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刹那君はロリコンです。  作者: かわせみ
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女子高生の体の魅力

「刹那君、先日はごめんなさいでした」


 週明け月曜の昼休み、相変わらず桃香は刹那が寝てしまう前に話しかけてきた。刹那の席の前まで来て、可愛らしく頭を下げる。シャンプーの香りだろうか、甘酸っぱい香りが刹那の鼻腔をくすぐる。


 謝らなくていいから、話掛けないでくれ、と言いたい気持ちをぐっと堪えて、刹那は桃香を軽く睨むだけに止めた。そんなことを言っても桃香を悦ばせるだけであることは学習済みである。しかし、目が合うだけで幼児なら悪夢にうなされる程、邪悪に見える瞳である。その軽い一睨みでも、桃香に顔を赤らめさせるには十分なようだ。


「そう言えば、妹さん、霞さんにそっくりだね」


 寝ることを諦めた刹那が、とりあえず当たり障りのなさそうな話を振る。しかし、桃香はそれに過剰反応を示した。


「えぇ!? いきなり李香のこと聞くなんて、刹那君、本当に小学生に興味を持ち始めたんですか!? どん引きです……」


 桃香がやや大げさに後ずさる。


「ち、違う! いや、違わないか。霞さんの妹さんは、ニンフェットの定義には入るから、その意味では興味がないと言えば嘘になる。しかし、俺はペドフィリアではないから、恋愛対象にはならない、ということだ」


 正直すぎるくらい正直に、刹那が答える。一応、桃香には言いたいことが伝わったようだ。


「そうですか。言い方は微妙に引っ掛かりますが、いいです。確かに李香は、私の小さい頃にそっくりなんです。似ていないところと言えば、胸だけでしょうか。李香はまだ小さいですが、私はあの頃には既にかなり大きく……って、何言わせるんですか!? せくはらです!」


 桃香が真っ赤になって刹那をぽかぽか叩く。


「いや、今のは完全に自発的な発言だったろ……」


 刹那は目で凛子に救いを求めたが、我れ関せずとばかりに目を逸らされてしまった。


「ともかく、です、私が言いたかったのはですね、刹那君。李香は小さい頃から散々、私に似てると言われてきたんです。初めは、李香も喜んでくれていたんだと思います。でも、その『唯一の違い』に気付いてしまってからは、私にコンプレックスを抱いているようでして……」


「なるほど。それで、『お姉ちゃんよりもあたしを見てくれるなら』か」


 刹那があの時の李香の言葉を思い出して言う。


「そういうことです。刹那君が、私よりも李香に興味を引かれているのに気付いて、コンプレックスが解消するのを感じたんだと思います」


「『姉に似た自分』ではなく、姉とは関係なく自分自身の価値を認めて貰えた、ってことだもんな」


「はい。なので、今、李香には刹那君が、救世主のような存在に見えているはずです」


「救世主、か」


 まんざらでも無さそうに、刹那が魔王のような邪悪な笑みを浮かべる。


「刹那君、まさかとは思いますが、李香に手を出そうなんて考えていむせんよね?」


「そ、そんなこと、俺は、ペドじゃ……」


 何とか否定しようとするものの、刹那の言葉に強さはない。目線は宙を泳ぎ、その邪眼も常の鋭さを欠いていた。煮え切らない態度に、桃香が不安気な顔をする。


「そもそも刹那君は、ニンフェットの……12歳から14歳の少女の体を、味わったことがあるんですか?」


「な、何を、そ、そんなこと、あるはずないだろ!?」


 際どい桃香の質問に、刹那が露骨に狼狽えた。


「ですよね。よかったです。じゃあ、私みたいな、15歳とか16歳の体は? 味わったこと、ありますか?」


 自分の言葉を恥ずかしがっているのか、桃香がぎゅっ、と両腕で自分の体を抱き締める。その気はないのかも知れないが、そのポーズでは寧ろ、豊かな胸が強調されてしまっている。刹那の目が、その破壊的な膨らみに釘付けになる。


