イベリスの婚約者
エピファラ殿下に「身を引け」と言われてから、クレイト殿下を交えた会話の輪には加わっていない。
夜、ひとりでベッドにいると、「これまで頑張ってきたのに」「ようやく殿下とお話ができるようになってきたのに」「アイリシア様やビオネッタ様も応援してくれていたのに」と涙が溢れてくる。考え事をしたり泣いたりする時間が長くなり、寝る時間は短くなり、鏡に映る自分はひどい顔だ。
モーディもアイリシア様もビオネッタ様も、目に見えて元気をなくした私を気遣ってくれるが、何も話せない。心配してくれる使用人やお友達の気持ちに応えることもできないなんて…
教室でも涙が出そうになってしまったそのとき、「イベリス嬢」と声をかけられた。エピファラ殿下の視線を感じながら答える。
「クレイト殿下…な、何かご用でしょうか」
「今度の休日、少し時間が取れそうなんだ。また一緒に猫カフェに行ってくれないかな」
「え…」
殿下に誘っていただけるなんて。嬉しい。とても嬉しい。けれどできない。
「大変申し訳ございません、殿下」
「何か予定があった?」
「いいえ、あの…」
できれば殿下に嘘はつきたくないと固まってしまった私を見て、エピファラ様が「イベリス様は行けないわよね」と割り込む。
「イベリス様は、ご婚約なさったのですもの。いくらクレイ殿下からのお誘いとはいえ、婚約者以外の殿方とはお出かけできないわよね、イベリス様?」
「婚約!?」とクレイト殿下が少し目を見開き、「うっ、そ…そんなのご冗談でしょう!?」とアイリシア様とビオネッタ様も、少し離れたところで声をあげる。
エピファラ様は周囲の反応が楽しいのか、「冗談じゃありませんわ。この間お昼をご一緒した時に伺ったのだもの」としゃあしゃあと嘘を吐く。
やや間があって、クレイト殿下が「…そうか。それはおめでとう。ところで相手はどなたかな」と聞く。エピファラ殿下が「お名前は何だったかしら、イベリス様。外国の方だったから発音が難しくて、私は忘れてしまったわ」とその場を離れ、はしごを外された私は青ざめるしかない。
身を引かされただけではなく、クレイト殿下に嘘をつかないといけない状況にされるなんて。それもクラスメイト達の目の前で。私を応援してくれるアイリシア様やビオネッタ様の目の前で。
「イベリス様、お顔が真っ青ですわ。大丈夫ですか?保健室に参りましょう」とビオネッタ様が絶妙な助け舟を出してくれ、私は偽りの婚約者の名前を言うことなく、教室を後にすることができた。
「イベリス様、あんなに頑張っておられたのに、婚約者なんて嘘でしょう?婚約したなら、きっとまず私に話してくださったはずですわ」
「ビオネッタ様…」
「先日、エピファラ殿下に何か言われたのでしょう?何かお力になれるかもしれません。教えてくださいな」
「ごめんなさい、ビオネッタ様…何も言えません…応援してくださったのにごめんなさい…」




