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刹那君はロリコンです。  作者: かわせみ
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永遠のニンフェットは実在しうるか

「ねぇねぇ、刹那くん。刹那くんってば!」


「今度はなんなんだ、霞さん。いい加減、静かにして貰えないかな?」


 翌日の昼休み、昼食後の貴重な残り時間の昼寝を邪魔され、多少の苛立ちを覚えながら、刹那が桃香に視線を向ける。


「だって、付き纏ったら罵って貰えるって分かっちゃったんだもん」


 ただ目が合っただけで赤子も泣き出すほどの邪悪な眼差しを向けられて、桃香が嬉しそうにもじもじする。こんな反応をされては逆にキツい言葉を言う気にもなれず、刹那は溜息をついて再び机に突っ伏した。それを無視して桃香が話し続ける。


「それにしても、刹那くん、もし刹那くんにニンフェットな彼女ができたとして、だよ? そのニンフェットは、ほんの数年でニンフェットじゃなくなっちゃうんですよね? そしたら、刹那君はすぐにその女の子と別れて、また新しいニンフェットを探すんですか? ずっと、それを繰り返し続けるんですか?」


 ロリコンの本質を抉る桃香の問いに、刹那はとうとう寝るのを諦めて顔を上げた。


「確かに、それはロリコンが直面する最も困難な問題だ。俺も最近までは、ロリコンとファム・ファタル、つまり、生涯ただ一人の運命の女性との出会いは、破滅的な悲恋という結末以外では両立しないのではないかと悩んでいたからな」


「小説の『ロリータ』では、どうなるんですか?」


「『ロリータ』では、主人公のハンバート・ハンバートは年を取ったロリータの、ニンフェットの面影に殉じたな。彼は成長してしまったロリータを残念に思いながらも、彼からロリータを奪った男を殺して裁判にかけられる」


「その人は、ニンフェットでなくなっても、ロリータを愛したんですね! やっぱりロリコンよりも愛が勝つんだ!」


 桃香が嬉しそうに言う。だが、刹那は首を横に振った。


「それじゃだめだろ。破滅的な悲恋の典型だ。ハッピーエンドを目指すなら、加齢の残酷さの問題は未解決のままだと思うよ」


「未解決って、解決できるようなものじゃないですよね? 12歳の女の子だって、みんないつかは15歳になっちゃうんですから……」


「そうだな。昔は俺もそう思っていたよ。苦い経験だ。しかし今は、必ずしもそうとは限らない、と考えている」


「どういうことですか?」


 桃香が驚いたように目を見開く。


「可能性はいくつかある。例えば、12歳で呪われた血に目覚め、時が止まってしまった美少女吸血姫に出会うとか」


「そんなオカルト、ありえません!」

 

 桃香が即座に否定する。


「なら、きらきら星(トゥインクルスター)から人類に愛を教えるために地球にやって来た高等生命体が、実は15歳まで年をとったら12歳まで若返るというサイクルを永遠に繰り返す可能性」


「それは一体全体どこのスペースオペラですか!? そんな、微妙にSFチックにしてもダメです!」


 元ネタをわかって貰えて、刹那がニヤリと笑う。人をぞっとさせる邪悪な笑みだ。


「じゃあ、こういうのはどうだ? 近い将来、AI、つまり、人工知能の発達に伴ってAIにも自我が芽生える。そうなると、AIにも人権が発生し、人間とAIとの恋愛や結婚が認められる日が来る。AIは年を取らないから、永遠に12歳なAI美少女との間でAI(あい)を育むことができるようになる」


「それ、なんてギャルゲですか? AIとの擬似恋愛なんて、ギャルゲと変わりませんよね」


 さすがに呆れて、桃香がジト目で刹那をにらむ。


「ギャルゲって……霞さん、ひょっとして結構オタク?」


「はい。専門は乙女ゲーですが……。そう言えば、ギャルゲって名称は不思議ですよね。男子向けのゲームなんですから、乙女ゲーとの対比からも、漢ゲーとでも呼ぶべきではないでしょうか?」


 桃香の提案に、何か嫌なものを想像してしまい、刹那が激しく頭を振った。


「いや、そんな名称は断じてごめんこうむる。でもまあ、確かに、ギャルゲと同じでは芸がないな。なら、一歩踏み込もう。近い将来、人間自体のデジタル化、つまり、生体情報のすべてを電子データとしてサーバに保存することで、永遠に近い生命を得ようとする行為が一般化する。人間が、自分の望む年齢でデジタル化できるなら、14歳でデジタル化した永遠のニンフェットと恋愛が可能だ」