「な、ないです」


 思わず、刹那まで丁寧語になってしまっている。桃香がこの後展開するであろう論理は、刹那にも読めていた。


「実際に味わったわけでもないのに、どうして12歳の方がいいと分かるんですか? 私にはどうしても理解できないんです。総合的な体の魅力で、女子高生が小中学生に負ける、というのが」


 桃香は別に声を荒らげているわけではない。ただ本気で不思議がっている声だ。だが、刹那はその瞳の中に、桃香の深い闇を見た気がした。いや、或いはそれは、一方的に自分より年若い女性と比べられ、男から「劣化した」などと心ない評価を受ける女性すべてが内包する闇なのかも知れない。


「触って、みます? 刹那君が恋愛対象にはならないって言う、15歳の体」


 桃香が机の上に身を乗り出すようにして席に座っている刹那に顔を近付けた。鼻先が触れ合う程の距離。この距離感は、しかし、刹那にとって初めてではなかった。優希に迫られた経験が、なんとか刹那に平静を保たせていた。


 世界に二人しかいないかのようなやり取りだが、ここは昼休みの教室である。この濡れ場とも修羅場ともつかない状況に、今や刹那のみならずクラス中が固唾を飲んで桃香を凝視している。沈黙と緊張に満ちた数秒間、それを破ったのは、凛子だった。


「だ、だめよ、桃香、絶対にだめ! こんな変態に体を許すなんて、ご両親親戚ご一同が許しても私が許さないわ!」


「り、凛ちゃん?」


 言うが早いか、凛子は後ろから桃香を抱き締めるようにして、桃香を刹那から引き離した。


「いいこと、刹那、変態ロリコンの分際で桃香に手を出したら、ただじゃ済まないからね!」


 捨て台詞を残して、凛子は桃香を引きずって教室から出ていってしまった。


***


「ど、どうしたのよ、凛ちゃん? もう昼休みも終わっちゃうよ?」


 凛子は桃香を屋上まで引っ張って来ていた。桃香の言うとおりだ。桃香が刹那と話し込んだこともあり、五時限目の開始までもう五分もない。


「ねぇ、桃香……。もう、あんな変態に構うのはやめなよ。それも、あんな体の安売りみたいな誘惑して。桃香は本当に絶世の美少女なんだからね。もっと自分を大切にしてよ。いくらあいつがロリコンでも、そのうち本当に襲われちゃうよ」


 凛子が真剣な顔をして言う。


「凛ちゃんが心配してくれるのは嬉しいんだけど……。でも、本当に、凛ちゃんは私を心配してるだけ? 本当は、まだ刹那君のこと……」


 桃香が言い終わらないうちに、凛子が激しく顔を横に振った。


「ないない、そんなこと、絶対にない!」


 しかし、凛子の顔は真っ赤になっており、客観的に見ても、照れ隠しにしか見えない。


「別に、責めてる訳じゃないんだよ? でも、私と刹那君を付き合わせたくないからって、刹那君を悪く言うのは嫌だなって……」


「待って、本当に違うの! 桃香に誤解されるのは嫌だから正直に言うわ。確かに、刹那のこと、好きか嫌いかで言えば、今でも結構好きだよ。でもね、今私が本気で好きなのは……その、実は……桃香、あなたなの」


「え、え、えぇぇぇぇっ!?」


 突然の告白に、流石の桃香も飛び上がらんばかりに驚いている。


「ごめんね、女にこんなこと言われても、気持ち悪いよね? 私も、まさか自分が女の子を好きになるなんて、思ってもみなかったから。刹那もそうだけど、桃香に会うまでは普通に男の子を好きになっていたし」


「つ、つまり、凛ちゃんは、バイセクシャルってこと?」


「多分、そうなんだと思う。別に、男女どちらとも、ちゃんと付き合ったことがあるわけじゃないから、えっと、そのキスとか、もちろんそれ以上のこととかも全然したことがないし、よくわからないんだけど……」


