アイリシアはいつも後悔する
「イベリス様のことをお好きだったなんて」
「片思いでしたが」
聞かなければ良かった、と思った。調子に乗って、好奇心のままに聞いてしまったことを後悔した。思わず思ったことを口に出して後悔したことはこれまでの人生でもあったはずなのに、まったく学習していない自分が恨めしい。
未来の王太子妃、イベリス様。柔らかいとろけるような笑顔の、清楚な美女。ご本人は極めて控えめだけれど、聞き上手で、私も含めて誰しも彼女のことが大好きだ。私とは、全然タイプが違う。私では、きっと全然敵わない相手。
自分で聞いておきながら暗い顔になってしまった私に、トバイアス様は「今は家族として大切に思っているだけですよ」と付け加える。「ええ」と笑顔を作って見せるが、きっと無理やり笑っていると気づかれているだろう。
ホークボロー邸まで送ってもらい、別れの挨拶をする。挨拶だけ。別れ際のキスなんてない。そういえば、今まで手の甲にすらキスしてもらったことがない。「イベリス様にはしたことがあるのかしら」と考えてしまい、また暗い気持ちになる。
大切なお友達のことを、こんな暗い気持ちで、嫉妬の対象として考えるなんて。
今までの自分にはなかった感情に戸惑う。これまでは、明るくて、社交的で、能天気だった私。自分自身の魅力を信じていた。誰かに嫉妬したことなんてなかった。それが、こんな気持ちになるなんて。
私、本当にトバイアス様のことが好きだ…
だから辛い…
泣きながら寝て、朝を迎えた。こんなときは、絵を描きに出かけるのが一番だ。とにかく描いて描いて描いて描く。荒々しい景色が描きたくて、王都郊外にある山中の滝を描きに行くことにする。
もう寒い季節、「山の中は冷えるのに、わざわざ今行かなくても」と心配する母をよそに、厚着をして馬車に乗って出かける。馬車は滝の近くまでは行けないので、途中からは徒歩だ。御者のミラルに道具を運ぶのを手伝ってもらって、滝のそばまで来た。
「アイリシアお嬢様、近くに控えておりましょうか」
「いいえ。戻っていてちょうだい。寒ければ馬車の中にいて大丈夫よ。こんなところ誰も来ないし、ひとりのほうが集中できるから。お昼になったら迎えに来てね」
「かしこまりました。足を滑らせたりしないようお気をつけて。ひどく寒くなったり雨が降ってきたら、時間前でもお迎えに参ります」
「ええ、それでいいわ」
大きな滝の音を聞きながら、思う存分感情をぶつけながら描いていると、少しずつ心が静かになっていく。
「やっぱり、嫉妬なんて私らしくない。ウジウジ悩むなんて私らしくないわ。そうよね」
私はイベリス様にはなれない。私は私、イベリス様はイベリス様。私の良いところをトバイアス様に好きになってもらうしかない。私の良いところといったら、明るくて前向きでへこたれないところだろう。
今度トバイアス様に会ったら、無理やりイベリス様のことを聞き出してしまったことを謝ろう。そして、トバイアス様のことが心から好きだと、トバイアス様にも私のことを好きになってほしいとお伝えしよう。私らしく、真っ向勝負だ。
「よし」
そう気合を入れた時、ガサリと音がした。
「ミラル?」