「人間が肉体を捨てて、AIみたいにコンピュータ上のデータとして存在するっていうことですか?」


「ああ、そうだ。既に、デジタルツイン、つまり、デジタル化された双子といって、特定個人の生体情報をコンピュータ上に再現して、そこでどのような薬が効果的かといった医療行為のシミュレーションを、人体への実際の医療行為に先立って行う動きがあったりするんだ」


「そんなことができるんですか!?」


 桃香が驚きの目で刹那を見る。


「ああ。そうした技術がもう少し進歩すれば、人間のデジタル化も夢じゃない。デジタル化できるようになれば、肉体の劣化も避けられるし、人間が生老病死の苦悩から解放される日も近いかもな」


「何だか、途方もない話ですね。でも、体がなくても、心が14歳なだけでいいのなら、私の心は、刹那くんのために、永遠に14歳のままでいますよ?」


 桃香が照れたような可愛い仕草で申し出たが、刹那は首を横に振った。


「デジタル化は、別に体を捨てるわけじゃない。肉体の情報も全てデジタル化されるんだ。そして、デジタル体同士なら、存在の次元が同じだから、生身の肉体同士のように互いに知覚することが可能なはずだ。少なくとも、俺はそう信じている。だから、たとえ心が14歳のままだったとしても、体が14歳以下じゃないといやだ」


「結局、14歳以下の体が好きなだけなんですか!?」


 桃香が抗議するようにぶんぶんと腕を振り回す。


「まぁ、もともとニンフェットの魅力は、成熟した大人の男性を惑わすような性的な魅力だと言われているからな」


 悪びれた風もなく、刹那が言う。


「まったく、黙って聞いていれば痛い妄想垂れ流して、聞くに耐えないわ。大体、成熟した大人の男でもなんでもない、中二病患者のあんたに、ニンフェットを語る資格なんてないんじゃないの?」


 側で二人の会話を聞いていた凛子が、我慢しきれなくなったらしく口を挟んだ。


「確かに、それはそうだな。俺が今まで心を奪われるようなニンフェットに出会ったことがないと思っているのは、単に俺が未熟で、ニンフェットに出会っていてもその魅力に気付けていないのかもな」


 刹那が素直に認める。


「そもそも、9歳から14歳の少女にしか欲情できないような男が成熟した大人なわけがないでしょ? ただの犯罪者予備軍じゃない!」


「犯罪、か。犯罪とは、構成要件に該当する違法かつ有責な行為を言う。構成要件は、違法行為、有責行為を類型化したもので、刑法典がこれにあたるが、その時代、その地域の『社会通念』が反映される」


「な、何わけわかんないこと言ってるのよ!?」


 刹那が口にしたのは、刑法学の初歩的な知識だが、凛子にも桃香にも、まったく理解できなかったようだ。


「要するに、『社会通念』、つまり、社会的な常識に基づいて制定された刑法典に違反する行為が『犯罪』というわけだ。『常識』なんて、時代によっても、置かれている立場によっても、いくらでも変わる。法を作る奴らの『常識』がどんなにおかしくても、そいつらが作った法に違反すれば犯罪だ」


「悪法もまた法なり、というやつですね」


 桃香がソクラテスの言葉を用いて理解を示す。刹那が頷いた。


「さて、日本の刑法では、13歳未満との性行為は、本人の同意があっても強姦罪……近年の法改正で強制性交等罪と名称が変わったが……が成立する」


「ごくまっとうな法律ね」


 凛子が力強く頷く。


「どこがだ。NHKの陰謀とも思える忌々しい悪法だが、それでも法律の上では、13歳、14歳のニンフェットであれば、合法的に和姦が可能だ」

「ちょっと待ってよ、刑法はともかく、児童福祉法や淫行条例を忘れてない?」


 凛子が突っ込む。


「よく知っているな。ロリコンが悪だと言いたいがために調べたんだとしたら、深刻なまでに洗脳されていると言わざるを得ないが」


「だから洗脳なんてされてないって言ってるでしょ!」


「まあいい。児童福祉法や淫行条例についても、『真摯な交際関係』があれば処罰されないだろ。ロリコンに残された最後の聖域だ。何をもって『真摯な交際関係』というかは曖昧だし、恣意的な解釈の余地も多分にあるとは思うが」


「成熟した大人とやらが『児童』に欲情して『真摯な交際関係』も何もないでしょ!」


 凛子が、舌鋒鋭く切り捨てるが、刹那は動じなかった。


「『児童』は18歳未満なんだぞ? 2022年に女子の結婚可能年齢が18歳まで引き上げられるが、今はまだ、女子であれば16で結婚できるというのに、それに欲情して何が悪いんだ? 生物的且つ自然な欲望を無視して法を作るから歪みが生じているんだ。俺たちは、児童保護の名の下に、性に対する自己決定権を、自由を、抑制されているんだぞ。それになぜ気づかない!?」