 凛子は、常のさばさばした様子と異なり、恥ずかしそうにもじもじして、声も消え入るようだ。そんな凛子を見て、桃香も少し落ち着いたようだ。


「そか、打ち明けてくれて、ありがと。ちょっと安心した。ごめんね、凛ちゃんが、刹那君を欲しくて遠回しに妨害してるのかなって、疑っちゃった」


「そう見えるよね、普通は。でも、残念、欲しいのは桃香でした! って感じだよ」


 凛子が冗談めかして言う。


「あはは、それはそれでなんか、嬉しいような困るような」


「少しでも嬉しいと感じてくれたなら、それでいいよ。わたしが勝手に好きなだけだしね。恋人として付き合いたいとかそんなこと考えているわけでもないし。今まで通り仲良くしてくれたら嬉しいな」


「うん……。女の子と付き合うなんて、ちょっと考えられないけど、好きって言って貰えるのは嬉しいし、これからも仲良くしてね」


「もちろん! ごめんね、変な話に付き合わせて。さ、教室戻ろ! 授業始まっちゃう」


 鳴り始めたチャイムに、二人は、大慌てで階段を駆け降りた。


***


 刹那たちが午後最後の授業を受けているとき、校門の辺りをうろつく不審な小学生がいた。桃香の妹、李香である。校内を見回っていた深山美冬がそれを見付けた。


「あら、可愛いお嬢ちゃん、こんなところで何をしているの?」


 甘ったるい猫なで声で、美冬ちゃんが李香に話しかける。


「お姉ちゃんを待っています」


 美冬が先生であることが分かったのだろう、緊張した様子ながら、しっかりと丁寧語で李香が答える。


「あなたは確か、霞桃香さんの妹さんよね?」


「はい! お姉ちゃんを知っているんですか?」


「もちろん。私は桃香さんのクラブの先生だから」


 それを聞いて、李香は安心したようだ。


「あ、じゃあ、昨日お姉ちゃんと一緒にいた男の人を知りませんか? こんな目の」


 言って、李香が両手で自分の目を釣り上げて見せた。美冬ちゃんがほくそ笑む。


「もちろん、知っているわ。セツナ君ね」


 美冬ちゃんは、李香に覚えやすいように、名前だけを明瞭に発音した。


「せつな、君……そうそう、たしか、そんな名前でした」


 李香が小声で復唱する。


「そう言えば、今日のセツナ君、悩んでいたなぁ。昨日会った女の子のことを好きになっちゃったのに、そのお姉さんが邪魔するんだって。先生には、その子が誰か分からないんだけど」


「え、え、好きって、きゃあ」


 李香が顔を真っ赤にして手足をばたばたさせる。


「李香ちゃんも、好きな人が出来てたら積極的にいかないとだめよ。フラれたわけでもないのに、自分から誰かに遠慮して好きな人を諦めたら、その好きな人を取られちゃうだけじゃなくて、譲った相手との関係も、壊れちゃうからね」


 なぜ名前を知っているのか、李香は特に疑問に思わなかった。それどころか、姉の高校の教師というだけで李香は美冬ちゃんの言うことを全面的に信頼してしまっていた。


「遠慮せず、積極的にいかないと、だめ……」


「そうよ。もしフラれるにしても、ちゃんと告白してフラれるのと、告白もできずに諦めるのとでは、後悔も違うからね」


 李香は頷きながら、美冬ちゃんの言葉を何度も繰り返し呟いている。美冬ちゃんは、それを見て更にほくそ笑む。


「授業はまだ終わらないし、良かったら部室で待つ? お姉ちゃんも刹那君も、授業が終わったらそこに来るわ」


「はい、ありがとうございます!」


 美冬ちゃんの笑顔を純粋に好意と受け取って、李香は元気よく返事をした。

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