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そこそこ歩きなれた場所、何も考えないで数分歩くと、馴染みのある店に着いた。
地上四階、地下二階の鉄筋コンクリートで作られた、黒を基調とした直方体の建物。
壁はガラス張りで、外から見ると無数のカラフルな色の光が漏れ出ている。
めっきり来なくなってしまった、かつての行きつけのゲームセンターだ。
駅前を離れたので多少喧噪からは遠ざかっていたが、自動ドアを通ると賑やかに機械音が俺を迎えてくれる。
まず目に飛び込むのは色んなものが閉じこめられた多数のガラス張りの箱だ。
ふと右手に見える箱の中に名前は知らないが、どこかで見たことがあるキャラクターが仲間になりたそうにこちらを見ている。
だが、仲間にするためにはお金を入れることで動いてくれるアームを操り、こいつを捕まえて下界へと通じる穴に落とさなければならないのだ。
UFOキャッチャーだ。
ここにいる誰かを仲間にして彼女にプレゼントすれば喜ばれるかもしれないが、この貯金箱にいくら金を飲まれるかわかったものではない。
特に都心のゲームセンターとなると尚更難易度が上がっている可能性が高いため、取れやすそうな物の吟味が必要になる。
俺の足はこのエリアをスルーして地下へと向かった。まず迎えてくれたのは激しい機械音、次いで煙草の臭いだ。
空気清浄機が進化したのか、税金が上がって愛煙家が減ったのか、おそらく両方だろう。前ほどキツい臭いではない。
元々煙草を吸わない俺としては有り難いことだが、以前を知っている身としては少し寂しくもある。
地下一階はビデオゲームのコーナーだ。対戦格闘、アクション、パズルなど様々なジャンルのゲーム筐体が立ち並ぶ。音楽ゲームやカードゲームやらは筐体も大きいし、一般的なビデオゲームとは違うので別の階にある。
ビデオゲームとは本来ブラウン管の画面のゲームらしいが、現在は液晶に変わっているので、アーケードゲームというのが正しいようなのだが、このゲームセンターの表記は昔のままだ。変わらないというところは久々訪れたゲーマーにとっては嬉しい。
さて、どのゲームをやるかな。
程良い高揚感の中、千円札を両替しながら思案する。移動時間を考えても少なくとも30分は遊べそうだ。
本気で時間を潰そうと思うならワンコインで長く遊べるベルトスクロールアクションか。
だが、この時間を一つのゲームで完結してしまうのも寂しい、ここはワンプレイそこそこで遊べて・・・。
「何でそんなこと言われなきゃならないの!?」
甲高い声が響いた。戦々恐々とする店内。周りの客同様、俺も声のしたほうに視線を向けると、男一人、女二人がいた。
「だって、良い大人なのに平日の昼間からゲーセンに入り浸っているんですよ? ダメ人間じゃないですか?」
「なんでダメ人間だって決めつけるの! 彼だって頑張ってるの!」
若い成人の男女のペア、付き合っているのだろう。
対するは制服を着た高校生だろう少女だ。先ほどの大声はカップル側の女のものと思われる。
「それに、見てましたけどゲームで遊ぶお金を払っているのはあなたですよね、どうしてそんなダメは人にそこまでしてあげるんですか?」
「何だって良いじゃない! 私の勝手でしょ!?」
会話の内容から察するに、男の方はヒモのようだ。容姿はそこまで良いとは思わないが、身なりはそれなりにちゃんとしている。
雰囲気だけはイケメン風のチャラ男だ。
「もういいよ、みっちゃん」
「たっくん・・・」
満を持してチャラ男が発言。そこそこ良いタイミングでのカットイン、さすがヒモは空気を読む力はあるようだ。
呼び名のせいでバカップル全開だが。
「実は僕はね、プロゲーマーを目指しているんだ」
チャラ男は髪をかき上げながら言った。そんな仕草に少女が嫌悪の視線を送る。
「何を言っているんですか? ゲームでプロになれるわけないじゃないですか」
チャラ男はやれやれという風に大げさに両手を広げる。
「e-sportsって言葉知ってるかな。ゲームも昔とは違い、他のスポーツと同じく競技性が評価されてきているんだ。競技人口は一億人を超えると言われていて、大きな大会では何十億も賞金がかけられているんだ。日本は他の国と比べるとまだまだだけど、確実にプロゲーマーは増えているんだよ」
どこかのネット情報そのままのようなセリフが男の口から出てくる。この口上でパトロンである彼女も落としたのだろうか。
「それでもあなたのようなダメ人間がプロになれるとは思えません」
少女の言葉に心の中で同意する。彼女連れでゲーセン入り浸るリア充がなれるほどプロは甘くないのだ。
「じゃあ、勝負しようか」
物言いに反論しようとする少女を制しながら男が言った。
「僕が負けたら君の言うようにプロになんてなれる器じゃない。金輪際、ゲームはしないと約束するよ」
「勝負っていっても、私は素人ですよ? 勝てるわけないじゃないですか」
「もちろん、ハンデをつけるよ。そうだな、三本先取中、僕から一本でも取ったら君の勝ちでどうかな?」
男が格闘ゲームの筐体に手を置きながら言う。
「……その条件ってどうなんですか?」
少女はハンデの基準がわからないのだろう、周りに助言を求める。
「うーん、それでも厳しいかな、体力ゲージ半分まで削れたらってのはどうだろ」
「は?」
一人の客の言葉に思わず小さいながらも声が漏れてしまった。見たところ完全素人の少女相手にハンデがたった体力ゲージ半分?
「流石に一本というのは厳しいから、それくらいが妥当かな」
「そうだな、半分だな」
俺の疑問の声には誰も気に留めず、『体力ゲージ半分』に決まる雰囲気になってしまった。
「うーん、その条件だと、こちらがかなり厳しいところだけど……それで良いかな?」
「……はい」
チャラ男は苦渋の表情を浮かべながら少女に問うと、周りの客の反応から首を縦に振ろうと……。
「さ、三発!」
声を発したのは俺だった。発声の準備が出来ていなかったため声がひっくり返ってしまった。
恥ずかしかったがお陰で周りの視線を集めるには十分なほど声は通った。
「見たところ完全未経験者っぽいし、プロを目指しているほどの人なんでしょ? 彼女がガードの上からではなく、三発当てたら勝ちくらいが妥当じゃないかな」
それが落としどころだと思う。本当の強者だったら素人相手に全試合パーフェクトをして然るべきだろう。
「いやぁ、それは流石に厳しいんじゃないかなー」
客の一人が反論する。
「いや、でも……」
更に反論しようとしたら、客の鋭い視線に気づいた。
余計なことを言うな、そう目は語っていた。客も仲間だったのだろう、最初にチャラ男が一本先取って言ったのも、その後厳しい条件かのように体力ゲージ半分の案を出したのも。
そう感じとったら腹が立ったが、トラブルには巻き込まれたくない。
元々少女がケンカを売ったのがいけないのだ、静観するとしよう。
少女は俺の行動を気にしていたようだが、大人しくなった俺を見て条件をのんだ。
「じゃあ、私が負けた場合はどうするんですか?」
「うーん、そうだな。じゃあ五万円でどうだろ」
「え!?」少女が流石に反論する。「そんな大金、割に合いません!」
「割に合わないのはこっちだよ、厳しい条件の中、これからも続く長い人生をかけているんだからね」
少女は逡巡していたが、やがて納得した。
「じゃあ、もう一つだけ約束を追加してください」
「なんだい?」
「彼女さんのために真面目に働いてください」
少女は良い子なのかもしれない。保身のため流されてしまった自分を恥じた。