恋の種火
何事もなかったように下船して、午前中の写生が終わったアイリシア様と合流する。今日のお昼ご飯は、湖畔でバーベキューに挑戦することになっている。
「王太子妃になったら絶対できないことをやってみましょう」とアイリシア様が思いついたのだ。
料理なんてしたことがない三人だけれど、「お肉や野菜を焼くくらいならできるはず」と軽く考えていた。ところが、まず火を起こせない。食材をどう切ったらいいのかもわからない。
「ビオネッタ様、山登りするときには、火おこしや料理をされるのでは?」「すべて同行する執事がやりますので」「今回はもうメイドに頼みましょう」「いえ、まず自分たちでやってみませんと」「力を合わせればきっとできるはずですわ」などと騒ぐ私たちを見かねて、バーベキュー場の隣のスペースを使っていた、体格の良い男性たちのグループが声をかけてきた。
「ご令嬢方、お手伝いいたしましょう」
「我々は怪しいものではございません。王都の消防隊員で、職場の皆で旅行に来ているのですよ」
消防隊員の皆様は、手早く火を起こして、お肉や野菜の切り方から食材の焼き方まで指南してくれた。私たちがお礼に食材をおすそ分けすると、よく食べる男性たちのこと、大変喜んでくださった。
無事バーベキューを終えて帰ろうとすると、「ご令嬢方、少しお待ちください」と低い声が飛ぶ。「なんでしょう」と振り返ると、顔やシャツをまくり上げた腕にたくさんの傷がある男性から、「火の始末が疎かですよ。後始末まできちんとできないなら、バーベキューをする資格はありません」と注意されてしまった。
私が謝ろうとすると、アイリシア様が「言いすぎですわ。私たちは初心者なのですし。そもそも名も名乗らず女性に声をかけるなんて失礼だわ」と反論する。アイリシア様はやや好戦的なところがあるのだ。
「失礼しました。王都消防隊隊長を務めております、マルバラ男爵セネイです。厳しい言い方をしたことは謝りますが、初心者でも何でも、やらなければいけないことは変わりません。それは譲れません」
「ご覧ください」とセネイ様が燃えかすを棒で崩して見せると、まだ赤い。彼は、このような不始末が原因で、林が燃えたこともあるのだと説明し、アイリシア様も「まあ!」と驚くしかない。
「私が間違っておりました。セネイ様の言う通りですわ。大変失礼いたしました」とアイリシア様はじめ私たちは素直に謝り、不始末を指摘してくれたことにお礼を言って、その場を辞したのだった。
それからというもの、アイリシア様は旅行の間中どこかうわの空だった。
「アイリシア様、セネイ様に叱られてから様子がおかしくていらっしゃるような」
「ビオネッタ様もそう思われますか?私も、そんな気がしておりましたの」
「これはまさか、恋でございましょうか」
ビオネッタ様と私は顔を見合わせた。




