時に、ベレスは大きくため息をつきながら、頬杖を立てて再び窓の景色を眺める事にしました。
「勇者になんて、ならなくても⋯⋯でもな⋯⋯」
自分のことを考えるたびに、あの謎の少女の言葉が脳裏をよぎります。
捻じ曲がった自分のまま生きるのか、勇者として生きるのか。
ベレスがこの世界で生きるには、もうどちらかを選択する他ありません。
✳︎
久しぶりに日記を書く。
白いローブの女は私に選択肢を残していった。
何故そんなことを言ったのかと聞いてみたら、どうやら私の寿命は長くないと聞く。
せいぜいあと十三日後だってあいつは言った。
余りにも短くて、余りにも実感は無い。
いつも通り元気なのに、私は死んでしまうのだろうか。
死にたくない。
死にたくない。まだアンジェに箒を返していないのに。
死にたくない。
死にたくない。
そう言えば、最近頭の調子がおかしい。
知らない場所の、知らない人の記憶のような物が映るような、そんな感覚ばっかりになる事がある。
カロンの家に似た機械だらけの場所だけど、全く知らないものばかり置いているように見える。
この夢は寿命によるものなのだろうか、それも分からない。
頭痛もまた頻繁に起きるようになった。
そういえばカロンはというと、城から遠ざけられているらしく、一時的にアルターへ戻っているらしい。
また会える日は来るだろうか。
そして私も このままここで暮らすのなら、勇者として生きる方が良いのだろうか。
勇者の剣の継承式とやらは、後日行われる。
そこには他の大陸からも偉そうな人達が押し寄せて、その儀式を見に来るらしい。
私なんて、そんな特別じゃないのに。
どうして?
どうして?
どうして?
メアト、ガンドゥ、エミル、アミー、アンジェ、カロン。
私、皆と同じになりたかった。
強くなることで、皆と同じになれるって信じながら、一生懸命魔法を覚えたし、一生懸命パパの力を借りて強くなってきたよ。
何か、間違ったかな。




