乙女の愛情
正式に王太子クレイト様と私の婚約が発表されてから、私は学校ではなく王宮に通っている。結婚までの間に、王太子妃に必要な知識や振る舞いを身につけるためだ。
これまでも侯爵令嬢として質の高い教育を受けてきたし、それなりに真面目にやってきた自負はあった。しかし、王太子妃としてはまだ足りないらしい。
祝賀会で能力不足を実感した外国語はもちろん、自国や他国の文化・儀礼、外交、法律などなど、みっちりとカリキュラムが組まれている。頭が「もうひとつふたつ脳をくれ」と悲鳴をあげそうだ。
今日の午前中は、トバイアス様と一緒に、重要な隣国のひとつであるデバリア王国の文化や儀礼について学ぶ。「神秘の国」とも呼ばれ、国王が最高位の神官を兼ねていることで知られる国だ。
ふとトバイアス様の机に目をやる。トバイアス様は魔法使いらしくローブを身につけている。と、参考書にコスモスの栞がはさんであるのが目に入った。私が手作りして、餞別として差し上げたものだ。講義が終わって、廊下を歩きながらトバイアス様に話しかける。
「差し上げた栞、使ってくださっているのですね」
「ええ、勉強が辛いとき、この栞に元気をもらっています」
そう言われると「トバイアス様は今でも私のことを…?」と考えてしまう。トバイアス様は身分の違いを理由に身を引いた。でも今は王族だ…それなら…
空気を察したのか、トバイアス様が微笑む。
「以前も言いましたが、イベリス様を困らせるつもりはありません。私は王族になりましたが、あなた様は今はもうクレイトの婚約者ですから」
「ええ」
そうですよね…少しほっとする。
「あら、イベリスちゃんにトバイアス。二人とも今日の授業は終わったの?そう、じゃあこちらへいらっしゃいな。私の庭でお食事するのよ、素敵でしょう」と廊下の向こうから歩いてきた王妃様にお誘いを受ける。行ってみると、クレイト様も、妹のエヴァローズ様もいた。もう学年末なので、学校の授業が午前中のみになっているのだ。
「イベリス、お疲れ様」と言いながら、クレイト様が頬にキスをくださる。それだけで真っ赤になってしまう私だ。
食事が運ばれるのを待つ間、エヴァローズ様が私たちに「今日は何の講義でしたの?」と質問する。トバイアス様が「デバリアについてです」と参考書を掲げながら答えると、ひらりと栞が落ちてしまった。「あら、きれいな栞。どこかのご令嬢の手作りですか?」とエヴァローズ様。さすがは恋に恋するお年頃の15歳、そういったところにはめざとい。
「ええ、まあ」
「でしたら、そのご令嬢は叔父様のことをお好きなのね。赤いコスモスの花言葉は"乙女の愛情"ですもの」
「えっ」
「え!?」
トバイアス様と私が同時に声をあげる。コスモスの花言葉は"調和"だけだと思い込んでいた。色ごとに意味があるなんて。トバイアス様と私が顔を見合わせている間に、クレイト様がひょいと栞を拾い上げる…




