友達の輪
ビオネッタ様と仲良くなってから、ビオネッタ様が仲良くしていらっしゃるリカステ様やアザリア様とも、お話できるようになった。私は主に聞き役で、相槌くらいしか話さないのだけれど、みんな「イベリス様と話すのが楽しい」と言ってくれるのだ。
お友達ができるだけで、学校に行くのが楽しくなる。トバイアス様のアドバイスに従って一歩踏みだしてみて、本当に良かった。
休憩時間とお友達と話す。
誰かと一緒に実験室やダンスホールへ移動する。
そんな、ほとんどの人が当たり前のようにやっていることを、ようやく私もできるようになったのだ。お父様とお母様も、「最近イベリスは明るくなってきたね」と嬉しそうだ。
男女問わず人気がある社交的なアイリシア様が私を気に入ってくれたことで、さらに輪が広がり、なんとクラスの貴族令息たちとも、少しずつ挨拶や会話ができるようになっている。
「イベリス嬢、おはようございます」
「カナカレデトロス様、ご機嫌よう」
「やはり名前で呼ばれると気持ちがいいものです」
「素敵なお名前ですものね」
「おはようございます、イベリス嬢」
「ご機嫌よう、スピードル様。体術の成績優秀者で表彰されたそうですわね」
「ええ。体を動かすことには自信があるのですよ。聞いていただけますか、つい先日もね…」
ほんの、ほんのたまには、アイリシア様や他のクラスメイトを交えて、クレイト殿下と同じ会話の輪の中に入ることもできるようになった。もっとも、緊張しすぎてろくに相槌すら打てず、本当に聞いているだけ、そこにいるだけなのだけれど。
殿下から名前を呼ばれたこともなく、ましてやこちらから呼びかけることなんて到底できないため、殿下が私のことを認識しているかはいまだ不明なのだが、それでもついこの間までのことを考えれば、飛躍的に距離が近づいている。
それにしても近くで見ても、クレイト殿下は素晴らしい。低くて通る声、真剣に他の人の話を聞くときの視線、考え込む時に顎に手を当てる癖、時々漏らす微笑みや笑い声の全てにときめいてしまう。
「殿下、今日は早退ですか?」
「ああ、午後から王都に新しくできた施設の視察があるんだ。父上の代理で」
「まだ学生なのに、大変ですね」
「父上もお忙しいのでお助けしないとね。卒業まで1年もないのだから、今からできるだけ経験を積んでおきたいし。では失礼するよ」
帰りがけのカナカレデトロス様との会話にも、王族としての責任感が滲み出ていて、尊敬の念が湧く。たまに近くに居させていただくだけ、近くから見ることができるだけでも嬉しい…
でも。
できたらもう少しお近くに。せめて、せめて私の名前を覚えて呼んでいただけたら。
そんな欲が出てきたころ、学校は1ヶ月の夏休みに入った。ビオネッタ様は高山植物の観察へ、絵を描くのが好きなアイリシア様は写生旅行へ、体を動かすのが好きなスピードル様は思う存分筋トレをするらしい。もちろんクレイト王太子殿下は公務が入っているそうだ。
本を読んだり、細々と花の手入れをするくらいしか楽しみがない私は、両親について領地に帰り、散歩をしたり読書をしたり、お母様にお付き合いして刺繍をしたりするくらいだろうか。誇れるほどの個性的な趣味がない自分に少し劣等感を感じつつ、夏休みが始まった。
けれど、今年はいつもの夏休みと少し違う。これまでは夏休みが始まると、学校に行かなくて良いので少しホッとした気持ちになっていたのだ。今年は…お休みが嬉しい気持ちもあるが、実は少し寂しい。
「夏休みに、こんな気持ちになるなんて」
そう呟いて、終業式が終わった学校を後にした。