苦い青春
王宮でのお茶会の日がやってきた。お母様と一緒に、王妃アスターベル様が手塩にかけて育てているという庭園に足を踏み入れ、ストーブが置かれたテント内に設えられた席に座る。庭にはクリスマスローズなど冬の花が咲き乱れている。
「素晴らしい庭園で驚いております。冬とは思えないほど華やかですわ」
「イベリスちゃん、ありがとう。嬉しいわ」
「あ!あの花はとても世話が難しい品種でございましょう?」
「ええ、確かに難しいわね。でも大輪の花が咲いた時の感動といったら…」
王妃様ともなれば褒め言葉には慣れているはずなのに、心からの賛辞を具体的にお伝えすれば、やはり心に響くようだ。未来の姑と問題なく会話できてホッとしていると、王妃様がお母様に向き直った。
「ステラリリー様は上手に子育てなさったのね。イベリスちゃんは素敵な女の子だわ」
「光栄でございます。アスターベル様こそ、王太子殿下は本当にご立派ですわ。いつもイベリスから、殿下がどんなに立派な方か聞かされておりますの」
「ありがとう。でもクレイの場合は、周りに優れた学者やなんやがたくさん仕えてくれているから」
そういう王妃様に、私は「でも人間性というものは、やはりご両親の影響を強く受けるのではないでしょうか。私は、気さくで、誰にでも公平で敬意を払う殿下を尊敬しておりますし、それは国王陛下ご夫妻から受け継いだものと思っております」と熱弁してしまう。
「あら、ありがとう。本当にイベリスちゃんは素敵な女の子ね。こんな子が娘になると思うと嬉しいわ」と返されて顔を綻ばせると、アスターベル様は「ふふ」と笑う。
「髪色や目の色は違うけれど、笑顔は若い頃のステラリリー様にそっくりね。ステラリリー様の微笑みは華やかで柔らかくて、パーティーに花が咲いたようでしたもの」
「いえ、アスターベル様、そんなことはございませんわ」
母は若い頃の話をあまり聞いたことがなかったので、私はその話が聞きたくて仕方ない。思わず王妃様に「母の若い頃の話はほとんど聞いたことがないのです。もっとお話してくださいませ」とお願いすると、王妃様は顔を輝かせて「もちろん」と応じた。
「昔は、私、ステラリリー様、アイリシアちゃんのお母様のデイジー様、今は外国に嫁がれたサイネリアンナ様の四人で、よくお茶会をしたわ」
「そうでしたわね」
「今デイジー様はよほど大きな行事や魔法絡みの難事件でなければ、ほとんど表に出られないけれど。アイリシアちゃんを先頭に6人も子どもがいるのだから忙しいのかもしれないけれど、何より、夫のアレン様がまたデイジー様が拐われるのではないかと心配して外に出したがらないらしいわ」
母が「昔デイジー様が誘拐されたときは、大騒ぎでしたものね」と応じる。貴重な「解魔(人やものにかけられた魔法を解くこと。祓魔と呼ぶ国もある)」の能力を持つデイジー様は、その能力を欲しがったニトレマ王国に誘拐されそうになったことがあるらしい。
「あの時、ステラリリー様は誘拐現場に遭遇したのではなかった?アレン様と一緒に」
母は「しまった」という顔をして、私のことをチラリと見ながら、「ええ、さようでございます」と答える。
父以外の男性とのエピソードなど聞いたことがない私は、興味津々だ。王妃様の手前、観念したのか「昔、アレン様をお慕いしていた時期があったのよ。アレン様とデイジー様が相思相愛で、振られてしまったけれど」と小声で教えてくれた。
思わず「お母様は失恋されたのね。お辛かったでしょう」と言うと、お母様の代わりに王妃様が口を開いた。
「お辛かったでしょうけれど、あの時のステラリリー様の態度は立派でしたわ」
「と申されますと…?」
「そもそもの話がね…」
王妃様によると、アレン様のことを好きだったお母様は、アレン様の血の繋がらない妹だったデイジー様に仲をとりもっていただけるよう頼み、デイジー様も快諾。デイジー様のご助力があってアレン様と二人でパーティーに出席したものの、その日の帰りにデイジー様誘拐事件が起き、その事件をきっかけにアレン様とデイジー様は、お互いが密かに抱いてきた愛を確かめ合ってしまったのだ。
「結局、私が相思相愛の二人に割り込もうとしたお邪魔虫だったということなのよ」とお母様は私に向かって静かに笑う。「でもね」と王妃様が言葉を継ぎ「ステラリリー様は、"ステラリリー様の恋を応援するといったのに、こんなことになってごめんなさい"と謝罪したデイジー様に対して、とても立派な態度をとられたの」とお母様に目をやる。
お母様は、デイジー様宛に、"私こそ申し訳なかった。二人の幸せを願っているし、私は失恋を引きずるタイプではないので安心して欲しい"とお手紙を書かれたそうだ。「あのお手紙で、デイジー様は随分救われたはず。ステラリリー様は本当にご立派でしたわ」とアスターベル様はお母さまを褒め称えた。
帰りの馬車の中でお母様に話しかける。
「失恋した直後にあんな手紙が書けるなんて、尊敬いたします。私なら、"協力してくれると言ったのに"と恨み言のひとつも言いたくなります」
「幸せなお二人に恨み言を言ったところで何になるというの?お二人に嫌な思いをさせるだけで、私には何の得にもならなかったはずだわ。それどころか、恨みがましい哀れな女だと思われてしまったことでしょう。だから心の中は恨み言でいっぱいでも、笑顔でお祝いすることにしたのよ」
そう言ってお母様は遠い目をした。




