ロリコン野郎とロリ顔巨乳JK
「んで、どうだったのさ? 昨日、したんでしょ? 告白」
昼休み、屋上の給水塔の影でお弁当を広げながら、棗 凛子が尋ねた。桃香は朝から、常の明るさからは信じられない暗い表情で、溜め息ばかり吐いていた。答えは容易に予想がつくはずだが、愚痴る切っ掛けを作ってやるつもりなのだろう。
「興味ない、って言われた。刹那君、ロリコンだからって」
「はぁ、やっぱりね。だからあんな変態やめとけ、って言ったのよ」
「凛ちゃん、知ってたの?」
「そりゃ、ね。一応、付き合い長いから」
凛子と刹那は、保育園から小中高と、かれこれ十五年近くにもなる腐れ縁だった。住んでいるマンションも同じだ。更にそれだけでなく、凛子と刹那にはただの幼馴染以上の「因縁」があるのだが、入学以来何故か刹那にぞっこんの、この新しい友人に、そのことを話す機会、或いは勇気が凛子にはなかった。
「ロリコンって、よくわからないんだけど……。小さい子が好きってことだよね?」
桃香の問いに凛子が軽く溜息をつく。
「諸説あるみたいだけど、あの変態は『原義』とやらにこだわっているみたいだから、正確には九才から十四才の女の子が対象ね」
「きゅ、九才!? そんな小さい子が好きなんですか!?」
「まぁ、あいつは、自分は幼児愛者ではないって言い張ってるから、十二才未満は対象から外れるみたいよ。だから、十二才から十四才があいつのストライクゾーンね」
「た、確かに、十五歳以上に興味はないって言っていましたが、ちょっと許容範囲が狭すぎじゃないですか? あと一年くらい、幅を持たせてくれてもいいのに……」
十一月生まれの桃香は、まだ十五だ。
「寧ろ、あいつが頑固な変態でよかったわ。普通の変態なら、桃香の魅力の前にあっさり宗旨替えして、その美味しそうな『わがままボディー』に襲いかかる可能性だってあったんだから」
「そうなってくれたらよかったのに……」
桃香が心底残念そうに言う。
「だ、だめよ! あんな変態に体を許すなんて! 仮に許容範囲が十五歳になったところで、あの精神異常者は、十六の誕生日にはあなたを振るわよ!」
凛子がすごい剣幕で巻くし立てた、その時だった。
「誰が精神異常者だ。さすがに聞き捨てならんぞ」
とぅ、っと軽い掛け声と共に給水塔から飛び降りてきたのは、誰あろう、久遠刹那本人だった。
「あ、あんた、なんでこんなとこにいるのよ!? 屋上は立ち入り禁止よ!?」
見つかると生活主任教諭(美冬ちゃん)に呼び出しを食らうため、わざわざここで昼食を取ろうとする生徒は少ない。話題が話題だけに、凛子は呼び出し覚悟で人目を避けて屋上に来たのに、よりにもよって本人に聞かれているとは、飛んで火に入る何とやらだ。
「その言葉、そっくりそのまま熨斗でも付けて返してやりたいが、俺はいつもここで飯を食ってるんだよ。ぼっち飯には格好の場所だからな」
どこか威張るように弁当箱を掲げて、刹那が胸を張る。
「それでも、人が来たのに気付いたなら、こそこそ逃げ出すのがぼっちの心意気でしょ! 女子の話を盗み聞きするなんて、悪趣味にも程があるわ。まぁ、あんたの場合は、ロリコンな時点で人間として終わってるけど」
凛子が冷たい声音で刹那に巻くし立てる。桃香はおろおろして何も喋れない。誰にでも優しく、社交的だと思っていた凛子の意外な一面に驚いているようだ。
