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刹那君はロリコンです。  作者: かわせみ
8/15

小学生ハニートラップ

キンコンカンコン


 終令の、長いチャイムの直後に鳴った短いチャイムに、生徒たちは耳を澄ませた。


「文学クラブ所属の久遠刹那君、久遠刹那君、至急部室まで来てください。繰り返します、文学クラブ所属の……」


 全校放送での呼び出しに、刹那は面倒くさそうに溜め息を吐いた。文学クラブ絡みの呼び出しは、響優希の一件で懲り懲りな刹那である。


「また何かやらかしたわけ?」


 凛子がここぞとばかりに悪態をつく。言い返す気力もないといった感じで肩をすくめて、刹那が教室を出ようとする。


「あ、刹那君、私、クラブの用事が終わるの待ってますね。今日こそ親睦しましょう!」


「それは……どれだけ時間がかかるかわからないし、約束できないぞ」


 刹那が控え目に不同意の意を示すと、思わぬところから賛同の声が上がった。


「そだねー。それに、霞さんと棗さんの二人には、私が深山先生から別の用事を言付かっているよー」


 突如教室に現れた眼鏡の女子が明るく言う。制服のリボンは緑色、つまり、3年生だ。


「あの、あなたは?」


 優希のことを思い出したのか、桃香がおずおずと尋ねる。


「私は、3年2組、田中一美たなか かずみだよー」


 一美が明るく微笑んで答える。桃香の表情も和らいだ。


「文学部の先輩ですか?」


「いんやー、写真部!」


 どこからともなく、立派な一眼レフカメラを取り出して、一美がカッコよくポーズを決めた。


「写真部の先輩が、どうして私達に?」


 まだ警戒心が解けないらしく、凜子が堅い口調で聞く。


「深山先生から、文学部のクラブ紹介用の写真を撮ってほしいって頼まれたんだよー。そっちの彼は、部員勧誘には逆効果だから写真はいらないってさー」


「ああ、確かに、こんな奴の写真載せたら入部希望者も逃げ出すわね」


 凜子が笑いながら同意する。


「そんな、私は刹那君の写真見たいです! 深山先生に言ってきます!」


「いやいや行かなくていい。写真は嫌いなんだ。ともかく、呼び出しに応じるから、今日の親睦会もなしで頼む」


 それだけ言い残して、刹那はさっさと教室を出る。明白な拒絶に、桃香もそれ以上引き留めなかった。


 教室棟3階の1年の教室から、2階の連絡通路を通って実習棟に渡り、再び文学部部室のある3階に上がる。桃香たちが付いてきていないことに少しほっとしながら、刹那は文学部のドアノブに手を掛けた。前回の呼び出しのことを考えると、今回も美冬ちゃんの陰謀である可能性が高い。覚悟して、刹那は扉を開いた。その瞬間、


「あ、ほんとにせつな君だ!」


 刹那に飛び付いて来たのは、李香だった。


「り、李香ちゃん!?」


 刹那が驚きと戸惑いの声を上げる。


「うれしい、やっぱり私のこと、覚えていてくれたんだね!」


 李香が刹那の腰の辺りをぎゅーっと抱きしめてくる。桃香と似た甘い匂いが刹那の鼻腔をくすぐる。同じシャンプーを使っているのだろう。


 刹那の腕は、李香に触れることなく宙を漂っている。抱きしめる、抱きしめないという葛藤以前に、刹那は李香に抱きつかれた時点で思考がショートしており、今の状況をよく理解できていなかったのだ。


「ねぇ、せつなクン、私のこと、好き?」


 理想のニンフェットに甘い声と上目遣いで問われ、刹那は完全にパニックに陥ってしまった。


***


 その頃、桃香と凜子は、一美に連れられて教室棟の屋上に来ていた。


「屋上で撮るんですね」


「うん、ここなら一望できるからねー」


「一望? 私達の写真を撮るんじゃ……」


 桃香の疑問の声を無視して、一美は屋上の端っこ近くに設置されていた三脚にカメラをセットし、更にそこに望遠レンズを取り付けた。カメラの向かう先は、文学部の部室だった。


