1-5
『私は2度とゲームをやりません。そして心を入れ替えて真面目に就職活動をします』
そんな内容を、紙にすらすらと書いていく葛飾。テーブルを挟んだ向かいには、多重債務者のような顔で俯き加減のチャラ男がいる。
その背後には少し嬉しそうな彼女。取り巻きは興味がなくなったのか、散り散りになっていた。
これから完成するであろう簡易誓約書にお互い合意し、コンビニでコピーを取りに行く流れだろう。
「ありがとうございました」
少し遠目に葛飾達を見ながら、共に壁に背中を預けていた少女が言った。
「これからは、2度とあんな馬鹿な真似はしないようにな」
俺の口から出たのは説教だった。チャラ男が悪いとはいえ、最初の火種はこの娘だ。
「だって……嫌だったんです。ああいう人がいるのが」
拗ねた声で返す少女。反抗期だろうか、これは更に説教が必要だな。
「あのなぁ……」
「ね、私の師匠になってくださいよ」
「は?」
俺の声を遮る少女。更に続ける。
「ちょこっとコツを教えてくれるだけで良いので。あのチャラい人を倒せるくらいで良いので」
何を言ってるんだコイツは。上級者から見れば格下とはいえ、あのレベルを初心者が倒せるようになるまでにはそれなりの時間や努力が必要になる。
俺も今のレベルになるまでどれだけの青春をゲームに費やしたと思っているんだ。
「あのなぁ……」
「おう、兄ちゃん!」
今度は葛飾が俺の声を遮る。
「これからコンビニで誓約書のコピーとりにいくわ。兄ちゃんどうする?」
ふと、彼女とのデートのことを思い出す。
「あ、すみません。用事があるので後は任せても良いですか?」
「おう、了解」
すると葛飾は肩に手を回し、少女から隠れるように耳打ちする。
「今回はサンキューな。スカっとしたわ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
「これ、ファイトマネーや」
すると例の百万を取り出し、渡してくる。
「いや、そんな大金受け取れませんよ!」
「まあ、待て。これ偽百万やねん」
「え?」
「一番上の一万円だけ本物。あとはただの紙や。つまり実質一万円」
「あ、そうなんですか?」
それで良く堂々とあんな交渉をしたものだ。肝の据わりは格ゲーで養ったものだろうか。
「いえ、それでも……」
「まぁまぁ、受け取ってくれや。もし気になるなら、プロの大会のステージで返してくれや」
その言葉に少しドキリとする。プロのステージ。それを夢見て目指していた時期もあった。今は諦めてしまった夢。
「……有難くいただきます」
詳しくはわからないが、プロゲーマーといっても収入は様々だろう。それでも一万円などは大した金ではないのかもしれない。
「……おう」
プロで戦うことを望んでくれていたのだろうか、返答に少し残念そうな葛飾。
だが、それは思い過ごしだろう。現役を退いてしばらく経つ俺に期待しているわけがない。
過去に大会で戦ったこともあったが、完敗だった。それでも俺のプレイヤーネームを憶えてくれているだけの印象を与えられたことを誇りに思う。そう考えると俺の青春は無駄では無かったと感じた。
受け取った金をカバンに入れると、不意にスマホが鳴った。液晶を覗くと『奈紗』という文字が見えた。
「すみません、用事があるのですが……」
「おう、後は任せとき。お疲れさん」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
俺は葛飾にそう伝え、その場を離れようするが、
「ちょっと、どこ行くんですか?」
少女に腕を引かれる。俺はそれを軽く振り払いながら
「デートだよ」
「え、誰とですか?」
「誰って……彼女だけど」
「本当ですか?」
なんて失礼な奴だ。
「嘘を言ってどうするんだよ」
「いや、逃げる口実かなって」
「……まぁ、そういうことだから」
俺は歩き出す。
「あ! ちょっと……」
「反省して、二度とこういうことはするなよ! 今回みたいなのはラッキーなんだからな!」
追ってこようとする少女を、娘を叱りつける父親よろしく制すと、地上への階段を上った。
-------------------------
「ごめんねー、遅くなった」
パタパタと早歩きで女性が寄ってくる。俺より二つ年上の彼女、江坂奈紗だ。
「待った?」
「いや、そりゃ待ったよ」
他愛のないバカップルのようなやり取りを交わす。
「それにしてもゲーセンで待ち合わせなんて……」
奈紗は俺の背後のゲーセンを少し睨んだ。
「いや、暇だったんだし少しくらいは良いだろ。目的の飯屋も近いし」
「格ゲーはやってないよね?」
「もちろん、ほれ証拠」
