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格下ー<KAKUGEー>  作者: 愛雨村
4/6

1-4

対戦ゲームのタイトルは『ジハード オブ ジェネレイト EXE』。通称GOG。

10年近く続いている対戦格闘ゲームの最新作だ。過去のシリーズは触っていたが、今作は未経験だ。


筐体にあるポップや、付属しているコマンド表を忙しなく確認し、過去のバージョンと相違はないかと情報を仕入れる。


そんな俺を確認した取り巻きが、なにやら男に耳打ちする。すると男は筐体の横に体を出して声をかけてきた。


「なぁ、君。もしかしてこのゲーム初めてかい?」

「え?」

「僕も鬼じゃない。謝罪してくれるなら、現金は半額の25万円で許してあげるよ。まあ、この娘は返せないけど」


なるほど、キョロキョロしている俺を見て初心者だとナメられているってことか。


「ほう。そう言ってくれるなら、負けたとしてもこちらが一本でも勝ったらその条件にしてくれや」


葛飾が提案する。


「え? いや、今やめてくれるならその条件で良いけどそれは……」

「なんじゃい、初心者相手にプロゲーマーを目指すちゅう奴がケツの穴の小さい男じゃなぁ!」

「いや、でもそれは……」

「じゃあ、他の条件つけさせろや! さっきの嬢ちゃんとやった時のように、こっちが『体力ゲージ半分』も削られなかったら、さっきの条件プラス50万な」

「は?」

「整理すると、そっちが勝ったら嬢ちゃんも50万もやる! だが、そっちが負けたらゲーマー引退! でもって更に体力を半分も減らせんと惨敗したらゲーマー引退プラス50万や!」

