予期せぬ告白
学校からの帰り道、「図書館へ寄ってちょうだい」と御者へ指示する。こんなに効果があるなんて。誰とも満足に話せなかった私が、アドバイスを実践しただけでいきなりクラスメイトとお出かけだなんて。トバイアス様に話をしなければ気が済まない。
「トバイアス様っ」
「イベリス様?どうされましたか?」
急ぎ足でやってきて大きな声を出す私に、トバイアス様は落ち着くよう促す。
「トバイアス様のお言葉を実践してみたら、信じられないほど効果があって…」
「お役に立てたようで良かったです」
「トバイアス様は魔法使いか何かですか」という私に、トバイアス様は優しく微笑んだ。「その通りです」というトバイアス様の服装に今更気づくと、魔法使いのローブを着ている。先日は普通の服だったのに。
「え…ロ、ローブ!?ト、トバイアス様は本当に魔法が使えるのですか?」
魔法が使えること自体は、珍しくはあるが驚くほどのことではない。ただ、魔法が使える子どもは、貴族であれ平民であれ魔法学校に通うのが原則なので、よもや貴族学校を卒業したトバイアス様が魔法使いだとは思っていなかったのだ。それに、魔法使いはそのほとんどが、魔法学校や、王宮の魔術課や、その出先機関で働いている。図書館で司書だなんて、聞いたことがない。
驚く私に、トバイアス様は、魔法が使えるようになったのは最近だということ、正規の魔法教育を受けていないので使える魔法はごく限られていることなどを説明した。先日ようやく魔法使い台帳への記載が終わり、国からローブが支給されたらしい。
「少々魔法は使えますが、あのアドバイスには魔法は関係ありせんよ」と言うトバイアス様にひとしきり驚いてから、まだちゃんとお礼を言っていなかったことに気づく。
「トバイアス様、本当にありがとうございました。私、頑張れそうです」
「そんなに喜んでいただけて、私も嬉しいです」
「トバイアス様は、何故私にそんなに親切にしてくださるのですか」
トバイアス様が答えずにじっと私を見るので、私は緊張してきた。変なことを言ってしまっただろうか。じわじわと汗が出てくる。
「あっ、あのっ、ええと、そうですね、トバイアス様は誰にでも親切ですわね。私にだけ特別親切というわけではありませんわね。大変失礼いたしました」
慌てて言うと、トバイアス様は首を振って静かに「いいえ、イベリス様だけに特別親切ですよ」と言う。
「え…それは何故…」
「好きだからです」
「好きだから」というのは妹みたいな存在とか、人間としてとか、そういうことかしら?と思ったが、続くトバイアス様の言葉がそれを否定する。
「恋愛対象として、好きだからです」
「わわ私なんかをどうして…」
「イベリス様はとても美しい方です」
いつも窓際の席に座って真剣に本を読んでいる私を見ているうちに惹かれていったのだ、と説明する。
「たまに私が冗談を申し上げたときの笑顔は、まるで心を溶かすような…それに、身分の低い私にも、博識だなんだと敬意を持って接してくださいます。そのような心の広さや美しさに何より惹かれました」
何と答えればいいのだろうか。「男性からそんなことを言っていただいたのは初めてですわ。ありがとうございます」と言ったきり言葉が見つからない私に、トバイアス様はいつものように優しく穏やかに微笑みかけた。
「イベリス様を困らせるつもりはありません。私とあなた様では、同じ貴族とはいえ家柄が違いすぎます。この想いも本当は打ち明けるべきものではなかったのですから」
家柄が違う。それは正しい。今では昔ほど家柄家柄とうるさくいう人は少ないが…それでも、仮に私たちが相思相愛になったとしても、お父様は私たちの結婚を許さないだろう。お父様のいう「恋愛結婚」は、あくまで家格が釣り合っていてこそ成立するものなのだ。
「私が自分でイベリス様を幸せにすることはできません。私にできるのは、あなた様が幸せになるためのお手伝いだけです。政略結婚を回避して、好きな方と幸せな恋愛結婚をするためのお手伝いをさせてください」
「私にできることなら、何なりとおっしゃってください」と見送られ、私は呆然としたまま屋敷に帰り着いた。