「人間として終わっている? それはロリコンを悪と決めつるお前らのことだろう。最も出産能力の高い少女への性欲を悪しきものとした結果を見てみろ! 晩婚化、少子化の流れは留まるところを知らず、今や女性の人口の半数以上が50歳以上だ。しかも、後たったの10年足らずで、25歳から39歳の『結婚適齢期』とやらの女性の人口は800万人にまで落ち込むんだぞ?」
「は、800万人もいればいいじゃない」
思いがけない刹那の反論に、凛子は面食らったようだが、とりあえず脊椎反射で言い返す。結果は、火に油、だった。
「2000年には約1300万人いたのが、たった30年で500万人減るんだぞ!? その間の、日本全体の人口減少は1000万人と予測されているのに、だ」
「え、減少する人口の半数がその年代の女性なんですか!?」
刹那の挙げた数字の意味を理解して、桃香が驚きの声を上げる。
「ああ。日本は、歴史的にも類をみないほど急激な少子高齢化社会だからな」
「そ、そんな小難しいこと言ったって、ロリコンは正当化されないわよ!」
「論理的な反論もできずに『ロリコンは悪』とだけ叫ぶ。思考停止だな。洗脳された結果とは言え、哀れなことだ」
刹那が芝居がかった動作で肩を竦める。
「えっ、洗脳、ですか?」
何の脈絡もなく出て来た言葉に、桃香が驚く。
「ああ。今の日本は、ロリコンは憎むべきもの、恥ずべきものだという印象操作に満ちているからな。俺は、日本の国力を削ぐために、意図的組織的に日本人を洗脳している奴らがいると睨んでいる。仮に、その組織のことはNHKとでも呼ぶことにしよう」
「NHK!? あの、ですか?」
「いや、日本を(N)滅ぼす(H)会(K)の略だ。そのNHKとの関係はわからないが、最近の偏向報道を考えれば関連組織であったとしても驚かないよ」
突飛もない刹那の話に、凛子が鼻で笑った。
「人のことを、洗脳されて哀れ、とか言っておいて、その根拠は被害妄想に満ちた荒唐無稽な陰謀論なの!? 痛々しいにも程があるわ!」
「ああ、確かに、洗脳されている奴に洗脳されていることがわかる訳ないもんな。それこそが、洗脳の洗脳たる所以だ」
刹那の凶悪な瞳に、明らかな侮蔑が浮かぶ。自分に向けられたわけではないのに、桃香が身悶えた。
「あの、どうして、陰謀とか、洗脳なんていう話が出てくるんですか? 全然わからないですけど、私は、刹那くんのこと、その、もっと、知りたいです」
嘆願するように、桃香が潤んだ瞳で刹那を見詰める。
「別に、誰かに理解して貰う必要はない。俺は一人でも、NHKとの戦いを戦い抜く。愛と真実のロリコンを貫いてな」
余りにも締まらない決め台詞に、またしても桃香が凍りつく。刹那は桃香に一瞥もくれずに、二人に背を向けて屋上から去っていった。
「聞いたでしょ、あの馬鹿の妄言を。なーにが、NHKよ。まぁ、これに懲りたら、あんな変態のことは忘れなさいよ。あれは、決して近づいてはいけないタイプのサイコパスよ。あんなの相手にしなくても、次から次へと現れる、桃香に告白してきてくれる人たちの中に、いくらでもいい男がいるんだから」
名前を呼ぶのも汚らわしいと、凛子が指示語を駆使して毒づく。
「でも、私、私の顔とか体を見て鼻の下を伸ばすような男の人は嫌なんだもん」
「なんて贅沢な。仕方ないでしょ、そんな男好きする甘ふわロリ顔巨乳なんだから。あーあ、あたしも、鼻の下伸ばして貰えるような爆乳美少女に生まれたかったわ」
「凛ちゃんは美人さんだよ! 胸は、確かに控え目かもだけど……。私なんて胸が大きいだけで顔は子供っぽいし。って、凛ちゃん、いま、私のこと、ロリ顔って言ったよね!? ロリ顔って、ロリコンが好きそうな顔ってこと?」
「正確な意味はわかんないけど、多分そんな意味だよ」