「いや、それはあまりにも……」

「なんや、こちとら100万あんねんぞ? もっと賭けても良いんやで!」

「……わかった」


今、凄いものを見た気がする。あっちが得できるような条件を出したはずなのに、気が付くとこちらが更に得をする条件が追加されている。

葛飾の剣幕に押され、あちらも条件を飲んでしまった。


横暴にも見えるが、発端としてあちらが悪いから同情はできない。

俺も状況の移り変わりに戸惑っているが、あちらはもっと浮足立っていることだろう。


この精神が不安定になっているチャンスを逃すまいか、葛飾に促され、俺と男は小銭を筐体に入れた。

『NEW CHALLEGER!』と乱入の意味を表す表記が画面一杯に表示されると、間もなくキャラクター選択画面に遷移する。


過去に使っていた持ちキャラは残念ながら今作には出ていなかった。


仕方なく、セカンドとして使っていた主人公であるセリオスを選択する。


ハンサムな優男の外見に相反する巨大な剣を携えた戦士だ。すべてのパラメータが平均的なため、使い勝手が良く、悪く言えば器用貧乏なキャラクターだ。


一方、チャラ男は少女との戦いと同じく、細身の長身で鎖鎌を持ったキャラクター、ヴァイトを選択。

設置型の罠使い、狡猾に戦うことに長けている。その特殊な戦い方から、対戦相手からは嫌がられることも多い。


相性としては相手に多少分がある。4:6といったところだ。

だが、セリオスは主人公キャラだけあって一通りは対応できる攻撃方法を持ち合わせているため、読み合いを間違えなければ問題ない。


「ふぅー……」


深く息を吐き、指をパキパキと鳴らせた後、軽くブラブラさせてリラックス。更に深く息を吸い、やはり煙草の匂いが軽減されているのを感じる。


格ゲー熱さも必要だが、なにより冷静さが大事だ。意識的に心が落ち着かせる。


改めて左手で横からすくう様にレバーを握り、右手をボタンの近くに置く。

自分のキャラクターが動くイメージと共に動かしていく。


1P側だったため、キャラクターの位置は左だ。

レバーを右に倒して、前進するイメージ。左に倒して後退、上に倒してジャンプ、下に倒してしゃがみ。


続いてボタンだ。

小パンチボタン、セリオスが素早く前に拳を叩き込む。小キックは素早くローキック、大パンチは大剣を横に薙き、大キックはケンカキック、特殊ボタンは投げ。


レバーと5つの釦の位置と手ごたえを確かめながら押してゆく。

ある時から格ゲーをやるときは、これがルーティンになっていた。

ゲーセンに来ても意識的に格闘ゲームは避けていたため、約二年ぶりになるが、有難いことに体は自然と程よく高揚した。


格闘ゲームは流行りのチーム戦とは違う。ピンチでも誰も助けてくれない。


負けたらすべて自己責任。そのプレッシャーはとても苦しいものだが、同時に魅力でもある。


俺はかつて魅了されたのだ、その凌ぎを削る戦いに。腕や指の一本一本に鎖で繋がれるイメージが浮かぶ。


それも要因の一つとなり、離れた格闘ゲーム。

だが、そんな久しぶりの感触はそれほど悪いものではなかった。


この戦いが終わればすぐに外れることになる鎖。

俺はこのひと時を楽しもうとしていた。


目の前の画面に集中する。二人の男が対峙しており、戦いのコールが行われていた。


『ROUND1』


機械的なその声と同時に、同じくROUND1という文字が大きく表示され、やがて大きな十字が画面いっぱいに広がる。


『Let's CROSS!』


それが開始の合図だ。同時に俺はスティックを素早く右へ2回傾け、間髪入れず右上、更にコマンド入力し、終わりにボタンを押す。

セリオスは俺の操作を頼りに行動を起こす。僅かに前進、すぐに前方へジャンプ、炎をまとった剣を円を描くように振り下ろした。剣戟は相手へ見事ヒットし、ヴァイトの体は炎に包まれた。