 刹那が声を荒らげる。


「確かに、恋愛とえっちなことは不可分な関係ですし、法令は私たちの恋愛の自由を規制しているようにも見えますね」


 桃香が、えっち、という言葉のところだけ恥ずかしそうに詰まりながらも、刹那の言葉に理解を示した。


「その通りだ。情欲を伴う恋愛という人間にとって極めて自然な感情を規制されているというのに、ロリコンを悪と決めつける連中はそれに唯々諾々と従っているのさ。大体、16から18歳なんて生物的な出産適齢期のど真ん中で、性的欲望の対象としても一番自然だ。それなのに、女子高生(JK)好きだとバレればロリコンとして社会的に抹殺されてしまうあたり、狂気の沙汰だと思わないか? そんなことを主張している連中は、本気で少子化を推進したいとしか思えないね」


「百歩譲って『児童』の定義が広すぎることを認めるとしても、結婚可能年齢にも出産適齢にも満たない14歳以下が好きなあんたは正当化されないわよ?」


 吐き捨てるように言う刹那に、凛子が軽蔑の眼差しを向ける。


「別に、正当化してもらう必要もないさ。そもそも、『児童』の定義だけでなく、ロリコンの定義が広がっていることがおかしいと、俺は考えているんだ。ナボコフの『ロリータ』では、『ニンフェット』は9歳から14歳の少女と明確に定義されている。実際、主人公のハンバート・ハンバートがヒロインのロリータに出会うのは、彼女が12の時だ。それなのに、最近ではJC好きのみならず、JK好きでもロリコン扱いだ。正直、そんな動物的本能だけに従っているようなJK好きと同じに見られるなんて屈辱なんだがな。ロリコンは、少女が女性へと変貌していく過程において、ごく短期間だけ現れる、妖精の如き美しさを信奉する、美の探求者なんだから」


 刹那の自己陶酔的、原理主義的なロリコン論に、凛子だけでなく桃香もドン引きな様子で、何も言えなかったのだが……。


「そろそろくだらない話は終わった?」


 不意に、聞き覚えのない声がした。見ると、いつの間にやら、桃香、凛子と一緒になって刹那の席を取り囲むように、見知らぬ生徒が立っている。青いリボンのセーラ服、二年生の、響優希であった。


「い、いつの間に!?」


 気付かないうちに隣に立たれていた凛子が声を上げる。


「別に、話の最初からいたけど?」


 抑揚のない冷たい声で、優希が淡々という。


「先輩、ですか?」


 優希のセーラ服を見て、桃香が確認する。


「見てわかること、聞かないで」


 優希の態度に、言われた桃香よりも刹那の方がむっとしたようだ。


「そもそも、わざわざ下級生の教室に来てそのくだらない話に聞き耳を立てるあなたは誰なんですか、先輩」


 刹那が負けじとぶっきらぼうに尋ねる。


「私は二年の響優希。文学研究会所属」


「えっ、部員は俺たちしかいないんじゃ……」


 昨日の美冬ちゃんとのやり取りを思い出して刹那が言う。


「昨日のことを言っているのなら、わたしもあの時、あなたたちが見ていたとおり(・・・・・・・)ちゃんと部室にいた。あなた達が気付かなかっただけ」


 昨日の会話を持ち出されては信じざるを得ない。刹那は反論を諦めた。


「それで、その先輩がなんの要件で?」


「放課後、部室に来て」


「え、私は、ちょっと用事が……」


 桃香が言うと、優希は首を横に振った。


「自意識過剰ね。別にあなたに用はない。用があるのは、久遠刹那だけ」


 キツい言葉に、桃香の顔が赤く染まる。


「今日は木曜。水曜以外は部活は自由参加なんだろ? 嫌だと言ったら?」


 優希の言いように不快感を覚え、刹那が優希を軽く睨む。それでも傍目には、親の仇でも見るような激しい眼つきに見える。


「別に。深山先生にそう言うだけ」


「先生からの要請なんだな?」


「ええ」


「……わかった。行くよ」


 釈然としないものの、教師からの呼び出しを理由なく無視するほどには刹那は問題児ではなかった。その答えを聞いて、優希は何も言わずに刹那たちの教室から出ていった。


「なに、あの態度。すごい美人なのに、嫌な感じの先輩だったね」


 凛子が桃香に同意を求める。


「うん……。後もう少し、目つきが人を嘲るようなら刹那くんといい勝負なのに、惜しいよね」


 桃香の、ピントのずれた感想に、刹那が肩を落とした。


「俺はあれ以下かよ……」

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