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刹那君はロリコンです。  作者: かわせみ
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ロリコンvs幼児体型✕✕娘

 そして、放課後。言われた通り刹那は、一人で文学研究会の部室に入った。


「よく来たね」


 いきなり声をかけられ、刹那の心臓が跳ね上がった。人の気配はないと思っていたのだ。よく見ると、机に積まれた本で見えにくくなったところに、優希がいた。完全に隠れているわけではないため、気付いてもおかしくなかったはずだが、優希の存在感の希薄さは、かなりのものだった。


「深山先生は?」


「来ないよ」


「えっ? 先生の呼び出しなんじゃ……」


「そうよ。深山先生に頼まれたの。久遠刹那を、潰しなさい、って」


 そう言って、優希が立ち上がる。刹那は咄嗟に身構えた。昔から、目つきの悪さのせいで体格の大きい上級生に喧嘩を売られてきた刹那は、それに対抗するために幼い頃から武術を嗜んでいる。凛子と同じ空手教室に通っていたこともあるが、寸止めが苦手ですぐやめてしまった。それでも、基本的な技の練度は既に相当なものであるし、加えて、実戦慣れしている。相手が誰であれ、そう簡単には「潰」されない自信があるのだが……


「そんなに身構えなくても大丈夫。別に、君を物理的に潰そうとしてるわけじゃない」


 そう言って、優希はゆっくりした足取りで刹那の側を通り過ぎ、ドアの鍵をかけた。


「邪魔が入らないように、ね」


 怪訝な顔をする刹那に、優希が妖しく瞳を光らせて言う。そして、優美な動きでおもむろに刹那に近付いた。優希の身長は、150cmに少し足りないくらいか。中肉中背の刹那よりも、頭一つ分以上低い。優希は、おでこをペタっと刹那の胸板につけた。


「せ、先輩!? 一体、何を……」


 予想外の行動に、刹那が狼狽える。


「キミは、ロリコンなんでしょ? 私みたいな幼児体型、好きじゃない?」


 優希が、刹那を抱きしめんばかりに密着し、上目遣いで刹那を見詰める。細い肩、細い腰、確かに、体型だけで言えば中学生女子よりも小さいくらいで、もっと言えば刹那が理想とする十二歳の平均程度の体型だ。顔立ちも、幼くこそないものの、どこからどう見てもかなりの美少女である。


「確かに、先輩の体型は限りなく『ニンフェット』に近いかもな。だが、それでも、俺は15歳以上に興味は持てないよ」


 刹那ははっきりと拒絶したが、優希はくすりと、楽しそうに笑った。


「その虚勢が、どこまで持つかな?」


 優希が急な動きで刹那に抱きつく。バランスを崩した刹那は、尻もちをついて優希に押し倒される形になった。実は、巧みに足払いをかけられたのだが、焦る刹那はそれに気づけなかった。


「ふふ、すごい、どきどきいってる」


 優希が刹那の胸に手を当てて言う。


「や、やめてくれよ、先輩」


 刹那の嘆願を、優希は無視した。

「ねえ、キス、したくない?」


 刹那に馬乗りになった優希が、自分のおでこを刹那のおでこにあてる。目と目、鼻と鼻が異常接近し、優希の甘い吐息が、刹那の鼻腔をくすぐる。


「お、俺は、15歳以上の女性になんて、興味はない!」


 そうは言っても、少し顔を前にやればその可憐な唇を奪うことができるというこのシチュエーションは、まったく女性慣れしていない健康な男子である刹那にとっては抗い難いものであった。


「キミの体は、そうは言ってないよ?」


 おそらく、馬乗りになったお尻の辺りに、刹那の硬くなったものが当たっているのだろう。優希が意地悪な口調で言う。


「と、とにかく、止めてくれ!」


 理性を総動員して、刹那は優希を突き飛ばし、立ち上がった。


「頑固なロリコンなんだね。でも、私に欲情したという事実は消せない。つまり、君は、自分でアピールしているほどにはロリコンじゃない。自分はロリコンであると、自分に言い聞かせているだけ。ロリコンを言い訳に、現実の恋愛や女性から逃げている。違う?」