「おし、めくった……」


読み通り。

まず、チャラ男は様子見をすると思っていた。


こちらを素人と勘違いしているだけなら、早々に突っ込んでくる予想もしていたが、やはり50万が絡むと躊躇うだろう。

案の定、チャラ男は後ろにレバーを入れていたと思われる。相手と逆の方向に入れることでガードできるからだ。


だが、セリオスは初手で背後から攻撃を浴びせた。

つまり、レバーを入れる方向が逆になってしまい、反対方向に素早くレバーを倒さなければガードできないのだ。


この技術はめくりと呼ばれ、相手との間合いを把握しなければ成功しない。


俺は畳み掛ける。小キック、小パンチ、強パンチ、下強キックの釦を流れるように押す。

セリオスは空中でキック、着地してパンチ、剣で切り裂くと、最後は足払いでヴァイトを転倒させた。


相手が起き上がるまでの僅かな時間。この時間に更に仕掛けるため転倒させる攻撃を放ったのだ。


コマンドを入力し、先ほど相手の背後をついた円を描きながら振り下ろす炎の剣を繰り出す。この技は発動まで少し時間がかかるのだが、立ちガードでないと防御できないのだ。


ガードには基本2種類ある。立ちガードとしゃがみガードだ。立ちはジャンプ攻撃や通常攻撃をガードできるが、しゃがみ攻撃に対しては無効だ。


しゃがみガードはジャンプ攻撃が防御できない。基本、ガードはしゃがみを主体で行われる。


理由は、しゃがみ攻撃のほうが繰り出すまでのタイムラグが短いからだ。

すぐに出せるため、立ちガード状態だとすぐに防御を崩されてしまう。


一方、ジャンプ攻撃の場合は、ジャンプという行動もあり、タイムラグが長い。

そのため、しゃがみを主体とし、相手が跳んだら立ち上がってガードというのが基本となる。


セリオスの剣を振り下ろす技は、ジャンプ攻撃よりもタイムラグが短いにも関わらず、同様の判定の攻撃ができる優秀な技だ。


だが、他の攻撃に比べるとラグは当然長いため、ある程度慣れているプレイヤーには見切られてしまうことが多い。

普通に繰り出すだけならガードされてしまうだろう。


だからこそガードできない、とまでは言えないが、しにくくする状況を作る。


相手が倒れている間にこの技を見せるのだ。

起き上がるギリギリのタイミングで技が終わるように。


チャラ男の頭にはこの攻撃の残像が焼き付いていることだろう。奇襲を受けて混乱している状態ならなおさらだ。


起き上がったころには遅れて立ちガードをしてしまうことだろう。つまり、しゃがみ攻撃が当たる。


技の終わりに休む間もなく起きたヴァイトの無防備な足に剣を切り付ける。

セリオスはキックや剣戟を織り交ぜ、連続で攻撃を当てると大きく踏み込んで炎に包まれた剣を突き出すコマンド技で相手を吹っ飛ばす。


あっという間に画面の端に追いやる。

この状態なら端が壁となり逃げ道がないため、より多くの攻撃を繋げることができ、間合いも取りやすい。


要は有利なのだ。


俺は容赦なく攻撃を浴びせ続け、一戦目は無傷で勝利した。『PERFECT!』という文字が画面で踊る。

背後から、ふんすと満足そうな鼻息が聞こえた。とりあえず一戦目はプロゲーマーの御眼鏡に適ったようでなにより。


息つく間もなく二戦目が始まる。


さて、相手はどうするか。とりあえずジャブとして小パンチを振ってみる。


すると、思った通り相手はリーチの長い通常攻撃を行ってきた。

大パンチ釦を押すだけで出る攻撃だが侮るなかれ、鎖鎌を前方へ投げるその攻撃は出足も早く、牽制として優れた攻撃だ。


だが、武器の攻撃にも拘わらず当たり判定があるため、衝突するとこちらの小パンチと方が判定が勝るため攻撃を喰らうことになる。


僅かにヴァイトがよろめくが、こちらも当たれば御の字くらいで振っていたため、コンボに繋げる準備はできてなかった。


続けてコマンドを入力、セリオスが剣を振るうと火球が出現し、相手へ向かっていく。

牽制のための飛び道具だ。それに紛れるように火球を追ってセリオスを走らせる。


すると予想外のことが起きた。火球を防御、あるいは避けると思われていたヴァイトが攻撃を受け、炎に包まれたのだ。


それを見て俺の体が自然に動く、新作になってしまったとはいえ、何千、何万戦とやってきたゲームだ。淀みなく指は動き、連続技を叩き込んでいく。


瞬時に回想。攻撃を喰らう前、ヴァイトは不自然な動きをしていた。このキャラクターの特徴である設置型の罠を仕掛けたのだ。コマンドによって、遠、中、近の距離に合わせて設置し、その範囲を相手が通過すると発動する仕組みだ。


そんな記憶をから、僅かに意識を傾けるが、記憶の隅に追いやり、攻撃に集中する。こちらからはどこに罠を仕掛けたが詳しくはわからないが、少なくとも自分の背後であることは確かだ。

つまり、攻撃をしながら前進していけば罠に捕まることはない。相手の体力ゲージを半分ほど減らせた時、背後に少量の黒い煙が上がった。一定時間が経ったため、罠が消えたのだ。


程なく相手にほとんど何もさせることなく、『PERFECT!』という文字が再度画面を踊った。


この2戦で相手の実力はある程度測れた。上級者はおろか、中級者すら怪しい。


根拠の一つにあの罠設置だ。開幕と同時に放った攻撃が相手に当たった時を考えるならば問題ないが、返されてからの行動としてはおかしい。上級者にとっては攻撃してくださいと言わんばかりだ。


やられたらやり返す、ではないが俺は遊んでやることを考えた。


3戦目が始まると、俺は無造作にセリオスを前に歩かせた。案の定、ヴァイトは逃げるように後退する。ガードのため下がっているのだろう。1戦目でめくり攻撃(その技術を知っているかも怪しい)、2戦目に牽制をあっさり潰されて様子見として下がらざるを得ない。


だが、後退より前進の方が少し速い。やがて追いつくと小パンチと小キックの釦を同時に押した。セリオスはヴァイトの胸倉を掴むと、地面に叩きつけた。


投げ技だ。


ヴァイトは起き上がると、反撃することもなく再度セリオスに投げられる。俺は少女が三戦目でやられたことを再現しているのだ。


上級者ならこんなに連続で投げを喰らうことは稀だ。起き上がりに再度投げようとしたが、流石に変化が起きた。セリオスの掴み手の先に衝撃が走り、僅かに両者の間が空く。投げはずし、通称グラップというものだ。投げのコマンドに対して同じく投げのコマンドを入力すると回避することができる。


だが、それに怯まず、こちらは再度投げを実行する。あっけなく今度は捕まえることができ、ヴァイトの命運は尽きた。


セリオスがヴァイトを地面に叩きつけた瞬間、小パンチ、大パンチ、特殊の3つのボタンを同時に押し、更にボタンを流れるように入力する。するとセリオスの体が光り、倒れこもうとするヴァイトを逆手に持ち替えた剣ですくい上げ、続けて攻撃を叩き込む。


