パヴァロでの遭遇
今日は「パヴァロの美術館に行ってみますか」というトバイアス様のお誘いで、王都近郊の手軽な観光地で、芸術家の街でもあるパヴァロに出かける。
「いつもトバイアス様が私に合わせてくださるので申し訳ない。たまにはトバイアス様の好きなところへ」と言ったのだが、「アイリシアが楽しむのが一番ですから」と押し切られてしまった。
パヴァロにはカラバス叔父様の自宅兼アトリエがあるため、もしかしたら叔父様とビオネッタ様のデート現場に遭遇するかもしれない、と思っていたら。
「セネイ様…」
叔父様ではなく、ほんの数カ月前に失恋した相手と遭遇してしまった。奥様と思しき女性を連れている。「旦那様、こちらの方は?」と奥様が聞き、セネイ様がどう答えようか困っているようだ。
本人を前にして、「婚約者がいる自分のことを好きになって、職場まで押しかけてきた人だよ」とは言えないのだろう。奥様が私のことを知っているかどうかわからないが。
「奥様、お初にお目にかかります。ホークボロー侯爵家の長女、アイリシアでございます。セネイ様と消防隊の皆様には、以前シュバニアを旅行中に助けていただいたことがございまして」
「セネイ様、その節は本当にありがとうございました」と笑顔で礼を言って何事もなくその場を離れようとしたとき、「天下のホークボロー家のご令嬢が、あんな地味な殿方と…?」と奥様がセネイ様に囁き、セネイ様が微かに笑うのが聞こえてきた。
失礼にもほどがある!私の婚約者を、地味だ何だと笑うなんて!
確かに少し地味だけど、顔立ちも整っているしスタイルもいいし、気さくで穏やかで聞き上手で、こんな私の話を面白そうに付き合って聞いてくれて、すごくいい人なの!
婚約者がいることをずっと黙っていたセネイ様より、何倍も何倍もいい人よ!
振り返りながら「ちょっと…」とセネイ様ご夫妻に詰め寄ろうとした私の腕を、トバイアス様が優しく引いて制した。
「アイリシア、やめて下さい」
「トバイアス様、どうしてっ!?あんな言い方、とても失礼だわ。聞こえる距離で…」
「私が地味なのは事実ですし、国民に王弟として浸透しているわけでもないですし。私たちの婚約も大々的には発表されていませんし」
「でもっ」
トバイアス様は、言い募る私の唇の前に人差し指を出した。
「アイリシアは今怒っていますよね」
「もちろんですわ。あんなことを言われて。言い返さないと気がすみません!」
「怒りに任せて言い返すのは仕返しです。仕返しは仕返しを生むだけですよ」
「それは…そうかもしれませんが」
「冷静に注意するならいいですが、ただ仕返しするだけなら、相手と同じレベルまで落ちてしまいます。高潔で賢くいたいなら、陰口は気にしないことです」
そう言われてもまだ怒りが収まらない私に、トバイアス様は「大丈夫。アイリシアが何も言わなくても、彼らの悪い行いや言葉には、必ずどこかから報いがありますから」と穏やかに言う。
と、微かに唇に指があたって、唇に神経が集中してしまい、「ね」と頷くトバイアス様に、私は思わず頷きかえした。
けれど、「人の見た目をどうこういって笑うような、あんな人を好きだったなんて」と胸がジクジク痛む。帰りの馬車の中で、トバイアス様に「アイリシア、今日は楽しくなかったですか?」と声をかけられ、ビクッとする。
「い、いいえ。とても楽しかったですわ。パヴァロは芸術家には刺激的な街ですし、久々にあの美術館にも行けて大満足です」
「そうですか。あのセネイという男爵と話してから、少し様子が変なので、気になって」
「以前お慕いしていた時期があって」と正直にお話しする。こんなことくらいで怒る人ではないことは、これまでのお付き合いでわかっている。
「けれど、今日お会いして…なんだか本当の意味で吹っ切れた気がします。トバイアス様のおかげで」
「良かった」
正直に話して少し気分が持ち直した私は、「ね、トバイアス様は以前お慕いしていたご令嬢がおられますの?」と反撃してみる。いや、トバイアス様が攻撃していたわけではないのだけれど。
戸惑いながら、私に強請られて「他の誰かから聞くよりは」とようやくトバイアス様が話してくれた恋物語は、私には意外すぎるものだった。