「そ、それは……」


 優希の指摘に、刹那が口ごもる。


「でも、ロリコンなんて、幻想。本能として子孫を残したいから、残しやすい相手に欲情する、なんていうのも、幻想。大体、子孫を残すことがそんなに大事なら、自分の子供を虐待したり、死なせたりする親がこんなにいるはずないもの。人間は、単に性欲を満足させたいだけ。そして、性欲を刺激されさえすれば、相手が何であれ欲情してしまう……それが、人間」


 優希の言葉には、諦めにも似た悲哀が感じられたが、刹那はそこまで達観はできなかった。


「さすがに何に対しても欲情する、なんていうのはちょっと暴論じゃないかな。先輩は幼児体型だし、ニンフェットの面影を残しているから、ロリコンの俺が先輩に反応しても別にそれほど不思議じゃないだろ」


「そうかな? キミは私をニンフェットと認めてくれるんだ?」


 どこか嘲るような優希の眼差し。発言の意味するところを掴みかねて、刹那は一瞬、怪訝な顔をした。優希が妖しげに微笑む。


「……私、男の娘なんだけど」


「えぇっ!? う、嘘だろ……」


 突然のカミングアウトに、刹那は信じられない思いで、上から下まで優希を凝視した。どこをどう見ても、小柄で華奢な美少女だった。


「ぎりぎり思い止まれて、よかったね。欲望に流されて私にキスしたり、それ以上のことをしようとしてしまった男の中には、私が男だと知ったトラウマで性的不能インポテンツになってしまった人もいるし」


 優希が楽しそうに笑う。楽しそうだが、凍り付いているかのような冷たい笑いだ。


「な、なんでそんなこと、するんだよ?」


 ごくノーマルな男である刹那にとって、男同士の行為というのは深い嫌悪感の対象である。しかしそれ以前に、好きでもない相手を誘惑して、キスや「それ以上」を許すという行為が刹那には理解できなかった。


「『ホモ』は、気持ち悪いでしょ?」


 優希の口調は、今までになく優しい。刹那には、その優しさが不気味だった。


「そういう人がいるのは知っているし、世界的に、性の多様性を認める風潮があるのも、それを認めるべきであることも知っている。そういう人達を否定するつもりも、差別するつもりもないが、俺は女の子以外と恋愛関係も肉体関係も持ちたくない」


 慎重に言葉を選んで、刹那が答える。


「模範回答をありがとう。でも本音では、気持ち悪いんでしょ? 別に、隠す必要はないわ。私は、自分の両親にすら、『気持ち悪い』、『お前なんて産まなければよかった』って、罵られて生きてきたんだから」


 優希が自虐的に笑う。可哀想だ、とは、刹那は思わなかった。その瞳には、半端な憐憫を拒絶する強さがあったからだ。優希への同情心を捨てて、刹那は戦う覚悟を決めた。


「そうだな。先輩のような人種を、正直なところ俺は理解できないし、忌々しさすら覚えているよ」


 刹那が吐き捨てるように言う。優希が胸を突かれたように目を見開いた。同情を示されこそすれ、ここまで強い言葉で否定されるとは思ってもみなかったのだろう。何も言えない優希に、刹那が言葉を続ける。


「うんざりしてるんだよ。LGBTを差別するのは止めましょう、という世論には。別に、先輩たちが悪いわけじゃない。先輩たちは、寧ろ犠牲者なんだと思うしな。俺が憎むのは、性の多様性を声高に叫びながら、ロリコンというごく普通の性的嗜好の持ち主すべてをまるで凶悪犯罪者のように迫害する連中だ。俺を『潰す』ことを請け負ったのは、先輩だって、ロリコンは気持ち悪いと思っているからだろ?」