「ふひ、ふひひ、見て見てー? 早速濡れ場だよー?」


 一美が異様に興奮した顔でカメラを覗き込み、手に握ったリモコンのシャッターを切っている。


「濡れ、場?」


 一美に促され、桃香がカメラを覗き見る。そこに写っていたのは、李香に押し倒された刹那だった。


「え!? そんな、どうして李香が!?」


「どういうこと? 私にも見せて!」


 替わって凜子もカメラを覗き、あのバカ、と舌打ちした。


「ふひひ、興奮しないー? 自分たちだけの世界に浸っている男女の、秘密の花園を覗き見するのは……あ、別に男男でも女女でも一人でも何でもいいけどねー」


 一美が恍惚とした表情で同意を求める。桃香は答えもせずに文学部部室に向かって駆け出した。


「趣味悪過ぎでしょ、先輩」


 凜子が呆れた口調で言うが、その言葉とは裏腹に、凜子はカメラから目を離せずにいた。カメラの中では、李香が唇も触れ合わんばかりに刹那に覆いかぶさっており、刹那は必死でそれに抗っているように見えた。


「趣味が悪い、って、覗き見は人間の根源的な欲求の一つだよー? ワイドショーや週刊誌で芸能人たちの私生活やスキャンダルを見るのも、全く知らない他人のSNSを見るのも同質の欲求に根ざしているんだしー」


 一美は、桃香や凜子がカメラを覗いている間も、リモコンシャッターを切り続けている。無差別大量に撮影しておいて、後から奇跡の一枚ベストショットを探すつもりなのだろう。


「欲求を持つのは勝手だけど、それを他人にひけらかすのが気持ち悪いって言ってるのよ!」


 凜子がカメラから離れ、軽蔑を隠そうともせずに言い切る。気持ち悪い、と言われても、一美は微笑んだまま、凜子が離れたカメラを覗き込んだ。


「別に、ひけらかしてなんてないよー。ただ、カメラに『たまたま写り込んだ』光景を、親切心からあなた達にも見せてあげただけー。二人とも、食い入るように見てたでしょー?」


「それは……」


 咄嗟に反論が出てこず、凜子は口ごもった。


「別に恥じる必要はないよー?。人間はそういう欲求を持っている、というだけの話なんだからー」


「でも、どうして対象が刹那なんですか? あんな奴、撮ったところで面白くもないでしょ」


 凜子の問いに、一美はカメラから目を離さず曖昧に笑った。


「さあー? 私は美冬ちゃんに頼まれただけだからー。公然と覗き見させてもらえるなら、理由なんてどうでもいいわー」


「はぁ……」


 これ以上話しても無駄だと言わんばかりに大げさな溜め息を吐いて、凜子は一美に背を向けた。


***


「ほ、ほ、ほ、ほんとに、いいのか? いいんだな!? もうどうなっても知らないぞ!?」


 いいながらも、刹那は何とか自分を押し倒している李香に触れないようにして、まな板の上の鯉よろしく手足をバタつかせている。李香の媚態に、刹那の理性は限界寸前だった。情けないことに、李香の可愛らしさの前では、刹那にとって明確であったはずのロリとペドの境界が陽炎のように揺れていた。


