1-3
格闘ゲーム。基本的にプレイヤーは一対一。
画面上の自分のキャラクターを操作し、相手のキャラクターを攻撃。相手の体力ゲージをゼロにすると勝利となる。
他者による介入のない己と相手だけの真剣勝負。それ故プレイヤーのレベルの差が如実に表れる。
ある程度遊んだレベルの人なら、全くの初心者が適当にガチャガチャ操作した予測のし辛い攻撃にやられ、負けてしまうこともあるだろう。
だが、ある程度実力のある人なら、初心者相手に負けることはほぼありえない。
そのため、勝負はあっという間だった。
最初の二戦は画面端に追いやられ、攻撃の連打。上から下から容赦なく攻撃を浴びせた。
酷いのは最終戦となった三戦目。完全に素人だと理解したのだろう、投げ技だけで倒されてしまった。
遊ばれたのだ。素人は投げというものを理解しづらい。
少しかじった程度でも強者には投げだけで相当やられる。それを返す術を知らないのだ。
とにかく胸くそ悪い戦いだった。
「さて、僕の勝ちだったね」
チャラ男は悠々と席を立ち、少女の横に立った。流石に大の大人が高校生の女の子から堂々とカツアゲするわけがない。
少女には余計な摩擦を与えると痛い目を見るという社会勉強をさせるためだけに嘘の……。
「じゃあ、五万払って」
チャラ男の一言によって俺の一縷の望みはなくなった。
だが、その言葉を聞いても少女は動かなかった。
「……? どうしたの、五万払ってよ」
再度のチャラ男の問いかけに少女は声を絞り出す。
「ごめんなさい……。持っていません」
「あらら、じゃあいくら持っているの?」
「三千円くらい……」
「へぇ~」
チャラ男は、少女の目の前の筐体に腰掛け、
「あ? ナメてんの?」
バンッ! と台を強く叩いた。少女の体が跳ねる。
「全然足りないじゃん。それであんな約束したの?」
「ご、ごめんなさい……」
チャラ男の豹変に少女の声が強張る。
「あーあー! どうしよっかなー!」
周りの取り巻きと共にニタニタといった笑顔で男が言う。少女の自業自得な部分もあるが、あまりに胸糞悪い。
しようがない、見ず知らずの女だがなけなしの金を貸してやるか、できるだけ金が戻ってくるよう念を推して。
ギリギリ足りる金はあるはずだ。
デート予定の彼女には申し訳ないが、人助けなら納得してくれるだろう。今日は他人の金で豪遊だ。
そう思い、足を向けると。
「じゃ、体で払ってもらうか」
瞬間、俺の体に悪寒が走り、熱いものがこみ上げてきた。
人生で初めて、悪寒と怒りは同時に発動し得るものだと知った。
「ちょっと! 私というものがありながら」
当然、チャラ男の彼女が不満を表す。だが、詰め寄ってきた彼女に顔を寄せながら、
「心配するなって、一回だけだよ。それにお前も3Pに興味あるって言ってたじゃん」
「……それはそうだけど」
顔を赤らめながら、あっさり篭絡されそうな女。
なんだこれは。一体何が起きているんだ。あまりの嫌悪感のためか、現実を受け入れ難い自分がいる。
「……体で払えば許してくれるんですか?」
「お、君もその気? もちろんもちろんオフコース!」
「……わかりました」
チャラ男に促され、少女が立ち上がり、周囲の取り巻きから歓声のようなものが上がり、色めきだす。
あるものはチャラ男に向けて一言二言声をかけ、あるものはアイコンタクト。この結果に対する報酬の要求か、はたまたおこぼれを貰う算段か。
ただでさえ不健全な空気漂うゲーセンの地下が、下種極まりない空間になり果てた。
俺には様々な感情が渦巻いていた。怒り、焦燥、不快、正直に言えば嫉妬も。人生でここまで多数の感情が入り混じることは初めてではないか。
取り巻きと彼女を有したチャラ男が、少女の肩を抱きながら横を通り過ぎる。
その横顔は、想像通り気持ち悪い笑顔が張り付いていた。ここまで想像と一緒だといっそ清々しい。だが、実物は想像より当然リアルだ。嫌悪感が酷い。
通り過ぎるチャラ男は一瞬だろう。だが、それがスローモーションに見えた。
その最中、俺はもがく様にゆっくりと腕を伸ばした。
「あん?」
チャラ男が訝し気な顔をこちらに向けた。俺の手がすれ違うチャラ男の肩を掴んでいたのだ。
感情が多岐に渡り渦巻いたが、最終的に俺の中で突出した感情は『怒り』だった。
「俺と勝負してください」
「あ? 何だお前」
「……その娘の負け分も合わせて賭けるんでぇ、もう次は俺とまた勝負してください」
威圧するようなチャラ男の言葉に少しひるんだが、俺は冷静に言葉を絞り出した。と思う。
「なに言ってるんだ、お前」