「そ、それは違う! 私は、単に生殖本能のままに、なんのストレスもなく生きながら、私達マイノリティを差別する世の中が憎いだけ!」


 急に「被害者」から「加害者」にされそうになって、優希が必死で否定する。


「確かに、LGBTは長く差別されて来たんだろうな。でも、今や流れは完全に変わった。世界有数のIT企業のトップがゲイをカミングアウトして、自分たちの取引相手は性の多様性を尊重すべきだと取引先にLGBT用のトイレの設置を求めるような世の中だ。もはや、SNSでゲイ批判をしようものなら炎上必至だし、テレビをつければオカマやオネェを見ない日はないくらいだ。先輩は、これ以上他に何を望んでいるんだ?」


「でも、私は、同性愛者であることを理由に親にも虐待されたのよ!?」


 優希の叫びに、刹那は首を横に振った。


「どんな理由があっても、親が子を虐待するのは許されないと思うが、俺に言わせれば、先輩は甘い」


「あ、甘い?」


「ああ。いくら性同一性の問題だとは言え、同性愛には性的嗜好としての側面があることは否定できないだろ? 性的嗜好なんて、他人にオープンにするようなことじゃない。 親であっても理解できるはずもないし、理解してもらっても仕方がない。素知らぬ顔で隠し通せば良かったんだ。俺だって、自分は真正のロリコンだ、なんて、わざわざ親に話したりはしない。話せば泣かれるのが分かりきっているからな」


「でも、いつまでも隠し通せるわけがないでしょ!? そのうち、彼女はまだか、結婚はまだか、子供はまだかって、急かされるに決まってるんだし!」


「この晩婚化、非婚化のご時世に、そんな催促無視したって問題ないだろ。どうせそのうち、日本でも同性同士、正式に結婚できるようになるだろうし、実際に結婚する時まで黙っていれば良かったんだ。それに、先輩が結婚するころには、男同士でも子供ができるようになっているよ」


「えっ? 何言ってるの? 無理でしょ、そんなの……」


 優希が驚きの声を上げる。


「理論的には可能らしいぞ。男同士なら、皮膚細胞から卵子も精子も作れるそうだ。女同士では無理らしいけど」


「ほ、ほんとに!?」


「ああ。これだけ、LGBTが市民権を得ているんだ、理論的に可能ならそういう技術は近い内に実現するだろうさ」


「私は、同性愛というのは、動物的な生殖本能から切り離されているが故に、真に人間的な愛のカタチだと思っていたんだけど……。そうか、子供を持てるかも知れないのか」


 刹那の言葉に、優希が憑き物が落ちたかのような素直な表情を見せた。


「別に、今更同性愛なんて特別なものでもなんでもないだろ。人間だけでなく、他の動物にだって、一定の割合で同性愛の個体は生じるらしい。つまりそれは、人間に限らず動物一般的に見て、種としての健全かつ自然な形だということだ」


「……そうだね。ありがとう……」


 優希が優しく微笑む。これまでのどこか暗い笑いではなく、心からの笑みに見える。しかし、刹那の顔は未だ険しく、ほとんど悪鬼のように優希を睨みつけていた。


「これで分かっただろ? 今、真に理解が必要とされているのは、先輩たちLGBTではなく、俺のようなロリコンなんだ。同性愛については、既に単なる性的嗜好の問題ではなく、性差の問題に置き換えられている。つまり、それを理由とする差別は、男女差別と同じ性差別として扱われる。その上、例えば近年の欧米の性分類は、LGBTだけでは飽き足らず、LGBTQQIAAPみたいな感じでどんどん増え続けているようだし、タイでも、ゲイやレズだけでなくゲイキング、ゲイクイーンなど18種類もの性別があるらしい。要するに、自分の性別が典型的な男や女に該当しないことで悩んだり、差別されたりする時代は世界的に見ればほぼ終わっているんだ。それに引き換え、ロリコンは、少なくとも先進国では、単純に異常な性的嗜好として完全に否定されている。大手の世界的呟き系SNSに至っては、児童を性的対象とするような投稿は、妄想であっても禁止している。妄想すら禁止とか、おかしいとは思わないか? 俺たちロリコンに思想の自由は、表現の自由は、人権はないのか!?」


