カラバスの好み
「カラバス様に教えていただけるなんてラッキーですわね」
「もう40歳を超えていらっしゃるとは思えないほど素敵だわ」
「カラバス様に肖像画を描いていただいた各国の王族の女性方が、軒並みカラバス様の虜になってしまうのだとか」
「お会いしてみたら、納得ですわ」
「今まで美術の授業を真剣に受けたことはなかったけれど、今日は頑張りますわ」
そんな女子生徒の囁きが教室中に溢れている。今日は、我が国屈指の肖像画家であるカラバス様が特別講師として美術の授業を受け持つのだ。国内外の高貴な方や富裕な方からの注文を抱えてご多忙なはずなのに、姪であるアイリシア様可愛さに引き受けられたのだろう。
初めてお会いするカラバス様は、クラスメイト達の囁き通りの素敵な方だ。アイリシア様と同じ、金髪にエメラルドグリーンの目。整った顔立ちながら童顔で、実際の年齢よりかなり若く見える。
肖像画の描き方についての簡単な講義の後、「見てもらったほうが早いから」とその場でカラバス様が肖像画を描くことになった。「誰にモデルになってもらおうかな。美男美女ばっかりで目移りしちゃうね」と部屋を見回すカラバス様。どの生徒も、特に女子生徒は、自分を描いてもらいたくて、指名されないかと目を輝かせている。もちろん私も…もし指名していただけたら、家族も大喜びするだろう。
「あなた。モデルになっていただけますか?」
「わ、私…?」
他の女子生徒たちの溜息とともに指名されたのは、ビオネッタ様。まさか自分が選ばれるとは思っていなかったのか、目を見開いて驚いている。カラバス様は丁重な口ぶりで続ける。
「そう、あなたです。美しいお嬢様、お名前をお聞かせ願えますか?」
「サフィア伯爵長女、ビオネッタでございます」
「素敵なお名前だ。ビオネッタ嬢、どうぞこちらへ」
ビオネッタ様はカラバス様に誘われて美術室中央に設置された椅子に座り、向かい合ってカラバス様がイーゼルの前に座る。キャンバスを下塗りし、カラバス様がビオネッタ様を描き始めた。
「骨格を意識しながら、粗く描き始めます」「この線が重要です」「ビオネッタ嬢、少し顎を上に。目線はそのまま。そう、いいですよ」などと生徒やビオネッタ様に話しかけながら、カラバス様は手を止めない。少し甘めの顔立ちのカラバス様が真剣な表情をすると、女性なら誰でも惚れ惚れしてしまう。
すっ、すっ、と太く粗い線で描き始められたのに、気づいたら、キャンバスの中にビオネッタ様が浮かび上がっている。生徒たちから「素晴らしい」「さすが」「魔法みたい」と感嘆の声があがる。
描き終わったカラバス様は、ビオネッタ様に「この絵は差し上げます」という。羨ましいことこの上ない。そしてビオネッタ様の手をとり、「皆さん、美しいモデルに拍手を」と讃える。皆拍手喝采だ。
授業が終わり、カラバス様が退出されると、私はビオネッタ様に駆け寄る。
「素晴らしい体験をなさいましたわね」
そこへアイリシア様もやってきた。このごろ私たちはすっかり三人組なのだ。
「ビオネッタ様、お疲れ様でございました。モデルもなかなか疲れるものでございましょう」
「ええ、緊張しましたし、身体がカチコチになっております。まさか私がモデルだなんて驚きましたわ。山での日焼けがまだ残っていて、まるで令嬢らしくなどないのに」
「ああ、それはね…」
「ビオネッタ様が叔父の"タイプ"だからですわ」というアイリシア様。カラバス様は栗色の髪の女性がお好みなのだそうだ。アイリシア様がビオネッタ様のほうへずいと身を乗り出した。
「でもね、ビオネッタ様。念のために申し上げておきますけれど、叔父はやめておいたほうがいいですわよ。見た目も中身も魅力的な男性だとは認めますけれど、栗色の髪の女性と結婚しては離婚するを4回も繰り返しているのですから」
ビオネッタ様は苦笑して「カラバス様が私に興味を持つなど考えにくいのですけれど」と言いながら、「私は学者になりたいので、そもそも結婚はあまり考えておりませんわ。女性学者と結婚してくださる殿方がいれば別ですけれど」と応じる。
「そうでしたわね。まあ、歳も20歳以上離れておりますしね」とアイリシア様も答えて、「そういえば叔父が外国の王族と離婚したときなんて、本当に大変で…」と話し出したので、私たちは興味津々でそのお話を伺ったのだった。