「じゃあ、どうして刹那君は私を好きになってくれないの!?」
桃香の迫力に、凛子は思わず後退った。
「それはさっきあいつが言ったでしょ! 桃香が15歳以上だからよ。あいつは、ロリコンはロリコンでも、原理主義的なロリコンだから、ロリ顔JKを『ロリータ』とは認めたくないんでしょ」
「『ロリータ』って?」
「ロリコン、つまりロリータ・コンプレックスの語源になった小説のヒロインよ。その小説のタイトルでもあるわ」
「凛ちゃん、詳しいんだね。小説とか、あんまり読まなさそうなのに」
確かに凛子はどちらかと言えばスポーツ少女だ。本も読まないわけではないが、せいぜいベストセラーや定番止まりで、自分固有の読書世界を持っているわけでもない。反面、小学生から近くのスポーツジムで水泳と空手の教室に通っている。フルコンタクト空手ではないものの、既に黒帯の腕前で、男子からも「逆らったら殺られる」と恐れられている。
「く、詳しくなんてないわよ! あんな変態小説、少し読んだだけで気持ち悪くなって破り捨てたわ」
「そか、破り捨てたということは、興味もないのにわざわざその本を自分で買って読んだんだね……」
桃香の鋭い指摘に、凛子が、うっ、と言葉を詰まらせる。確かに、図書館で借りた本を破れるわけもなく、凛子は少ないお小遣いをはたいて「ロリータ」を買っていた。
「刹那君のこと、理解するため、だよね?」
桃香が恨めしそうに言う。
「ち、違う! そんなんじゃないわよ!」
凛子は慌てて否定したが、それで桃香が納得してくれるとは、当の凛子ですら思っていなかった。
「そりゃ、凛ちゃんは、刹那君と保育園からの付き合いだもんね。興味がなくても、ごく普通に『ロリータ』くらい読むよね」
桃香の拗ねたような口調に、凛子が諦めの溜息を吐いた。
「悪かったわよ、流石に興味がないのにあんないかがわしい小説読むのは無理があり過ぎるね。いいわ、本当のこと話す。思い出したくもない、私の人生最大の恥部だけど、桃香に疑われたままになるのは嫌だから……」
「本当の、こと?」
「ええ……。私たち、付き合っていたの」
「えええぇっ!?」
衝撃の事実に、桃香の絶叫が屋上に響く。
「静かに! 美冬ちゃんが来るわよ!」
「だ、だって、そんな裏切り、酷いよ! 二人の関係も知らずに恋する乙女してた私を、二人して笑いものにしてたんだね!?」
屈辱を感じているのか、桃香が顔を赤らめて身をよじる。
「いや、そんな嬉しそうな顔で言わないでよ……。薄々感じてはいたけど、桃香って、どM?」
「やぁん、そんなこと、言わないでぇ」
桃香が媚びるような上目遣いで言う。おねだりしてるようにしか見えないが、凛子は無視して続けた。
「とにかく、私の話をちゃんと聞いてよ。『付き合ってる』、じゃなくて、『付き合ってた』。とっくの昔に別れているし、付き合っていたのもごく短時間よ」
「短時間? 普通、短期間って言わない?」
「短時間で合ってるわ。正確には、23時間だもの」
「い、一日持たなかったってこと!?」
「そうよ……。当時は知らなかったけど、あの馬鹿、中三の時に中二病に罹患して、『ロリータ』に傾倒し始めたの。そんで、下級生の女の子に片っ端から告白したんだけど……。あんな目つきでしょ? 尽く逃げ出されて。流石に落ち込んでたから、知らない仲でもなかったし、軽い気持ちで慰めたのよ……」
***
それは、今を遡ること三ヶ月前、刹那達にとって、中学生活最後のバレンタインシーズンのことだった。何とかして「ニンフェット」からチョコを貰いたいと、バレンタインデーの前日まで下級生に声をかけまくった刹那だったが、結果は当然のごとく全滅に終わった。