「せつな君にだったら、いいよ?」


「小学生がどこでそんなセリフを覚えてくるんだよ!?」


 刹那の叫びに、文学部の扉が開き、桃香が鬼の形相で現れた。


「李香、わたしの秘蔵の薄い本、読みましたね?」


 桃香が、常の嗜虐心をそそる潤んだ瞳からは想像できない、冷たい視線で李香を睨み付ける。


「ひぃ、お、お姉ちゃん」


「離れなさい! 今すぐ刹那君から離れなさい! これは、命令です!」


 桃香が強い口調で命じると、さすがの李香も素直にそれに従った。


「あ、ありがとう、助かったよ、霞さん……」


 よほど興奮していたのだろう、刹那の息は切れ気味だ。


「ありがとう、じゃありません! えぇのんかぁ、えぇのんかぁ? って、エロオヤジみたいに。いいわけがないです!」


 刹那の醜態を桃香が容赦なく断罪する。


「ああ。過ちを犯す前に止めて貰えたから、礼を言ってるんだ。もう少しで、ペド野郎に成り下がるところだったよ」


 刹那が淡々と言う。不機嫌な吊り目で見詰められ、桃香が頬を赤らめた。


「せつな君は悪くないよ! わたしが誘ったんだもん!」


 李香が瞳を潤ませて桃香に抗議する。物語のヒロインのようなシチュエーションに酔っているようだ。


「誰も李香が悪くないとは言ってません! それに、どうしてこんなところにいるんですか!」


「それは、先生が、ここで待ってたらお姉ちゃんもせつな君も来るって言ったから……」


「先生? どんな?」


 刹那が聞いたが、これは疑問ではなく、確認だ。


「なんか、胸の大きなおばさ……」


「だぁれがおばさんよ!? このクソちびガキが!」


 李香が言い終わらないうちに部室のドアが勢いよく開き、美冬ちゃんが怒鳴り込んで来た。


「やっぱりあんたか。響先輩の件といい、どういうつもりだ?」


 刹那が悪魔の形相で睨み付けたが、美冬ちゃんはそれをふてぶてしく鼻で笑った。


「別に、そのおちびちゃんが校門前でうろちょろしてたから保護しただけよ。どこかの変態に拉致されずに済んだことを感謝して欲しいものだわ。まぁ、学校の中でも変態に遭遇したみたいだけど」


 美冬ちゃんが侮蔑を籠めて言う。


「何故俺を部室に呼び出した。この子を保護しているなら、霞さんを呼び出すべきだろう」


「そのつもりだったわよ。放送委員が間違えたんでしょ。部員名簿を指差して依頼したから」


 いけしゃあしゃあと美冬ちゃんが言う。予め理論武装していたのだろう。


「私のところには、田中先輩が来ましたよ?」


「ああ、そうだったわね。先週田中さんに撮影をお願いしたこと、すーっかり忘れていたわ」


 わざとらしい棒読み口調で美冬ちゃんが答える。


「桃香、大丈夫?」


 再びドアが開き、凜子も部室に入ってきた。


「あ、凜ちゃん。それが……」


 何を言っていいのかよく分からないといった様子で話始めた桃香も、美冬ちゃんが手で制した。


「無駄話はそこまで。あなたたちみんな、早く帰りなさい。トラブルが起きないよう一時的に入ってもらったけど、ここは小学生が理由もなく長居していい場所じゃないわ」


 有無を言わさぬ口調で言い切る。釈然としないものを感じるが、ここに居続けたところで何かがあるわけでもない。刹那たちは美冬ちゃんの言葉に従い、文学部部室を後にした。


「それにしても、深山先生、どういうつもりなのかな……」


 桃香の問いに、刹那が即答した。


「考えられる可能性は、一つしかない。おそらく、ロリコン撲滅運動、つまり、NHKの陰謀だ」


「はいはい、妄想乙ー」


 凜子がバカにした口調で言うが、刹那は聞こえていないかのように空を睨んでいる。その後、誰も口を開かないまま校門まで着くと、桃香が口を開いた。


「刹那君、李香が迷惑かけちゃってごめんなさい。ほら、李香も謝って」


「わ、わたしは別に悪いことなんてしてないよ! せつな君も、私に会えて嬉しかったよね?」


 蠱惑的な上目遣いで李香が尋ねるが、先程の経験で刹那の耐性はかなりアップしていた。


「そうかもな。君がもう少し大人だったら、もっとよかったが」


 取り乱すこともなく、邪悪な笑みを見せて答える。


「むー、もう少しって?」


「あと二年くらい」


「いや、それ、全然大人になってないでしょ」


 凜子が半目で突っ込んだが、李香は目を輝かせた。


「あと2年、6年生だね。それまでには、お姉ちゃんに負けないくらい美人になるからね!」


「それは楽しみだ」


 復讐を誓う勇者を嘲笑う魔王かなにかのような刹那の口調と表情に、桃香が顔を曇らせた。


「刹那君、本当に、私よりも李香の方がいいんですね……」


「え、それは……」


 返答に戸惑う刹那に悲しそうな溜め息を吐いて、桃香は李香の手を引いて刹那に背を向けた。李香は、一度振り向いて刹那に手を振ったが、大人しく桃香に従う。刹那には、それを見送ることしかできなかった。


「あんた、ほんっとにバカね。桃香みたいな美少女に好かれる奇跡なんて、あんたの惨めなロリコン人生でもう二度と起こらないって、理解できてる?」


「……ああ。李香ちゃんだって、2年も経たずに俺に興味を失うだろうことも理解してるよ」


「じゃ、じゃあ、なんで!?」


 淡々と言う刹那に、凜子が声を荒らげる。言葉に詰まったのは、言おうとしていた台詞を取られたからだろう。


「惨めなロリコンだからだろ」


 投げやりに答えた刹那は、この上なく不機嫌に見えたが、この表情に、凛子は見覚えがあった。バレンタイン事件の時の、落ち込んだ顔だ。それ以上、何も言えなくなった凛子を置いて、刹那は歩き去った。


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