俺の腕を振り払うと、チャラ男は意に介さず進もうとする。だが、
「勝負したったりぃや!」
それを制すように荒い言葉を発した人物がいた。身長180を超えるであろう立派な体躯に、金髪に染め上げたソフトモヒカンという出で立ちだ。
「な、なんだよ……」
見た目と言葉遣いにひるんだか、今度はチャラ男も言葉を交わす体制になる。
「その兄ちゃんが言うように、もう一回くらい勝負してあげたらどうや?」
「……なんでそんなこと」
「一回くらいええやん! ケチ臭いなー」
「ぼ、僕にメリットないじゃないか」
「そらそやな、なぁ兄ちゃん。負けたらどないする?」
急に話を振られ、思わずビクッと体が震える。
「え、えと……俺が五万くらいはあるんで、その娘の三千円と合わせて五万三千円とか……」
「あの娘が五万負けたんやから、引くとあっちには三千円しか儲からんから納得せぇへんやろ」
俺の言葉にソフモヒが正論で返す。
「じゃ、じゃあ10万払う!」
ぶっちゃけ今すぐ払える金額ではない。親の仕送りもまだだし、家計は火の車だ。
だが、虚勢でもそう言わなければ断られそうだった。
「これでどうや?」
チャラ男に話を振るソフモヒ。だが、彼は冷静だった。
「……本当に払えるのか? 金見せて見ろよ」
「……」
俺は押し黙るしかなかった。
「かぁ! 話にならないね! そもそもが僕に勝負を受けるメリットがないのにこの娘と同じ賭け金じゃ意味ないね!」
チャラ男が大袈裟に肩をすくめる。取り巻きもそれとなく同意の意を示し、うやむやにする空気を作った。
「じゃあ、いくらなら勝負するんや?」
意に介さずソフモヒは問う。
「……50万は必要かな。どうせそんな金無いだろ? じゃあね」
話を終わらせたかったのだろう、チャラ男は適当に言葉を発し、その場を去ろうとする。だが、ソフモヒはそれを許さなかった。
「ほう、50万あれば良いんか」
言うが早いか、ソフモヒはカバンから札束を無造作に出した。
「ここに100万ある。ワイが兄ちゃんに賭けるから、勝負成立やな」
突然の大金の登場にその場にいる誰もがギョッとする。
「良し、じゃあ後はアンタが負けた時の条件やな。その娘の負け分を差し引いて45万が妥当やな」
「はぁ!?」
どんどん話を進めるソフモヒ。とんでもない条件がついて焦る男。だがソフモヒは止まらない。
「まぁ、でもそれは不本意なアンタにとっては酷な話やな。じゃあ、金銭は関係なしに、さっき言っとったゲーマー辞める言うのにしとこうか」
「あ、いや」
「なんや、45万にするんか?」
「いや、それは……」
「じゃあ、ゲーマー引退でええな」
「いや、そもそも……」
「なんや? どうせ金ないやろ?」
思わず頷くチャラ男。
「じゃあ、ゲーマー引退で」
「いや! 待って待って!」
自分の思惑とは別に決まりそうな恐怖からか、チャラ男がタイムを要求。
「なんやねん! 50万あったらやる言うたやんか。なんか文句あるんか?」
「あ、いや……」
チャラ男はソフモヒの威圧に、『50万あったらやる』なんて言ってない! とは言えなかったようだ。
先程、少女が敗戦したゲームの筐体に俺とチャラ男はソフモヒに促される。
俺の周りにはソフモヒだけが鎮座している。チャラ男とその彼女、取り巻きは連中はもちろん、囚われの身よろしく少女も対面している筐体の前だ。
厳ついサポーターがいるとはいえ、人数的にはアウェイ感が強い。
俺はゲーム代の小銭を用意しながらソフモヒを呼び、耳打ちする。
「ありがとうございます。話をつけてくださって」
「いやいや。正直ワイも腸煮えくりかえってたから、こちらこそ感謝やで」
「でも、あなたがやった方が良いんじゃないですか?」
「アカンアカン、このゲームはしばらく触ってへんし、何より他のゲームやると契約違反になるねん」
それは嘘だろう。娯楽程度でやる分には何も問題ない気がする。だが、賭博が絡むことを考えると確かに重大違反だ。
「でも良かったんですか? 見ず知らずの俺にあんな大金を任せて」
「見ず知らずやないで」
「え?」
ソフモヒは、くっくっくと笑いを堪えるように言葉を続ける。
「信頼してるで、ダークナイト様」
「んな!?」
思わずひっくり返った声に遂に吹き出すモヒカン。一方、その反応に気づいた男の取り巻きは訝し気にこちらを見ている。
俺は顔、特に耳の体温が急激に上昇するのを感じた。
まさか中二病全開で名付けた当時のプレイヤーネームを知っているとは。
だが光栄なことだ。
ソフモヒ、プロゲーマーの『葛飾ガブリエル』に顔と名前を憶えていてもらっていたとは。