夕日を睨みつけるようにして放課後の教室で途方に暮れる刹那を見付けた凛子は、冷やかし半分に刹那に声をかけた。
「馬鹿だなぁ、そんな邪悪な形相で下級生に迫ったら、逃げられるに決まってるし」
「悪かったな、邪悪な顔で。はぁ、俺だって、別に好き好んでこんな顔に生まれたわけじゃないし、甘いマスクのイケメンに生まれたかったさ」
溜息をつく顔ですら、怒り狂っているように見えるが、長い付き合いの凛子は、刹那が珍しく落ち込んでいることに気付いた。
「まあ、別にあたしは、あんたを怖いと思ったことはないけどね」
「はは、確かに、昔から俺を怖がらなかったのはお前だけだったな……。って、そういやお前、早生まれじゃなかったっけ? 今幾つだ!?」
「え? まだ、14だけど?」
「うぉぉぉ! 凛子、俺と付き合ってくれ!」
「えぇぇぇ!? あ、あたしと? ほんとにあたしでいいの? ……ま、まぁ、あんたがいいなら、別に、いいけど……」
美人ながらも勝ち気な凛子は、男子の友達は多くても、それまで一度も告白されたことがなかった。好きな男子もおらず、とある理由からこの時期の他の女子たちのガールズトークについていけていなかったこともあり、凛子はバレンタイン前日の男子からの逆告白に、舞い上がってしまったのだ。
その後、用事があるから、と刹那を教室に残して早足で立ち去った凛子は、近くのショッピングモールで手作りチョコのキットを購入した。凛子は、慣れない手付きで夜遅くまで奮闘し、何とか人生初の手作りチョコを完成させて、翌日の放課後、刹那と一緒の帰り道でそれを渡そうとした。
「はい、一応、付き合ってるから、チョコ作ってきたよ。感謝しなさいよね。自分の誕生日にチョコをあげるなんて、初めてなんだから」
そう、2月14日は凛子の誕生日。小さい頃から凛子にとって、「あげる日」ではなく、「貰う日」だったのだ。
「え? 誕生日? ってことは、お前、もう15か?」
「もう、っていうか、やっと、ね。クラスで一番誕生日遅いんだから。ほら、チョコ受け取ってよ。あと、誕生日なんだから、なんかいうことあるでしょ?」
バレンタインと誕生日、ダブルの記念日だが、凛子は気の利かない刹那に多くを期待していたわけではない。ただ、ありがとう、おめでとう、好きだよ、とありきたりの言葉が欲しかっただけだ。それなのに……。
「悪い、お前とは、もう付き合えない」
チョコを受け取ろうともせず、刹那は凛子に背を向けて走り去った。何を言われたか理解できずに立ち尽くす凛子……。
これが、刹那と凛子の、23時間の「お付き合い」だった。
***
「わかった? 自分から付き合って欲しいといってきた癖に、相手の年齢が射程範囲から一日ずれただけで容赦なく振ったのよ!? 乙女の純情を踏みにじったあの変態を、あたしは絶対に許さないわ!」
「そ、そか、さっきの『射程範囲から外れたら捨てられる』っていうのは、実体験を踏まえてたんだね……」
さすがに、桃香の顔にも同情の色が浮かんでいる。
「そうよ。だから、桃香には、あたしと同じ目に遭って欲しくないの。わかったら、あのバカのことは忘れなさいよね」
凛子の言葉に、しかし桃香は首を横に振った。
「確かに、刹那君はおかしいと思います。人はみんな年をとるんだから、そんなことしてたら、誰も愛せないもん。だから、私が、刹那君のロリコンを治してあげます!」
それは、ロリ顔巨乳女子高生、桃香の宣戦布告であった。