キャンセルという技だ。本来、セリオスの投げは相手を地面に叩きつける終えるまで操作不可だ。だが、キャンセルは行っている行動をニュートラルにし、すぐに次の行動に移れるのだ。

そのため、投げ終わりの硬直もなく、すぐに攻撃に繋ぐことができたのだ。


これを行うには奥義を繰り出すときに消費するゲージを、消費するというデメリットもあるが、このゲージは攻撃やダメージの度に少しずつ貯まり、すべてのラウンド通して引き継がれるため、今まで奥義もキャンセルもやっていなかったセリオスのゲージは満タンだ。


それは相手も同じことだが、使用されることはない。


セリオスは剣を大きく突き出し、再度キャンセル。吹っ飛ぶ相手を追い、ダッシュで一気に距離を詰める。小キック、大パンチ、からのコマンドを俺の指は入力する。


2度の打撃のあと、画面が暗転。セリオスの精悍な顔つきにカメラがズームインする。


『貫け! レーバテイン!!』


セリオスの叫びに呼応するように、繰り出された剣に炎が膨れ上がり爆発した。

すると画面全体が激しく明滅しだし、ヴァイトが地面に叩きつけられ、それが跳ねて再度地面に倒れ伏し、動かなくなるまでがスローモーション流れた。奥義でトドメを刺した際の演出だ。


やがて3度目の『PERFECT!』という文字が画面に表示された。

相手の体力ゲージと同様にこちらの奥義ゲージも空だ。キャンセル1回につき4分の1、奥義に半分消費されるため、一度しかできない大技だった。


「ふーー……」


筐体から手を放し、肩をなでおろしながら俺は息を吐いた。それは安堵というよりも不完全燃焼からのため息に近かった。


「お疲れさん」


葛飾に肩をポンと叩かれる。


「流石。強いやん」

「いえ、相手が弱かっただけですよ」

「確かになぁ。あんだけ大口叩いておいといて、所詮はヒモっちゅーことか。これでプロを目指しているとかナメてんのか、あるいは寒いギャグなのか」

「遊ぶための、彼女に対する口実か」

「なるほど。どのみちナメとるな」


そう言って葛飾はツカツカと歩き出し、チャラ男の横に立つと筐体をバンッと叩いた。


「体力ゲージ半分どころか、全部パーフェクトやったな。これで2度とゲームするなよ、そして50万だせや」


荒々しい声と共に厳つい顔面を近づけられ、チャラ男は冷や汗を噴出する。


「ちょっと、それはいくら何でも横暴じゃないですか」


チャラ男の取り巻きの一人が声を上げる。


「はぁ!? じゃあいたいけな少女を寄ってたかってハメるんは横暴じゃない言うんか!」


正論に誰もが押し黙る。


「とりあえず、嬢ちゃんは解放させてもらうで」


葛飾は少女の腕を引くと、俺の方に引き寄せた。少し乱暴だったようで、よろめく少女を俺は両肩を掴んで支える。それは僅かに震えていた。


「さぁ、50万払ってもらおうか」


改めてチャラ男と向き直る葛飾。


「……す、すみません。今はありません」

「ほう、じゃあいつ払ってくれるんや?」


おそるおそる彼女を見るチャラ男。


「はぁ!? いや、私だってそんな大金無理だから!」


意外とバッサリな彼女。


「これは困ったのぅ。プロゲーマーの卵さんはゲームを取り上げられたから出世払いも無理そうやし……兄ちゃんどうする?」

「え?」


葛飾に急に話を振られて俺は思わず声を上げた。どうするべきか。金はあって困るものでもないが、50万なんて大金を賭博的に手に入れたら色々問題な気がするので、うやむやにしても良いだろうが。


「……君はどうしたい?」

「え?」


今度は俺に話を振られて少女が声を上げる。


「あの、私が決めて良いんですか?」

「おう! ええで、嬢ちゃんが一番の被害者やから。50万でも良し、他で手を打つのも自由や」


葛飾の言葉に、少女は少し思案した後、発言した。


「50万は無しで良いです。その代わり、真面目に働いてください」

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