 ヒートアップした刹那が優希に迫る。その異様な迫力に、優希はじわじわと後ずさった。


「それは……」


 かつての優希なら、ロリコンの人権など理解する気もなく、即答で否定しただろう。しかし、自分に理解を示してくれた刹那の性的嗜好を問答無用で否定することは、優希には躊躇われるようだ。優希は言葉を濁し、射殺さんばかりの刹那の視線から逃れようと顔を背けた。今まで盲目的に信じてきたものが崩れてきて、もはや自分でも何が正しいのか、何を信じればいいのかわからない、そんな感じだ。


「ごめん、帰る」


 逃げるように、優希がドアに向かおうとする。刹那は咄嗟に壁に手を突いて優希の行く手を阻んだ。いわゆる壁ドン状態だ。甘いマスクのイケメンがするなら絵になるが、目つきの悪い刹那がすると、不良がカツアゲしているようにしか見えない。


「待ってくれ。まだ聞きたいことがある。深山先生は、なぜ俺を潰そうとしたんだ?」


「ごめんなさい。もうあなたを潰したりする気はないけど、それでも、あの人を裏切ることはできないから……」


 男とは言え、見た目は完全に美少女だ。怯えたように震える優希に、それ以上無理に追及するのは躊躇われたが、それでも刹那は問わずにはいられなかった。


「どうしてそんなに深山先生に義理立てするんだよ。どう考えたって、好きでもない相手に色仕掛けさせられるとか、おかしいだろ?」


「それは……。深山先生は私の、恩人だから……」


「恩人? 恩師じゃなくて?」


「ただ先生ってだけじゃない。私がこんな風に女子の制服で通学できているのも、私が男だっていう話が校内に広まっていないのも、全部深山先生のお陰」

 刹那が腑に落ちた、というように手を叩いた。刹那も、学園に男の娘が女装して通っているなどというキャッチーな事実を、これまで全く聞いたことがなかったことに違和感を感じてはいたのだ。


「なるほど、そういうことだったのか。確かに、深山先生は生活主任だもんな。服装違反の見逃しはお手のものか」


 刹那の言葉に、しかし優希は首を横に振った。


「それだけじゃない。深山先生は、私が男だと知っている人たちに圧力をかけて、口封じをしてくれているの」


「口封じ!? いくら恐怖の生活主任教諭でも、それはかなり難しいだろ……。って、ひょっとして、まさかお前たち、本当にNHKの……」


「そこまでよ」


 刹那が疑念を口にしようとしたその時、不意に部室のドアが開いた。入ってきたのは、美冬ちゃんだった。


「深山先生……」


 刹那と優希の声がハモる。


「思った以上に役に立たなかったわね、優希。こんなロリコン野郎に、いいように論破されるなんて」


「も、申し訳、ございません」


 高圧的な美冬ちゃんに、優希が低頭する。その様子は、教師と生徒と言うよりは主従関係のようだ。


「まあいいわ。優希の幼児体型なら、ロリコンを落とすのは容易いかとも思ったけど、キミが予想外に生粋の変態だったということね」


「生粋の変態で悪かったな。何故、こんな真似をした?」


 刹那が鋭い目つきで問い質す。


「こんな真似? 何のことかしら? 私が顧問を務めるクラブに所属する先輩と後輩の間で何やら『交流』があったようだけれど、『不適切な行為』が行われたのでもない限り、別に関与しないわ。それとも、何か『不適切な行為』があったのかしら?」


 刹那の悪逆非道な視線を、美冬ちゃんが嘲るような笑顔で受け止める。先程の様子からすれば、優希に美冬ちゃんの意向に背く証言は期待できそうにない。また、仮に刹那が、美冬ちゃんの指示を受けた優希に色仕掛けで迫られたと他の教師に訴えたとしても、妄想乙、としか思われないだろう。


「今日のことは別にいい。だが、これ以上俺に関わらないでくれ」


 不機嫌を絵に書いたような仏頂面で言うと、刹那は部室を出ていった。


「やれやれ、次の手を考える必要があるわね」


 項垂れる優希を侮蔑するように見下しながら、美冬ちゃんが呟いた。

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