ガッツリ嘘をつきながら、俺はぬいぐるみのキーホルダーを渡す。
駅に着いたという連絡を受け、待ち合わせをゲーセン前にし、徒歩で歩いてくるまでの限られた時間でUFOキャッチャーを観察、たまたま取れやすそうだったコイツを俺は2トライで見事ゲットしていた。
「あ、テントン」
関東テレビのお天気キャラクターを嬉しそうに奈紗が受け取る。
「もしかしたら沢山持っているかもしれないけど」
「ううん。これはゲーセン限定だから職場じゃ手に入れられないんだ」
実は関東テレビは奈紗の職場でもある。今年度入社の新入社員だ。
そのため、このキャラクターがキャッチャーで取りやすそうな位置にあったとはいえ少し躊躇ったが、正解だったようだ。
「ありがとう、嬉しい」
ニコッと笑う彼女に、嘘を重ねていることに罪悪感。
「ね、この子の笑ってる別バージョンも欲しいな」
「えー、確か取りにくい場所にあった気がするんだけど……」
「まーまー、お金は私が出すからさ」
そう言う彼女に連れられ、俺は早々にゲーセンへとんぼ返りをした。
-------------------------
熱いラーメンで火照った体を冷やすように、俺はアイスコーヒーで喉を潤す。
美味しいランチの後、コーヒーショップに来ていた。
テーブルを挟んだ向かいには、より冷えそうなコーヒースムージーを飲む奈紗がいる。
冷房と飲み物のために冷えたか、奈紗は店に常備されているブランケットを羽織りながら、スムージーを持つ手と逆の手で、テントン(笑顔バージョン)を転がす。
「結局千円くらいかかったな」
それをゲットするために費やした金を思い出しながら、嘆息気味に俺は言った。
「しょうがないよ。でも可愛いし満足」
小さいぬいぐるみを考えると金額的にマイナスな気がしてならないが、彼女が納得しているなら良いのだろう。初任給もでて余裕はありそうだし。
いくらくらい貰えるものなのだろうか。それを聞きたい衝動に駆られるが、抑えて当たり障りのないことを尋ねる。
「職場には慣れた?」
「まだまだだねー。ずっと色んな所を研修中だし、まだ配属先も決まってないから」
大手ゆえか、育てるのに余裕があるのだろう。新人だろうがすぐにバリバリ働かさせるイメージもあるが。
奈紗は少し疲れているように見える。遅刻の原因はこういうところにあるのかもしれない。
就職もしていない気楽な大学生が、心の中とは言え、忙しい社会人の遅刻を責め立てたことを少し反省。
「……ねぇ、格ゲーしてたでしょ」
彼女の言葉にドキリとする。
「いや、してないって。キャッチャー以外にはアクションゲームとか……」
「ウソばっか。目、ギラギラしてたよ」
あの時の高揚感を思い出し、ハッとする。彼女にはお見通しだったのだ。
「思い出すなぁ、高校の頃」
そう言いながら、過去を回想しているのだろう、遠くを見つめる奈紗。俺も同じく追想する。
俺と奈紗との出会いはゲーセンだった。対人で格闘ゲームの連勝を続けていた俺が、放課後に遊んでいる生徒がいないかゲーセンを見回っていた当時の風紀委員である奈紗に見つかったのだ。
気持ち良く勝ちが続いている時に注意され、当然連勝もストップ。学校側に報告されるのも嫌なので表面上では必死に反省している風を装っていたが、内心腸が煮えくり返る思いだったため、俺にとっては最悪の出会いだった。
「まさか優等生の私が、ゲーセンに入り浸るような不良の後輩と付き合うとは思わなかったな」
やはり、奈紗も俺と同じことを思い出していたようだ。
「初めて出会った時も格闘ゲームをしていたから同じように目をギラギラしてたなぁ。あの時の大斗は学校に報告されるのが嫌で、必死に謝罪してたけど、全然反省してなかったなー」
そして俺の表面上だけの猛省はバレていた。
「辞めるって決めたんだから気を付けてよ。大斗も大学三年生、もうすぐ就活の時期なんだから」
奈紗が釘をさすように言う。
「……わかってるよ」
少し拗ねたような口調になってしまった。そんな俺に奈紗はクスっと笑う。
「関東テレビ、目指してくれるんでしょ?」
「うん」
メディアの業界には昔から興味があった。彼女と同じ職場になれたら、どんなに良いだろうか。
別れた時のリスクも考えると躊躇する気持ちもあるけど。
「ごめん、もうやらないよ。少なくとも就職するまでは」
「そうそう。少しだけなら良いけど、基本ゲームなんて時間の無駄なんだから」
時間の無駄。
そんな何気なく彼女が発した言葉が、少し俺の心を抉った。
未練なんてないと思っていたのにな。久しぶりに思い出した、何とも言えないヒリつくようなプレッシャー。俺はやっぱりあの感覚が好きだったんだ。